モニターに映ったクワトロ大尉の姿に、ヤンはギョッとした。
トレードマークのサングラスはそのままだが、ランニングシャツで、びっしょり汗をかいている。
背景に見えるのは、なにかの工事現場に見える。
ヤンたちが終了宣言をだして、全員を強制ログアウトさせなかったために、募集したパイロットたちへの撃墜スコアに応じた支払いが大変なことになっている―――という噂は届いていた。
まさか、本当に……
「先日、武器を使わないクランバトルの試合があったのだ。
好評でね。第二弾を企画中なんだが…」
クワトロは少し体をずらして、工事現場を見せた。
「専用のスタジアムが必要になりそうだったのでね。
いま工事中というわけだ。」
あたらしいクランバトル会場の設営工事中らしい。
ほっと安心して、ヤンは要件を話す。
「グラナダ…? アナハイムムーンだと?」
汗を拭いながらクワトロは首をひねった。
「ジャミトフ一味を抱え込んだ組織だ。連邦政府からの引渡し要請にも応じない。」
「ウォン叔父からもそう聞いてます。
地球のアナハイム本社からのコントロールの効かない、実質的に別の組織になってしまっていると。」
「もし、就職先として検討しているなら、おすすめはしないな。」
「やはり…危ない組織ですか?」
「危ないというなら、たぶんきみに声をかけてくる組織はすべからく危ないところばかりだろう。
アナハイムムーンをすすめないのは、単純にきみを敵にしたくないからだ。」
ヤンは少し視線を落とした。
「クワトロさんにとってはアナハイムムーンは『敵』なんですか?」
「彼らはクランバトルへの参入を狙っている。」
「それはつまり―――ひとつの企業が、国家に相当するような外交権を持ちたがっている、ということですか?」
クワトロはすこし驚いたように、モニター越しにヤンの顔を見つめた。
「いやはや…そこまで読むか。ミラクル・ヤン。」
やめてくださいよ、とヤンは抗議した。
『戦場の奇術師』
『不敗の英雄』
不名誉だとは思わないが、自称したことはないし、そもそも自分は、英雄でもなんでもない。
出来ることと出来ないことをきちんと区別して、地味に人生を歩んできたつもりなのだ。
「ウォン叔父から少し話は聞いています。
ジオンと連邦は、戦争でしか解決できない問題を、戦のかわりにクランバトルで、決着をつけることを考えているそうですね。」
「ベストな方法かどうか問われると自信はない。だが、これ以上大量破壊兵器を使うことは人類の存続にかかわる。
だが―――」
「軍隊を維持しなくても、戦争に勝ったのと同じ権利を得られるのなら、民間企業も参入してくる危険もある、と。」
ヤンはつぶやくように言った。
「軍にいたきみは分かるだろう。軍は存在するだけで、とんでもないリソースを要求する。
金も、人もだ。
『利益』を第一に考え行動する企業にはとうてい容認できるものではない。
実際に、アナハイムムーンは、いくつかの月面都市をしのぐモビルスーツ部隊をもっているが、それを運用するための宇宙戦闘艦の建造には手を出してはいない。」
ヤンは、モニターの中の青年を見つめた。
クワトロ・バジーナは仮の名であり、その正体は独立戦争の英雄“赤い彗星”だという。ならば、その出自はダイクン家。
宇宙移民の思想的な支えとなり、今も、ジオンはその血を引くものを国家元首に抱いている。
しかし―――
「クワトロさん。」
向こうが名乗りたい名前を名乗らせるのが、礼儀というものだろう。
ヤンは、アナハイムムーンから招待状のことを話して、助力を求めた。
「…実際のところ、これは表敬訪問でも見学会でも面接でもありません。
『ユリアン奪還作戦』です。」
「それなりに危険はある、ということか。」
クワトロがニヤと笑った。
サングラスの奥の瞳が光ったような気がした。
「そうです。そして今後とも、アナハイムムーンとことを構えるならば、今回のコンタクトで有益な情報も得たい。ユリアンからの連絡では、交渉の相手にはN・ロックという人物が出てくるようです。
肩書きは『プロデューサー』。
わたしやユリアンのスカウト、さらにクランバトルへの参入プロジェクトなど多方面に大きな権限をもっているのは間違いない。
そして通称『ガールズ』と呼ばれるニュータイプ部隊の指揮官でもあるらしいのです。」
「ニュータイプ部隊…アナハイムムーンのニュータイプ部隊か」
クワトロは首を捻った。
「…わたし自身が同行したいところだが、なんとか来週には、興行をうたねばならないしな…」
やはり、ア・バオア・クー仮想戦がクワトロに経済的な大打撃を与えたのは事実のようだった!!
