第13話 鼓動   作:ATARU 2025

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舞台はニューヤーク。なんとまだ夜が明けません。








GQuuuuuuX season2 第13話 キラキラの果て~長い夜

海水と消毒薬の匂いが、まだ廊下に残っていた。

 

ニューヤーク市警・港湾分署の地下留置区画は、普段なら酔っ払いか、荷抜きに失敗した密輸屋か、せいぜい拳銃を振り回したチンピラで埋まる場所だ。だが今夜ばかりは違った。

 

救助された四人のモビルスーツ・パイロット。

機体も一部引き上げられたが、市街地用にカスタマイズされた特別仕様の機体だった。

そして全員が、ほどよく訓練されていた。

 

宙港の倉庫から駆けつけたジョナサン・マクレーン警部補は、紙コップの冷めたコーヒーを片手に、観察窓の前で立ち止まった。

 

懐には、あの金ピカのパイロット。

クワトロ・バジーナからもらった連絡先のメモがある。

 

ガラスの向こうでは、濡れた髪を雑に拭かれた若い男が、毛布を肩にかけたまま椅子に座っている。年は二十代後半くらい。筋肉の付き方は軍上がりか、それに準ずる訓練を受けた人間のそれだ。視線は虚勢も怯えもなく、ただ硬い。

 

「……もと軍人だな。連邦か、」

 

マクレーンは独り言のように言った。

 

隣にいた若い巡査が神妙な顔で答える。

 

「実弾を撃ってます。しかも、海上へ出る前に仕掛けたって話ですから」

 

「そう。で、上は『たまたま届出の遅れたクラバのイベント』で済ませたい」

 

巡査は返事をしなかった。

賢い部下だ、とマクレーンは思った。わからないことには口を出さない。警察で長生きするには、そのくらいの慎みは必要だ。

 

だが今夜の件は、慎んで済む種類のものではない。

 

あの金ぴかのモビルスーツのパイロット――クワトロ・バジーナは、倉庫でずいぶん落ち着いた顔をしていた。

落ち着きすぎていた、と言ってもいい。

 

あの男が噂の人物なら、それも当然だろう。

 

外部、とくにフリードルフ家の親戚筋からの接触は一切させるな。

あの一言が、妙に耳に残っている。

 

この稼業を長くやっているとわかる。

人は、やましいことがあるときに饒舌になる。

だが本当に危険なことを知っている人間は、逆に必要なことしか言わない。

 

マクレーンはコーヒーカップを捨て、ドア横の認証パネルに手をかざした。

 

「十五分だけだ」

 

巡査が目を丸くする。

 

「単独でですか?」

 

「弁護士が着く前に、頭の中の潮が引いてないうちに聞く。海から引き揚げた連中は、陸に戻って三十分が勝負だ。四時間もすりゃ、口の筋肉まで訓練を思い出す」

 

「その理屈、マニュアルにあります?」

 

「ない。偏見だ」

 

ロックが外れる。

金属扉が低く鳴った。

 

留置室に入ると、男はちらりとこちらを見たが、それだけだった。

名乗らない。怯えない。怒鳴らない。

元軍人。恐らくは傭兵団に所属している現役バリバリ。

いずれにしても「黙っていれば助かる」と命令された顔だ。

 

マクレーンは椅子を引き、わざと大きな音を立てて座った。

 

「警部補のジョナサン・マクレーンだ。」

 

男は無言だった。

 

「じゃあ、こっちはどう呼べばいい? 撃墜一号君? 二号? それとも“四対一で負けた方”か?」

 

男の眉が、ほんの少しだけ動いた。

 

それで十分だった。

 

「反応したな。いい兆候だ」

 

「……弁護士を呼べ。」

 

声は掠れていた。海水を飲んだ喉だ。

 

「呼ぶさ。その前におしゃべりしよう?」

 

「話すことはない。」

 

「だろうな。こっちもそう思ってる」

 

マクレーンは自分の端末を机に置き、映像をいくつか表示させた。

回収された軽キャノン改。損傷部位。弾道計算。発射記録。海上へ出る前の射線。

 

「これはデモンストレーションじゃないな。おまえらは最初から撃つつもりだった。」

 

「知らん」

 

「だろうな。あんたみたいなタイプは“全体像”を知らされない。命令系統の下から三番目あたりにぶら下げられて、失敗したら切られる」

 

男の目が初めて真正面からこちらを見た。

怒っている。

こいつはいい。怒りは沈黙よりずっと扱いやすい。

 

「……言いたいことはなんだ」

 

「簡単だ。狙ったのは、フリードルフ邸だな?」

 

「知らん」

 

「フリードルフ邸の来客は?」

 

「知らん」

 

「質問を変えようか。誰が『海に出る前に』撃てる位置まで誘導した?」

 

男の唇がわずかに動いた。

「誘導されたんだ。」

 

マクレーンは、ニヤリと笑った。

 

「腕はよさそうだな。」

「……」

 

「だが、相手の方が一歩も二歩も上手だった。

そういうことだな?

