「コレじゃない」感はあるのですが。
ラインハルトが『皇帝』と揶揄されるのは、若いのに年長者にも一切物怖じしないその態度と、ときには非情さすら感じさせる果断さにある。
大理石のような白皙の肌、黄金色の髪、アイスブルーの瞳を持つ、息を呑むような美貌の青年は、しかし決して不必要に豪奢な生活を望んでいるわけではない。
住んでいる場所は、彼のアナハイムムーンへの着任に伴って用意された宿舎である。
秘書として一緒に赴任したキルヒアイスとは隣同士の部屋で、接客用の応接室があるのが、「並の」高級幹部より豪華といえたが、床面積で言えば、支社長の社内にあるプライベートスペースのシアタールームにすべてすっぽりと入り込める程度しかない。
食事も酒も味はわかっているようだが、特にうるさいことも言わずに出されたものを黙って食べることが多い。
ただし。
この人物が座っただけで、場末の酒場のカウンターも、超一流の名店に変えてしまうような品と格がある。
有能な秘書であるキルヒアイスが、はるばるニューヤークから訪れたエッシェンバッハ卿の娘婿を歓待するのに用意したのは、グラナダでも最深部にある初期の入植者の共同食堂を模したレストランだった。
宇宙からの放射線や飛来物をさける為に、当初の月面都市は、施設をその地下深くに置くことが多かったのだ。
それほど高級な店でないが、料理は美味い。
バーカウンターもダンスホールもあるし、プライベートな集まりには個室も用意してくれる。
ただ、現在のグラナダの中心は、宙港に隣接した地区や、アナハイム月面本社の社屋もある行政区に移ってしまっているので、ここは知る人ぞ知る名店となっている。
まるで初期の入植者や建設にあたった作業員たちが食べたようなペースト状の食べ物を始め、スープや前菜が並べられる。
「では再会を祝して」
ラインハルトがグラスを持ち上げたが、ガルマ・エッシェンバッハは、付け加えた。
「アナハイムのクランバトルへの参入の成功を祝して」
ラインハルトは一瞬、苦笑いを浮かべたが、それ以上は言わずにグラスを飲み干した。
「成功、と言っていいのか?」
ラインハルトのアイスブルーの瞳が、ガルマをとらえる。
「きみも察知しているように、問題は山積みだ。」
「たしかに難しいところだ。」
ガルマも死線をくぐり抜けてきた男だ。びくともせずに言い返した。
「そもそもアナハイムエレクトロニクスが、今後クランバトルを己の欲しいままにするのなら、わたしも敵に回ることになる。」
「きみは正直だな。」
ラインハルトは、焼きたてパンををちぎると、最初に運ばれてきたペーストを塗って、口にいれた。
ガルマは、親友を真似て、恐る恐る毒々しい色のペーストをパンに塗って口に運んだ。
美味い!!
まるで濃厚なスープに浸したパンのように、旨味が口のなかで弾ける
「慎重なだけだ。戦争に代わる外交交渉の最後の解決方法としてのクランバトルが、そのためにダメになるようなら……」
「それはこちらも望むところではない。
だが、政治的な権力から阻害されるには、アナハイムはあまりにも強く、大きくなりすぎてしまった。」
「しかし、それでもアナハイムは『国』ではない。国家と同様の権利を持とうとするのはあまりにも過ぎた望みではないかな?」
「そうだろうか。
むしろ、現在のアナハイムのほうが不自然だ。国民に匹敵する人口の生殺与奪の権利を握っているにも関わらず、国家としての義務を果たそうとしない。」
キルヒアイスは、手を挙げてワインをオーダーした。
ふたりの会話は大いに盛り上がっている。
実際のところ、キルヒアイスはラインハルトがその性格と能力の高さゆえにあまりにも孤独になってしまうのを危惧していた。
けっして、数は多くないが。
対等な立場で議論が出来る友人がいるのは、悪くない。
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ワインを空けて、店を出たのは、夜半を回っていた。
「アナハイムムーンにもまだまだ人いるぞ、ガルマ!」
ラインハルトは明るく言った。
