小惑星アクシズが育んだニュータイプ。
ハマーン・カーン。
かつてないピンチに立たされたアムロは!?
アムロは出席できなかった基礎教養科目を取り直し、たまった課題を片付けるのに忙しい。
ある意味、彼は地球圏人類の明日を左右する重大なイベントに参加したわけだが、日常生活はそんなこととは関係なく、進んでいく。
なにはともあれ、希少資源を賭けてのクランバトルは断ったし、しばらくはなにもないだろう、と思っていたが、この日、思いもよらない訪問者があった。
ビンクのショートの髪の若い女性である。
はっと振り返るほどの美人ではあるが、簡単には声をかけるのをためらうような威厳のあるタイプだ。
一見、細身に見えるが、痩せているわけではない。
俊敏な筋肉で、しなやかに鍛え上げられているのだ。
「ジオン工科大学まで、どうしたんです?」
会うのは初めてではないが、自然と敬語になってしまうアムロである。
「そもそもわたしはおまえの連絡先を知らんのだ。」
若きカリスマは、不満げにそう言いながら、コーヒーをすすって、顔をしかめた。
「不味いな……もう少し、この、なんとかならんか?」
「技術屋の飲むコーヒーは一般的にマズイんですよ」
「なにか理由でもあるのか?」
「覚醒作用があって合法な飲み物の種類があまりないんです。」
「コーヒーの覚醒作用はともかく、味はどうにかなるだろう。」
「この味も含めての、眠気覚しなんですよ。」
ハマーン・カーン。
ジオンの重鎮マハラジャ・カーンの娘。
強力なニュータイプでもある。
そして、クワトロ大尉の「婚約者」。
ジオン工科大学ネオ香港キャンバスは、ネオ香港の郊外にある。研究施設などを併設させるためには、そのほうがよかったのだ。
学生の使うレストランやカフェなども、すべてがキャンパス内部にある。
ここもそうしたカフェスペースの一部であって。
「相談に乗って欲しい。」
と、ハマーンは言った。
出来て数年のジオン工科大学生にとっては、ネオ香港大学の学生は高嶺の花である。
ハマーンはネオ香港大学のIDカードをこれ見よがしに、首から下げている。もちろん悪気はない。他校のキャンパス内部をウロウロするのに、不審者扱いされないように気を使っているのだが。
“おい、この前、街で褐色肌の美人とおまえがデートしてるのを見ちまったんだが”
先日アムロは、クラスメイトからそう声をかけられたことがある。
“ああ、ララァさんのことですね?
買い物に付き合っただけですよ。そんなデートなんて”
“でも、おまえマチュやニャアンと一緒に暮らしてんだろ?”
これも誤解であって、たしかに同じコンドミニアムの同じ棟ではあるが、部屋は別々なのだ。
クラスメイトは誤解したまま、「さすがは白い悪魔……」とかいいながら羨ましそうにしていた。
こちらをチラ見してくる学生たちは、そのときのクラスメイトと似たような表情を浮かべている。
「相談……ぼくなんかより、クワトロ大尉のほうが」
「スタジアムの新設やらクランバトルの資金繰りとかでまだ会えてない。」
クワトロにしてみれば、ララァという存在がある以上、カーン家の意向で勝手に押しかけてくるハマーンは邪魔な存在なのだろう。
アムロはすこし、彼女に同情した。
「まあ、ぼくでよければ」
「というか、おまえが最も適任だと思う。」
ハマーンはテーブルに肘をついて、ぐいと身体を、乗り出した。
ち、近い!近い!近い!
「例の外交交渉をめぐるクラバだがな。」
「はい?」
「わたしが出ることになった。」
あと、ひとりは?
と、アムロは尋ねた。
「アルテイシア様とわたし、それにシャリア・ブル閣下だ。アルテイシア様はおまえにご執心だったが、諦めていただいた。」
「3機編成になったんですか。連邦側は、ヤザンさんとジェリド……?」
「ポプラン、という男らしい。連邦の元エースで、いまは退役して、ここに在学してるらしい。知らないか?」
知らないも何も!
つい先日、月面で一緒に戦った男だ。
なんでもとてつもなく偏屈で、軽キャノン量産後もモビルスーツには一切のらず、終戦まで戦闘機乗りを貫いたという。
たぶん、気まぐれからなのだろうか。
可変機スパルタニアンに試乗し、そのまま、マラサイ6機を相手に圧勝してみせた。
「天才! ですよ、ポプランは!
大気圏内での飛行での戦闘になるんですよね。くれぐれもお気をつけて。」
これでよかった。
と、アムロは胸を撫で下ろした。
ハマーンはたしかに若いが、家柄はジオン公国でも名家だ。
つまり、ジオンを代表するに相応しい人材なのだ。
“セイラさんは悪い人ではないんだけど”
アムロは思う。
“そこがぜんぜんわかっていない。”
一般市民が国家の運命を左右するようなバトルに出場したら、勝とうが負けようがあとがとんでもないことになるのは分かりきっている。
どんな結果になろうと、負けたほうからは恨まれる。
それが、個人的な攻撃に発展するのは目に見えていた。
命まで狙われないにせよ、あたりまえの生活は二度と送れない。
ハマーンは、むむっと唇をかんだ。
言おうか言うまいか、迷っている表情だった。
「…スパルタニアンはどんな機体なんだろう?」
「ああ、ぼくは月面で乗る機会がありましたよ。実戦で使うにはジェネレーターの出力が不足してます。
ビームサーベルやライフルが使いにくい。
でもクランバトルなら申し分ないんじゃないかな。変形の安定性もいいです。」
「そうか……いいのか……」
なぜかがっかりしたように、ハマーンは俯いた。
「あ、アムロ……わたしは……」
噛み締めた唇から血が滲んでいる。
顔色は青ざめていた。
ただごとではない!
