そのころジオンでは恐るべき新兵器の準備が進んでいた……
N・ロック氏は、企業で働く人間である。
ひとが有能であることは、喜ばしいことだ。
だが有能すぎるのはどうか。
AIに頼んで収集したデータベースを見ながらため息をつく。
ひとりは、アナハイムエレクトロニクス専務取締役ラインハルト・ローエングライム。
もう、ひとりはネオ香港のクランオーナー、クワトロ・バジーナ。
個人的な情報収集は、ビジネスマナーとしてはマイナスであるが、彼もそこは承知していて、探索レベルを最小限度におさえている。
―――有能すぎるのだろうな。
そう思った瞬間に、情報を掲示させていたモニターに、新しいウィンドウが開いた。
「N・ロック。」
ウィンドウの人物は。
クワトロ・バジーナである。
「これは、クワトロさん。」
N・ロックは、愛想良く笑って見せた。
はからずも彼のモニターには、資料からひっぱった「ネオ香港の実業家で元連邦軍大尉のクワトロ・バジーナ」の顔写真と実際のクワトロ・バジーナが並んで表示されることになったのだが、そんなものに動じる彼ではない。
「明日のシャトルで、ネオ香港に戻る。
トロワとドゥーは、置いていくつもりだ。」
「そ、それは」
N・ロックのつくるリアリティショーに、ふたりの強化人間に出演してもらうのは、さすがに諦めている。
そうなれば、あの二人は、N・ロックの手には余るのた。
あの二人に言うことを聞かせられるだろうゼロ・ムラサメもいつまでグラナダに留まってくれるかはわからない。
「入れ違いに、アムロを呼んだ。彼ならドゥーたちの面倒もみれるだろう。」
「アムロさんを……ですか?」
「グラナダで、きみの番組に協力してもらえないか打診したところ、承諾してくれた。こまかな日程は、連絡先を教えるから直接交渉してほしい。」
「ち、ちょっと待ってください!
アムロさんは、現役のクランバトルのトップランカーじゃないですか!
わたしのコンテンツは、これからクランバトルを目指す少年少女のストーリーを描くものです。そこに無敵のエースを投入してどうするんですか!」
「要は、いまのメンバーで、予定調和で物語が進むのは面白くないから、ドゥーたちを入れようとしたんだろう?」
クワトロは笑った。
だが、手元に視線を落とすと、その顔がしかめられた。
「……なお、同行するのは、『狂犬』マチュ、『病み猫神』ニャアン、『薔薇姫』ココ・シャロン、『破壊天使』フォウ・ムラサメ……」
「どうしろっていうんですか! ネームドのクラバランカーを!
そんな濃いキャラクターを!!」
「それは使いようじゃないいか?」
クワトロは、とぼけたように言った。
「別に、同じ条件で、無理やりクラスメイトにする必要はない。
フラナガンスクールの生徒ときみの『ガールズ』を指導する鬼教官役として投入してもいいわけだし……」
「アムロさんは、あまり話をする機会はなかったのですが……」
N・ロックは困った。
「鬼教官、というタイプのひとには見えませんが。」
「性格は、な。ただ、模擬戦でも一度やらせてみろ。
全員が二度とモビルスーツに乗りたくなくなるくらいの指導はしてくれる。」
それでは困るのですか!
