クワトロ・バジーナは!
ガルマは!
ラインハルトはどう動くのか。そして眠れる女王ディアナは!?
悪巧みは、闇の中で為される事が多いが、ここは煌々とライトのついた大企業の役員室だ。
いや、いくら役員でも、アナハイム月面支社のトップであってもここまでの贅沢には首をかしげざるを得ない。
この執務室を兼ねた応接室だけで、彼より社内的には上位者であるラインハルト専務とその有能な秘書の宿舎の面積を越えている。
「ふ、副社長はなんと……」
「ゴップ将軍はきみの後任は出さないそうだ。」
一見、まったく関係のないことを支社長は呟いた。
―――その意味がわかった保安部長は、真っ青になってよろよろとデスクにもたれかかった。
彼は―――連邦軍からの天下りだった。
モビルスーツの開発。運用。すべてに金が動き利権が生まれる。
連邦軍へのアナハイムの製品の納入に対して口をきき、かわりに高給を手にする。
選ばれたものだけが、満喫できる恵まれた地位だ。
その天下り先を放棄するということは。
連邦軍がアナハイムムーンを切り捨てようとしている―――そういう意味に他ならない。
「そ、そんなことが出来るわけがありません!!」
保安部長は叫んだ。
「アナハイムムーンを切り捨てるなどという事が……いくらゴップ閣下といえども!」
「わからないか。」
苛立たしそうに、支社長はデスクを指で叩いた。
「切り捨てられようとしているのは、きみだ!」
「そ、そんな! あんたもわたしの行動には賛成してくれていたはずだっ!!」
「そんな証拠はない―――ないが。」
支社長はチッチッチッと舌打ちした。
「クランバトルへの参入が成功してしまえば、それはあの金髪の小僧の功績になる。
悪くすれば、きみの失敗を口実に、アナハイムムーンの人事の刷新などと言い出しかねない。」
「そ、そんな酷いっ!」
保安部長は泣きわめくように叫んだ。
「もともとは、副社長からの指示ではないですかっ! ラインハルト専務のやろうとしていることを妨害しろというのは。」
「さあて、な。
そんな指示書はなにひとつ残っていないぞ。
せいぜい、『自分の言葉を曲解した月面支社長と保安部長の暴走』で片付けられる。」
「ど、どうすれば―――」
「きみ、ひとりの首ですめばよいが、それは無理そうだ。」
支社長はニヤリと笑った。
「当初の予定通り、ラインハルトの首をもらおう。」
「す、すでに『ギンガナムの腕』が動いているのでは?」
「物事は確実に、だ。」
支社長の背のモニターに、市街図が映った。
「金髪の小僧は、ネオ香港からの客人を迎えて、この地区のオフィスビルで会談を行っている。
モビルスーツは何機出せる?」
「ぜ、ゼロです。」
保安部長は、やっとのそれだけを答えた。
「どういうことだっ!!」
「やつの秘書の仕業です。すべてのマラサイを改修およびメンテナンスと称して、ドッグ入りさせました! 保安部が動かせるマラサイは一機もありません!!」
支社長は頭を抱えたが、頭の回らない男では無い。
「……そ、そうだ。まえにティターンズから依頼されて納品予定だった市街地制圧用の軽キャノン改があったはずだ。あれは保安部ではなく、試作工場の預かりになっているから、今回のオーバーホールの対象にはなっていない!」
「軽キャノン改『クゥエル』ですか!
