ずいぶん前の作品ですが、電子書籍だったら手に入るかな。最近読み返しました。面白いですよ。
うっひょおおおおっ!
マチュの小柄な体が空をまった。
だが、パイロットとして実戦をつんだ彼女は、投げ飛ばされても目を回すことはない。
くるりと体を回転させて、足から着地する。
「面白い!」
マチュは、ハヤトの胸板をボンボンと叩いた。
「ジュードー? わたしの故郷でもけっこう習ってるひとはいたよ!」
「ハヤトのは、ジュージュツになるらしい。」
アムロは、ドージョーの隅で正座しながら言った。
けっして、得意なわけではないが、ここではそうするものだと、きいている。
「どう違うの?」
「もともとは日系のコロニーで伝承されていた組み技主体の武術のさまざまな流派の総称が柔術なんだ。それを危険な打撃や蹴りを除外して組み直したのが柔道。」
「ぜんぜん、違うよ、アムロ」
ハヤトは、呆れたように言った。
「いや、説明としてはそんなに間違ってないんだけどね。柔道そのものは、人類が宇宙に進出する前……西暦の時代に誕生している。」
「でもその技をモビルスーツの戦闘に応用するのはすごいよね。」
マチュは目を輝かせている。
ネオ香港の下町。
武器を使わないクランバトル……「バトリング」の第一人者となったハヤト・コバヤシがこのたび開いたジムである。
通常のトレーニングマシンや、エクササイズルーム、サンドバックも用意されているが、その一角にタタミマットがひかれ、ジュードーエクササイズが行われている。
「もともと、武器をもたない格闘技は、いろんな地域、いろんな民族の間で伝承されていたんだ。」
ハヤトは汗を拭いながら、マチュにタオルと飲み物を差し出した。
「ただ、それをモビルスーツ戦闘に運用するのは難しい。人間がするように殴る蹴るすれば、殴った手や脚が壊れてしまうのがモビルスーツだ。かといって投げ技は、無重力の空間ではなかなか威力を発揮しにくい。
地上で1Gの重力があるから、バトリングが成立している、とも言える。」
「実際に人間が使う技としては?」
「どうだろうね。戦乱のなかでは習得に時間がかかる武術はどうしても廃れる傾向にあるんだ。」
「連邦軍の薔薇騎士団は?」
アムロは尋ねてみた。
射撃になかなか難があって、M.A.Vを解消してしまったハヤトが、クランバトルに復帰し、成功しつつあるのは、アムロにとって単純にうれしかった。
「あれは、無手の格闘技じゃない。装甲スーツと斧が標準装備だ―――でも、隊長のシェーンコップってひとは凄かったよ。
一度、マススバーリングをしたことがあるんだけど、たぶん素手でも物凄く強い。」
「その、いろんな地域や民族がもってた武器無しで戦う技はどこにいっちゃったんだろ?」
マチュが、ソーダを吸いながら言った。
「これは都市伝説なんだけどね。」
ハヤトはアムロにも、組手をしないかと手招きをしたが、アムロは断った。
「主にチャイナで進化をとげた武術は、その後、ひとつにまとまろうとする動きがあったらしい。」
「ああ、柔術が柔道になったようにかい?」
「似てるけど、すこし違う。」
ハヤトは言葉を選びながら言った。
「柔道は、柔術の技から相手を怪我させるような危険な打撃技を除外することで、多くのひとが学びやすくしたんだけど、チャイナの武術は逆の方向に先鋭化した。
相手を簡単に絶命させる。ふつうのひとはそもそも学びたいいとは思えない。学ぼうと思っても習得できるものではない。
それを伝承する者たちはそれぞれ『首』『腕』『脚』と言ったように体の部位を名乗るという。」
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「くそっ! ぶち殺せ!」
隊長の髭面は叫んだ。
それぞれ取り出した武器は、棍棒やナイフ、メリケンサックの程度である。
銃器は所持は、たいていの月面都市では厳しく制限されていた。
行動隊は、数だけを頼みに『ギンガナムの首』に殺到した。
ラインハルトたちの目にも、今度の『ギンガナムの首』の動きは見えなかった。
いや、見えたのだが、意味が分からなかったのだ。
彼はゆっくりと、左足を後ろにひき、次に前に出し、殴りかかってきた男と交差し、ナイフをもった男と肩口をぶつけた。
それだけで。
メリケンサックはナイフの男の顎を砕き、ナイフは、メリケンサックの男の腹部に深々と突き刺さっている。
ぐげえええっ!