N・ロックは叫び出しそうになったが、なんとか堪えた。
「……もう一つ。きみも知ってる人物だと思うが、ネオ香港大学のヤン・リーが、ラインハルトに会いたがってる。」
「それは、ありがたい話かもしれません。」
N・ロックは正直に言った。
「わたしもヤンさんをうちに勧誘したかったのですが、ゴタゴタを抱えたアナハイムムーンは、ヤンさんにはあまり魅力的にはうつらなかったようです。
専務ならあるいは……」
「アナハイムエレクトロニクス極東支配人のウォン・リー氏から話があったのだよ。
彼は、ラインハルトを高く評価している。
いずれアナハイムエレクトロニクスのトップになる逸材だと。。
だが、彼の望みはあまりにも性急すぎる、というのがウォン・リーの意見だ。
ヤンとの接触が、ラインハルトによい影響を与えてくれることを期待しているようだな。」
「専務は―――おそらくは優秀過ぎるのです。
能力においても、努力においても。」
モニターの中のクワトロがニヤッと笑った。
サングラスをかけてはいたが、苦笑めいている。
「確かに、な。
短い付き合いだが、彼はあまりにも果断だ。
己の理想のために他者を焼きかねない危うさ、鋭利さがある。
それはおそらく経験とともに、丸くなっていくのだろう。
彼に必要なのは、経験と時間だ。そして信頼に足る、ともに語れる友人。」
N・ロックは、目の前の人物をまじまじと眺めた。
あくまで彼は、元連邦軍大尉のクワトロ・バジーナ氏だ。本人がそう言っているのだから、それに胃を唱えても仕方ない。
だが、いまクワトロが言った人格的な欠陥はそのまま、クワトロ自身にもあてはまるような気がしたのだ。
「クワトロオーナー。」
相変わらず、呼び方には苦労するのだが、このはトロワがそう呼んでいたのに習った。
「あなたご自身についてはいかがです?」
この質問は、予想外だったようで、モニターの中の端正な顔が一瞬硬直した。
やや、あってからクワトロ・バジーナはため息をとともに言った。
「……わたし個人ならばたしかに、ラインハルトに似た危うさはあるのを認めるよ。
だが、私には、守るべき女性がいて、信頼に足る友もいる。」
言いながら苦笑を浮かべた。
「そして、理想のためと称して、大量虐殺を容認する愚かさは目の当たりにしてきた。
同じ道は歩まんよ。」
N・ロックは、大きく頷きながら、心の中で思った。
“なるほどなるほど。彼が愛するものたちを失ってしまったから、『理想のための大虐殺』を起こしかねないということか。”
N・ロックは、近々先行上映会が予定されている覆面作家フロドの仮想戦記『シャイの逆襲』を思い出していた。
そこでは、行方不明中のジオンのシャア大佐を模したと思われる人物。
ネオ・ジオン総帥シャイが『重力に魂を引かれた愚か者を粛清し、地球環境を保全するため』地球に小惑星を落下させようとする物語りが描かれていた。
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「宙域オールグリーン。
本艦以外の艦影なし、浮遊物なし、
いつでも始められます。」
オペレーターは口早に告げた。
「了解。
こちらも大丈夫よ。」
「各機構、問題無し。わたしの方もいつでも大丈夫です。」
パイロットたちの返答をきいて、ブリッジの全員の視線が、ひとりの男に集中した。
「わたしが、指示を出すのか?」
皮肉げにその薄い唇が釣り上がる。
「この艦艇は、わたした直接の指揮下にはないし、そもそもこの現場には、わたしの上位者もいるのだが?」
「これは、ジオン正規軍のモビルスーツに採用するかもしれない強化パーツの正式テストです。」
艦長席の女佐官が応じた。
「わざわざ、総司令官が足を運んでいただいたからには、テストの次第はすべてご命令に従います―――マ・クベ閣下。」
「ラシットくん。きみのその忠誠心は公王府にむけておきたまえ。」
「わたしの忠誠は、ジオンに対するものです、マ・クベ閣下!」
「……わかった。」
なんとも面白みのない答えに内心辟易しながらも、マ・クベは頷いた。
「一分後に模擬戦を始める。
各パイロットはいま一度、機体の最終チェックを。
とくにアルテイシア陛下。新搭載の『シルエット』は最小限の稼働テストしか行っていない。何が起こるかわからないのだ。くれぐれも慎重にお願いします。」
「マ・クベ閣下。」
もうひとりの声が割り込んだ。
「パイロットはあくまでも、テストパイロットのソム・エドワウです。」
「そう話はもういい。」
マ・クベは面倒くさそうに、手を振った。
「シャリア・ブル准将!
そもそも新兵器のテストになぜ、艦隊司令官と元首がテストパイロットを務めなければならないのかは、まったくわからない。
あとで説明してもらうとして、テストはテストだ。はじめてくれ。」
シャリア・ブルは、コクピットに身を沈めた。
彼はどちらかと言うと、マ・クベに同情的である。
テム・レイ博士の持ち込んだ新型のシルエット……『ドラグーン』はたしかにサイコミュ兵器であり、ニュータイプでなければ使用できない。
ニュータイプ……それも、ケーブルなしの脳波誘導を行うビットタイプの兵器のコントロールは、かなり、戦闘に熟練したニュータイプでなければ使いこなすことは出来ない。
だったら、せめてシャリア・ブル自身が『ドラグーン』に乗ればよかったのであり。
シャリア・ブルは、光学モニターがとらえた相手の機体をじっとみつめた。
素体となるモビルスーツは、『ヘルムコングロマリット』製。
基礎となる技術は、ジオンのゲルググの流用であるが、そのコクピット周りの安全性には定評ごある。
実質的にオーダー式のモビルスーツであり、細部のデザインは、自由に変更できる。
今回はツインアイに額のV字アンテナというかの『ガンダム』に似せたヘッドを採用していた。
背中に背負うのは、円形の巨大な盾に似た強シパーツ『ドラグーンシルエット』。
その周りに剣の柄に似たものがぐるりと突き刺さっている。
対するシャリア・ブルの機体は。
マグネットコーティングに、最新のジェネレーターを備えたゲルググの最新ロットだ。
ほかに、これはニューディサイズの技術者から回収したインコムユニットを装備している。
姫様の考えていることは、ほぼシャリア・ブルは理解していた。
『ガンダム』を失ったアムロのために、新しい機体を用意してやろうというのだ。
だが、ヘルムコングロマリットのモビルスーツというのは、価格がバカ高く。
公王府の予算だけでは、なかなか手が出ない。
そこで、正規軍に採用させるという名目で、ドラグーンシルエットのテストを行い、その試験機という体で、ヘルムコングロマリットのモビルスーツを手に入れ、それをアムロに貸し出そうというのだ。
何回かアムロに賭ければ、モビルスーツ代くらいすぐに回収できるわ!
