こればっかりはクラバでは決着がつかない!?
エッシェンバッハ卿は、地球を愛している。
ニューヤークを愛している。
そして、家族を。
特にひとり娘のイセリナを愛している。
その孫たちにいたっては、「目の中に入れても痛くない」という形容詞が、言い過ぎにならないほどに、溺愛している。
だが、その娘婿に対してはそうでもない。
彼は、旧欧州地区にあった爵位を未だに誇りに思うタイプの人間だったが、その爵位は、ガルマにではなく、孫に継がせることを公言している。
ここらへんは、地域やその家それぞれのやり方があるのでなにが正しい、とも言いにくいのだが、中世の昔には、エッシェンバッハ家は、男児に恵まれず、娘婿に家督を継がせたことは幾度もあったから、これは彼のジオン嫌いが、関係しているのだ、と周りのものは噂した。
とは言え、それ以外の部分では、エッシェンバッハ卿は、娘婿とうまくやっている。
この日も、月面から、ネオ香港。
地元を放り出して東奔西走してきたガルマ・エッシェンバッハを、彼は笑顔で迎えた。
「約束通り、フリードルフ家のパーティには間に合うように、戻ったな?」
「それは、なんども伺っていますから。」
ガルマは笑みを絶やさず、手にした酒壺を差し出した。
「なんだこれは……おおっ! 紹興酒の古酒か! この壺の形状はまさか……」
「宇宙世紀以前のものですよ。ネオ香港の老舗の酒商に頼んで探してもらっていたのが、ようやく手に入りました。」
エッシェンバッハは、食通ではない。酒の銘柄や味にも通じてはいない。
彼が好むのは希少性だ。
珍しいもの。高価なもの。
あるいは珍しくて高価なもの。
そういったものは、特権階級が独占すべきものだと思っている。
「よく手に入ったな……」
地球連邦勃興期。あるいは、つい5年前のジオン独立戦争。
戦火の嵐が地上を被ったことは、いくどもあり、そのなかで、中世から栄えた国家群は、一掃されてしまっている。
各地に脈々と根付いていたはずの文化もまたそれとともに姿を消した。
様々な芸術品。
あるいは工芸品を製造するひとびとそのもの。
特殊な風土に基づく料理や酒。その技法。
「アナハイムのウォン・リー氏が力を貸してくださいました。」
「ほう? ウォン君が、かね。それは……」
彼は手元のデバイスを確認した。
「ああ……そうだ。おそらく彼もフリードルフ家のパーティに招かれているはずだ。
たぶん、席上で顔を合わせることになるだろう。
よく礼を言わねば、な。
それと……そうだな。彼から勧められている投資のいくつかを前向きにすすめよう。」
「義父上」
穏やかな表情は崩さずに、ガルマは言った。
「そろそろフリードルフ卿のパーティが、なんのパーティなのか教えていただけますか?
イセリナにきいても口を濁されてしまって……」
「ああ!
なんというか……結婚十周年を記念するパーティだよ!
Sweet Ten Diamondというやつだ。彼の結婚にはいろいろと」
エッシェンバッハは難しい顔をした。
いろいろと頑固な一面はあるにせよ、結婚については、彼は極めて良識人であった。
「なにしろ、フリードルフ卿と奥方のアンネローゼとは、三十?いやもっと歳が離れているわけだしな。
結婚したとき、まだ夫人は10代だったはずだ!
まあ、それが白い目で見られているのを、彼は実に気にしている。
そのせいもあって、今回のパーティはより大々的に行おうとされているのだが。
わたしは選挙にも協力頂かないといかんのでな。参加しないわけにはいかんが……」
「たしかに、アンネローゼさんは社交界からもなかなかな仕打ちを受けていると、イセリナから聞いています。」
ガルマは言った。
「財産目当ての女狐よばわりされているのは、可愛い方で、フリードルフ卿の親戚筋からは、命を狙われたこともあるとか。」
「そうだ。
彼女の弟が―――たしかいまはアナハイムに勤めているはずだな―――あのとき、うまく立ち回らなければ、とんでもなくまずいことになっていたかもしれぬ。
おまえも知り合いだったな。
アナハイムエレクトロニクスのラインハルト・ローエングライム。」
そうか!
