思うようにはいかないものです。
究極の「暴力」対至高の「武術」。
ドゥーは、あの記念館が、気に入った。
あのハーブ水をもう一度、ご馳走してもらって、土産物屋をもう少し物色したい。
朝早く、起き出して、公園に急いた。
「朝」として調整された風は爽やかで、ドゥーはコクピットにいるのと変わらぬ快適さのまま、記念館についた。
何人かジョギング中の市民とすれ違っただけで、公園には人気がない。
もし、記念館が開いてなければ、待とうとかとも思っていたが、昨日と同じく扉は大きく開け放たれていた。
なかにはいると、あの修道女のような格好の女のひとがいる。
こんな早い時間なのに、来客がいた。
男のひとだ。
ゆったりとした上下揃いの服に、銀髪を頭の後ろで束ねている。左手を怪我しているようだ。指に厚く包帯を巻いている。
彼は、売店の修道女にしきりにあたまを下げていた。
「……『女王行動隊』がいろいろ迷惑をおかけしました。」
「いえ、そんな。」
修道女は、恐縮している。
「チェンさん、あなたが、詫びることはないわよ。たしかにあのひとたちは、あなたたちのことを一目置いてたみたいだけど、別にあなたは『行動隊』の仲間じゃないのでしょう?」
「仲間ではないが、ディアナ様を奉じるものとしては一緒だ。」
「それだけなら、わたしだってそうですし、グラナダの市民の多くがそうですわ。」
そこで、彼女はドゥーの姿に気づいた。
「あら、昨日のお嬢さん。」
「おはよう。」
うんと年上の女性に対するには、ややぶっきらぼうで生意気な挨拶だが、これでもドゥーはけっこうマシになったのである。
「また来たよ。」
「ようこそ。」
と言って、修道女は微笑んだ。
「昨日は夜に大事なお話があるっていってたけど、その用事は無事に終わったのかしら?」
「延期になっちゃった。」
ドゥーは、正直に言った。
「アナハイムの偉い人が、別の用事が入ったって。
いま『調整中』らしいよ。」
「まあ。観光じゃなくお仕事でいらしてたのね?」
ドゥーは曖昧に頷いて、よこの男を見つめた。
「こちらは、チェンさん。街で拳法の道場を経営されてるの。」
チェンと、紹介された男は、笑みを浮かべた。
「はじめまして、可愛らしいお嬢さん。チェン・シャオロンです。」
「よろしく、チェン。ボクはドゥー。」
ドゥーは可愛い、と言われるのが好きではない。
自分が「可愛くない」ことをよくわかってるからだ。
顔にはそばかすが浮いてるし、身体は弱くて、痩せっぽちで、モビルスーツに乗って、やっと一人前になれる。
伸びすぎた銀髪を後頭部でまとめ、それて邪魔になる部分は、適当にピンでとめている。
「さあさあ。ディアナ様にご挨拶してらっしゃいな。」
ドゥーが知らない男性に緊張していると思ったのか修道女は如才無く、そう進めた。
“あるいは本当に修道女のような生活をしているのかもしれない。”
と、ドゥーは思った。
こんな朝早い時間から、施設を開けているということは、施設内に泊まり込んでいるのだろう。
チェン・シャオロンは、慣れたように、祭壇のまえで三回あたまを下げた。
それから跪いて、花束を捧げる。
昨日見たどの参拝者とも違う。
そして、頭を垂れて祈りにはいったそのとき―――
ドゥーの視界を『キラキラ』が覆った。
『な、なんだよ、これ!』
いや、なんだかはわかる。
ニュータイプの『共振』だ。でも―――なぜここで?
昨日ここを訪れたときもそれが起こりそうになったのは、ドゥーも感じていた。
クワトロを中心に『キラキラ』が沸き上がり、冬眠カプセルの中の少女が目を開けて、なにかクワトロに話しかけようとしたのだ。
だが。
いまここにはニュータイプはいない。
強いて言うなら強化人間であるドゥー自身がそうなのだが。
キラキラに覆われた空間のなかで、チェン・シャオロンと白い髪の美女が笑っていた。
その女性がディアナ・ソレルなのだろう。
美しく、どこか儚さを感じる女性だった。
「きみはここに入ってこれるのか?」
チェンが言った。
「ニュータイプ…という存在かな?」
「ボクは自分で進化することを選んだ!
