陰謀渦巻くニューヤーク。
グラナダ宙港。
「——ドゥー。」
アムロは、人波をかき分けながら、辛うじて平静な声で言った。
「なあに?」
「なぜ、看板を持ってきた。」
「えっ、だってわかりやすいじゃん!」
ネオ香港では大丈夫だったよ?。」
「クラバの人気は、地上以外のほうが高いんだ。」
「ドゥー! あんた……」
マチュの声にドゥーがぴょんと飛び上がった。
「マチュ! ニャアン! それとみんなも!」
月面は重力が低い。ドゥーの「ぴょん」は、並みの人間の数倍の高さになる。
そして、それは月面で暮らすものにとっては、たいへんなマナー違反だ。
とくに地球生まれのものがそれをするのは、ルナリアンをバカにする行為とされる。
さらに空中でバランスを崩したドゥーが、妙なかっこうで落ちてくるのをトロワが抱きとめる。
そのままトロワは、アムロたちと群衆の間をわってはいった。
「すまないが、チャンピオンは長旅でお疲れだ。
このまま、宿に向かうことになる。」
トロワはまだ、10代半ばの少年である。
鍛えてはいるが、体つきにはまだ華奢な部分もあるし、なにより、いまは明らかに足を引きずっていた。
ざわざわ。
群衆がだんだん遠巻きになっていく。
わかるのだ。
幼かろうが、手負いであろうが、肉食獣は肉食獣であることが。
「派手なで迎えになってすまない。アムロ・レイ」
「ああ、助かったよ、トロワ。
ゼロさんも来ているのか?」
「来ていた。」
「いまはいないのか?」
「あいつに落ち着いてどこかにとどまれというほうが無理だ。」
トロワは先にたって歩き出した。
「自分が不在の間は、アムロの指示に従えということだ。」
トロワは、ドゥーをちらりと見た。
「看板は、ドゥーのアイデアか。」
「そうだよ! どう? わかりやすかったでしょ?」
「わかりやすすぎるんだ!」
「あ、ボクだめだった?」
基本強気なこの少女が、落ち込んだ表情をみせるのを、マチュが抱きしめた。
「あんたらしい。」
「でも会えたよ?」
「——それはそうだ。」
トロワとアムロは顔を見合わせていた。
「とりあえず、移動しよう。」
アムロは言った。
「人がたくさんいる場所にいすぎると、あとが大変になる。」
「ホテルは予約してある。
俺たちと同じホテルだ。アナハイムとの会食は夕方だ。」
トロワが言った。
「じゃあ、やっぱりランチ兼ねてなにかたべとこう。」
マチュが言った。
「どこかゆっくり出来るとこがあれば」
「いいとこがあるよ。」
ドゥーが言った。
トロワはいやな顔をした。
ものすごく世間知らずのドゥーは、お気に入りの「レストラン」がチェーン店のハンバーガーショップだったりするのだ。
「どこだ?」
「ディアナんとこ。」
トロワは、言葉足らずのドゥーを補足した。
「ディアナ廟だ。『女王派』の信仰の象徴でディアナ・ソレルの冬眠カプセルが安置されている。記念館になっていて、軽食と飲み物くらいは提供してくれる。
場所も、最寄りのステーションから、ホテルまで歩く途中の公園のなかだ。」
アムロは、看板を持ったドゥーを見た。
ドゥーは、こくりと頷いた。
「そこではなにが食べられるの?。」
「サンドイッチとかハンバーガー。あと公園のハーブで作ったハーブ水がおいしい。」
アムロは、少し考えてから言った。
「——わかった。行こう。」
「わたしは、すこし残る―――」
ニャアンは腕につけた端末を見ながら言った。
「モビルスーツ運搬のシャトルが、30分後に着くから、倉庫への搬入を確認して、なにか適当に食べて、ホテルに向かいます。」
「わたしもニャアンに同行するわ、アムロ!」
ララァが言った。
アムロは頷く。
ニャアンのリック・ゾック、ララァのロゼ・スバークル、フォウのサイコガンダムRは、別便だ。
それぞれ専用機に近い形でカスタマイズされた機体である。搬入を確認したいのは当然だろう。
「グラナダはくわしい。
わたしがみんなをホテルまで連れて行ける。」
ニャアンは、一時期フラナガンスクールに通っていた。
「わかった。会食の時間には遅れないようにね。」
「お任せ下さい、アムロ。」
カンチャナが丁寧にそう言った。
アムロとマチュ、トロワ、ドゥーが立ち去るのを見送ってから、ララァはニャアンに微笑んだ。
「変なお願いをしてごめんなさいね。」
「いや。当然だと思う。
カンチャナが『シャイの逆襲』のスタッフと打ち合わせをするのに、『白い悪魔』が同席してるっていうのは、物語として出来すぎだから。」
「カンチャナとヴァーニは充分しっかりはしているのだけれど、グラナダは初めてだし、まだ子どもだし、打ち合わせには、わたしも同席したほうがいいと思うの。