「ぜひ、きみにも紹介したい。クランバトルへの参入を指揮している男だ。」
「わたしの友人にもぜひ、きみに会ってもらいたい人物がいる。」
ガルマも言った。
「ネオ香港でクランバトルの興行をしている男だ。先日のペズン動乱でも活躍した。」
「クワトロ・バジーナか!」
ラインハルトがアイスブルーの目を見開いた。
「ポメラニアンズのアンキーから代理人として名前があがっている。
ジュニアクランバトルの細部の調整と契約のために、近日中にグラナダに来ることになっているはずだ。」
キルヒアイスの表情がなんとも言えぬものとなった。
「ガルマ様……クワトロ・バジーナ氏はその」
「そうだな。彼にとって、わたしは親の仇の一族だ。そしてつい昨年、わたしは実の姉を彼によって殺害されている。」
ガルマは空を見あげた―――とはいっても、下層部のここは、天井もひくく、配管がむき出してなっていて、あまりロマンチックではなかった。
実の姉を―――
という言葉に、ラインハルトはびくりと頬を痙攣させた。
彼の姉は―――金と権力により、望まぬ結婚を強いられていた。
「あの、イオマグヌッソ事変のときにおきたことをわたしはかなり正確に把握している。
妨害がなければ、イオマグヌッソの第二射は、地上に向けて放たれていた。」
ガルマはため息をついた。
「もともと『人類の半数を殺した』との悪名に塗れたザビ家ではあるが、地球人類を絶滅させたという名は、願い下げだった。
彼のやったことは―――おそらく最善の選択肢のひとつだろう、と思う。
故に、彼は未だにわたしの友人のままだ。
ソロモンショックで行方不明になってから、ペズン動乱までの間、一度も連絡を寄越さなかったことも含めても。」
「ラインハルト様! ガルマ様!」
キルヒアイスはすでに身構えていた。
三人は、取り囲まれていた。
ジオンの軍服に似た制服に身を包んだ男たちの一団。
中心に立った髭面の男が、ゆっくりと歩み出た。
「アナハイムムーンのラインハルト・ローエングライムだな?」
男たちは―――
なんらかの戦闘訓練をうけたようにはみえない。
数と制服で威圧する。それだけの政治的なゴロツキの集団だ。
「自分の名も名乗らぬような輩に、返答の必要はないな。」
ラインハルトはきっぱりと答えた。
彼自身も―――キルヒアイスも個人の戦闘についてはたっぷりと修練をつんでいる。
有象無象など、何人かかろうが、相手にならない。
「おお、怖い怖い。」
髭男は大袈裟に体をすくめてみせた。
「我々は真なる月の女王ディアナ様を信仰する『女王派行動隊』のものだ。
あなたたちを害するつもりはない。だが少し話し合いをさせて欲しいのだ。」
「話し合い?」
「そうだ。場所を移動したい。邪魔のはいらないところで、だ。」
ラインハルトは、唇にぞっとするような笑みを浮かべた。
キルヒアイスとガルマはその意味を理解した。
ここで暴れては、お気に入りの店に迷惑がかかる。
「そうだ。きみが、『女王派』についてあらぬ誤解に基づいて、アナハイムムーン内部の『女王派』を弾圧しているという。それをやめさせてほしい。」
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移動させられた先は、同じ下層ブロックの再開発地区だった。
もともと効率だけを考えて作られたこの地区は、天井も低い。通路も狭く、現代のグラナダ市民には快適な場所とは言い難くなっていた。
工事は、ジオン独立戦争とその後の混乱の中で中断されたままだ。
資材置き場は、解体途中の建物の破片や建材が散乱し、人気はない。
髭男は笑みを崩さなかった。
キルヒアイスは長身だが、きちんとしたスーツ姿で、とても荒事が得意とは思えない。
ラインハルトとガルマは、顔立ちが整いすぎて、中性的なイメージすら与える美青年だ。
「勘違いをしてもらっては困るが、我々は争いを望んでいるわけではない。 ディアナ様の御名のもと、月面都市が団結する。それだけだ。」
「団結、か。」
ラインハルトの笑いは冷たい。
