ガルマはその深淵を覗く。はたして勝機はあるのか!?
「ネオ香港へようこそ! エッシェンバッハ議員!」
ウォン・リーが、ニューヤークの市会議員であるガルマ・エッシェンバッハを迎えたのは、とあるパーティの席上である。
ガルマは名士である。
地位としては、ニューヤークの市議会員。それも先だって初当選したばかりの若僧にすぎない。
だが、その義父は大陸でも名家であるエッシェンバッハ家の家長であり、ガルマはその一人娘イセリナの娘婿である。
そしてもうひとつの家名のほうも。
事実上、自壊したと言って良いザビ家の血筋ではあるが、彼自身は、早くに軍を離脱したことや、独立戦争初期の大量殺戮や、その後のザビ家内の確執に関わっていないため、アースノイドからもスペースノイドからも評判がいい。
そして、ジオンに残ったギレン派、ギリシア派の残党からもまた。
「ご無沙汰しております、ウォン・リー総支配人。」
ガルマはにこやかに、握手を求めた。
あまりひとに知られたくない会談を行うには2通りある。
内緒でこっそり会う方法と。
誰もが見ている場所で、たまたま会った風を装うか。
「つい先日、グラナダを訪れました。そちらのラインハルト専務から歓待いただいた。」
ともに「社交辞令」を絵に書いたような笑みを貼り付けている。
「ああ。専務から報告書を受け取っている。
ちょうど、支社長と保安部長が不幸な事故にあった時期に重なったようだ……ああ、こいつは」
ウォン・リーは、そそくさと彼らのそばを離れようとした青年の腕を掴んだ。
年齢は、ガルマやその親友と同年代に見える。
顔立ちは「ハンサム」の部類にはいるが、ガルマ自身のように華のある雰囲気はない。
どこか、茫洋としており、華やかなパーティの席には似合わなかった。
「にげるな!」
「いえ、飲み物でもとってこようかと。」
ウォン・リーは大袈裟にため息をついてみせた。
「……こいつは、わたしの甥だ。ヤン・リーという。お見知り置きいただきたい。」
「ほう? 先日の『ア・バオア・クー仮想戦』を指揮したあのヤン殿ですか?」
「あれは大学のイベントですから。」
ヤンは慌てたように手を振った。
「わたしやアッテンボローはその運営を手伝っただけです。」
「友人である……クワトロ・バジーナから話は聞いている。」
ガルマは手を差し出した。
しぶしぶ、ヤン・リーはその手を握り返した。
「クワトロさんから?」
「そうだ。
お互いいろいろと含むところはあるのたが、この先何十年かの平和のためにともに歩むことになった。
きみも―――そうなのかな?」
「い、いえ、わたしはまだネオ香港大学の学生ですから。」
「いま、アナハイムエレクトロニクスの月面支社でのトラブルの話を聞いていてな。」
ウォンは、痩せ気味だが、武術の心得がある。
ヤンは立ち去ろうとするのだが、その手を振りほどけない。
「なかなか、興味深い。おまえも聞かせてもらうといい。」
「いや、その、週末までに提出しないといけない論文が」
「キャゼルヌ先生から、昼間、奨学金の保証人の件で連絡があった。
なんでも我が甥は実に優秀で、卒業に必要なカリキュラムはほとんど履修済らしい。
この方はな。まだお若いが、のちのち、連邦政府を背負ってたつひとりになるだろう。
知己を得て損はない。」
「損得でいえば、それは微妙ですよ、ウォン支配人。」
ガルマは笑って見せた。
「実際、行く先々でトラブルが続出する。
先だってのデラーズ・フリート事件のときも彼は、関わっていたし、ペズンのニューディサイズ蜂起の際には、彼はクランの一員として戦闘に参加したし、わたしはわたしで、ニューディサイズから武力行使をうけた月面都市にいた。
今回も、わたしが『彼』やラインハルト専務と会談中に突如、わたしたちのいた地区をリングにクランバトルがはじまり、同じ時刻に、アナハイムエレクトロニクス月面支社の支社長と保安部長がなにものかに殺された。
……こんな『運』の悪い相手とは、あまり親しくしたくはないだろう。
自分でもそう思う。」
「それはたしか、かね?」
「それ、とは?」
「支社長たちが殺された時刻に、君たちが、別の場所で会談中だったということは?」
「支社長たちの『死亡時刻』を分単位で把握しているわけではないが、ほぼ間違いないよ、ウォンさん。」
「証人はいるかね? 第三者の」
「まさに、わたしが第三者だろう。アナハイムエレクトロニクスとクランとの契約に対しては、どちらかに与するわけではないのだから。
あとはどうだろう。会談したのは、新しくできたばかりのオフィスビルだ。入館にはID照合が必要になる。
そういった記録を照会してもらえば……」
「出来すぎている!」
不満そうにウォン・リーは言った。
「ラインハルトとクワトロ・バジーナ君は初対面。彼に便宜をはかる必要のない相手だ。
しかも、きみまで同席している!」
「なにか―――その言い方だと、月面支社の社長の死になにか、その専務さんが関係しているような」
ヤンが口を挟んだ。
よし!
