彼らならこう言うだろう、と想像しながら書いてるのは作者なので、そんなものは自分でなんとかしろと言われそうですが。
ネオ香港の夜景は、宇宙世紀時代以前から「それ自体に価値がある」と評されたみごとなものだが、4人ともほとんど、それに目を奪われることはなかった。
テーブルの上には、食前酒や前菜が並んでいるが、全員それに手をつけようとはしなかった。
もっともイェだけは、チラチラとそれを眺めていたが。
「気がかりなのは、今回のパーティが単に結婚10周年を、祝うものではなく、その席上で、フリードルフ卿がその家督の相続について発表する、という噂があることです。」
キルヒアイスが言った。
「アンネローゼ様とフリードルフ卿の間には、子どもがいません。
当然、親類筋の誰かがその指名を受けるものと考えられますが、どこを指名してもうまくはいかないでしょう。」
「誰かが、直接的に暴力に訴える可能性は?」
「ほぼ、100%かと。
具体的には、フリードルフ家の親戚筋にハイネ家という謀略を担当するものがおります。そこをどの家が抱き込むかで情勢は、目まぐるしく変化するか、と。」
「ふむ」
クワトロは、考え込みながらも食前酒のグラスを手に取った。
「ならば、パーティのまえになにか仕掛けてくる可能性が高いか。」
「はい。
どこの親戚筋にとってもアンネローゼ様が存在することそのものが、最大の障害に写ります。
かと言って、すぐにでもアンネローゼ様になにか仕掛けてくるかというと、その可能性は極めて低い。」
では。穏やかならぬ再会に乾杯。
そう言って、クワトロはグラスを差し上げた。
残りの3人もそれに倣い、やっとのことで食前酒は、賓客たちの喉を潤した。
「低い、と判断する理由は?」
「フリードルフ卿は……『彼なりに』アンネローゼ様を溺愛しています。もし、アンネローゼ様になにかあれば、その怒りの鉾先は、親戚筋に向かうでしょう。
これは、証拠をなにひとつ必要としません。
疑わしい家はすべて相続から排除されます。」
「なるほど、いい分析だ。」
クワトロはそう言って、茶色とキミドリのソースのかかった生魚の切り身を口に運んだ。
「直接に手は下しにくい。たが、今回のパーティで家督相続についてなにか発表がありそうなら、そのまえにアンネローゼに亡き者にするか……すくなくとも彼女が家督相続からは除外されるように手を打っておきたい。」
「サスガ、わたしのクワトロ。
その通りネ!」
遠慮なく、前菜にほっぺたを膨らませながら、イェ・チャージーが言った。
ウェイターを呼びつけ、醤油とワサビ、それに箸を所望する。
「……『ギンガナムの爪』イェ・チャージーとは初対面ではなかったんだ。」
ラインハルトが言った。
「むかし……10年以上前だが、姉上が、フリードルフに目をつけられたときに、暗殺されかかったのを救ってくれた旅の拳士がいた……」
「どこかの武侠小説かね?」
「まあ、起こったことも、それに近い。
ジャッキー・チェンとリン・ホーと名乗っていたが……
それが、チェン・シャオロンと、このイェ・チャージーだ。」
驚いたように、クワトロは目を見開いた。
「まて、10年以上前だと?
『ギンガナムの爪』! おまえいったい幾つだ!?」
「ウフフ。幾つに見えるカ?」
最大にムダな会話をクワトロは、早々に打ち切った。
「つまり、いまのところ均衡は保たれてはいるものの、パーティをきっかけにどこが暴発するかわからない、極めて危険な状況、ということなのか。」
「……理解がはやくて助かる。こんなことは部下には相談しにくいのでな。」
クワトロはしばらく、考え込んだ。
スープとサラダが運ばれてくる。
ウェイターは、いかに希少な、高価な食材が匠の技をもって調理されたかを説明し始めたが、だれも相手にしなかったので、すごすごと引っ込んだ。
「……それは、フリードルフ卿の離婚も視野にいれた考えか?」
「当然だ!」
ラインハルトは、声はいくぶん高かった。
「姉上は、無理やり結婚を強いられ、わたしの実家の借金返済や、わたしと……キルヒアイスの進学のための資金援助を餌に嫁がされたたのだ。」
「どうしても別れさせたいのなら、簡単な方法がある。」
クワトロは運ばれてきたワインを口にした。
ラインハルトとキルヒアイスもそれに倣う。
ラインハルトが眉をひそめて問うた。
「というと?」
「男性が不相応に若い妻を迎えた場合、往々にして起こることだ。」
「……」
「妻の浮気だ。」
グラスを置く音はやや大きかった。
ラインハルトの顔から表情が消える。
「……フリードルフは姉上に執着している。」
苦く、低い声だった。
「たかが浮気程度で手放すとは思えん。」
「そうだろうな。」
クワトロはあっさり頷く。
「だから次がいる。」
「次?」
「体調の変化だ。」
その瞬間。
ラインハルトの眼光が鋭くなった。
「まさか。」
椅子から半ば身を乗り出す。
「姉上を不名誉な病に罹患させたことにしろと言うのか!」
「落ち着け。」
クワトロは苦笑した。
「厳密には、私が言っているのは病気ではない。」
一拍。
「普通の夫婦なら祝福される話だ。」
沈黙。
ラインハルトは数秒戸惑った。
そして。
理解した瞬間に顔色が変わる。
「……」
クワトロは平然としている。