それなら!」
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「なんとお呼びすれば宜しいのでしょうか?」
キルヒアイスがジョッキを渡しながら訪ねた。
クワトロ・バジーナは、ネオ香港のクランバトルのオーナー。独立した事業者とはいえ、アナハイムとは格が違う。
反面、これからアナハイムが参入しようとする「クランバトル興行」においては、地上でのそれをほとんど一手に仕切る大物ではある。疎略には扱えない。
しかも、彼には噂。あくまでも噂ではあるが、様々な異名がある。
「いまのわたしは元連邦軍大尉クワトロ・バジーナだ。それ以上でそれ以下でも」
「シャア!! このチキンナゲットは冷えててもいけるぞっ!」
「大佐! ボクの飲んでるこの『キンキンに冷えた小瓶のコーラ』ってすごく美味しいよ! 飲んでみて!」
「ドゥー、はしゃぐな。」
ドゥーを押さえつけながら、片足を包帯で巻かれたトロワが言う。
「オーナー。俺はミネラルウォーターでももらえないだろうか。」
「人気者なのだな。我らの客人は。」
ラインハルトは、ビール党ではないのだが、少なくともこの出会いを楽しんでいるようだった。
「ではご希望通りにクワトロ大尉とお呼びしようか。
アナハイムムーンにようこそ!」
ラインハルトがジョッキを掲げ、一同は、あらためて乾杯した。
「今日は契約はなしだぞ。N・ロックさん。」
クワトロはある意味もっとも得体の知れないアナハイムの幹部を、睨んだ。
「それはそうです。そもそも、契約の相手方となる我々の新会社がまだ発足していません。
こんなにはやくお目にかかれるとは、正直思っておりませんでした。」
「こちらも正直に言おう。アナハイムの極東支配人であるウォン・リーから、アナハイム月面支社の内紛の話をきいてな。
ジュニアクランバトルについて、前向きなのはアンキーからもきいていたが、はたして手を組んでいい相手なのか見定める必要があった。」
「ならば、現状はどうだ、クワトロ大尉。」
ラインハルトが、尋ねた。
クワトロは―――即答はしなかった。
「まだ……わからんな。
『女王派』が、アナハイムムーンの本社からの独立と、月面都市群の独立を目指しているのはわかったが、どの程度本気なのか。
たんに若くして専務にまでなった本社幹部に反発しているだけのようにも見える。」
「月面支社の暴走は、ラインハルト専務の着任前からです、クワトロ様。」
キルヒアイスが慎ましく言った。
「むしろ、その暴走を止めるべくラインハルト様が本社から派遣されたわけなので。」
「暴走―――たしかに暴走しているのは、間違いなさそうだ。先日、わたしの友人たちが、ここを訪れた際には、けっこうな歓迎を受けたようだが。」
「それは―――自分の監督不行届で。」
N・ロックが大きな肩を竦めた。
「『白い悪魔』アムロ・レイは大佐のクランに所属しているのでしたね。」
「そうだ。オリビエル・ポプランも近々、正式に契約を交わす。シェーンコップ少佐とはまだ面識はないが、ヤン・リーとは、『ア・バオア・クーシミュレーション』の際に協力した。」
「わかりました。降参です。」
N・ロックは手を上げた。
ここからの交渉の主体は、ラインハルトだ。
その手下でしかない自分が『降参』してみせてもそれは、相手の気分をよくさせる意味で、『交渉』には悪影響はもたらさない―――そんな読みにたっての行動である。
「もっともわたしの知らないこともいろいろあった。ガルマ。きみがアナハイムの専務と懇意にしているのは、寝耳に水だ。」
「わたしごあちこち飛び回ることに、ニューヤークの義父……エッシャンバッハ卿はあまりよい顔をしないがね。」
クワトロやラインハルトと同年代ではあるが、少しこどもっぽいところのあるガルマは、早くも酔っていた。
「戦火を止める―――というのは、理想を声高に叫ぶばかりではない。火が起きそうなところに飛んでいって火種を鎮める。
その繰り返しだ。」
「ニューディサイズのときはお世話になったな。
おかげでエアーズ市は無事だった。」
「なんのなんの! きみがケリィに手を回してくれていなかったら持ちこたえられなかったかもしれん。
きみこそ、デラーズのコロニー落としを阻止してくれていなかったらいまごろ、ニューヤーク市もなかったかもしれない。」
「世の中は持ちつ持たれつ、だ。」
クワトロは笑った。
「……で、女王派だが。
ここはひとつ、ディアナがどうしたいのかを尋ねてみるべきだと思うのだが。」
ドゥーは、その言葉に大きく頷いたが、チェンは困ったように首を振った。
「……ダメだろうか、老師。少なくとも、彼女は自らを女王に戴いての新国家樹立などは望んでいないと思うのだが。」
「そうではない。」
チェンは、ジョッキを床においた。
彼自身は床に直接胡座をかいている。
「ディアナがなにを考えているにせよ、彼女はこの世界にとっては異物だ。」
クワトロの唇に浮かんだ苦笑は、あるいは彼を救おうとして、世界を改変し続けた少女の面影を思ったのか。