「制服を着た集団で他人を取り囲み、半ば脅迫しておいて、随分と平和的な言葉を使う。」
男の頬が引きつる。
「誤解です。我々は―――」
「それに。」
ラインハルトは遮った。
「“女王”を戴こうというなら、最低限、その女王本人の意思を確認したらどうだ?」
空気が凍った。
ガルマが、思わず目を細める。
これは危険だ。
相手の信仰そのものを、 真正面から否定した。
案の定、 後方の若い構成員が激昂する。
「貴様ッ!! ディアナ様を愚弄する気か!!」
「愚弄しているのはおまえたちの方だ。」
ラインハルトは一歩も引かない。
「眠っている少女を、その意思も確認せずち、旗印にしているだけではないか。」
その瞬間。
構成員の一人が、 震える手で刃物を抜いた。
「チッ」
キルヒアイスが動く。
だが。
刃物を抜いた男の手を後ろから抑えた者がいた。
そいつは「よせ」とも「やめろ」とも言わなかった。
パキン。
枯れ木をおる音が、深夜のゴーストタウンに響く。
「あ?……」
ありえない方向に歪んだ手首からを呆然と見つめている。
その手からナイフが落ちた。
男の顔が歪む。悲鳴を発しようとしたその頭を誰かが掴んだ。
ゴキン。
これほど容易く。これぼど安易に人は死ぬものなのか。
首を折られて、地面に倒れたディアナの狂信者が死の痙攣をはじめる。
「なにものだ!?」
そう叫んだのは、ラインハルトたちではない。
ディアナの狂信者たち―――『女王派』の行動部隊の面々の顔色がかわっている。
「わたしは『ギンガナムの首』。」
淡々と答えたその声に、『女王派』に呻きが広がった。
「な、ならば! 我々と志は同じ……」
髭の隊長が媚びるように言った。
「ともにディアナ様を奉じる仲間ではありませんか。アナハイムムーンの専務に危害を加えようとしたことになにか問題があったのですか?」
「そうだな」
忽然と現れた男は、伸ばした白髪を後ろに束ねている。
それだけ見れば、老人にも見えるが、顔にはしわは無い。
若いとは言えないが、では何歳くらいかと聞かれても返答に迷う風貌だ。
飄々とした口調。
殺気どころか敵意すら感じない。
その状態で、彼はひとをひとり、あの世におくったのだ。
「アナハイムの内部から、専務を亡き者にしてくれという声があがったのは知っている。
そのことにわたしはそれほど、興味はない。
だが、『殺そうとした挙句に取り逃がす』というのはいちばんまずいと思っている。」
「ど、どういう意味だ!?」
「きみたちが、言葉で彼らを脅している間は、介入する気はなかった。」
飄々とした男の態度にすこし変化が現れた。
苛立ちだ。
「だが、物理的な攻撃をくわえようとするならば見過ごすわけにはいかない。」
「たったいま、あんたは専務の生死に興味はないと言ったじゃないか!」
隊長の声は悲鳴に近い。
「そうだ。だが、彼らは三人でも、君たちを制圧できる自信があったから、ここに誘い込んだ―――」
男は首を傾げた。
「まさか、自分たちが連れ込んだなどと勘違いは、してないだろうね。」
男はゆっくりと歩いた。
その方向が。
この資材置き場からの逃げ道を塞ぐ方向であることに。気がついたのは、キルヒアイスだけだった。
「きみたちは、彼らにノックアウトされた挙句に、逮捕されて、彼らにとって都合のいい証言だけを垂れ流す肉袋になってしまうのだ。
それは面白くない。」
ひゃああぁっあっ!!
男のプレッシャーに耐えかねたのか、『女王派』行動隊のひとりが逃げ出した。
男の傍を駆け抜けようとしたとき。
男は手を振った。
目にも止まらぬ、ではない。
閃光のような、でもない。
ゆっくりとしたスイングは、傍らを駆け抜けようとした男の顔面をとらえた。
吹き飛んだ男の後頭部が、資材に当たった。
頭の後ろ半分が熟した果物のように潰れた。
「きみたちは、誰も残さない。」
『ギンガナムの首』を名乗った男は、淡々と言った。
「それをもって、アナハイムムーンの専務への『脅迫』とさせてもらおう。自分たちがなにを相手にしているのか、よく学べるように。」
ゼロ・ムラサメ対「ギンガナムの首」のバトルは次回で!!