ヤンとユリアンは、アムロたちほど、休んだ分の課題に追われているわけではなかった。
ヤンたちは、入学したてではなく、卒業に必要な基礎教養カリキュラムは、ほとんど履修済みである。
ヤンとユリアンの住むアパートは、ネオ香港大学からほど近い。寝室ふたつに居間、バス、トイレ別。
建物は安普請で高級とはいえない。調度類も手頃なものばかりだったが、テーブルの上の一輪挿しだけはなかなかの上質感を漂わせていた。
2人は、この日、決まった授業がなく、午後から、ユリアンはパイロット養成所に。ヤンはキャゼルヌの研究室に顔を出したあと、図書館にでも籠り、ユリアンと待ち合わせたあとで、ささやかな外食を予定してた。
キャゼルヌ准教授のおかげで、返済不要の奨学金の話がほぼ決まり、これからは生活はかなり楽になりそうである。
というわけで、ヤンたちはレトルトのスープに昨日、ユリアンが買ってきたサンドイッチで、遅めの朝食兼早めの昼食をとっていたのだが、そこに予告なしの訪問をうけた。
人間関係にまで、不意打ちを旨とするエース、ポプランの襲来である。
「なにごとです?」
ドアを開けたユリアンは、ポプランの後ろに知らない顔を見つけて、すこし表情を、固くした。
ひとりは、浅黒い肌に猛禽の目をした、見るからに凶暴そうな男。もうひとりは20歳前後。190を超える大男だった。
「すまない。急用だ。」
べつにすまなそうにせず、ポプランは言った。
「例の希少資源を賭けたクランバトルのパイロットに選ばれちまった!
そこで、だ。
我らが提督のお智慧をぜひとも借りたいんだ。」
「連絡くらいくれても……」
「うむ。まえもって、連絡したらたぶん、会うのも嫌がるだろう案件だったんでな。」
そう言ってポプランは、2人を紹介した。
「おれと一緒にクランバトルを戦うヤザン・ゲーブルとジェリド・メサ―――2人ペアならM.A.V.なんだろうが、3人のチームはなんて呼ぶのかな……まあ、そういう連中だ。」
「よう、提督! 邪魔するぜ。」
ヤザンが大声で挨拶した。
ユリアンは諦めて、3人を中に招き入れた。
テーブルは小さく、椅子は全員がかけるのに足りない。
「提督は勘弁してください、ヤザンさん。」
ヤンは頭をかきながら立ち上がった。
「なんで、あなたまで『提督』なんです?」
「そりゃ、ついこの前、おまえの指揮でア・バオア・クーを攻略したばかりじゃないか!
なあ、ジェリド?」
その言葉。そしてジェリドという名前には聞き覚えがあった。
あの仮想戦の最後の大乱戦を引き起こしたのは……
おそらく、いや間違いなく、目の前のこの男だ!
ヤンは、ヤザンの名前も、その評判も知っていた。その獰猛さはときとして、兵士の範疇を平然と超える。
命令違反は数知れず、上部との衝突はその倍ではきかない。
とはいえ、軍法会議にはギリギリ掛からず、業を煮やした上官からは、何度も死地に送り込まれた。
だが、ヤザンはそこから帰還し。
……ここから先は噂、というより都市伝説だ。
彼を始末しようとした上官は、ことごとく不慮の戦死を遂げたという。
敵に回したら、味方であっても容赦しない。
そういう人物だが、部下たちからの評判は悪くない。
僚機の生還率が抜群に高いのだ。
本人も無茶をするし、上から睨まれて、積極的に激戦地に送り込まれているにも関わらず、である。
ヤンは上着を手に取った。
「シェクトントンのマーさんのカフェなら、まだこの時間は空いてるだろう。」
「いや、わりと内密にしたい話なんだが」
「我が家では、椅子が足りない。」
ヤンは、スマートフォンを見せた。
たったいま届いたメッセージが点滅している。差出人は……アムロ・レイだ。
「なにか、今回のクラバで、急ぎで相談したいことがあるらしい。
彼がなにか相談があると言うなら、あなたも聞きたくありませんか、ヤザンさん?」
