「聞こえるか、ヤン?」
「ああ……聞こえますよ、クワトロさん。」
「いま、どこだ?」
「いま、飛行機の中です。ニューヤーク行きの。
ウォン叔父とユリアンも一緒です。」
「話しても大丈夫か?」
「叔父とユリアンにも聞かせていい話ですか?」
クワトロはすこし考えた。
「かまわん。いずれラインハルトから報告があがる話だ。」
「わかりました……どうぞ。」
通信をスピーカーに切り替えたのだろう。
アナハイム極東支配人ウォン・リーの声はとびきり、機嫌が悪そうだった。
「なにがどうなっているんだ、説明してもらうおか!
クワトロ・バジーナ!!」
「なにがどう、とは?」
「ニューヤーク上空でモビルスーツの戦闘が勃発したため、到着時間が変更になると、アナウンスがあったのがほんの一時間ばかり前だ。
だが―――問題なく到着出来るといましがた訂正があった。」
「戦闘ではない。クランバトルのデモンストレーションだ。」
クワトロはしらっと答えた。
「フリードルフ卿の結婚記念日の余興でね。どうも届出がうまく受理されていなかったようだな。」
ひとしきり、ウォン・リーの罵り声が聞こえたが、地元の方言らしく、ネオ香港に在住しているクワトロにもよくわからない。
「―――生命を狙われたのは、フリードルフ卿ご自身か?」
「襲ってきたモビルスーツはすべて海上に落とした。
ニューヤーク警察が逮捕にむかったはずだから、いずれ本人たちの口から証言がきけるだろう。
たが、わたしとしては、同じ屋敷内にいるフリードルフ卿とその妻、義弟を選別して攻撃することのほうが遥かに困難だと思われるな。」
「ならば犯行は身内のものたちだな。」
ウォンは言った。
「フリードルフ卿も、その妻も、アナハイムエレクトロニクスの専務も恨まれる材料に事欠かないが、まとめて始末しようとするものは、そう多くない。」
「指示したものは逮捕されたのでしょうか?」
ヤンが尋ねた。
「それはこれからの調査だな。」
「しかし、結婚記念日のパーティは決行する、と?」
「どうもそのようだ。」
「そんな危ないところに―――ユリアンを行かせられませんよ、クワトロ。
このまま、次の便でネオ香港にとんぼ返りを……」
「そうはいかんぞ、ヤン。」
重々しい声は、ウォン・リーのものだ。
「わたしはアナハイムエレクトロニクスの極東支部を代表してパーティに列席するんだ。
その条件には、おまえを連れて行くことも含まれている。」
「では、せめてユリアンだけでも」
「危ないところなら、なおのこと、提督を1人にはできませんよっ!」
これはユリアンの声だった。
「……当面のモビルスーツ戦力は出し尽くしたはずだ。式典のさいの護衛のほうはラインハルトが手配するだろう。」
クワトロは言った。
「いま連絡しているのは、ヤン、きみの力を借りたいからだ。」
「無茶を言わないでください!
飛行機のなかで、フリードルフ卿襲撃の黒幕を推理しろとでも言うんですか?」
なるほど。
クワトロは頷いた。
「きみならそれもやってくれそうだが、今回の頼みはそれではない。」
「それでは?」
「今後のフリードルフ家の警護だ。
まだ確証はないが、十中八九、フリードルフ家内部のものの犯行だ。つまり、これまで警護を担ってきたハイネ家はもう信用出来ない、ということになる。」
「ふむ……警備会社ならアナハイムが紹介することも可能だが?」
ウォン・リーが食い気味に言った。
「それは逆にフリードルフ卿が嫌がるでしょう。
アナハイムエレクトロニクスのフリードルフ家への、ひいては北米への影響が、大きくなりすぎる。
……というところで、ヤン。きみの力添えが必要なのだ。」
「と、言うと」
「警護の後任に、薔薇騎士団のシェーンコップを考えている。
きみから声をかけてくれないか?」
「……」
ヤンの返答はすぐにはかえって来なかった。
しばらく考え込んでいるようだった。
「……わかった。いや、よい案だと思います。
フリードルフ卿のような重要人物にとっては、テロを起こそうとする前にそれを諦めさせてしまうような警備体制こそが必要だ。
シェーンコップ少佐なら、充分、その任に答えられると思う。
あとは彼が、この件にどの程度興味をもってくれるかですが……」
「彼はアナハイムのお偉方と面識があるのだろう?」
「たしかに。ユリアンを迎えにいくときに、ポプランたちと一緒に、同行してもらいましたから。」
「なら、フリードルフ卿の伴侶が、孫ほども歳の離れたラインハルト専務の姉だと伝えてやればいい。
噂通りなら、燃え盛る坩堝には手を突っ込んでみたくなるはずだ。」
「それが、わかっていて、シェーンコップに仕事を紹介できませんよ!」
「もちろん!
