ガルマからのメッセージを読んだあと、ラインハルトは難しい顔で、しばし押し黙った。
執務室にいるのは、彼とキルヒアイスだけである。
事務的な滞りは、ラインハルトが地球本社から、彼が彼の子飼いのスタッフたちを呼び寄せたことで大幅に削減された。
詳細はここでは触れないが
「疾風のごとく書類を処理するもの」
「常に両面から緻密にかつ包括的に問題を処理できるため、あいつは左目と右目の色が違ってると言われてるやつ」
「鉄壁のごとくミスを許さない男」
など、個性豊かでかつ有能なスタッフたちである。
亡くなった支社長と保安部長については、社内的な汚職に留まらず、おそらくは彼が関係深かった連邦軍の兵站を担当する部署でかなりのものが処罰を受けることになるだろう。
つまり―――
ラインハルトとしては、なんとかひと息つける状態にはなったわけだ。
「フリードルフ卿のパーティなんか、行くものか。」
これは、いささか幼い言い方であり、あまりにも正直すぎた。
ラインハルトがキルヒアイスだけに見せる素顔である。
ラインハルトは、途方もなく有能である。そしてときには冷酷な印象すら与える果断さも、上に立つべきものとして、当然もっていた。
それにもかかわらず、彼の精神は、一部、幼いところでとまっている。
彼を上級の学校に進学させるため、彼の姉であるアンネローゼが、フリードルフ卿の妻となったあの日でとまっている。
「今回は、アンネローゼ様とのご結婚十周年を祝うものだ、とのことです。」
キルヒアイスは注意深く言った。
「どうしても参加出来ない事情があるならともかく、行けばフリードルフ卿は満足するでしょうし、アンネローゼ様も喜ぶ、と思います。」
「なら、おまえが行け!」
ラインハルトはそう言った。半ばダダをこねているようでもある。
「おまえがわたしの代理で行けば、フリードルフの面目はたつだろう。
姉上もおまえと会えは喜ぶ。」
「そしてアンネローゼ様から、あなたがなぜ来なかったか問い詰められる、というわけですか?
わたしはなんて言い訳したらいいんです?」
「その……体調がすぐれなかった、とか。」
「そんなことを言ったら、アンネローゼ様が心配しますよ。
根掘り葉掘り、あなたのことを報告させられます。
それを矛盾なく説明できるには、わたしは自信がありません。」
「仕事でどうしてもグラナダを離れられなかった!と言ってくれ。」
「わたしをパーティに派遣できる程度の忙しさなら大したことはない、と思われるでしょうね。聡明な方ですから。
それなのになぜ自分は来ないのかと」
ラインハルトは恨めしそうに、頭を抱えながらキルヒアイスを睨んだ。
「……おまえがどう自分自身を思おうが知らないが、わたしはおまえを親友だと思ってるんだ。」
ブチブチとラインハルトは言った。
「なんでその鬱陶しい敬語をやめないかな?」
「そっちが、飛び級したり、どんどん出世してしまうからですよっ!
まあ、おかげでわたしも専務秘書という恵まれたポジションにいるわけですから。」
キルヒアイスは自分の端末を差し出した。
「極東支配人のウォン・リー氏からも、ぜひパーティに参加するよう、コメントが届いております。」
「ネオ香港のウォン・リー氏か。」
ラインハルトは首をひねる。
「優秀な人物だし、入社したてのころにはずいぶん、世話になった。
だが、派閥的にいまは副社長派だろう?
なぜ、こんなタイミングでわざわざメッセージを……」
「甥ごさんを紹介したいそうです。」
さすがにそれだけでは、ビンと来なかったのし怪訝そうな顔をするラインハルトに、キルヒアイスは被せるように言った。
「ネオ香港大学のヤン・リーです。」
なるほど。
と、ラインハルトは頷いて、目を閉じた。
「N・ロックがぜひ手駒に加えろと言っていた傑物だな。
―――いや、たしかに先日のシミュレーションの企画もその指揮ぶりも素晴らしいものがある。
だが、まだ彼は学生だったろう?
いまのグラナダを離れてまで、接触する価値があるだろうか。」
「―――もうひとつ。」
キルヒアイスは声を落とした。
「フリードルフ卿がこのパーティでいよいよ跡継ぎを発表する、という噂があります。」
「それはあまりいい話ではない。はっきり言って有難くはないな!
