世界はどう動くのか。ふたりの関係はどうなるのか!
奴が近づいてくるのはわかっていたが、マクレーンは無視した。
ラフなパイロットジャケットにサングラス。
ブーツの音が軍靴に似ていた。
マクレーン自身も、独立戦争のときには兵隊に引っ張っられたクチだ。配属は北米で、当時のジオン軍の総司令官殿が、早々に宥和政策を打ち出してくれたおかげで命拾いした。
「奇遇だな……マクレーン警部補、だったかな。
なにをしている?」
「休暇中であります、クワトロ大尉殿!」
マクレーンは、嫌味たらしく敬礼をしてみせた。
もちろん、タバコはくわえたままである。
「そうだったな。」
怒り出すかと思ったが、美形のクランオーナーは、笑って返礼した。
「海でも眺めるのが趣味なのかな?」
「あんたこそ、こんな港湾部の倉庫街になんのようだ。」
マクレーンはタバコを捨てると、靴のかかとで揉み消した。
厳密には公僕がすべき行動ではないが、あたりは空いた酒瓶やタバコの吸殻で溢れている。
マクレーンひとりが気を使っても、なにが変わる訳ではない。
クワトロ元大尉は、自分の端末を取り出すと、画面をマクレーンに見せつけてから『セキュリティチェック』と書かれたアイコンをタップした。
『正規にインストールされてない位置情報アプリが動作中です。停止しますか?』
YES。
「油断も隙もない刑事さんだ。
メッセージに隠してこんなモノを送り付けてくるとは。」
「ニューヤークの条例では、手元の携帯用端末には位置情報アプリのインストールが、義務付けてられいるんだ。警察は必要に応じて、それを閲覧することが出来る。
まあ、有名無実の法律だがな……」
「しかし、きみはいま、停職中だろう。わたしの位置情報が捜査に必要とは思えんが……」
マクレーンは、クワトロから目を逸らし、次のタバコに火をつける。
「さっき、船便で着いのはモビルスーツだな。」
「正規に許可をとって、搬入した物資について、警官に説明する必要はないよ……」
「それ自体は、な。
だが、増援を送り込んだきたということは、あんたは、次の襲撃があると認めているってわけだ。」
「次の『興行』だな。」
クワトロはやんわりと訂正した。
「先日のデモンストレーションも含めて、すべてはクランバトルだよ。見せ物だ。」
「なら、世間を騒がせないように、前もって届出をしてくれ。次はいつなんだ?」
「そこらは、フリードルフ家の親戚筋のハイネ家が統括しているそうだ。
こちらには主導権はないのだよ。まあ、フリードルフ卿の結婚記念日までには行われると思うが。」
「俺は別に崇高な理想に燃えてる訳じゃない。」
マクレーンは、礼儀正しくクワトロにもタバコを進めたが、彼は断った。
「だが、目の前でなんかがおきれば、行動せずにはいられないタイプの人間なんだ。」
「そうだろうな。それは警官として好ましくもある。」
「……あんたはエッシェンバッハ家の依頼で動いているのか?」
「おいおい。捜査からは外されたはずだろう?」
「エッシェンハッハ家とはどういう関係だ?
いや、あんたが噂通りの人物なら、ガルマ・エッシェンバッハとは……」
「ガルマはわたしの友人だよ。わたしは彼の要請でニューヤークに来ている。」
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ニューヤーク空港は、いつだって混んでいる。
ウォン・リーは、アナハイムエレクトロニクスの極東支配人として、それなりの席を確保していたが、優先で降りることが出来る程度のもので、空港の喧騒そのものを緩和できるものではない。
「ウォンさん、こちらです。」
ラインハルトは自ら迎えに来ていた。
ウォン・リーとは旧知の間柄である。
派閥的には、ウォンは副社長派ではあるのだが、それは彼らの人間的な関係を著しく損ねるものでは、決してなかった。
―――要するに、グラナダの、月面支社長と保安部長が異常すぎたのだ。
「おめでとう……と素直に結婚記念日を祝う気にはなれないと思うが……」
「それは……」
ラインハルトは苦笑した。
「よく来ていただきました。」
「アナハイムエレクトロニクスを代表して、きみが出席する以上、わたしの出番はないと思ったのだがね。」
「わたしは、フリートルフ卿の義理の弟に当たるわけです。いわば身内です。
アナハイムからはべつの人物の出席がが必要でしょう。
長旅お疲れ様です。まずはホテルへ。」
相変わらず、この青年の所作、ひとつひとつが優雅で気品に溢れている。
ここまで、挨拶するタイミングすら掴めない甥っ子を睨みながら、ウォンはあとを追った。
突如発生したモビルスーツ戦のことなど、ラインハルトが知らぬわけはない。
聞きたくてたまらないのだが、いったんホテルに落ち着くまで堪えることにする。
迎えのリムジンに腰を下ろした時、ウォンは唐突に気がついた。
―――あの男がいない?