立ち上がろうとしたアムロを遮るように、ハマーンは言った。
「……わたしはキュベレイで戦いたいのだ、アムロ!」
その機体をアムロは知っている。
もともとは、ハマーンが幼い頃におこしたデザイン画をもとに、アルテイシア専用機として、一機のみ作られたモビルスーツだ。
だが、ムーバブルフレームやマグネットコーティング、ジェネレーターの設計などが一世代前のものであり、さらにコクピット周りの安全性に配慮されたカスタムオーダーのモビルスーツをヘルマコングロマリットが売り込んできたことで、元首専用機としての採用は見送られた。
ハマーンは、このモビルスーツを気に入っている。
アムロにしてみれば、その特徴であるエネルギーキャップ式の小型ビット……ファンネルの暴走事故を体験しているだけに、手放しで「おすすめ」できる機体ではないのだが。
アムロは、少し考えた。
「キュベレイは……大気圏内飛行には対応していませんよね。」
「わかっている。」
ハマーンは、俯いたまま言った。
「わかっているのだ。」
繰り返した。
アムロは、何も言えなかった。
じゃあ無理じゃないか。
そう答えれば終いなのだが、その一言が出せない。
「最初の出撃の失敗から、コクピットの配置も、ファンネルの展開角度も、センサーの感度も——全部、わたしに合わせてカスタマイズされた。乗ったとき、機体がわたしの身体の延長のように感じられる。
そういう機体に、なっている。」
アムロは、黙って聞いた。
「スパルタニアンは悪い機体ではないと、おまえは言った。」
「はい。」
「そうだろうな。」
ハマーンは、顔を上げた。
目が、かすかに赤い。
「性能だけの話なら、今回のクランバトルは可変機で大気圏内を飛行できることが必須だ。わかっている。」
「ハマーンさん。」
「わかっているのだ、アムロ!」
ハマーンは、少し声を荒げた。
それから、自分で気づいたように、口を閉じた。
カフェの中の学生たちが、ちらりとこちらを見た。
しばらく、沈黙があった。
「……すまない。」
ハマーンは、静かに言った。
「取り乱した。」
「いいえ。」
アムロは、コーヒーのカップを両手で持った。
「ぼくも、似たような経験があります。」
ハマーンが、顔を上げた。
「ガンダムです。」
「……ガンダム?」
「ジオン独立戦争において、連邦軍が試作機として作り出したモビルスーツ。それを、性能を落とさないまま、可能な限りコストダウンしたテム工廠が作り出した『ガンダム』。
先日、アン・ムラサメのゼク・ツヴァイと相打ちになるまで、ぼくが乗っていた機体です。」
アムロは言った。
「あれも——最初にコクピットに乗った瞬間から、機体がぼく自身の一部みたいな感覚がありました。幾度も死線をくぐり抜けた相棒とまた出会ったような。
正直に言うと、いまでもあのガンダムのことを考えることがあります。
あの感覚は、他の機体では味わえないと思っています。」
ハマーンは、アムロを見た。
「それでも——別の機体に乗ることは出来るものなの?」
「できます。」
アムロは、静かに言った。
「できますが——最初は、ずっとガンダムと比べていました。」
「今は?」
「今は……スパルタニアンはスパルタニアンだと思っています。」
アムロは、少し考えてから続けた。
「ガンダムがいいとか、スパルタニアンが劣るとかじゃなくて——別の機体だということです。
比べるものじゃない。」
ハマーンは、しばらく黙っていた。
「……おまえは、正直だな。」
「そうですか。」
「慰めるわけでもなく、叱咤するわけでもなく、自分の話をした。」
ハマーンは、コーヒーのカップを持った。
不味いと言っていたのに、今度は顔をしかめなかった。
「そういう話し方をする人間は、あまりいない。」
アムロは、何も言わなかった。
「……わたしはスパルタニアンを使いこなせると思うか?」
「出来ますよ。」
アムロは即答した。
「ぼくは月面で初めて乗りましたが、実戦で使えました。
ハマーンさんなら、もっと早く馴染めると思います。」
「なぜそう思う?」
「キュベレイを自分でデザインしたんでしょう。」
アムロは言った。
「機体の構造を理解している人間は、別の機体への適応が早い。自分が何を必要としているかを、わかっているから。」
ハマーンは、少し目を細めた。
「……そういう考え方は、したことがなかった。」
「ぼくの話です。ハマーンさんに当てはまるかどうかはわかりません。」
「いや。」
ハマーンは、カップをテーブルに置いた。
「当てはまるかもしれない。」
しばらく、ふたりは黙っていた。
窓の外で、キャンパスの学生たちが行き交っている。
「アムロ。」
「はい。」
「それでもやっばりわたしは、キュベレイで試合にでたい。」
アムロは、別に傍からそう見えているほど、無敵の存在ではない。
とくにビーム兵器を解禁したクランバトルでは、いくども死を覚悟する瞬間はあった。
―――そのときと同じ絶望感が。
午後のカフェを被っていくのが、ハッキリとわかる。
こ、これがニュータイプ!!
ニュータイプなのかっ!
いまのアムロってこんな。
けっこうなお金持ち。(クラバの収入+学費はジオン持ち)
もててる。(好意を寄せられてる相手。マチュ、アルテイシア、ララァ)
でもどこかかわいそう……