一方、希少鉱物の取引をかけたクランバトルの準備は、ちゃくちゃくとすすんでいた。
今夜もパーティだ。
列席者はそれほどお偉い方々ではない。
若い実業家や、大企業幹部の子供たち。
政治的な優先度はひくい。
とはいえ、そろそろ出発しないとならない時刻になっていた。
肩から背中を大胆に露出したドレスの女性は、傍らに立つスーツの麗人に声をかけた。
「希少資源の輸出規制をかけてのクランバトルは、可変機による空中戦に、決まりました。」
麗人は、形の良い顎を少し引いた。
「選手が決まり次第、実行するわ。」
「ジオンには、大気圏内を飛行できる機体は、レイダーのみでしょう?」
ドレスの女性は顔を顰めた。
「出場選手の一人は、自動的にあなたになるとして、もう一人を、どうします、ソム・エドワウ。」
「わたしが出ること自体には反対はしないのね?」
「反対してもムダってことを、理解してるだけです。」
ドレスの女性…ミーア・キャンベルは、立ち上がって、姿見で自分を入念にチェックした。
「すこし肌の露出をひかえてくれない?」
「見られてるのは、わたしですよ。」
ソムの困惑を楽しむようにミーアは言った。
「それから、特定の殿方と親密にするのも…」
「ああ、あの新興モビルスーツメーカーの御曹司くんのことですね!
まあ…ダンスをご一緒するくらいですよ。2人きりで会ったりはしません。」
「それにしても近づきすぎだと思うわ…彼ってそんなに魅力的かしらね。」
「うーん―――アルテイシア・ソム・ダイクンとしてはいささか、軽率かもしれませんね。わたしも好みからするとあまりにも善人すぎて物足りない気もいたします。
ですが―――スパルタニアン。ご存知ですか?」
「パイロット訓練用の可変機ね―――カミーユやジュドーたちのデモンストレーションは見たわ。」
「スパルタニアンは、その御曹司のところの製品なのですよ!
ジオニックやアナハイム、モビルスーツ市場は大企業にがっちりと固められてしまっていますが、練習機は未開拓の分野です。
練習用は、払い下げのザクが、せいぜいだったところに、可変機構のある専用練習機で参入。
かなり成功をおさめています…うわさですが、アナハイムがライセンス生産をしたいと申し入れてきたとか。」
「それがあの御曹司くんから聞き出した情報?」
「そうです。キスひとつなら安いものでしょう?」
「ミーア」
ソム・エドワウは怖い顔をした。
「わたくしはあなたに、そんなことは求めないわ。」
「どうでしょうか? わたしはもし、あなたがその場におかれたらどう行動するか―――をいつも考えております。
唇の触れ合いだけで、クランバトルに必要なモビルスーツが手に入るのなら…」
「クランバトルに必要なモビルスーツ?」
「そうですよ! M.A.V.はなんとかなっても大気圏内で飛行できるモビルスーツがレイダー一機でどうするおつもりなんですか?
スパルタニアンなら、その任に耐えます。」
「練習機…よ?」
「リミッターを外して、マグネットコーティングを追加すれば、十分、実戦に耐えます。
たぶん脚部にジェネレーターの増設を行えば
ビームライフル、ビームサーベルの使用も可能に。もっとも今回のクラバではそこまでの改修は不要かと思われます。」
ドアがノックされた。
パーティ会場への迎えが来たのだ。
「あと、シャリア・ブル閣下とゴップ将軍の打ち合わせで、希少資源については、もしクランバトルでこちらが敗れても、月面都市エアーズを間に挟むことで引き続き輸入は可能です。
その場合、コストが上がりますので、クラバに勝つにこしたことはありませんが。」
ミーアが出て行ったあと、ソム・エドワウはしばらく考え込んでいた。
部下が―――期待した以上に有能な場合、それははたして、トップとして手放しで喜んで良いものなのか。
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「では、今日のパーティにクワトロ・バジーナ氏は来ないのか?」
まだ、二十歳前後といったところだろう。
ビンクの髪をボブにした少女が、男に詰め寄った。
詰め寄られたのは、ネオ香港の財閥の次男坊である。
もともと女癖も悪く、どちらかと言えば粗暴な性格であったが、目の前の美少女に完全に気圧されている。
もともと人間としての『格』が違うのだ。
「招待はしたんだけど」
ついつい言い訳するような口調になってしまう。
「彼のところもいま大変なようなんだ。