強化人間だ!」
ドゥーは胸をはった。
(比喩的な意味である。彼女にははれるほどの胸はない。)
「そのひとがディアナなの? 昨日もなんか話そうとしてたけど、眠ってるんじゃないんだね?」
「彼女は眠りながら目覚めている。動くことはできないが。」
チェンは言った。
白髪と相まって、カンフー映画の謎の老マスターみたいな雰囲気だなとドゥーは思った。
「ですが、精神感応を使っても、わたしの呼び掛けを理解できるひとはまずいないのです……」
どういうこと?
と、言わなくても表情でわかったのだろう。チェンが続けて言った。
「彼女の刻の流れが、現世を生きるものとは違うのだ。
彼女は冷凍睡眠と短い覚醒を繰り返すことで、本当に千年を越える期間を生きてきたらしい。
肉体共々覚醒した状態ならまだしも、精神だけ覚醒した状態では、ふつうの精神感能力があるものでも、彼女のメッセージを正確に受け取ることはできないんだ。」
「ボクにはちゃんとディアナの声が聞こえるよ?」
「だからはわたしは『ニュータイプか?』と尋ねたんだ。
ニュータイプは単なるテレパスではない。
時間と空間に干渉できる。」
「そんな強化はされたことはないんだけどなぁ!
じゃあ、あんたもニュータイプってこと?」
チェンの目はどこか労わるよう優しさに満ちていた。
「わたしは見た目よりはずいぶん、長い時間を生きているんだよ。だからディアナからのメッセージを受け取ることが出来た。」
「チェン…さんはなにものなの?」
「わたし、というかわたしたちは、言うなれば『人類の忘れ物』だよ。」
チェンは答えた。
「ひとが技術に置き換えることで、忘れてしまった『技』を伝えるものだ。ただ、それをなんのために使うかは我々も忘却してしまっていてね―――」
チェンは、ディアナに向かって微笑んだ。
「ディアナ様と意思の疎通を行うことで、初めて我々は『生きる意思』を持てたんだ。つまり『頭』を得ることが出来た、ということかな。」
「わたしはそんな大層なものではありません!」
ディアナは困ったように言った。
「わたしの記憶はおそらくは、未来のものです。
なぜ遠い未来に眠りについたはずのわたしの冬眠カプセルが、遠い黒歴史のはじまりの時代に存在しているのか―――
この時代のみなさんに干渉すること自体が正しいことなのかどうか……」
「なら、アムロと話してみなよ。」
ドゥーは、彼女の知る中でもっとも信頼が置けそうな者の名前を出した。
「ほかのニュータイプはダメだよ。権力者も科学者もダメ。
あなたが意識をもってることはあんまり周りには知られない方がぜったい、いい。
特にゼロなんかが、知ったりしたら……」
ほう?
と、チェンが言った。
「昨夜、わたしはゼロ・ムラサメという人物と興味深い出会いがあった。きみを強化したのはムラサメ研究所なのか?」
「ゼロにあったの? 大丈夫だった?」
ドゥーの口調は本当に相手を心配する者のそれだ。
「あいつは悪いヤツじゃなくないけど。いや悪いヤツなんだけど、興味のある研究対象に対しては絶対に容赦しないんだ!」
チェンは―――
彼女を微笑ましく見守りながら、昨晩のゼロ・ムラサメとの邂逅を思い出していた。
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自分たちのいる資材置き場に隣接したビルが、崩落する―――
この大惨事に冷静でいられるものはいなかったであろう。
勝手に登場し、勝手にこけて、勝手に立ち上がる。
あまりの傍若無人ぶりに、『ギンガナムの首』―――チェン・シャオロンもあきれかえっていたところに。
ブォン!
治まりかけた粉塵を巻き上げて、ゼロが小脇に挟んだ鉄骨をひと振りした。
どさくさに紛れて、逃げ出そうとしていた『女王行動隊』の面々が吹き飛ばされる。
「ムラサメ博士。」
ラインハルトが声をかけた。
「何人か口がきけるものを残しておいてほしい。警察に引き渡すにしてもその前にすこし聞きたいこともある。」
「わたしは医師でもある。生かすも殺すも得意だ。」
白衣にメガネ―――それが全く理知的な印象を与えない美女は、そううそぶいた。
「医師が『活かすも殺すも』ではまずいだろう?」
そう言いながら、チェン・シャオロンは、彼の足元にふっとんできた『女王行動隊』のひとりを踏みつけようとした。
その彼に向かって、鉄骨が唸りを上げて迫る!!