のってきたな!
ウォンは内心、ほくそ笑んだ。
彼の優秀な甥は、その知能において、彼も一目も二目もおくところかあったが、なにしろナマケモノであり、トラブルにすすんで首を突っ込むことには敏感だ。
だが、好奇心は猫をも殺す。
「そうだな。支社長には本社幹部に後ろ盾がいた。」
「―――」
「支社長とその意を汲んだ保安部長なら、ラインハルト専務を排除するのに暴力をもって実行しかねない。
わたしも本社幹部もそう思っている。」
「それは例えば、会談中のビルがある場所で突然クランバトルがはじまったり……とか?」
ガルマが笑う。
「それは、わたしも本社幹部も意外だった。
まあ、脅迫か……あるいは暗殺。
月面支社の一部やグラナダの民が信仰する『女王派』……そのなかには徒手の殺人に長けたものたちがいたはずだ。」
「そう言えば……」
ガルマはチラリとヤンを見た。
顔色は変わらず。表情の変化もない。だがその頭の中では、この事態をどう解釈すべきか、物凄い勢いで思考が駆け巡っているのだろう。
「ラインハルト専務とクワトロ・バジーナの会談の際に、面白いひとと出会った。」
「それは重要な証人になる!
アナハイム月面支社のものでも、クランの人間でもない人物なのだね!?」
「いえいえ、ウォンさん。
あなたは『証人足りうる第三者』と言った。だからわたしはあえて、彼のことを口にしなかった。」
どこかのご令嬢が、ガルマをみて、キャッと声を上げかけた。
ガルマは微笑んでグラスを少し持ち上げてみせる。
「その人物は、アナハイム内部の抗争については『第三者』ではない。
『女王派』のなかでも特殊な位置を占める東洋武術を使う一派……そこの首領たる『ギンガナムの首』です。」
ウォン・リーは、呻く。
「支社長たちは、まるで内側から破裂した様に頭部を破壊されて事切れていた。
つまり……彼らの死は、『女王派』の内紛によるものだ、ということか!!」
「そのように、副社長に報告してもらえるだろうか。
ちなみに、彼らは、そこで、首領がラインハルトと会談中であることを知ってなお、モビルスーツを差し向けたことを『裏切り』と捉えただけで、アナハイムエレクトロニクスには含むところはないようです。これは予想でしかないのですが、おそらくは、ラインハルトと彼らはうまくやっていくと思う。」
ガルマは、ヤンを見つめた。
「どうかな、ミラクル・ヤン。
次に打つべき手を、その頭脳から導き出してくれないだろうか?」
ヤンは、グラスをおいた。
乾杯用のシャンパングラスだったが、ほとんどその量は減っていない。
「……あなたやクワトロさんは、この世界をいったいどうするつもりなのですか?」
黒い瞳が真っ直ぐに、ガルマを見つめた。
「『世界』そのものをどうにかするつもりはない。」
ガルマはきっぱりと言った。
「独立戦争のような大規模な軍事衝突を回避する。すくなくともむこう何十年かは。
理想の人類。理想の政府についてはひとそれぞれ思うところはあるだろう。だが、それを追求すれば、また殺し合いになる。」
「恒久的な平和はもとめない、と?」
「そうだ。わたしとシャアは、軍事的な衝突のかわりにクランバトルによる外交決着を提案しているが、それが万能の解決策だとは決して思わない。
だが、わたしは結婚していてね。5歳の子どもがいる。
その子が戦場に行かなくてはならない世の中にしたくはない。」
ヤンも微笑んだ。
「分かりました……ガルマさん。あなたはとんでもない正直者か……または詭弁家ですね。
永遠ならざる平和のためなら、わたしも出来ることをしたいと思います。
ウォン叔父! アナハイム内部の対立において
ご自身は、どのような立場ですか?」
いやなところを突いてくる。
ウォン・リーは顔を顰めたが、本気になってしまったヤンは止められない。
「……心情は別として、副社長派だ。
ラインハルトはまだ若い。あまりに若い。
彼をトップにすえるためには、さまざまな軋轢を覚悟せねばならない。
それこそ、今回のドタバタが、お遊びに見えるほどの内紛闘争だ。
もし彼があと十五年、いや十年、待ってくれるならば、わたしは彼につく。だがいまはダメだ。失うものが多すぎる。」
「……わかりました。
おそらくすべては、ラインハルト専務にかかっています。彼は途方もなく有能で―――しかもおそらくは善良です。だが彼が彼の正義を貫こうとすれば、ひとは大勢死ぬ。
ガルマさん」
「なにかな?」
「わたしをラインハルト専務に合わせてください。」
というわけで、主要人物たちはまたもグラナダへ。
本作では早々にティターンズが退場してしまったので、日の目を見なかった可変機もどこかで出したいなあ。