たが安心しろ。おまえらが無能なんじゃない。相手が悪すぎた。」

 

男の顎が強ばる。

吐き出すように言った。

「そうさ。あいつは“赤い彗星”だ。」

 

「そうは名乗らなかったな。ネオ香港のクワトロ・バジーナと言っていた。」

 

マクレーンは、男の目の前にドカッと座った。

「命令したのは誰だ?」

 

「……黙秘する」

 

「テロリスト認定されれば、黙秘権はないぞ?」

 

「そんな法律はないっ!」

 

マクレーンは、ぐいと前に身を乗り出した。

 

「いいか。警察が、あんたらを海から拾った時点で、雇い主にとってはもう捨て駒だ。

外は今ごろ、あんたらを“ただのイベント要員”にするか、“独断で暴走したテロリスト”にするかで揉めてる。

どっちに転んでも、口封じされるのは下っ端からだ」

 

「脅しか?」

 

「説明だ」

 

男は目を閉じた。

その沈黙の崩れ方で、マクレーンにはわかった。

もう一押しだ。

 

その瞬間だった。

留置室のドアが乱暴に開いた。

 

「マクレーン!」

 

振り向かなくても、誰の声かわかる。

港湾分署署長、ハロルド・ビクスビー。腹の出たスーツ姿に、汗じみたシャツ。深夜に来る顔じゃない。

つまり、よほど急ぎの“上意”が降りてきたということだ。

 

「いま忙しい。」

 

「その尋問は中止だ。すぐ出ろ。そもそも誰の許可があって尋問している?」

 

マクレーンは椅子に座ったまま署長を見上げた。

 

「理由を聞こうか」

 

「この件は港湾分署の手を離れた。対テロ特別対策室と本部監察、それに市長室補佐官の管理下に入る」

 

「早いな。海に落ちたパイロットが乾く前に政治案件か」

 

「口の利き方に気をつけろ」

 

「気をつけてるさ。今のところは」

 

課長の背後に、見慣れない男が二人立っていた。

ひとりは本部の内務系らしい無表情な細面。

もうひとりは警察の人間ではない。上等なスーツ、細いネクタイ、爪まで整っている。市長室か、あるいはその周辺だろう。

 

マクレーンは立ち上がった。

 

「彼らはニューヤーク上空でのモビルスーツ戦闘の現行犯での逮捕者だ。」

 

「違う。もう違う。あれはフリードルフ閣下の結婚記念日の余興だ。ただのクランバトルだ。」

 

「面白いな。ニューヤーク上空で実弾を撃ち、四機まとめて海に落ちた連中が、港湾も殺人未遂もすっ飛ばして“もう違う”らしい」

 

「マクレーン警部補」

 

細面の男が初めて口を開いた。声まで薄い。

 

「本件は、現時点をもって特別案件指定されました。以後、あなたの関与は不要です」

 

「不要、ね」

 

マクレーンは男たちを順に見た。

 

「で、俺が今ここで聞こうとしてたことも、全部不要だと」

 

「その判断は上層部が行います」

 

「上層部ってのは、警察のか? 市役所のか? それともどこぞの名家の親戚会議か?」

 

署長が顔をしかめた。

 

「よせ」

 

「ダメだ。

この連中は海に落ちたんだぞ。運が悪けりゃ四人とも水死体で上がってた。

それを“届け出の遅れたイベント”で流そうって連中が、もう手を回してる。

で、俺に引っ込めって? 冗談としてもつまらんな」

 

留置室の男が、毛布の下でほんのわずかに身じろぎした。

それを見て、マクレーンは確信した。

当たりだ。

こいつは誰が自分を黙らせようとしているか、もう知っている。

 

「警部補」

スーツの男が言った。

「これはエッシェンバッハ市長の意向です」

 

「だろうな。」

マクレーンはゆっくり息を吐いた。

 