ガルマは忙しく頭を働かせた。
これはちょうどいい機会かもしれない。
「ラインハルトもこのパーティには参加するでしょうか?」
「……さて? それはわからん。
奥方様の実の弟だから招待状は出てはいるだろうが。
同じ北米にいればともかく、いま彼は月面のグラナダ勤務だ。しかもあそこはいまかなりガタガタしていると聞く。
おまえ自身、その目で確かめているだろう?」
「パーティの参加を何人か、増やすことは出来ませんか?」
「それは―――」
この娘婿が頭のキレる人間であることは、エッシェンバッハも承知していた。
「可能だ。正直、おかしな者でなければ、参加者が増えれることは、フリードルフ卿は喜ばれるだろう。
誰を招待する?」
「まず、ウォン・リー氏に連絡して彼の甥を同行してもらうように依頼します。
わたしの方は、旧友を」
「……おい。まさか、ザビ家の関係者ではないだろうな。
フリードルフ卿のまわりは頭の硬い地球至上主義が多い。おまえ自身はもうエッシェンバッハ家の人間だから良いとしきて、ザビ家の名が出るのはごめん蒙る。」
「ご心配なく。
ザビ家どころか、その敵の家柄ですから。」
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「大佐殿!」
自宅であるネオ香港の高級コンドミニアムを尋ねてきたデニムを見て、クワトロは顔をしかめた。
「おまえまで大佐呼びか。
……まあ、いい。
留守中のレポートは読んでいる。なにかほかに文書に遺せないような報告事項でもあるか?」
「古式ゆかしいご招待状ですよ。
会社あてに届いていましたんでお持ちしました。」
まあ、座れ、と言いながら、クワトロは茶を入れるために立ち上がった。
ここは、もともとララァやその侍女たちも一緒に暮らしている。
彼と入れ違いに、彼女たちはグラナダに旅立っていた。
そういうわけで、現在このコンドミニアムはかなりだだっ広い。寂寥感のある空間となっていた。
「マメ……ですね、大佐。」
「カンチャナとヴァーニがよくやってくれている。だからと言って、食器や、茶葉の場所がわからぬほどふんぞり返っているわけでもない。」
「北米のフリードルフ家から。
なんぞ、ご当主様の結婚記念日を祝う式典ってことですがね。」
デニムは、バッグから冷えたビールや肴を取り出して、テーブルに並べ始めた。
招待状を届けに来た、というのは言い訳で、上司の無聊を慰めにきたことは明々白々であった。
「元々は欧州の王様の家系だったらしいですがね。
政財界に影響力は大きいものの、いまは責任のある立場からは一歩引いている。
ご当主は、たしか結構なじいさんです。
それなのに跡継ぎがいない。」
「結婚記念日を祝うパーティなのだろう?」
クワトロは首をかしげた。
「子はいないのか?」
「ご当主がじいさん過ぎるんなんですよ。
奥方は若いんですが。」
「待てよ。聞いたような話だな。
奥方の名前はアンネローゼとか言わないか?」
「そうです。よくご存知で。」
「グラナダで知己となったラインハルト・ローエングライム専務の姉上だ。
意にそまぬ結婚を強いられた、と聞いたが……
そうか。」
「しかし、なんでまた招待状が届いたんでしょうか?
うちは、そんなに大きな会社じゃありませんし、まさか、大佐の別名を頼りに呼んだわけでも」
「会場はどこだ?」
デニムは封筒を開いた。
「……ニューヤーク、ですね。」
「わたしを呼びたかったのは、ガルマだろう。
なにをさせたいか、まではわからないが。」
口元が笑みの形に歪んだ。
「なにがしかのトラブルが予想される。
―――そういうことだろうな。」
ニューヤークは、なんか一年戦争よりまえの紛争で、ニューヨークが破壊されて復興したあとに名前をかえた街だそうな。
知らなかった!!