きみにもわたしにも、彼になにかを強要させることなど出来ない。
わたしはきみに『頼む』しかないし、きみも彼に、フリードルフ家の家督相続を巡る陰謀が、モビルスーツまで持ち出されるような混乱の最中にあることを伝えるだけでいい。
あとは、シェーンコップが判断するだろう。」
やれるだけやってみますよ…
そう言ってヤンは通信を切った。
クワトロは、コクピットですこし笑う。
短い付き合いだが……ヤン・リーはできないときはできないとはっきり言う男だと確信している。
彼が「やってみる」と言ったからには、勝算は高い。かなり高い。
クワトロは、百式のコクピットを開けた。
「動くな! 手を上げろっ!」
場所は、宙港近くに彼が借りた倉庫。
詰めかけた警官は、倉庫内部だけでもざっと50人。
ほかに、ニューヤーク警察が採用している電池駆動式のミニモビルスーツも数台来ている。
まともに戦っては、モビルスーツの敵にならないのだが、市街地で運用すること。重火器を携帯したテロリストなどに対するには、これ以上身長を大きくは出来ないだろう。
手にした武器はその口径からみて大型のトリモチ弾だ。
悪いアイデアではない。
クワトロはニューヤーク警察に、すこし好意をもった。
「ニューヤーク警察だ。おまえを逮捕する!」
「なんの罪状かな?」
百式は、倉庫内で片膝をついた姿勢で待機していた
宇宙空間なら、そのまま飛び降りればいいのだが、地上ではそうはいかない。
ワイヤーに掴まって地上に降りる。
「人違いではないのかな?
わたしは、元連邦軍大尉クワトロ・バジーナ。いまは、ネオ香港でクランのオーナーをしている。」
ざわっ。
と警官たちがどよめく。
「ほ、ほんものか……」
「すごい二枚目だな。噂通り……」
「おい! 噂がホントなら、ジオンの」
「逮捕しちまって大丈夫なのか?」
「なにか、勘違いが生じているようだな。」
クワトロは両手を広げて見せた。
「わたしは、フリードルフ卿の依頼に応じて、ニューヤーク上空で、デモンストレーションを行っただけだ。」
「そんな届けは出ていないよ。」
この現場の責任者らしいジャケットを羽織った男が、言った。
この男だけは銃に手をかけていない。
無精髭の伸びただらしない格好であったが、落ち着いていた。
「その件については、ガルマ・エッシェンバッハ議員に確認して貰えるか?」
「市会議員のガルマ・エッシェンバッハ氏を知っているのか?」
「もちろん! 軍時代からの友人だ。」
「……きみは、いま元連邦軍大尉と名乗ったはずだが?」
「そうだな。学生時代からの友人だ。」
「それもまずいだろう。むこうはザビ家の御曹司だ。学校はサイド3に決まってるし、きみが連邦軍士官と言うならアースノイドだろう。出身はどこだ。」
そう言いながら、刑事は冗談でも言ったようにニヤリと笑った。
「……まあ、いい。
ガルマ議員との連絡は、夜が明けてからになる。今晩は、お付き合いいただくことになるが、よろしいか?」
そのくらいは仕方ないか、とクワトロは考えた。
だが、警官がひとり走りよってきた。
「マクレーン警部補!
たったいま、確認がとれたそうです。
今回の件は、フリードルフ家のパーティのイベントに間違いないそうです。」
「おい……」
刑事は呆れたように言った。
「フリードルフ卿から総監宛に連絡があったそうです。エッシェンバッハ市長からも、クラバのデモンストレーションの話は受けていたが、届け出が遅れただけだと!」
「そりゃあ、まあ」
刑事はボヤいた。
「俺にしては珍しくついてたかもしれん。
あんたが噂通りの男なら、出来れば手錠はかけたくないからな。」
「理解いただいてありがとう。だが、残念ながら事件性がまったくなくはないんだ、マクレーン君。」
クワトロはわざと親しげに言った。
「今回は、ニューヤークの上空を飛行後、海上にて模擬戦を行う予定だった。
あくまで模擬戦だ。
だが、彼らは、機体が海上に出る前に撃ってきた。
しかも『実弾』を使っている。」
「つまり、あんたはデモンストレーションのつもりだったが、何者かが……」
マクレーン警部補の肩をぼんぼんと叩く。
「そうだ。機体がテロリストに乗っ取られていた可能性もある。パイロットは厳重に監禁し、外部、とくにフリードルフ家の親戚筋からの接触は一切、させないように頼む。」
これで「第12話」終了。
「第13話 キラキラの果て」にご期待ください。
(またアムロとディアナの会見を書けなかった……)