自分たちのモビルスーツを載せたシャトルの到着を確認してから、ニャアンたちは、約束の場所に急いだ。
宙港からは、それほど遠くない。
目抜き通りから、ひとつ裏に入った。路地というほどには、狭くはない通りである。
塵芥がそこら中に落ちているような不潔さもない。
だが、表通りの雑踏がうそのように人通りは少なかった。
お目当ての店はすぐに見つかった。
だが、案内したニャアン自身が入るのを躊躇している。
なんの変哲のないドア。
店の名前だけが描かれた金属のプレートは、小さく、うっかりすると見落としてしまいそうだ。
それ以上に。
なんとなくわかるのだ。
そのような店の存在意義が。なかで行われていることが。
だが、彼女の連れたちは、その点恐ろしく無頓着だった。
からん。
ドアにつけられたチャイムがなった。
「いらっしゃいませ。
会員証とお名前を。」
「ガラドリエルから招待をいただいた『フロド』です。そう言えばわかると言われたわ。」
ララァは淡々と答えた。
受付の男は頷いて、となりのカーテンをあけた。
壁一面に、仮面がならぶ。
「この店では、みな仮面をつけていただき、自らお決めになった店のなかでだけ通用するお名前で過ごしていただきます。」
「高級」な店なのであろう。
男の物腰は気品すらあった。だが、奥に怖いものがある。
「ここでは、起きたこと、行ったことは外へは持ち出し禁止です。そのことをご承知おきいただいた上で、ご入店ください。」
ニャアンに袖を引かれて、ララァは微笑んだ。
「ここって……」
「そうねえ。細かいシステムは聞いてみないと分からないけど、パートナーを求めてるひとが訪れるおみせじゃないかしら。」
「み、」
ニャアンはカンチャナとヴァー二を指さした。
「未成年」
「保護者同伴だし。そもそも用事があるのは、わたしたちじゃないわ。」
ララァは、彼女の想い人がつけていたのに似た例の仮面を手に取った。
フォウも似たような意匠の仮面を装着する。
カンチャナは、ヴァイキングのカブトに似た仮面を。ヴァー二は、中世の欧州で流行した仮面舞踏会を思わせるアイマスクを選ぶ。
淡々と作業をすすめるララァたちを横目に困っていた。
こんな場所を打ち合わせに選んだ理由は、分からなくもなかった。
こういった場所は、使用する客のプライバシーを最大限に尊重してくれるし、さっき案内があったように、偽名での打ち合わせも可能だ。
むこうは、『フロド』がだれがはわからないのだが、まさか10代前半の少女だとは思っていないだろう。
しかし。
ニャアンは迷ったあげく、いちばん、ヤヴァそうな仮面を手に取った。
光学的な迷彩を施されているのだろうか。
その仮面は見ている間にも、形容しがたい怪物から別の異形へと様相を変えていく。
「珍しい。」
受付の男がつぶやいた。
「それは、中世の怪奇小説作家が生み出した神話体系に登場する『混沌の神』を模したものですよ。あなたのような若いお嬢さんがそれをお選びになるとは。」
「あとは名前ね。」
ララァが手招きした。
「ここにサインすればいいそうよ。本名はやめておいた方がいいわ。」
「なんにした?」
「わたしはガンダルフ。フロドはフロドね。打ち合わせのときにめんどうだから。」
「わたしはビルボ。」
ヴァー二が手を上げた。
「わたしはサムにした。」
フォウが言った。
ニャアンはすこし迷ってから。
『サウロン』
とサインした。
一行は、奥まった個室に通された。
仮面の女性が立ち上がって迎える。
獣を模した仮面だ。
尖った鼻はキツネを思わせた。
「あなたが、ガラドリエル?」
ララァが言った。
「お招きありがとう。」
仮面の女性は、戸惑った。
明らかに未成年―――それも10代前半の女性2人をつれた一行は、彼女の予想のななめ上をいったのだ。
「……あなたが、『フロド』さん?」
「いいえ。」
ララァが、カンチャナを指さした。
「……この子が!