ユリアンは、このあとパイロット養成コースに出席の予定ではあったが、自分もついて行くと言ってきかなかった。
ポプランは、もちろんユリアンにとっては旧知の仲なのだが、ヤザンの凶相に不安を感じるものがあったのだろう。
『マーさんのカフェ』は学生街から少し離れたところにある。
値段は安いし、居心地はいい。
それに、大学の知り合いとはまず顔を合わせないので、ヤンたちは学校以外の知人と会う時に、よくここを利用していた。
アムロは、以前会ったときと同じ席で待っていた。
丈の短いフライトジャケットは着ているが、この人物が「あの」白い悪魔だと聞いたら、十人が十人、驚くだろう。
顔出ししての(画像そのものはAI制作だが)CMにも何度も登場しているのに、あまりにも印象と違うのか、街を歩いていても顔を指されることは皆無だと聞いている。
「ポプラン……、え? ヤザンさんやジェリドも? いったいどうしたんですか?」
「例のクラバのことで、ヤン提督にお智慧を借りようと押しかけたんだ。」
ヤザンが肩を竦めた。
「そうしたら、ちょうどおまえさんからもメッセージが入ってきてな。
内容が同じくクラバのことになるなら、一緒に片付てしまおうということになったんだ。」
「片付けられるか、どうかは」
ヤンは苦笑しながら、席に座る。
昼食をすませていたヤンたちは、飲み物を。
ヤザンたちは、パンケーキのセットを注文する。
「それにしても、おまえが出ないとは、……安心したぜ。」
ヤザンは正直に言った。
「俺が提案してる3機小隊でのモビルスーツ運用は、もともと対ニュータイプを想定したもんなんだ。」
「それは気がついてましたよ。」
アムロが言う。
「仮想戦で、ビット搭載のモビルアーマーとやり合ってて思いました。
あれを1対1で攻略するのは無理です。
充分訓練した3機編隊なら、ビットを牽制しながら本体に近づくことも可能です。」
一同は変な顔をした。
あの仮想戦のデータや映像化したものの配信はいまも人気コンテンツだ。
アムロのガンダムが、対艦隊戦仕様のモビルアーマー『とんがり帽子』を追い詰めていくさまは、とくに何度も再生されている。
どこが「1対1の攻略は無理」なのだろうか。
「代わりにハマーン……カーン家のお嬢様が出ることになったんですが」
「あいつもニュータイプだろう? 家柄的にもジオンを代表するのに、問題ないはずだ。」
「それが昨日、相談を受けまして」
アムロは運ばれきた烏龍茶のポットを注ごうとしたが、ユリアンに止められた。
「あと5分、蒸らしてください。せっかくの香りが」
ほんとに役にたつ子だなあ、と感心しながらアムロは言われた通りにした。
「俺たちの攻略法でも相談されたか?」
ジェリドが笑った。
「いや……キュベレイで出たいって言うんだ。」
「キュベレイって、あの蛾みたいなモビルスーツか……?」
ヤザンは首を傾げた。
「あれって、大気圏内を飛行できたのか?」
「無理です。」
「じゃあ無理だろ?」
ヤザンはすごく、当たり前のことを言った。
「そもそも、俺が空中戦を提案したのは、その方がパイロットが安全だからだ。
機体が破壊されなくても飛行が出来なくなれば、脱落に出来る。
自由落下になっちまった時点で、待機させたサブフライトで機体を回収してやれば、頭部破壊で勝ちが決まる一般的なクランバトルよりも事故が起こる可能性は低い。」
「万が一にも、アルテイシア・ソム・ダイクンの身に危険が及ばないようにで……ですか。」
ヤンは考え込んだ。
「武装はどうするんだ?」
ジェリドが尋ねた。ペズンでの戦いにも参加した彼は、キュベレイのことも多少は知っている。
「あのファンネル……とかいう武器は、重力下じゃ飛ばせないだろう?」
「そこらは、けっこうなんとかなるそうです。多分かなり練習したんだろうと思いますが……稼働時間はうんと短くなりますが、なんとかコントロールはできるとか。」
「実際にどうやって攻撃するんだ?
