ここは、シミュレーターの世界。
ここでしかない最後の戦いが幕をあける―――ようなあけないような。
「クソッ! やりやがった!」
ヤザンは、激しく罵った。
ここからもソロモンは視認できる。
止まるだろう。もう止まるだろう。
そう思いながらも心のどこかに不安を感じていたジオン軍は、ヤンの放送にパニックを起こしている。
これで、絶体絶命のピンチなら腹を括って、戦うものもいたかもしれない。
だが、彼らはきいてしまった。
「逃げてもいい」
という言葉を。
絶対的な、あまりにも絶望的な「破滅」と、ここから逃れるための唯一の蜘蛛の糸。
それに縋るように、ジオンは撤退に移っている。
むこうの司令官の言う通り、逃走に移った艦艇やモビルスーツには連邦軍からの攻撃はない。
だがそんな中でも例外はいた。
ハーディ・シュタイナーのビグ・ザムだった。
彼の操縦するもの以外はAI制御だったようだ。
こんなときには、まず命を大事に、という人間の本能に従って、すでに後退。
ドロスとともに、Nフィールドを脱出しつつある。
だが、彼は。
「引こう、ハーディ・シュタイナー。ここで粘っても戦略的な意味は無い。」
明るいグレーに塗装されたガルバルディが、話しかけてきた。
直衛モビルスーツ隊のシン・マツナガだ。
「ビグ・ザムで、ソロモンを止めてみせる!」
とにかく稼働時間の短いビグ・ザムではあるが、ギリギリまで、ドロスに曳航してもらっていたので、まだエネルギーはもつ。
「無茶をいうな! 相手は要塞だぞ?」
「移動用の核パルスエンジンを破壊すればあるいは……」
「無理だ。ビグ・ザムの主砲でも、そうそう核パルスエンジンは破壊できない。それに―――いま破壊しても、もはや遅い!
すでにソロモンは、ア・バオア・クーへの衝突コースに乗ってしまった!」
「それでも……」
ギリリと、ハーディ・シュタイナーは歯を食いしばる。
「やれることがある間は諦めることは絶対にしない。」
「それはよい心がけだわね。」
連邦の軽キャノン改だった。
戦場の混乱に乗じたとはいえ、ビグ・ザムに相対速度をあわせ、軽々とその頭部を踏みつけるようにして降り立った。
「その意気を汲むわ。
わたしをソロモンまで運びなさい。」
はあ?
戦闘は中断されたとはいえ、なんでおまえがそんな命令をする?
「お、おまえは、連邦軍のネームドだな!」
シン・マツナガは、軽キャノン改の肩のエンブレムに見覚えがあった。
「たしか、ドズル閣下のビグ・ザムを落とした……“戦鎚”。ホンモノなのか?」
「いまはいろいろと話している時間はないの。」
モビルスーツ同士を触れ合わせての会話は、一応盗聴不能だと言うことにはなっている。
「聞けんな!」
シン・マツナガは、ビームライフルの銃口をあげた。
軽キャノン改は、身をそらそうともしない。
「シン・マツナガ。ハーディ・シュタイナー。」
軽キャノンのパイロット“戦鎚”は静かに行言った。
「わたしの声にききおぼえはない。」
コクピットのモニターに顔が映った。
「この顔に見覚えは?」
美しい。金髪の女性パイロットだ。まだ20代に入ったばかりに見える。ということは、この人物が本当に“戦鎚”ならば、大戦時は10代だったのだろうか……
だが、二人の元ジオンのパイロットはたしかにその顔を知っていた。声もきいている。
直接ではない―――ニュースでだ。
「アルテイシア・ソム・ダイクン陛下!」
「なぜ、連邦側で参加を?」
「いろいろと事情があってね。」
セイラはそっけなく答えた。
「くわしいことは、クワトロ・バジーナからきくといいわ。ソロモンまでわたしを送り届けなさい。
推進剤が、なくなりそうなの。」
---------------
連邦軍には幸いにも出くわさなかった。
クワトロは二人の随行者に話しかける。
「エグザベ君、ガトー少佐。まだやれそうか?」
「まだ一戦くらいは行けます。」
「こちらも同じようなものだ。大佐が自爆の用意をする間くらいは、なにがきても持ちこたえてみせる。」
アナベル・ガトーはもともとソロモンのドズル指揮下で、“ソロモンの悪夢”と呼ばれたエースである。
ドムのコクピットに映るソロモンは、彼の記憶のままだった。
今度こそ。
ソロモンを護る。
ガトーがそう思ったとき。
「がっあっとおおおおぉっ!!」
トリコロールカラーのガンダムが突進する。
さっきまで、散々やりあったニュータイプのクランバトル選手“狂犬”だ。
手にしたビームライフルは―――火を吹かなかった。
エネルギー切れだ。
「おまえが来たか!」
ガトーはドムを加速させる。
彼のドムもまた、ビームバズーカのエネルギー、推進剤の残量ともに十分では無い。
だが、ここで出し惜しみする愚は犯さない。
「ガトー少佐! 一緒に!」
エグザベのキケロガが、ビームを発射する。
推進剤もエネルギーもモビルアーマーのキケロガのほうが上のはずだが、さっきまで、もう1人のニュータイプ“病み猫神”と戦っていた際に、だいぶ消耗しているはずだ。
キケロガが射出した有線ビーム砲が爆発した。
パープルに塗装されたガンダム。
“病み猫神”のビームライフルの一撃だが、すぐに彼女はライフルを投げ捨てた。
それが最後の一発だったのだろう。
「ニャアン! まだ邪魔をするか!」
「…っるさい! カオマンガイ鼻から食わすぞ!」
キケロガの有線ビーム砲をかわす。かわす。かわす。
「くっ……よくかわす!」
「踏み込みが足りないんです! エグザベさん!」
なにかが。
戦場を駆け抜けた。
キケロガの有線ビーム砲が。
三基とも両断される。
「くっ! 白い悪魔か!」
“狂犬”とは少し違うパターンで、トリコロールカラーに塗装されたガンダムは、盾もライフルも持っていない。
だがその威圧感は桁違いだ。
「やはり来たな! アムロ。」
クワトロは、ジオングの両手からビーム砲を発射した。
これはかわすだろう……だが。
アムロのガンダムの回避位置を予測して、放った腰部のビーム砲もまたアムロは軽々とかわした。
いわゆる「回避」運動ではない。わずかに身体をひねる。速度を上げ下げする。そんな最小限の動きだ。
まずいか!