「……たしかにそういった存在は、そこに『ある』だけて世界を歪ませてしまう。」
「若いのになかなかの経験をつんでいるようだ」
チェンが鉄面皮のままぼそり、と言った。
褒めているようにも、そんな経験まで体験しなければならなかったクワトロに同情しているようにも聞こえる。
「そのときはどうしたのかな?」
「彼女をもといた世界に送り返した。」
クワトロは言った。
言ってから、彼は顔をしかめた。
「―――そうか、ディアナもまた―――」
「彼女は『ムーンレイス』という民の女王だ。」
チェンはうなずいた。
「おそらく、長い眠りについていた期間とはいえ、彼女の存在を必要とするものたちは、別の世界、別の時代にいるのだろう。
ディアナも、この世界に彼女の存在が多く干渉しはじめる前に、もといた世界に送り返すべきのなのだ。」
「……どうやって?」
「それについては、正直、手の打ちようがなかった。だが、この前その手がかりが見つかった。」
その深い視線が、ドゥーをとらえた。
彼女はむせて、コーラを鼻から吹き出した。
「な、なんでボクが関係あるのさ!?」
「わたしはな。少々長生きしてるんだ。だから、ディアナと意思の疎通ができる。だが、嬢ちゃんは」
「ボクは、ドゥー!!」
「ドゥーも、ディアナと会話することが出来た。
ジオン・ズム・ダイクンの提唱したニュータイプは、時間と空間の概念のことなる宇宙に適応したヒトの革新だ。
実際、最初にやつの著書を読んだ時は、くだらない世迷いごとをぬかすと考えもした。
それを、さらに、曲解して人を滅ぼす戦を始めるものまで出た日には……」
クワトロとガルマは、なんだか苦いものでも飲まされたような表情になった。
「しかし、いまではわかる。
まさにニュータイプというのはそのようなものだ。
いや、厳密にはドゥーは、人工的に強化されてニュータイプに心を近づけたものなのだろう。
だが、それに近い認識の拡大能力をもっていた。
ならば何人かのニュータイプとニュータイプの能力を拡大する装置……サイコミュがあれば、ディアナを送り返すことができるかもしれん。」
「……ゼクノヴァ、か。」
クワトロとラインハルト、そしてガルマから、その言葉は同時にもれた。
「そうだ。グラナダに落下しかけたソロモンを止め、ア・バオア・クーを異世界に転移させたあの現象だ。
あれは、ニュータイプとサイコミュが関わっているのだろう?」
「どの程度、ゼクノヴァについては解明されているのだ? クワトロ大尉。」
とラインハルトが尋ねる。
「複数のニュータイプ。そして人の意志を宿した特殊なサイコミュ。発動条件はそんなところだ。」
クワトロは正直に答えた。
つまらぬ嘘など、この男は瞬時に看破する。
「もっともゼクノヴァの発動とその原理に近づけたのは、イオマグヌッソだが、設計者のレオ・レオーニ博士とものに失われた。」
―――だが、すべては言わない。
例えば、クワトロが、偽名を使って、イオマグヌッソの建設に深く関わっていたこととかは。
「いずれにしても今日明日、というわけにはいかんだろう。」
ラインハルトは、顎に指先あてて、黙考した。
「そうだな。わたしもそのことについては急いでいる訳では無い。
最終的な『女王』の処遇として心にとめておいてもらえれば十分だ。
それより―――」
緊張感など欠けらも無い。淡々とした口調で、チェンは言葉を進めた。
「楽しい宴ではあったが、今日はお開きにしてそろそろ脱出の準備をしたほうがよいだろう。」
「脱出?
あなた方以外にも刺客がいるというのか?」
「対人戦闘なら、わたしたちに勝るものはいないよ。とくに武器の持ち込みが制限される市街地では。」
「モビルスーツか!?」
ラインハルトは顔をあげた。
「しかし、新型のマラサイはすべて封印したはずだ。動かせるモビルスーツなど……」
「保安部管轄のモビルスーツはすべて、メンテナンスに出しました。」
キルヒアイスが口早に言った。
「ですが、アナハイムムーン全体でみれば稼働できるモビルスーツはゼロではありません。」
悔しそうに唇を噛んでいたが、ラインハルトは、その肩を叩いて破顔した。
「そこまで、覚悟を決めたのなら、敵ながら天晴と言ってやろう。
N・ロック。脱出路は?」
「地下の駐車スペースから、宙港までリニアカー用のチューブが通っています。まだ未完成ですが、通常の車で走れます。」
「実にいいな! あなたとはいい仕事が出来そうだ。」
クワトロも立ち上がる。
「では、専務たちは老師を連れて脱出してください。」
「シャア? きみはどうするんだ?」
「ここで、『女王派』のモビルスーツを迎え撃つ。ドゥー、サイコガンダムRを。」
「もう呼んでるよ。」
ジム・クゥエルは、なんか鎮圧用のモビルスーツみたいあですが、18メートルの巨体で市街地に典乗り込むだけで、被害甚大すぎて『鎮圧』どころじゃないなあ……と書いてて気づきました。
ドゥーのサイコガンダムRは、ミノフスキークラフトないので、宙港の倉庫から呼ぶだけで、建物をいくつか壊しちゃいそうなんですが。