冬眠カプセルは、顔の部分が透明になっている。
中の少女は眠っているようにみえた。
いや。
事実、彼女は科学的にはコールドスリープ状態にあるのだから、「眠っている」のには違いない。
だが、その彼女と「意思の疎通」が出来るのだと
チェンは言う。
「限られたニュータイプならばそれが出来る」
と。
「理屈がよく分かりません。」
アムロは、そう言った。
「テレパシー、透視能力、未来予知……そういったものはほとんど否定されているはずです。」
「根本的には技術者なのかな、アムロ君は。」
チェンはマチュにはなしかけた。
「とってもマジメな技術屋さんよ。」
マチュは歩みでて、カプセルの目の前にたつ。
祭壇は質素で、さっきのカップルがたむけた花束がひとつ。
振り返って、チェンを睨んだ。
「ニュータイプしか交信できないのに、なぜ、あなたはディアナが意識があるってわかったの?」
「ディアナの“声”をきいたものはたくさんいるよ。」
チェンは肩をすくめる。
「それが、疑似科学のいうところのテレパシーというものなのかは、わからん。
だが、こちらからの呼び掛けには答えて貰えない。」
「それだと、ただの錯覚かもしれませんよ。」
アムロは空気を読まずに言ってみた。
「クワトロ氏は、ディアナの声をきけたぞ。
それから、ドゥーちゃんも。」
「ドゥーも?」
アムロの視線の先で、ドゥーは頷いた。
「ボクはなんどかお話はしてる。」
「ドゥーはその……」
「そうだね。ボクは、アムロみたいな天然モノじゃなくて、ゼロの弄った強化人間だけどね。
でもムラサメは、身体ばかりじやなくて、心も弄るから、天然モノに近い能力が身についたのかもしれない。実際にトロワは」
「俺はサッパリだ。」
トロワは淡々と言った。
「待ってくれ。おかしなところがある。」
アムロはなおも言った。マチュをディアナと「交信」させることが不安だった。
「一部のニュータイプしか、ディアナの声をきけないのなら、なぜあなたは、ディアナと意思疎通が出来ることがわかったんだ?
チェン。あなた自身はニュータイプでは無いはずだ!」
「“時間”の観念の問題だよ。」
チェンは楽しそうだった。
「ディアナはね。途方もなく―――おそらく、千年以上の時間を生きている。人間の寿命など遥かにこえた……だから彼女の声はなんとか届いても、人間の声に応えることができない。」
「しかし、チェンさん。あなたは……」
「わたしはちっとばかり長く生きているんだよ。さっきも言ったが。
だから、ディアナと会話が出来る。
アムロ君は『刻』を見た事があるかな?
あるべき世界。可能性が作り出す無数の世界を現実のものとして認識したことが」
「ないですよ―――ニュータイプじゃあるまいし。」
アムロが言い返すと、チェンは変な顔をした。
「天パは、なんでかわかんないけど、自分をニュータイプと認めたがらないのよ。」
マチュがカプセルを見つめたまま、言った。
「始めるわ。」
アムロの視界を、琥珀の破片がうめていく。
マチュやニャアンの言う「キラキラ」……ニュータイプの交信現象だ。
周りの壁や天井も、キラキラに埋め尽くされていく。
ディアナ・ソレル。
ゆったりとした服をまとった美しい女性は、目の前にいた。
「また、来てくれたのね、ドゥー。」
青くリップラインを塗った唇をほころばせて、彼女は言った。
「お友だちを連れてきたの?
