国家の威信、英雄の矜持、そして少女の自尊心――すべてを賭けた“クランバトル”開幕。
空を舞うのは可変機か、狂気か、それとも人の意志か。
その一戦は、世界のルールを書き換える。
ランバ・ラルが私邸にひとを招くことは珍しい。
だが、いろいろと考えたうえでの行動である。
客人は二人。
まず約束の時間の5分前に、うち一人が来訪する。
「時間を割いていただき、御礼申し上げる。」
表情には別に御礼も感謝もしている様子はないのだが、この男はいつもこんな調子だ。
―――ならば、言った言葉をそのまま受け取っておけばよい。
ジオン公国正規軍マ・クベ中将である。
勧められるままに腰をおろして、周りを見回す。
「過ごしやすそうな、よい屋敷ですな。」
もともと、ラル家は名家である。
だが、先代がザビ家によって、暗殺されたあともといた屋敷は取り上げられ、解体された。
ここは、いまハモンと二人暮らしである。
使用人もおかない。
「こじんまりやっております。」
実際にマ・クベはこの応接間が気に入ったようだった。
飾っている古びた陶器のいくつかは、中世に作られた本物である。
「マイセン……ですか?」
陶器の人形のひとつに、マ・クベは目を止めた。
「……そのようです。先祖がサイド3に移民する際に、持ち込んだものときいています。」
マ・クベのチャイナ収集癖は有名だが、西洋の陶磁器にも造詣は深いようだ。
それで会話は途切れた。
話すべきことは、たくさんある。
実際のところジオン公国の軍事と行政のトップと言ってもよいふたりである。
―――話すべきことは、たくさんあるが、迂闊に話せない。
いたたまれないような重圧は、来客の知らせで断ち切られた。
「おふたり連れですわ。」
ハモンは慎ましくそう告げた。
「約束と違うな。一人でくるはずだ。」
マ・クベの眉間にしわがよった。
それなりの大物感は出てきた彼だが、不快の念をとっさに隠すことは、下手くそだ。
襟元のインカムに、何者か確認することと、ボディチェックを厳重にするよう命じた。
返ってきたのは、笑いを含んだ若い男の声だった。
「ジオンの護衛は質が悪いぞ。名を尋ねるのに、いきなりレデイの胸ぐらを掴むのはなしだ。」
「ウォルター・フォン・シェーンコップ少佐か。」
マ・クベは、狼狽えることなく、話を続けた。
「わたしの護衛はどうしている?」
「胸ぐらをつかんだやつをわたしが制圧したら、どうもほかのやつらまで自責の念にかられたらしい。拳銃を取り出して自決しようとしたので、連れが止めるのに一苦労だ。」
「……殺したのか?」
「一時的に気を失っているだけだ。
入院も必要ないだろう。だが、自殺願望というのは繰り返す恐れがあるから、経過観察は慎重に頼む。」
シェーンコップは明らかにこちらをからかっている。
それがわかっているからこそ、マ・クベは冷静になれた。
「……わかった。ただ、武器はラル家の護衛に預けてくれ。」
「承知した。」
「いったい、誰を連れてきたのだ! シェーンコップは!」
マ・クベは、インカムを切ると怖い目で、ハモンを睨んだ。
だがハモンは、それで恐れ入るような女では無い。
かえって口元に笑みを浮かべた。
「とってもお綺麗な女性ですわ。メガネをかけて……白衣を着ていらっしゃいました。」
「その女が、わたしの護衛を一瞬で制圧したというのか……」
「そのようですわね。」
ハモンは、壁のモニターのスイッチをいれた。
画面が明るくなる。
地球からのライブ配信だ。
「例の鉱物資源を巡ってのクランバトルが、そろそろ始まります。まずはそれを皆さんでご視聴なさっては?」
「賛成だな。」
ちょうど応接室についたシェーンコップがそう言った。
「ランバ・ラル閣下。お元気そうでなにより。」
「前回出会ったときにもそのセリフが欲しかったな。」
「そりゃ、無理です。あのときは戦争中で敵同士だった。しかし、あんたの機転のおかげでダムの決壊から下流の街を救えてよかったよ。」
全員の視線は、シェーンコップが連れている女性に集まった。
あまりにも滑らかな肌は、それこそ陶器の人形を思わせる。
艶やかな唇には、僅かな笑み。
まるで思春期の少年の淫夢のなかにでてくるサッキュバスのようなプロポーションだが、彼女がまとうのは、医者か科学者が着るような白衣だ。
「ムラサメ研究所のゼロ・ムラサメ。」
と彼女は名乗った。
ハモンが手早く、料理をならべた。
ワインがつがれる。
「……アルテイシア様とシャリア・ブル、それにマハラジャ・カーン様のご息女のチームか。」
マ・クベは、試合前のアナウンスを聞きながら、顔をしかめた。
「とめられなかったのか、ラル殿?」
「クランバトルを定着させるためには、最初はしかるべき地位のものを出場させる必要があったのですよ。
まあ、シャリア・ブルの代わりにわしが出てもよかったのですが」
「ダメよ。」
ハモンが、優しく、だが、きっぱりと制した。