「いい。下がるさ。

ただし、ひとつだけ確認しておく。このパイロットたちは外部接触を遮断するんだろうな?」

 

「その必要はない。」

 

「あるね。」

 

「マクレーン」

 

「ある。

実はこれは、俺だけの意見じゃない。

ネオ香港のクワトロ・バジーナ氏からの注意事項でもある。

もし、弁護士が面会にきても、まずボディチェックだな。弁護士なのか、弁護士を装った暗殺者なのかサッパリわからん。」

 

署長は一瞬だけ、目を逸らした。

それで十分だった。

 

「……あんたもわかってる顔だな、署長。」

 

「もういい。バッジを置いていけとまでは言わん。だが、この件からは外れろ。報告書も閲覧停止だ。おまえのアクセス権は今夜中に切る」

 

マクレーンは笑った。乾いた笑いだった。

 

「なるほど。えらく本気だ」

 

「実に結構だ。休暇をやろう。有給も溜まっているはずだ。

今日から、フリードルフ閣下の結婚記念日のパーティが終わるまでは、出勤する必要はない。」

 

マクレーンは最後に、留置室の男を見た。

 

「おい」

 

男が顔を上げる。

 

「次に誰かが来て、優しい声で“助けてやる”と言ったら、そいつが一番危ない。

まあ、信用していいのは、おまえらを撃墜したクワトロ・バジーナくらいだ。あとは全部敵だと思え!」

 

署長が怒鳴った。

 

「出ろ!」

 

「はいはい」

 

マクレーンは両手を上げる真似をして、留置室を出た。

 

扉が閉まる寸前、男の目がほんの一瞬だけ揺れた。

あれは脅された犬の目じゃない。

飼い主に噛み返すかどうか迷っている目だ。

 

廊下へ出ると、署長が低い声で言った。

 

「有給と言ったが、マクレーン。自宅待機と減俸のほうがいいか?」

 

「……有給のほうでお願いします」

 

「いいか!

こいつは政財界のトップの連中のトラブルだ!

我々は蚊帳の外だ。介入できない。」

 

「市街戦なんかはじめなければそうも一理あるかもしれないが、な。」

 

署長は答えなかった。

 

その沈黙のほうが、どんな返答より雄弁だった。

 

若い巡査たちが遠巻きに見ている。

誰も声はかけない。

賢い。今夜の空気をよくわかっている。

 

 

湾岸署を出る前にトイレの鏡で自分の顔がだけ確認した。

ひどい面だ。

 

眠い。腹も減っている。コーヒーはまずい。上司は腰抜けだ。市役所は腐っている。金持ちの親戚筋は人を殺すのに、いつもスーツを汚さない。

一人残らずくたばれ、と心の中で罵った。

 

署長の弁にも一理ある。

だが、巻き添えを食うのはいつだって、一般市民だ。

 

そして、あの金髪の伊達男は、どうやらそのことを最初から知っていた。

 

「……やれやれ」

 

マクレーンはポケットから紙切れを取り出した。

倉庫でクワトロ・バジーナから受け取った、走り書きの連絡先。正式なものではない。だが、正式でない連絡先ほど役に立つ夜はある。

 

端末を開き、少しだけ考える。

 

捜査から外された警官が、事件関係者に勝手に連絡を取る。

褒められた話じゃない。

夜が開ければ、もっと面倒になるかもしれない。

 

だが、今夜ここで引っ込められたということ自体が、もう答えの半分だった。

 

誰かがまだ牙をといでいる。

ニューヤークの市民を巻き添えにしても、気にもしない。

 

なら、警察の仕事はまだ終わっていない。

 

ジョナサン・マクレーン警部補は、端末の送信欄に短く打ちこんだ。

 

――あんたと交戦した軽キャノンのパイロットは湾岸分署で確保。事件は、テロ対策特別室の管轄に移される。四人とも夜が明けしだい中央署に移されるだろう。

俺は休暇をとることになった。バカンスの予定は無い―――

 

 

送信

 

 

拳銃もバッジも取り上げられてはいない。いまのところは。

だが捜査ファイルへのアクセスは止められるだろうし、公式にはここで終わりだ。

 

署内では、夜勤の警官たちが行き来しているのが見える。

 

騒がしくて忙しい。

いつもの警察署の風景だ。

だがマクレーンには、別の音が聞こえる気がした。

 

まだ見えない場所で、次の引き金が、静かに起こされる音だ。

 

 

------------

 

 

 

