でも、オータニサンの名前と、エピソードはしっかり残っているようです。
ネオ香港大学において行われたクランバトルにおいては、少なくとも誰も損はしなかった。
ほんの数年前に行われた戦争を、シミュレートするということそのものに、不快を示すものは一定数いたが―――。
実際に独立戦争で活躍したパイロットたちの参戦。
二転三転する戦場。
宇宙要塞に宇宙要塞をぶつけるというスぺクタクルなアイデア。
そして、奇想天外なゼクノヴァによる決着、とエンタメを愛するものの夢が、てんこ盛りになったこのシミュレートはいまだにあらゆる配信コンテンツのトップを走り…解説動画や解説本も作られていた。
また、このシミュレートの下地となった(と思われる)覆面作家フロドによる仮想戦記「機動戦士ガンダム~行きて帰りし夢物語」もまたDL数を急速に伸ばしていた。
唯一の敗者といってよいクワトロ・バジーナにしても、再生数がとぎれなかったため、パイロットたちの支払いに、やっとひと息ついたのである。
もっともこれはアムロ・レイの協力によるところが多い。
彼は、報酬の97%を11年目以降に受け取ることになる後払い式の支払いに合意した。
「これは、伝説のオータニ方式という。」
アムロは、少なくとも今後10年は、クランバトルの選手としてトップの活躍ができるだろうから、その方が税金面で大幅に有利になる―――というのが、クワトロの弁であったが、それは彼が思ってもいないことを自分自身をもだまして語るときの口調であった。
―――そして、アンキーはじめ海千山千の興行主たちとつきあってきたアムロには、クワトロがそうする理由もわかった。
一応、アムロはマチュに相談してみたのだ。
マチュの答えは即断だった。
「いくらなんでもそんなに現金はないはずだから」
とマチュは言った。
「シャアさんの会社の株式とかで受け取ることになるよ。そうするとアムロがクランのオーナーだけどやって行ける?」
いや、それは勘弁して欲しい。
「それに、シャアさんが破産するとララァさんやカンチャナやヴァーニはどうする?
アムロ、ほっとけないから養うしかないでしょ?
『囲う』っていうのかな。」
そ、そういうことになるのか!?
「そうすると、アムロとララァさんの関係があんまり爛れないように、わたしとニャアンも一緒に住むことになる。」
「はい、これ。新築のコンドミニアムのカタログ。」
ニャアンがどさり、とパンフレットの束の入った袋を取り出した。
「おすすめはここ。たぶん、大佐とアルテイシア様がしょっちゅう泊まりにくるから、ゲスト用の寝室はふたつ以上必要。
あとキッチンは広い方がいい。プライベートプールとカラオケできる防音室。バスルームもふたつ欲しいから、この最上階のペントハウスをふたつとも買っちゃって、なかを繋げるといいと思う。
あと、リビングと応接室と―――」
わかった。
アムロは引きつった笑顔で決断した。
ムリだ。
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アムロほどではないにしろ、ヤン・リーのところにも幸運は訪れた。
史学科で彼を担当するキャゼルヌ准教授は、呼びつけたヤンのまえに手紙の束を差し出した。
「なんですか、これは?」
「おまえへのスカウトだ。選り取りみどりだぞ。」
「…知りませんでした。」
「学校側が、おまえとの接触を制限したんだ。まだ、かれは学生なんで就職については、就職課を通せとな。」
硬直しきった官僚的組織を自在に操ることについては、このキャゼルヌ准教授は、ヤンの戦場におけるそれを彷彿とさせるものがある。
「軍人がいやなら、ジオンの公王府からも来ている。」
「わたしを…行政官ですか?」
「公務員が、嫌なら、ジオニックにヘルムコングロマリット、ツィマット、もちろんアナハイムからもきている。
その中でも、こいつ。」
キャゼルヌは、分厚い封筒を手渡した。
封印はアナハイムのものだ。
「月面の研究施設や工場を担当する通称“アナハイム・ムーン”からだ。
ぜひ直接会って話がしたいんだと。」
「…そこを特別扱いする理由は?」
「ネオ香港大学への多額の寄付金とセットで話を持ってきたからだ。
それに、ユリアンのこともある。」
ヤンの眉間に皺がよった。
「……ユリアンがなにか?」
「彼の卓越した操縦技術とスパルタニアンに対する深い知識を鑑みて、スパルタニアンのライセンス生産の取得に向けて、テストパイロットとして、約1ヶ月、彼を借り受けたい、とさ。」
「1ヶ月、休学になりますよ!?
学校はそれを許可したんですか?」
「多額の寄付金つきの申し出だと言っただろ?
…で、おまえにも見学を兼ねてぜひ、アナハイムムーンに招待したいんだそうだ。」
―――実質的に人質、か!
ヤンは憮然とした。
なるほど。アナハイムムーンはユリアンが欲しいのだ。
そのためには、自分とセットで雇い入れるのが一番よいと。
「シャトルのチケットも同封されている。明日の正午の便だ。」
少なくとも、アナハイムムーンが有能で、辣腕で、こっちの都合などまったく考えない組織だということはよくわかった!!
「わかりました。行きますよ! でもこちらも準備があります。」
いっしょに連れていきたい者もいます。シャトルの変更はできますか?」
「シャトルのチケットはVIP用のスペシャルチケットだ。シートは5つまで。発射時刻は、こちらの都合に、合わせてくれるそうだ。」
それはもはや『便』ではない!
プライベートシャトルと一緒だ。
権力と財力を。かなり有効かつ、いやらしい方法で使ってくる。
だが―――
「ヤン! どんなマジックを考えているかは知らんが、穏便に、な。
国家に匹敵する大企業にむりに睨まれることはないし、シッポをふる必要はもっとない。
なにを言われても、どんな条件を提示されても答えはただひとつ。
『前向きに検討いたしますが、自分もユリアンもまだ学生です。将来のことは卒業の見込みがたってから考えたいと思います』だ!」
キャゼルヌはそのまま、くるりとヤンから背を向けた。
「……大学側からは、返済不要のビスト財団奨学金をきみに適用できないか、検討中だ。
あと、きみの卒業までには、わたしの研究室にはもうひとり助手が必要になるはずなんだ、絶対に!
くれぐれも軽率な行動はとってくれるなよ。」
誰一人(除くクワトロ)損をしなかったア・バオア・クー仮想戦はこうして、運営側のヤンにも好ましい変化をもたらしたのである。
ヤンはついにN・ロックと対峙へ!