と、彼の敬愛する元首閣下は嘯くのだが。
そもそも、ドラグーンシルエットを装備した機体に乗ったアムロに対して試合が成立するのかどうか。
シャリア・ブルには疑問だった。
「あと、30秒です。」
コモリの声が響く。
「あのさあ」
ブリッジの一番いい席に陣取った派手なメイクの女が言った。
「ホントにこんないいカード、クランバトルにしないの? もったいないよ!」
ブリッジの全員からの白い目にも平然たるものだ。
「アンキー」
エグザベが怖い顔で彼女を睨んだ。
「テストパイロットのソム・エドワウはともかく、ジオン軍の英雄シャリア・ブル閣下が、軽々しくクラバに出るなど、正規軍の沽券に関わる。」
「……まあ、いいや。賭けの対象は諦めるよ。けど、配信の権利はもらうからね。もちろん配信開始時は、そっちに任せるからさ。」
「あと、10秒!」
コモリが叫んだ。
「9、8、7、6、5、4、3、2、1……模擬戦を開始します!」
シャリア・ブルは、バーニヤをふかした。
最新鋭のゲルググは、彼の操作に敏感に追従する。
一方…『ドラグーンシルエット』を装備したソム・エドワウの機体は動きが鈍い。
機体性能そのものは、こまかなカスタマイズもあって、量産機のシャリア・ブルのそれを凌ぐはずなのだが、あまりにも巨大な『ドラグーンシルエット』が枷になっているようだった。
姫が愛用している『レイダーシルエット』とは異なり、『ドラグーンシルエット』には推進器としての機能はない。
コンセプトとしては、エネルギーキャップ式を、採用しながらも、ビームの威力を独立戦争時のビット並に強大化させるというものなので、小型化には限界があったのだ。
シャリア・ブルはインコムを射出する。
もっとも初期型のものは、射出過程でワイヤーが絡まるという欠点があったが、これは途中に変節点となるリレーインコムを装備することで、絡まりを防ぎ、ある程度、発射位置も制御できる。
たしかに無線誘導の『ドラグーン』は性能だけみればインコムに勝るだろうが。
あの動きでは。
その瞬間。
背中に背負った丸い盾から、一斉に『ドラグーン』が射出された。
剣か槍を思わせる尖った形状。
それが、渦を描くように射出される。
“落とす!”
模擬戦ということで、ビームそのものは当たり判定だけになっている。
襲い来る「ドラグーン」にインコムからビームが発射される。
だが。
自在に動く「ドラグーン」はそれを回避した。
だが、その動作は全ておとり。
シャリア・ブルのゲルググは、姫様の機体に接近する。
脚部に装着した12発のミサイルを一斉発射!
この距離。
このタイミングなら、巨大な『ドラグーンシルエット』を背負って動きが鈍くなった姫様の機体では回避しきれない!
だが、ドラグーンが。
ミサイルの前にビームの弾幕を張った。
格子状に走るビームがミサイルをとらえる。
ミサイルはすべて、撃破判定。
“ドラグーンシルエットは攻防一体か!!”
シャリア・ブルは、さらにゲルググを加速させた。
距離をとっての撃ち合いでは、ドラグーンシルエットが上だ。
接近戦で仕留める!
だがそのシャリア・ブルの目の前で。
『ドラグーン』は盾の陰から、巨大な鉄球を取り出した。
もともとの装備ではない、そんなものまで搭載していたら、動きが悪くなるのも当然だ。
シャリア・ブルの顔色が死相に変わっていく。
ビームは当たり判定のみ。ミサイルは炸薬なし、ですが。まあ、ハンマーはそのまんまなので。