はじめまして。わたしはムーンレイスの女王ディアナ・ソレル。
あなたは『黒歴史』にはいなかったニュータイプ、ね?」
「わたしはマチュ!」
赤毛の少女ははっきりとそう名乗った。
「『向こう側』から来たの? ディアナ・ソレル。」
「あなたはの言う『向こう側』が『可能性の作り出す別世界』のことならそうよ、新しいニュータイプさん。」
その瞳が、マチュの後ろにたつアムロを捉えた。
「……あなたは……」
「アムロ・レイです、はじめましてディアナ。
ぼくたちは……」
「白い悪魔!!」
驚愕にディアナの美しい顔が歪んだ。
「宇宙移民を虐めたガンダムのパイロットっ!!」
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同じころ。
グラナダの繁華街にあるとある場所。
『シャイの逆襲』の記念イベントの打ち合わせは、まだ始まらない。
まずは腹ごしらえ。
ラーメンと餃子。それが5人前、運ばれてきた。
ニャアンの注文に、ララァも昼食がまだなことに気がついたのだ。
もちろん、メニューにある以上、注文するのはなにも間違ってはいない。
だが、どう考えても、ひと時のパートナーを求めるものたちのための、この店で、あまりされない注文であることは間違いないだろう。
『ガラドリエル』と名乗ったイベント担当者は、5人の美女たちが、ラーメンを啜るのを、眺めていた。
食べ方は、それぞれだが、熱い麺を音をたてて啜るのはジャポン式だ。
「どうぞ?」
とララァが言った。
「どうぞ、とは? 大賢者。」
ガラドリエルは聞き返した。
ララァは、店の中だけの名前として『ガンダルフ』を名乗っている。
それに合わせてそう聞き返したのだが、これは正確ではない。
「打ち合わせを進めましょう。
食べながらでもお話はできるわ。」
うぞぞぞぞ。
ニャアンが派手に音を立てて、麺を啜ったが、これは同意を現したらしかった。
ガラドリエルはため息をついた。
「本当に、本当に間違いなくこちらの少女―――フロドが、『機動戦士ガンダム~生きて帰りし夢物語』を書いたのですね?」
「いまさら、それを気にされてもしかたないわよ」
ララァが冷静に返した。
「フロドは、あなたの求めに従って、『シャイの逆襲』の公開イベントのためにグラナダにやって来た。
本人かどうか、わたしたちが証明する必要があるかしら?」
「あなたは―――」
「フロドをひとりで、月に旅行させるなんてできません。しっかりはしていますが、ご覧のようにまだこどもですし―――もし、契約上のことがあれば、保護者の同席が必要でしょう?」
「大賢者ガンダルフ様が、その保護者だとおっしゃる?」
「法的にはすこし異なりますが。
サインはできます。」
「あなたはそういう立場の方であることはわかりますが」
ガラドリエルはなおも言った。
「そちらの巻毛の少女は?」
「『ビルボ』は『フロド』の姉妹のようなものです。」
ララァは答えた。
「なら、そちらの紫の髪のお嬢さんは?」
「『サム』はわたしの妹のような存在です。」
フォウが嬉しそうに頷いた。
「ではそちらの魔王様は?」
ぞぞぞぞっ!
一瞬ごとに色と造形をかえる混沌の神の仮面を被ったニャアン―――彼女が、なぜこの館での名を『サウロン』にしたのか。
意外に深い意味はなくて、もとになったハイファンタジーをよく知らなくて、とっさにでた名前がそれだったのかもしれない。
「わたしの『仲間』です。」
ララァは答え、ニャアンはそれに頷いた。
思いのほか、美味しかったラーメンに意識の半分以上は取られていたが。
「……わかりました。
イベントの打ち合わせをお願いします。」
ガラドリエルは、ある種の諦めを感じた。
作家連中には、変人が多い。
とくに覆面作家には。
なんとか気分を切り替えて続ける。
「しかし、作家本人に、開催イベントの現地にまでお越しいただけるとはありがたい話です。当然、姿は見えなくしますし、声も変えますが、ファンにとっては同じ会場に一緒にいられるだけでも幸せなものです。」
「……そういうものですか?」
『フロド』……カンチャナは言った。
「そうです! 実はわたしも仕事を抜きにしても、あなたの書いた仮想戦記のファンなんです!
連邦が勝った世界の歴史が、あれほどにリアルに伝わってくるとは―――
そのあとの、連邦軍の内紛、アクシズを中心とするネオ・ジオンの台頭。
そして!今回のシャイによるアクシズ落とし!!
―――そう、ある意味、わたしたちが今現在、暮らしているこの世界こそが、なんどもなんどもやり直しをした挙句に、やっと手に入った奇跡なのかもしれないと!
そんな風にさえ思えるのですよ!」
仮面をしていたのは、幸いだった。
カンチャナはそっと隣の席のララァの様子を伺った。
ララァは、じっと俯いて、『夢』の記憶と戦っていた。
うーん。
アムロって、ジュニアクランハドル宣伝のためのリアリティショーのために月面に呼ばれたので、このあとまだN・ロックさんと打ち合わせのシーンもある。