そのあとホテルまで行くのに、わたしとフォウだけだと少し心もとないのよね!」
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「ニューヤークへようこそ。」
差し出された手を、クワトロは如才無く、握り返した。
口元には微笑みさえ浮かべている。
ニューヤーク空港にまで、市長が自らで迎えに来るとは、通常ではない。あくまで公務ではなく、娘婿の友人が、遠路はるばる求めに応じて、パーティに出席に来てくれたことへ「感謝」する体ではあったが。
「はじめてお目にかかります。
わたしは、ネオ香港でクランバトル興行を手がけるクワトロ・バジーナです。」
「この度は、ガルマが無理を申し上げた。」
クワトロ・バジーナはなにものか。
かつて、ジオン軍に「赤い彗星」と呼ばれたエースがいた。
独立戦争初戦にいけるルウム戦役において、5隻の戦艦をモビルスーツザクを駆って撃破。その後も武功を続け、連邦軍のモビルスーツ開発計画を頓挫させ、奪取した新鋭機「ガンダム」で活躍。戦争末期には、グラナダへのソロモン落としを阻止し、その後長く行方不明となっている。
昨年の「イオマグヌッソ事変」の際には、その赤いガンダムが突如としてあらわれ、キシリアの乗艦パープルウィドウを撃破し、イオマグヌッソの地球への発射を止めた、という。
そのシャアが、実はダイクン家の忘れ形見キャスバル・レム・ダイクンであったと。
広く流布された噂はあるものの、噂はあくまでも噂である。
確たる証拠はない。だが否定する材料もない。
もし、噂通りなら、彼はジオン公国の元首の実兄。
ニューヤーク市は、赤絨毯をひいて、市職員総出で出迎えてもよい立場である。
だが、彼はそうであるとは公言していない。
このあたりの塩梅をどうするか。
老練の政治家であるエッシェンバッハ卿が選んだのは、「あくまで私的」ではあるが、自らが娘婿であるガルマを伴って、空港まで出迎える、という行動である。
「エッシェンバッハ市長。ご無沙汰しております。」
ラインハルトが声をかける。
アナハイムエレクトロニクスの重役として、彼はエッシェンバッハとはなんどか面識があった。
「ご参列感謝する、ラインハルト…ああ、専務になられたのでしたな。」
「今回、月面支社も任されることになりました。」
「忙しい中、実にありがたい。
月面支社は―――」
「いや、なんとか月面支社のほうも落ち着きました。
いずれ、アナハイムエレクトロニクス本社から発表されるでしょうが、これは連邦軍を巻き込んでの汚職事件になるでしょう。」
「支社長と保安部長がお亡くなりになったとか……」
「彼らは後暗いテロ組織にも、金を流しておりました。
そこで、仲間割れがあったようです。
肥大化した保安部も見直さないとなりません。」
会話に合わせて、エッシェンバッハが欲しがっている内部情報をすこしだけ流してやるあたり、ラインハルトの頭の回転は尋常ではない。
「義父上。ラインハルトもクワトロも長旅で疲れていると存じます。まずは、休憩していただき、お話はあらためて晩餐会の折りにでも。」
「ガルマ、エッシェンバッハ卿。
申し訳ないが、わたしとキルヒアイスは、晩餐会は遠慮させていただく。」
エッシェンバッハの眉が少しだけ歪んだ。
「ほう……それは……」
「パーティまえに、姉とフリードルフ卿に会っておきたいのですよ。
今日の夜なら時間が作れる……とのことでした。」
それは当然と言えば当然の申し出ではあったが、エッシェンバッハは、フリードルフ卿とラインハルトの不仲を知っていた。
(常識人である彼は、その点において、もっともだとすら思っていた)
「シャ……クワトロ。なにかたくらんでいるのか?」
「とんでもない、ガルマ!!
ラインハルト氏はアンネローゼ夫人の実弟だ。
ここしばらく、ラインハルトは、グラナダと地球本社を行ったり来たりで、ロクに会う時間もなかったのだろうからな。
パーティの席上では、個人的な会話をする機会もないだろうし、先に顔を見ておきたいと思うのは当然だろう!!」
朗らかで、力強く、理路整然たる口調。
その口調に。
“ああ!こいつ嘘をついてるな。”
付き合いの長いガルマは、はっきりそう思った。
義父の手前、口にはださなかったが!!
うひひ。
口元を扇子で隠したイェ・チャージーが声を出さずに笑った。
アンネローゼとラインハルト。
アムロ&マチュとディアナ・ソレル。
はたしてどんな会話になることやら。