いいタイミングだ。
チェン・シャオロンは感心した。
足下の『女王行動隊』の隊員を踏み潰そうと、チェンが、片足をあげた瞬間だった。
片足立ちでは長大な鈍器の一撃を避けることはできない。
両足を踏ん張って硬気功で耐えることも難しい。
動きは「荒い」が、このゼロという女は戦いに慣れている。
しかも恐ろしく強い。
チェンの立てた人差し指が、鉄骨の一撃を止めた、
流すのでも、いわゆる「ガード」とも異なる。
立てた指を起点に、鉄骨がビタリと止まったのだ。
へえっ!
ゼロが嬉しそうな声をあげた。
「なにをやってるんだ? わたしは全身の力を込めている。なぜそれを、指一本で止められる?」
「動きの『起点』を抑えてしまえばそこに力は必ずしも必要じゃないんだ。」
「なんだそれは?
チャイナに伝わる武術の『理合い』というやつか?」
「まあ、それに近いな。」
ガラン。
鉄骨が投げ出された。
間合いを詰めたのは、一瞬だ。
ここが月面で重力が6分の1だということを差し引いても、ゼロの跳躍は6メートルを超えている。
そのゼロの首から。
真っ赤な液体が吹き上げた。
「おおおっ!」
楽しそうにゼロは笑う。
「なんて、切れ味の手刀だ。わたしじゃなかったから首が飛んでたぞ?」
「だからなんで、首が落ちない?」
首筋を抑えたゼロの顔が跳ね上がる。
チェンの放った蹴りが、ゼロの顎先を捉えたのだ。
そのまま、蹴りは角度を変えて、ゼロの鳩尾へと。
ゼロの膝がそれをガードした。
チェンの動きは止まらない。
そのまま、体を沈めながら、手刀をゼロの脇腹へと突き込んだ。
パキッ!
乾いた枯れ木が折れる音。
人の腹を穿つには充分過ぎる威力をもった手刀。
その指が折れている。
「人間か、あんたは?」
「やめてよ、傷つくから。でもまあ、本気で腹筋固めちゃうとさすがにね。」
カラカラとゼロは笑う。
「そっちもこれで終わりじゃないでしょう?」
「……いや、終わりにしよう。」
チェンはそう言った。
「今夜はずいぶんと面白い者たちに逢えた。
この出会いをここで散らしてしまうのは、もったいない。」
おっと逃がすか!
チェンの前に、ゼロが立ち塞がろうとしたが、その体に。
今度は浸透勁。
筋肉をいくら締めても、振動が内部から体を破壊する。
だが、ゼロの白衣が広がって視界を隠した。
死角からゼロの蹴りが、側頭部を襲う。
チェンは指を立てる。今度は小指だ。
先程の手刀の際に、人差し指と中指は折れている。
ビタリ、とゼロの蹴りがとまった。
だが今度は膠着しない。
そのまま角度をかえて、蹴りはチェンの身体に。
その蹴りをかわす。
引いてはダメだ。この蹴りは伸びてくる。
逆に踏み込む。踏み込みながら、体をぶつける。
技の名称は流派によって異なるが、例えば八極拳なら鉄山靠と呼ばれる技である。
ゼロの身体が吹っ飛んだ。
ビルの残骸にぶち当たる。
残った部分が崩壊して、奇怪な女科学者がまた瓦礫に埋もれていく。
「どうせ、また立ち上がってくるのだろう。」
チェンは、ラインハルトたちに言った。
「わたしはここで失礼する。女王行動隊の口封じは諦めよう。どうせたいしたことは知らんだろうし
」
「ふむ。」
ラインハルトは頷いた。
「ではわたしからも提案だ―――わたしに仕えぬか、ギンガナムの首?」
「おい、ラインハルト!」
「ラインハルト様!」
彼の友人たちが焦ったように叫ぶ。
チェンは笑った。
「考えておこう。」
ドゥーちゃんが危ないような気がしますが、たぶんドゥーはサイコガンダム、遠隔で呼べます。