今回のクラバはビーム兵器はオミットだぞ? 銃なんてファンネルに内蔵しても弾が装填できない。あとは両腕のビームガンを実弾仕様に変更するくらいだが」
「腕にも構造上、それほど弾薬は積めませんよ……」
「積めませんから、詰んでる。」
ポプランが冗談とも本気ともつかないのもをつぶやいた。
「ユリアン、なにか手は思いつくかい? 」
アムロは、おもむろにユリアンに話しかけた。
突然、話を振られてびっくりしたように、目を丸くする。
「い、いえ、そんな。変形機構をもたない人型のままで、大気圏内の飛行を実現したモビルスーツはありません。
戦争中に、試験的に近接戦に特化したグフの飛行型や、あと戦後だとトリントンで試作機が、作られたことはきいてます。けどどれも実用的には……
たぶん、ミノフスキークラフトが、モビルスーツに搭載できるサイズにまで小型化できなければ無理なんじゃないでしょうか?」
「武装面はどうかな? ちょっと補足しておくとね。さっきヤザンさんが言ったファンネルっていうのは、キュベレイに搭載された小型版のビットのことなんだ。ジェネレーターは廃して、エネルギーキャップ式を採用することで、モビルスーツに内蔵できるまでに小型化を果たした。
ニュータイプならサイコミュを介して、脳波でコントロールできる。」
「その……もし、地球の重力下でもなんとか動かせるのなら」
ユリアンは慎重に答えた。
「そのまま、ぶつける、というのはどうでしょう。」
アムロは。そしてヤンも、笑った。
「正解だ。ある種の誘導ミサイルとして、ファンネルを使用する。腕の機銃は牽制として、これでキュベレイは充分、戦える。」
「じゃあ、俺たちの相談のほうもいいか?」
ヤザンは手を挙げた。
「今回のクランバトルの意味はよくわかってるつもりだ。
勝とうが負けようが、勝敗がきちんと交渉結果に反映されれば、クランバトルそのものは『成功』だ。
最大のリスクは、むこうが元首以下、シャリア・ブル司令官に、カーン家のご息女と、とんでもないVIPを揃えてきたことにある。落とすのはかまわえねえ。試合なんだからな。
だが、間違っても人死を出すわけにゃあいかないんだ。とくにアルテイシアは、な。」
「ソム・エドワウ……のことですね?」
ヤンが言った。
「美しく……聡明な女性でしたが、やっている事はあまりにも危うい。
命をかけねばならない修羅場に進んで身を投じるなど……」
「ヤツに言わせれば、もし万が一、自分になにかあれば、ドズル・ザビの忘れ形見をたてればいいと抜かすんだが……」
ヤザンの眼が剣呑な光を放ちはじめている。
「形だけでも君主制をひいている国が頭をすげ替えて、はいこれまで通りとは行くはずがねえ。」
つまり、だ。
と猛禽の男は言った。
「こっちが手加減できるように、もう少しハンデをつけさせろ!
ただでさえ、ギャプランは稼働時間が短いんだ!」
「や、八百長になるじゃないか」
「それじゃ八百長ですよ!」
意見がぴったりあったジェリドとユリアンは顔を見合せた。
「ふざけんな。こいつはこれから、『戦争』の代わりをしなきゃならねえ、重要なイベントだ。こっちはとことん本気でやる。」
そんな!
無茶苦茶です!
ユリアンとジェリドが叫んだが、ヤンは微笑みを浮かべて、アムロを見やった。
「……アムロくんは解決案を持っているようだ。聞いてみよう。」
「なんでそうなるんです?」
「なにも出来ない、わからない状態なら、わたしのところに来ないだろう?
なにか解決策があって、それをわたしとユリアンがどう思うか聞きたかったんじゃないかな?」
さすがですね。
アムロはため息をついた。
「飛べないキュベレイを飛ばせる方法と抱き合わせです。」
「とは言ってもサブフライトシステムを使うしか解決はないぜ?」
ポプランが言った。
「ただそうすると、サブフライトシステムも一機としてカウントされるから、実質3体4になっちまうんだが。」
「レイダーをサブフライトシステムとして利用します。」
アムロはきっぱりと言った。
「レイダーの推力なら、キュベレイを乗せて飛翔が可能です。ただ、その場合、レイダーそのものの動きも悪くなるし、飛行可能時間も短くなる。
これが、ヤザンさんの言った『ハンデ』になります。」
たしかSEEDでもレイダーはそんな使われ方をしてましたので。