「あなたがアルテイシア様に付き合って、クランバトルに首をつっんだ挙句に、大怪我をしたときは、心臓がとまるかと思ったわ。」
「その期間、政務はだだ詰まりだった。」
マ・クベが指摘した。
「アルテイシア様は、象徴として、存在していただければ当面はそれでよい。
今少し、身の安全を考えていただけさえすれば、少々のイタズラには目を瞑りましょう。
だが、実務を担当すべき、我々までがそれに付き合っていてはとんでもないことになる。」
「たしかに、いまのジオン政府は、反ザビ家派の派閥が横行しすぎている。実務ができるものは少ない。」
ラルも言った。
「これは軍部も同様だ。」
「わたし自身は永遠に、いまの地位にしがみつくつもりはない。
実際に後継者も育てていつるもりだ。
それに別に、ギレン前総統やキシリア様にふくむところはないのだよ。忠誠心があるとすれば、それはジオン公国という国家とその国民に対するものだ―――ゆえに」
マ・クベの目が暗く光る。
「国家を傾けるような火遊びは、やめていただけるとありがたい。」
「ジオンの行政府と軍部が、仲が悪いというのは、噂だけではなかったのだな。」
シェーンコップが揶揄うように言った。
年齢的にはここで、彼はもっとも若く、また社会的な地位も下だったが、それをまったく気にするところはなかった。
「だが、クランバトルについては、少なくとも『遊び』ではない。
『戦争』という解決方法が、環境そのものの破壊をもたらすに至った今日の世界のなかで、新たらしい外交紛争を解決するための手段の提案だ。」
「それはうまく、いくのだろうかな、薔薇騎士団の団長殿?」
マ・クベの声の響きにも揶揄するような調子がまじっていたが、シェーンコップは挑発にはのらず、あっさりと
「試す価値はあるだろう。」
と返した。
「そうだな。うまく行くかどうかは分からんが、試す価値はある。」
ランバ・ラルもそう言った。
「そして、そう思っているのは、陛下だけではない。連邦軍のゴップ大将、クラバの大立者であるカネバン有限公司のアンキー、ネオ香港のクラバオーナー、クワトロ・バジーナ氏、ニューヤーク市のガルマ・エッシェンバッハ氏もそのために、動いている。」
「わたしはなにも反対しているのではない。」
マ・クベは腹立たしそうに言った。
「仮にクランバトル決着が万能の存在にならなくても、三回起こる戦争が一度ですむだけでも充分だ。
実際、今回の鉱物資源の輸出規制などは、軍の立場からいえば、降下部隊を派遣するに値する案件だ。
だが、元首が自ら命をはっている以上、可能性が『ある』だけでは不充分だ。
どの程度の可能性がある?」
「はじまりますよ。」
ハモンが、一同の注意をモニターに向けさせた。
連邦のモビルスーツは『ギャプラン』。新しく開発された可変機だ。
一方のジオンは―――
もともと大気圏内部の飛行などは考えていなかったジオンには、可変機は存在しない。
一機は、練習機である『スパルタニアン』を改修した機体ときいている。
そのスペックなどは別に軍事機密でもなんて無い。
最初から可変機に慣れさせるための、練習機としてジオンにも売り込みが来ているくらいなのだ。
練習用に仕掛けられているリミッターを解除すれば、そこそこには使える機体である。
たた、可変速度が10秒弱と、敵前では行えない遅さなのと、ジェネレーターの出力がビーム兵器を運用するには明らかに不足してある。
だが、今回はビーム兵器はオミットしたクランバトルである。
うまく使いこなせれば、大丈夫だろう。
そして、そのパイロットは、「灰色の幽霊」シャリア・ブルである。
准将自ら……というのはひっかかるが、あとの二名が、元首自身とカーン家のお嬢様では仕方ないだろう。パイロットとして見ただけでも、彼を越えるパイロットは少なくとも現役のジオン軍人にはいない。
そして、もう一機。
ジオン元首アルテイシア・ソム・ダイクンが駆る「レイダー」。その背に白いモビルスーツがへばりついている。
大きく張り出したフレキシブルバインダーが、羽根のようにもみえる異形のモビルスーツ「キュベレイ」。
はたしてそのままでどうやって戦うのだ?
キュベレイを乗せたままでは、人型への変形もままならないはずだ。
「このまま、高度1万辺りまで上昇。そのが試合会場となる……らしいですわね。」
ハモンが手元のデバイスで、情報を確認しながら言った。
「この高度なら、失速し、落下した場合てもサブフライトシステムでの救出が間に合うので、かなり安全だと発表されています。」
「キュベレイはどうするのかな。」
ゼロ・ムラサメは身を乗り出して、食い入るようにモニターを見つめているが、こちらは完全に興味本位のようだった。
「アレの主兵器のファンネルを重力下でどう使うのか」
マ・クベが、シェーンコップと会うのにわざわざ、ランバ・ラルを巻き込んだのは、ジオン「軍」が行政府に先駆けて、名だたる傭兵集団と仲良くなってしまうのは、ジオン公国内部のバランス感覚として不味いと考えた(という設定)