先日のネオ香港大学のシミュレーションで、パイロットの手配をしていたんだが、その支払いかがとんでもない金額になっていて―――その金策に走り回っているらしい。」
ピンクの髪の少女…ハマーン・カーンは、これ以上、この男との会話を続けることの無意味さを悟り、背を向けた。
身体の線を露わにする様なマーメイドスタイルのドレスは彼女によく似合っていた。
「帰る!」
いやまあまあ。
とお付のものたちが止めた。
名をキャラ・スーンとマシュマー・セロという。
アクシズからの彼女の部下で、今回、ネオ香港大学への留学のさいに、マハラジャ・カーンから付き添うように言われた。
「父上の呼び出しで、ズムシティなぞに寄ったのが失敗だった。」
年齢相応のかわいらしいところもある少女だが、怒らせた時は本当に恐ろしい。
ニューディサイズのペズン蜂起に対して、エゥーゴの臨時代表として参加していた彼女だが、動乱終結後、父親であるマハラジャ・カーンのたっての依頼により、ジオン本国であるズムシティに立ち寄ることになった。
多感な十代を離れ離れに暮らすことになったマハラジャ・カーンにとって、ハマーンの年齢は十代初めで止まっているのだろうか。
キャスバル・レム・ダイクンと政略結婚を命じたかと思えば、なんで顔を見せないと、矢の催促だ。
少々…ではなくて、だいぶウザいマハラジャ・カーンはともかくとして、公王府に預けたミネバのことは気になっている。
公王府そのものが、ミネバを害するとは思えない。
だが、世の中には余計なことを考えるものもいる。
ミネバの様子を見て、約束どうり大切にされていることは確認できたのだが、マハラジャ・カーンがなかなかハマーンを手放さず、クワトロ・バジーナを追いかけて地球に降りるのがすっかり遅くなってしまったのだ。
ならば急に会ってびっくりさせてやろう、という乙女心で、このパーティに参加したハマーンであったが、どうやら失敗のようである。
「我が君に会えぬのなら、時間の無駄だぞ、キャラ・スーン。」
「わたしもその意見には賛成だね、ハマーン様。」
年齢は、キャラやマシュマーのほうが上だが、アクシズの若いパイロットたちにとっては、ハマーンはカリスマである。
口調も丁寧なものになった。
「でも、さっき参加予定者の名簿をチラっと見てしまったんだよ。
お忍びで、地球に降りているアルテイシア・ソム・ダイクン陛下が参加されるらしいんだ。
わたしらが挨拶もせずに帰る訳にはいかないだろ?」
「お忍びで、降りてるにしては、こんなどうでもいいパーティによく顔を出すな!」
「ハマーン様! 壁に耳あり、と申します。」
マシュマーが慌てたように言った。
「我々が、ミネバ様を擁護しているだけで、ザビ家復権を狙うものとして、密告されかねません。」
「さすがに」
ハマーンの唇が歪んだ。
「ダイクン家がそこまで器量が狭いものかよ。」
「讒言する小物もいるかもしれません!」
超一流のホテルのパーティルームは、それでも100名からの列席者はいただろうか。
部屋のあかりがいったんしぼられ、出入口をライトが照らす。
“軽薄…軽薄なうえに不用心だ。”
ハマーンはこころのなかで吐き捨てた。
“暗殺、誘拐。大国の元首がのこのこと顔を見せるほどのパーティか!”
ライトのなかに浮かび上がったアルテイシア・ソム・ダイクンは、たしかに美しかった。
うしろに若い男女の武官。
たしか、ソドンに乗っていた尉官だ。エグザベとコモリ、だったか。
「今日も麗しく!」
ハンサムなだけの若者が、あゆみ出て、その手をとった。
互いに顔見知りらしい。アルテイシアは若者と二言三言言葉をかわしてから、場内に手を振った。
拍手、歓声。
鳴り響くジークジオンの声。
ハマーンは頭が痛くなった。
それでも挨拶は確かに、せねばならぬのだろう。
ハマーンはドレスの裾を翻して、ジオンの元首へと、あゆむ。
あゆみの先には。
“アルテイシア・ソム・ダイクン”。
その目が驚いたように見開かれた。
「ハマーンさ…ハマーン! 久しぶりね。いつ地球に降りられたの?」
だが。
(……違うな)
一瞬で見抜く。
立ち姿、呼吸、視線の置き方。
だが、覇気がない。
“似せてはいるが、本物ではない”。
それでもハマーンは、完璧な礼を取った。
「ズムシティでは行き違いになりました。お目通り叶い光栄に存じます。」
周囲に聞かせるように。
もちっと早く戻れば、ハマーン様も仮想ア・バオア・クー戦に出られたのに。