「まずその『ガールズ』とかいうニュータイプ部隊が本当にそうなのかは、ニュータイプに合わせてみるのが一番いい。」
「クワトロさんのクランから、ニュータイプを紹介いただけますか。」
クワトロは笑みを浮かべた。
苦笑のようだった。
「たぶん、全員が行きたがるだろう。わたしが指名してしまうと、禍根が残りそうだ。
そうだな。まずは、ジオンの視察団に同行しているソム・エドワウという人物にこの話を相談してみるんだ。
わたしからの紹介だということは、話さなくてもいい。いや、むしろ言わない方がいいかな。」
「実は、明日にも月に旅立たねばならないのです。」
ヤンは打ち明けた。
「わたしのほうも、大学の後輩や連邦軍にいたときの仲間に声をかけてます。
アナハイムが手配したシャトルが5名のりなので、乗れるのはあと1人になります。」
「そこらもソムが手配するだろう。」
「失礼ですが、その方はなにものなんです? 月行きのシャトルのチケットも取らなければ…」
「たぶんシャトルの便を確保する必要はないかな…」
「プライベートのシャトルでもお持ちとか…?」
「そんな大層なものは持っていないはずだ。」
“まあ、持っているのはプライベートの戦艦なのだが”
「まあ、そこらは彼女に任せるといい
わたしがあまりあれこれ言うと返って反発するだろうからな。」
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基本的には、ジオンと連邦の差こそあれ、軍隊式の格闘術にそこまで差は無いはずだ。
ククルス・ドアンは、道場の隅に正座しながら、ハヤト・コバヤシの形稽古を眺めている。
本気で当てない。
そう約束しての稽古だが、不用意に掴みかかってくるのとは違い、打撃を捌くのは容易ではないはずだ。
ハヤトの相手は、無手の、あるいは武器を使わせても、近接戦闘においてはドアンの知る限り、最高峰の技術をもつひとりだが、ハヤトは彼の放つ打撃を、かわし続けている。
ハヤト自身も小柄ながら、がっちりとした体格なのだが、相手はふた周りはでかい。
まともにブロックしたら、ガードごと破砕される。
そんな威力のある突き蹴りだが、それでも男にとっては本気では無いのだ。
リズミカルにフットワークを使う男に対して、ハヤトはベタ足。
道場の床をすぺるように移動する。
“古武術のホホウというやつか”
ドアンは思った。
“単純に移動するだけではない。相手とその攻撃からの「角度」を調整し、当たりにくく、威力を殺しやすくしている”
男が大きく、踏み込んだ。
体重の乗った拳は、いままでのものより、速度も、威力も一段上だ。
ハヤトは、相手の踏み込みに合わせるように前にでた。
パンチは肩口を抜けた。
同時に、足を相手の外側に踏み出し、上半身を内側に潜り込ませた。
そのまま相手の体を捻るようにはね上げる。
相手は、だが、投げられる前に自分で飛んだ。
真っ逆さまに落下するところを、両腕で自分の体を支えて、逆立ちの姿勢から蹴りを繰り出す。
ハヤトはブロックしたが、そのまま体が吹っ飛んだ。
「そこまでだ!」
ドアンが立ち上がった。
「まだ、やれますよ。」
ハヤトは抗議したが、相手はもう戦う姿勢を解いていた。
「いや、来客だ。」
「俺に、ですか?」
「いや、シェーンコップ少佐、あんたにだ。」
ハヤトの相手をしていた男が立ち上がった。
「誰だ?」
「あんたの知り合いだ。」
ふむ。
と頷いて、シェーンコップは、ハヤトに手を差し伸べて、立ち上がるのを助けた。
「大したもんだ。まだ若いのに達人の域だな。うちにこないか?」
この人物。
例によって、終戦後のリストラで連邦を首になった者のひとりである。
現在は、傭兵団のトップを務めている。
モビルスーツも抱えているが、主なる仕事は、陸戦だ。
「…女房、子どもがいるんで。傭兵はちょっと。」
「ああ…実際にはそんなに切った張ったはない。主の業務は要人の護衛だ。“薔薇騎士団”がついてるってことで、ほぼほぼ、ゴタゴタは逃げてくから、ある意味最高の抑止力になってるって寸法だ。」
背の高いシェーンコップは、ハヤトを見下ろす形になる。
「怪我のほうは大丈夫か?」
「…分かるんですか?」
「アバラのヒビかな。ドアンとの試合のときの負傷か?
あれは見事なもんだった。だがモビルスーツを使ってプロレスをやるのが、あまり体に楽とも思えないんだが。」
「……考えてみますよ。ただ、俺はどうも射撃が苦手なんです。」
わざわざ入口で一礼して入ってきた人物を観て、シェーンコップは破顔した。
「よう! 提督閣下! この度はア・バオア・クー陥落おめでとう!」
「あなたまで『提督』はやめてください。」
「どうだかな。案外、独立戦争でおまえが、ソロモン以降、指揮をとっていたら今回のシミュレートと同じ結果になっただろう。」
ヤンに続いて入ってきた青年を見て、シェーンコップはほう、と驚いた顔をした。
「初めてお目にかかる。
クランバトルの英雄“白い悪魔”アムロ・レイくんだな?」
「“白い悪魔”はやめてください。」
天パの青年は、ヤンと同じくらい困った顔で、それでも丁寧に頭を下げた。
「……なんだ? きみも我らが『提督』と同類なのか?」
ヤンとアムロは顔を見合せた。、
「つまり、シェーンコップ少佐は、わたしやアムロくんが、戦いにおいて特化した才能をもっていて、それを使うことを楽しんでいると考えているんだよ。誤解なんだけどね。」
「まあ、そういうことにしておこう。
それより、なにか困り事でもあるのか?
薔薇騎士団の再来年まで予約が入っているが、俺個人はいくらでも手を貸せるぞ?」
これで、アナハイムムーンの手配してくれたシャトルの席は、ヤン、アムロ、アッテンボロー、ポプラン、シェーンコップで埋まってしまったわけですが。