「1勝2敗。あまり芳しいものではないな。」

窓からニューヤークの夜景が見える。

マンダリンオリエンタルニューヤーク。

この地が別の名前で呼ばれていたころからの名門ホテルの一室だ。

 

白衣の女は、バサリと報告書の束を、机に投げた。

 

わざわざ紙の書類にした理由は、それがほかのものには見られては困る内部資料だということを意味している。

 

彼女のまえに座るのは、初老の男女。

こんな夜遅い時間にも関わらず、きちんとスーツを着用していた。

 

「相手のコクピットを温存して、戦闘力を奪う…クランバトルの戦い方に慣れていないだけだ。」

男のほうが言った。

学者か、技術者か。あるいは医者か。

実直そうな顔立ちだ。

 

「それ以外……バイタルもメンタルも正常さね。」

女性のほうが言った。

こちらは、かなり厳しい顔立ちだ。

白衣の女性を睨む。

「いま、あんたが手を出すようなことは、全くないよ!」

 

あー。

白衣の女は、大きく伸びをして天井を見上げた。

 

「……つまらんっ!!」

 

「……」

 

そんなことを言われても。

マシューとマリラは、顔を見合せた。

彼らの創造物であり、上司でもあるこの女について、彼らは充分に理解していたとは言い難い。

それでも、すべてが順調に推移しているなか、それを「つまらない」の一言で片付けられるのは心外だった。

 

「……次の段階として、アンを『学校』に通わせようと考えている。」

マシューは、出来るだけ落ち着いた口調で言った。

「同じ世代の仲間との間で、コミュニケーション能力を高めるのだ。」

 

「なぜ?」

 

「なぜって……それが普通のことだからだ!」

 

「アン・ムラサメはどのみち『普通』ではないぞ。」

 

二人の老科学者にとって、限りなく残酷なことを、ゼロはきっぱりと言った。

トレードマークの白衣とメガネ。

だらしなく羽織った白衣のうえからでも、その曲線美はよくわかる。

ムラサメ研究所。最初の強化人間。『失敗作』ゼロ・ムラサメ。

 

「アンはきちんとコミュニケーションはとれる!……実際、ドゥーやエルピー・プルとは仲良くしている。」

 

「ドゥーもわたしの作品だ。エルピー・プルはまたアプローチが違うがな……性能としてはドゥーに近い。」

 

「普通の学校に通わせたら、アンが自分の異常性に気がつくだけだ。」

ゼロは考え込んだ。

「たしかに、おなじパイロットとしての才能をもつドゥーやエルピー・プルとは付き合えている……よし! 決めた!

おまえたちは、アンとエルピー・プルを連れてグラナダに行け!」

 

はあ?

 

二人は同時に叫んでいた。

 

目下、ニューヤークでは、フリードルフ家を巡る陰謀が進行中だ。

ムラサメ研究所は、フリードルフ家の親戚筋であるハイネ家から、「当主とその妻」を護衛するよう依頼を受けた。

 

すぐに動かせる強化人間は、アンひとりだったので、彼らはアンを連れてニューヤークについたばかりだったのだ。

 

「同じような目標をもつ『仲間』と切磋琢磨したほうが、自分が周りとちがうことにおっかなびっくりしながら生活するよりもいいに決まってる。

グラナダでいま、ジュニアクランバトル開催にむけて、訓練生のスクールがはじまっている。

アンをそこに参加させる。」

 

「わたしらはどうする?

それにハイネ家との契約は―――」

 

「もちろん、おまえたちも一緒に行くんだ。」

ゼロは自分の思いつきが気に入ったように、上機嫌で揉み手をした。

「ドゥー、トロワ、フォウもそっちに行っている。まとめて面倒を任せる。

アムロたちは任せっきりなのも気が引けるし、な。」

 

「しかし!

今回のフリードルフ卿の護衛は、ムラサメ研究所か請け負った契約だ。

彼は政財界に力をもつ大物だぞ?

単に違約金ではすまなくなるかもしれん―――」

 

「うん?

そっちはわたしが請け負うよ。」

ゼロは楽しそうに言った。

「契約書はみてないが、要するにフリードルフのじじいとその奥さんを結婚記念日のパーティまで守ればいいんだろ。」

 

 

 

 




そろそろ、アナハイムムーンの強化人間部隊や、フラナガンの卒業生のキャラ設定しないとなあ。オリジナルキャラは増やしたくないので、0086あたりで、十代。フラナガンスクールに通ってておかしくないキャラ……
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