イェ・チャージーの顔が真っ赤になった。酒を吹きそうになっているのを堪えている。
「……浮気相手の子を妊娠した、ということにするのですか?」
キルヒアイスが代わりに口にした。
「そういうことだ。」
クワトロは涼しい顔で言う。
ラインハルトは完全に絶句していた。
「慌てるな。」
クワトロは肩をすくめた。
「これが唯一の方法だと、勧めているわけではない。
君が本当にアンネローゼをフリードルフ家から解放したいと言うなら、最も効果的な方法を挙げただけだ。」
「そんな方法を認めるものか!」
「ならば結構。無理にすすめはしない。」
クワトロは即答する。
「だがな、ラインハルト。
誰かの人生を根本から変えようと思うなら、覚悟が必要だ。」
「覚悟……か。」
「自分自身の意志と向き合う。そう言い換えてもいい。君はアンネローゼを救いたいのか。」
「もちろんだ! わたしは」
「それともアンネローゼを取り戻したいのか。」
今度は。
ラインハルトに加え、キルヒアイスも絶句した。
沈黙が続いた。
クワトロは、スープにとりかかる。
答えを急かすつもりはない、という態度だった。
イェ・チャージーは豪快にサラダを平らげている
「…難しいことをきいてくれる。」
ラインハルトは、やっと言った。
「わたしにとっては、その二つはイコールだったのだが。
確かに言われてみれば、フリードルフと別れたあととのことまで考えていなかったかもしれぬ。」
「無理もない。」
クワトロは笑みをみせた。
「わたしはかつて、復讐のために生きたことがある。
その相手には、我々の共通の友人であるジオンの坊やも含まれていた。」
「ガルマ——か。」
「おそらく、彼を最初に殺すことになっただろう、とそう思う。彼は地球侵攻軍の指揮官であり、彼の麾下に転属を申し出ることは、すくなくとも一時期は容易だった。そして、一進一退の攻防を続ける地上戦ならばなんらかの事故、あるいは戦死を装って彼を抹殺することはそれほど難しくはなかったはずだ。」
クワトロは静かに言った。
「だが、わたしはいま、そうならなくて、よかってと考えている。
つい先日、彼の姉をこの手にかけた男の言い草ではないが。」
ラインハルトは、グラスを持ったまま、窓の外を見た。
ネオ香港の夜景が広がっている。
「——いちど、姉上と―――フリードルフ卿に話をきいてみる。」
「ラインハルトさまっ!!」
「確かにわたしは、姉上のお考えをきちんと聞いたことはない。
そして、フリードルフ卿に至っては、まともに話をしたことすらないのだ。」
イェが破顔した。
「話するのはとてもヨイのことね。
10代前半のガキには語れなくても、『今』なら、し語れることもアルよ。アンネローゼもフリードルフもネ!」
ラインハルトは、少し間を置いてから、ふうとため息をついた。
「……難しいな。
咄嗟に刺殺さないようにフリードルフ卿に対峙するのは。」
「わかっているなら、それで充分だ。」
「さっすがは、ワタシのクワトロよ!」
イェがはしゃいだように言った。
「残念! ワタシのやくにたつとこミセたかったけど、からぶりネ!」
「それはどうかな。」
クワトロの笑みが冷たいものにかわった。
「いまのはあくまで、ラインハルト、きみたちこ気持ちの問題だ。なにが起きるかは行ってみないとわからない。
ぞもそもなぜ、わたしが、直接ニューヤークに行かず、ここで合流することを提案したか―――」
「それはワタシとの目眩く一夜を」
「百式をニューヤークに送り込む時間を稼ぐためだ。
船路では時間がかかりすぎるため、いったん衛星軌道に上げて、ニューヤーク宙港行きのシャトルに載せ替えた。」
「クワトロ・バジーナ」
キルヒアイスが固い声で言った。
「あなたは、いったい……」
「好んで争いを起こす訳では無いが、万全の準備をしたくてね。
そして、戦いをすすんで起こしたくはないが、戦いその物は嫌いではない。」
ニヤリと彼は笑った。
「ラインハルト。きみもそうではないか?」
「―――まったく!!」
キルヒアイスがわざとらしく大きなため息をついた。
「ラインハルト様の友人になってくれる方はそろいもそろって、好戦的な方が多い。
類は友を呼ぶ―――ということでしょうか。」
「わたしについて言えばそんなこともない!
アムロはたしかにクランバトルのトップランカーだが、穏やかな技術者タイプだ。
ヤン・リーは……そうだな。さしずめ、学者か教師以外の職業は難しそうだ。
シャリア・ブルは軍籍だが、戦いをは好まない。
ガルマもわたしほど好戦的ではないし、な。」
「ヤン・リー、か。」
ラインハルトは呟いた。
「このところ、その名をよく聞く。きみも知り合いなのか、クワトロ?」
「アナハイムエレクトロニクス極東支配人のウォンさんの甥だよ、彼は。
彼の企画した『仮想ア・バオア・クー戦』には、わたしも参加している。
おそらく、ニューヤークで会えるはずだ。
ウォンさんが彼も連れていくと言っていた。」
「いろいろと危険も多そうだが」
ラインハルトは半眼に目を閉じている。
「ニューヤークが楽しみになってきたよ。」
文字数が多くなってしまったので、アムロたちの話はつぎに!
クワトロのひどい提案は、銀英伝でたしかロイエンタールが言ってたやつですね。相手はアンネローゼに嫌がらせをする貴族夫人でしたが。