三人目が地面に倒れてのたうち回る。
そいつは勝手に躓いて、勝手に転んだだけなのだ。
だが、転んだ先に、廃材が放置されてた。そこに腹部を強打している。
残りの全員の足がとまった。
とても勝てる相手ではない。
そう改めて悟ったのだ。
「お、お! お許しください!」
隊長は土下座した。
残りのものもそれに習う。
『ギンガナムの首』は彼らを睥睨した。
なんの感情も籠っていない。
強いて言うなら、面倒だが、しかたないことをすませる―――そんな人間が浮かべる表情である。
ラインハルトが前に出た。
『ギンガナムの首』が、ラインハルトを見た。
「邪魔をしようと言うのか?」
『ギンガナムの首』は静かに尋ねた。
「これはきみたちに暴力を振るい、悪くすれば殺していたかもしれない連中だぞ?」
「残念だが、利用価値が出来てしまった。」
「ほう? どういう意味かな?」
「おまえが自分で言ったんだ。逮捕させて女王派に不利な証言をさせられたら不味いと。
実に有意義な提案であった。どうせ余罪も出てくるのだろう。
『女王派』を名乗るものが、こんなもの達と同じ勢力に属しているのなら、社内的にも彼らを一掃できるいいきっかけになる。」
『ギンガナムの首』は、首をひねった。
「なかなか明徹な頭脳をもっているようだ。
いや、それ以上に優しいのだな。己に暴力を振るおうとした者たちでも無辜に生命を散らすことを厭うか。
その性根は嫌いでは無いが―――
わたしがきみたちもついでに殺してしまえば、その憂いも断つことができる。
きみたちは、その可能性は考えていなかったのかね?」
「たしかに、おまえは身体を使った闘争においては秀でている。」
ラインハルトは冷たく言い返した。
「だが、それだけに状況の判断を間違える。
わたしとキルヒアイスのふたりでもこの程度の下賤の輩は制圧できただろうが、今宵は客人も連れている。
危険を排除するために、救援もすでに呼んでいるよ。」
『ギンガナムの首』は肩をすくめた。
「死体の数が増えるだけになるかもしれんぞ?」
くわーーーっハッハッハッハッ!!!
高笑は、廃材置き場に隣接する建築中のビルの上から聞こえた。
全員が。
ラインハルトたちや『女王派行動隊』の面々までもが、上を見あげた。
風が。
風が吹いている。
ここは月面の地下深くのエリアだ。
循環のため、多少の空気の流れはあってもはっきりとした『風』が吹くことはありえない。
バサバサ。
むき出しの鉄骨に立つ女性の白衣の裾を、風が巻き上げる。
「なんだ、おまえは?」
見上げる『ギンガナムの首』が尋ねた。
呆れたような口調だった。
「我が名は、ゼロ。ゼロ・ムラサメ。」
女は答えた。
とおっ!
と、彼女はビルから飛び降りた。飛び降りようとした。
だが、白衣の裾がなにか鉄骨のどこかに引っかかった。
半回転して鉄骨に顔から突っ込む。
バキ。
工事途中のまま、長年放置されていた建築物は、どこかに経年劣化をきたしていたのであろう。
バキバキバキ
落ちた鉄骨が、また別の梁に当たり、それがまたまた外れ。
一応は建物の体裁を保っていた建築物は、ゼロと名乗った女も巻き込んで崩落した。
「キルヒアイス!!」
「N・ロックプロデューサーからは、ズムシティで、薔薇騎士団のシェーンコップ団長と、ムラサメ研究所のゼロ・ムラサメに接触し、両者を専務の個人的ボディガードとして協力を求めることに成功した、と連絡がありました。」
キルヒアイスも、この事態は想定していなかったようで、顔が青ざめている。
「今日の午後の便でグラナダには到着しているはずです。こちらからの救援コールに駆けつけてくれた、ということなのでしょうが。」
「シェーンコップ少佐はわかるが、ゼロ・ムラサメとは、ムラサメ研究所のムラサメ博士自身ではないかと噂される研究者だろう。それがなんでボディガードとして雇われ、しかも登場そうそうビルの下敷きになっているのだ!?」
「わかりません!!」
クワッハッハッハ!!
再び哄笑が。
今度は瓦礫の下から湧き上がった。
ぐわっ!
瓦礫が吹き飛び、鉄骨を片手にゼロ・ムラサメが立ち上がる。
白衣はだいぶボロボロになっていたが、唇には野太い笑みを浮かべている。
「クウッ! 死ぬかと思ったよ。」
「というか、なぜ死なん?」
『ギンガナムの首』が冷静に突っ込んだ。
ゼロを除く全員がその言葉に同意していた。
なぜ死なないのかというと、ここは月なので重力は地球人の6分の1。ゼロが掴んで立ち上がった鉄骨はだいたい重さが地上で1トンくらいなので、月面だと150キロくらい―――バケモンですね。