またぞろ、親戚筋から姉上へのやっかみがはいる。
―――そうか。そのトラブルを回避するためには、わたしが行った方がいい、ということか。
ウォン・リー氏はそこまで考えてくれているのだな。」
ラインハルトが視線を落とした彼のタブレットに新しいメッセージが届く。
……またガルマからだ。
「―――なるほど。
ジオンの御曹司は、トラブルの発生は100%だと、みたらしい。」
その唇が今度は笑みの形につり上がっている。
「ガルマ様がなんと?」
「クワトロ・バジーナも、今回のパーティに招待したそうだ。
『快諾を得た』そうだ。」
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「なんだ?」
ラインハルトの冷たい視線に、少女は「にいはお」と言って笑った。
グラナダ宙港である。
袖のない拳法着の上から、薄物を羽織っている。下はゆったりとしたスラックス。
こぶりなリュックを背負っているのが、一応、この少女の旅装ということらしい。
「たしか、チェン・シャオロンのところの……『ギンガナムの爪』でしたね?」
キルヒアイスが、ラインハルトを彼女から遠ざけるようにしながら言った。
「なにか御用ですか?」
「わたしタチ、アナハイムムーンの警備をまかされてるネ。
センムさんの出張に護衛がつくのは、当たり前ネ。」
たしかに、理屈は通る。
「ですが、なぜ『ギンガナムの爪』。あなたなのですか?」
中世のチャイナ風の出で立ちは、護衛という任務には目立ちすぎる。
「アー、イェ・チャージーと呼ぶようにネ!」
「なんだそれは?」
「わたしの名前ネ。ひとを呼ぶ時はナマエで呼ぶネ。」
ラインハルトとキルヒアイスは顔を見合せた。
「もうひとつ! わたしの得意な技は、地球の重力下で、最大の効力を発揮するネ!」
「手刀を使った切断が得意技ではないのか?」
「あれは、ウラの技ネ!
わたしの学んだ拳法は、歩法から投げ技がトクイ。月の重力下では100%、チカラ、発揮できない。」
「……彼女の分の座席を用意させます。」
キルヒアイスは言った。
彼女の人選はともかく、チェン・シャオロンが付けてくれたボディガードなら、無下に断るのもわるいと思われたのだ。
ラインハルトも頷く。
「地球は久しぶりネ!」
問題は!
『ギンガナムの爪』イェ・チャージーがすっかり旅行気分ではしゃいでいることだ。
「お姉様の結婚10周年の記念パーティってってキイてるネ!
アソビ気分だめヨ! 偉いひとのパーティなんて政治や商談の延長なのヨ。」
いや、おまえが言うか?
と、ラインハルトとキルヒアイスは同時に思った。
三人は出港ゲートをくぐる。
同じタイミングで。美女の一団が、入港ゲートからグラナダに入ってくる。
年齢は20代から10代はじめ。
年齢はバラバラだが、仲はよさそうだ。
先頭にたった黒い髪を長く伸ばした少女が言った。
「N・ロックさんは、カハラ・グラナダに部屋をとってくれてるみたいだよ。
宙港からだと、タクシーがいい。」
「そのまえにお茶しよっ!」
赤毛の活発そうなショートヘアーの少女が言った。
「荷物の受け取りは?」
いちばん年下らしい黒髪のくせっ毛の少女が尋ねた。
もうひとりの金褐色のショートヘアーをオールバックにキメた同い年くらいの少女とともに、生活面の切り盛りをしているのが実は彼女だったが、さすがに空港での諸々の手続きにはくわしくない。
彼女達の主である黒髪をお団子にまとめた美女は、とにかく生活面のことでは、ほぼ無能に近かった。
「機内持ち込みできなかったスーツケースでしょう?
受け取りカウンターはあっちよ。」
淡いパープルの髪の美女はゆったりとしたワンピースに身を包んでいる。
「このまま、ホテルにむかって大丈夫だよ。」
最初から一団にいたことはいたのだが、まったく目立たない青年が口を挟んだ。
「荷物は、空港からホテルまで運んでもらえるから。
ただ、さすがにすぐは届いてないと思うから、なんなら、マチュの言う通り、すこしカフェで時間をつぶしてから向かったほうがいい。」
赤毛の少女―――マチュは、このとき、搭乗ゲートのほうに気を取られていた。
男性二人と。 チャイナ服の少女の一行は、後ろ姿だけ見えた。
「どうした、マチュ?」
「なんか―――懐かしい気がした。」
「懐かしい?」
「そ。イズマの改札でニャアンにスマホ割られた時みたいの感覚が。」
「そ、その話は! わたしもケーサツに追われててっ!」
黒髪ロングの方―――ニャアンが顔を赤くして叫んだ。
「誰か―――大事なひととすれ違ったのかな?
宇宙世紀前のヒットソングにあったみたいに。」
うんうん、とマチュは頷いた。
「……ってガンダムが言ってる。」
とりあえず、ムラサメ研の強化人間が全員集合しそうなので、フラナガンスクールと対抗戦でもやらせてみようかな。