あの物語を書いたっていうの!?」
「すべては、お姉さま……ガンダルフの叡智の導きによるものです。」
『フロド』……カンチャナはもったいぶって答えた。
『ガラドリエル』はまだ納得はしていないようだったが、「シャイの逆襲」のイベントのために、はるばるグラナダに来てくれた一行を粗略に扱うわけにも行かない。
ソファに座るよう促してから、飲み物を尋ねた。
「なにかノンアルコールの飲み物を。」
代表して、ララァが。
「ラーメン。それと餃子。」
『混沌の神』の仮面をつけたニャアンが、場をいっそう混沌に陥れるようなことを言った。
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ドゥーの足取りは踊るようだった。
実際に、月の重力がひくいせいで、身体も軽いのだろう。
ときどき、装着していた呼吸補助器もいらないようだった。
上方は、青い空が投影されている。
自動車両は進入できない。
歩行専用の小道がずっと続いていた。
緑の木立をぬって歩くと、彼らが泊まるカハラ・グラナダをはじめとする高級ホテルがならぶ一角となる。
目指す『ディアナ廟』は、その途中の公園にあった。
周りは花壇になっているが、念入りに手入れされているというより、飛んできて、たまたま根付いたものを育てたら、きれいな花が偶然に咲いた、といった趣のものだった。
種類もバラバラの花が咲き誇る。
「あら、ドゥーちゃん、いらっしゃい。」
修道女にも見える管理人は初老の女性だった。
「あなたやチェンのおかげで、あの行動隊のやつらもすっかり、姿をみせなくなったのよ。」
「ボクはなにもしてないよ。」
と、ドゥーは言った。たしかに制服に身を包んで嫌がらせや恫喝をしていた連中には、なにもしていないが、彼らに資金を提供していたアナハイムムーン保安部のモビルスーツを3機ばかり落としたのは、彼女にある。
「今日はお友だちも一緒なのね。」
そう言われて、ドゥーは、振り返って同行者たちを見やった。
アムロは、コンバクトなジャケット。
マチュは、ワンピース。
珍しそうにあたりを見回している。
トロワはすでに何度か、ドゥーとここを訪れていた。
アムロは部屋を見回した。
天井は高く、開放感のある建物だが、それほど広くはない。
入口からすぐの、いま彼らのいる所は、受付と売店があって、軽食やドリンク類。あと土産物らしい小物がならんでいる。
その奥が礼拝室になっているようだ。
一段と天井が高くなっていて、天井の一部にステンドグラスが使われている。
学生と思われるカップルが談笑しながら出てきた。
ほかに客はいないようだった。
ディアナは「女王派」と呼ばれる月面信仰の象徴である。
クランバトルで、なんどか月面をおとずれているアムロはその名を聞くのは初めてではない。
長く―――それこそ、グラナダ建設途中から信仰を集めているが、ほとんど民間の穏やかな信仰である。さきほどのカップルもデートスポットとして立ち寄った風である。
ただ、一部の過激派。月面都市をジオンと地球連邦に対抗する第三勢力として立ち上げようとするものたちに利用されて、不穏を巻き起こした。
現にアムロも、つい先日、グラナダを訪れた際には、ディアナ信仰を悪用するアナハイムムーンの一派に襲撃されている。
アムロは、商品棚に近寄ると土産物のひとつを取り上げた。
モビルスーツ……ガンダムを模したぬいぐるみらしい。たが、額にあるV字のアンテナが、顔の中心部に移動し、それがなにか髭でも生やしたように見える。
「それは、ボクが買って持ってる。」
ドゥーが言った。
「アムロにお土産に渡そうと思って。」
アムロは、そっとぬいぐるみをもとの場所に戻し、修道女に言った。
「地球から観光に来ました。なにか、飲み物と食べるものをお願いします。」
そうだ、とアムロは言い直した。
「食事の前に、ディアナにお参りさせてもらいます。」
マチュが頷いた。
「それがいい、とガンダムが、言ってる。」
ラインハルトとアンネローゼに、原作でもしたことのない会話をさせないとならないので、正直、ビビり散らかし飛んでるのです。
なかなか踏み込めなくて、グラナダを先行させてしまいました。