なかなかの二枚目で長身。ルビーを溶かしたような赤毛の若者だ。
いつもラインハルトについていた。
いまもたしか専属秘書として、グラナダに赴任したはずだ―――
「ラインハルト!」
「お気持ちはわかりますよ、ウォンさん。
ホテルにはクワトロも待機してもらってます。
そこで、まとめてお話しします。」
「そうではない!」
ウォンは、自分の声が険しくなるのを感じた。企業人として、彼はなにかを誤魔化されるのは大嫌いだったのだ。
「きみの秘書―――あのキルヒアイスはどうした!?」
ラインハルトの顔が一瞬、強ばる。
「彼のことを記憶に留めていてくれたのは、幼なじみとしては嬉しい限りですが…」
「彼の功績は、たしかにきみのそれに隠れてしまっているがな!」
ウォンは言いつのった。
「おそろしく優秀な若者なのはわかる。月に置いてきた―――いや、そんなはずはないな。
グラナダへはきみの『戦略研究室』の連中がすでに赴任している。
ならば、ニューヤークに幼なじみのキルヒアイスを連れてこない理由がない。」
「……負傷しているのです。」
ラインハルトは冷静をよそおってはいたが、悔しさが滲み出ていた。
「詳しくは、あとでお話しますが、賊に襲われました。姉上をかばって……」
「重傷なのか!?」
「命に別状はありません。ですが弾丸の当たり所が悪かった。神経を傷つけているため、再生医療が必要です。」
ウォン・リーの唇が歪んだ。
「それは、よかった。」
「よかった、ですか。」
ラインハルトの顔が、怒りの色に染まる。
「いえ、叔父が失礼をしました。」
口を挟んだのは、ウォンが連れてきた青年だった。
ラインハルトと同じくらいの年代の青年だ。
まずはクワトロ・バジーナとの合流を優先しようと、挨拶もせずにクルマに案内してしまったが、ウォン支配人が連れてきたと言うことは。
こいつがあの「ヤン・リー」なのだろうか。
「たしかに、命が助かったのはよかったかもしれない。だが完治までは時間がかかる。リハビリも続けなければならない。
それを『よかった』とは!」
ラインハルトの視線は、斜向かいに座るヤンに向かった。
炯々たる眼光がヤンを射抜く。
だが、ヤン・リーは、それをまるでそよ風のように受け流していた。
「叔父が『よかった』と失礼なことを申し上げたのは、単に生命が無事で、という意味ではないように想います。」
「ならば、どのような意味かな? 奇跡のヤン。」
妙な答えをしたならば、ウォン支配人の親族であってもただではおかない。
ラインハルトは無意識に拳を握りしめていた。
「失礼ですが、ラインハルトさん。
あなたはずいぶんと焦っているように見えます。」
「……そうだな。敵はフリードルフ家の親族どもだ。
暗殺者以外にも、市街地を巻き込んでモビルスーツ戦をしかけてくるようなやつらだ。
しかもわたしは、姉上だけではなく、フリードルフ卿まで守ってやらねば行かんらしい。
この手で。」
ラインハルトは己が手を見つめた。
「この手で葬ってやろうとさえ考えていた相手を、だ。」
「ラインハルトさん。あなたはやるべき事をきちんとやっている。
そのためにクワトロさんを同行させ、ついさっきわたしは、そのクワトロさんの依頼で“薔薇騎士団”のシェーンコップ少佐に助力を妖精しました。
彼は幸いにもニューヤークにいます。フリードルフ家の警護を引き受けてくれるそうです。」
「そうか―――きみが。それは助かる。」
怒りは怒りとして、ラインハルトは素直に礼を言った。
「やれる限りのことをして、さらにその上を求めようとしている。
わたしには僭越ながら、そう見えます。」
「人間のやれることには完璧はない。
やれることはなんでも―――」
「これ以上、動くのは悪手です。ふだんのあなたならそれがわかるはずです。」
「失礼だが、ヤン・リー。きみの武名は聞いているかが、わたしたちは初対面のはずだが?」
「あなたの話はきいています。
叔父から。クワトロさんから。N・ロックさんからも。」
「その情報からいまのわたしが焦っていると、判断したわけか?」
「そうです。やれることをやって、待つことができないあなたの状態は『焦っている』としか言いようが無い。」
「しかし……」
ラインハルトはすこし視線をそらした。
「盤面がいくつあっても、指し手がいないのだ。」
「それはなぜですか。」
ラインハルトは戸惑ったように、表情を消した。
それから俯くようにしてつぶやいた。
「……そうか。ジーク・キルヒアイスがいないからか……」
「叔父はあなたに、キルヒアイスさんの大切さに気づいてほしかったのだと思います。
キルヒアイスさんは単純にあなたの単なる秘書ではなく、ましてボディガードではない。
彼の怪我が、あなたがそれを気がつくきっかけになれば……『よかった』と。」
「ウェンさん。」
ラインハルトの口元に苦笑めいた笑いかうまれた。
「たしかに、とんでもない甥御さんですね。」
「わたしに言わせれば、勝手に軍を辞めて、学校に入り直すなんて、穀潰しですが、ね。」
次は、グラナダです。
そろそろアムロにも模擬戦をさせてやりたいなあ。