ジオングはある意味、攻撃に全振りした兵器である。
脚部に搭載されるはずの補助スラスターがあれば、もっと小回りもきいたのだろうが、いまのジオングは推力だけは強大だが、モビルスーツ同士のドッグファイトには向かない。
クワトロは、両腕を射出した。
通常の有線ビーム砲は、ビーム砲の向いた方向にしか、ビームがうてない。
あたりまえのことではある―――だが、ジオングの有線ビーム砲は腕の形をしている。すなわち。
クワトロは、指を折り曲げて、ビームを放った。
アムロのガンダムのつま先をビームが掠め、融解させる。
本体の小回りの効かなさを補ってあまりある。
サイコミュコントロールの有線ビーム砲。
「小惑星をぶつけるなど―――わたしがさせん!」
「あなたが言うのか! クワトロ大尉。」
アムロに射撃のチャンスはなんどもあった。
だが、いまのガンダムは、ビームライフルを持たない。
彼もここまでの戦闘で消耗したのだろう……とクワトロは思った。
ならば、その消耗させた相手、ララァは?
「はーい、大佐!」
とんがり帽子に似たモビルアーマーは、颯爽と登場した。
「ララァ! 無事なのか?」
「ビット操作ですこし頭痛がありましたけど、大丈夫。アムロがぜんぶ落としてくれちゃったから。」
クワトロはアムロのパイロットとしての腕前、ニュータイプ能力が自分より上ではないか……と悟りつつある。
もし、自分にアドバンテージがあるとすれば、ビットまたはそれを小型化させたファンネル攻撃だろうと考えていたのだが。
ララァのビットを全て落としたのかっ!
「ここになにをしに?」
「アムロたちを連れてきたのよ?」
楽しそうにララァはそう言った。
「なんのために! わたしはソロモンを止めねばならん……」
「ここは仮想空間。シミュレーターのなかです、大佐。」
「……」
「いまなら……わたしとあなたでアムロに勝てるかもしれない。あくまで仮想空間での出来事なので、ノーカンかもしれないけれど。」
ララァには。
別の世界に生きたララァの記憶が流れ込んでいる。
その世界では、クワトロは白いモビルスーツに落とされ、落とされ、また落とされ、機体をかえても落とされ、その度にララァは「やり直し」を行った。
そのような異世界の「とんがり帽子」とそのパイロットが、かつてグラナダの地下に秘匿された「シャロンの薔薇」なのだと言う。
「いまのアムロには、ビームライフルもない。推進剤も残り少ないわ。こんな機会めったにないからたまには、勝っちゃいましょうよ!」
そんなノリで言われても……
クワトロはちょっとだけ考えてから、キッパリと言った。
「ダメだな。そんな情けないモビルスーツと戦って勝つ意味があるのか?」
わあ、めんどくさいやつ。
と、ララァは言わなかったが、その感情はしっかりと伝わった。
「天パ! 適当にシャアさんとララァさんの相手をしてあげて!」
マチュが、叫ぶ。同時にガトーのドムの一撃に盾を持っていかれた。
彼女のガンダムもビームライフルはエネルギー切れ、推進剤も残り少ない。
「ソロモンを衝突軌道からズラすには、ジオングを自爆でもさせて、ノズルを片っぽだけ壊す位しかないんだから。
それをさせなければ、こっちの勝ちだよ!」
ガトーは笑った。
その発想はついさっき、彼がマチュに教えたことであった。
若いものは―――吸収が早い。
だが。
「やらせん!」
エネルギー切れのビームバズーカを、ガトーは投げ捨てた。
ドムはビームサーベルを採用していていない。
ヒート剣とビームサーベルでは、あきらかにマチュのガンダムに分があるのだが、そんなことは言っていられない。
マチュは嬉々として、ビームサーベルを抜きはなった。
あきらかに彼女は近接戦闘のほうが得意なのだ。
クワトロは、じっとアムロの乗る機体を見つめた。
彼が、もし、あのときサイド7でガンダムに乗っていたとしたら。
いまと同じような光景は現実のものとなったのだろうか。
「ジオン軍は敗走に移っている。」
クワトロはアムロに呼びかけた。
「ア・バオア・クーは陥落した。ここでソロモンを止めても連邦軍の勝利は揺るがない。あとは人的な被害を抑えるだけだ。」
「……」
「ア・バオア・クー内部には、まだ待避が間に合わないものも、大勢いる。なかには軍属以外のものもいるだろう。ソロモンの衝突を止めて彼らを救いたい。
わたしの同士になれ、アムロ!
ララァも喜ぶ。」
二人を引き裂くように、ビームの閃光が駆け抜けた。
「アムロ! そいつ戯れ言に耳を貸しちゃダメよ!」
アムロのガンダムの隣りに、軽キャノン改が降り立つ。
セイラ・マス。
“戦鎚”と呼ばれたエースである。
ユリアン「えーと、ぼくはどうなったんですか?」