月面は、光と影の境界だけが異様に鋭い。
太陽光の差し込む尾根筋は白く灼け、そこから一歩でも陰に入れば、すべてが奈落のような黒に沈む。大気のない世界では、爆発音も銃声も地上の戦場のようには響かない。
「高熱源体、さらに接近します。」
もともとの対戦相手だった“ガールズ”のパイロットが言った。
切り替えが早い。
小柄で愛くるしい少女だったが肝が据わっている。
マチュはすこし感心した。
「警告! 接近するマラサイは、実弾武装!」
「えーっ、お題です。
接近武器しかないモビルスーツで演習中に、新鋭機の大群に囲まれたパイロットが32番目に思うこと!」
「はい!」
「よし、ニイ、行っみよう。」
「冷蔵庫のヨーグルト、今日が消費期限だったなあ……」
「現実逃避するな!」
いや。
敵を目前に大喜利はじめること自体が現実逃避と違う?
ボソッとマチュがつぶやくと、“ガールズ”と“フラナガン”のバイロットが、おお~っとつぶやいた。
マチュは照準器の中で、跳ねるように明滅する敵影を追った。
「来る――八機。散開が速い。」
“ガールズ”のバイロット(さっきニイと呼ばれた少女だ)がすばやく告げる。同時に、機体をホバリングさせながら、ジグザグ走行をはじめた。
もう一機のフラナガンスクールのバイロットもそれに習う。
前面モニタの上を、赤い敵識別光点が扇状に広がっていく。マラサイが八機。しかも全機、ビームライフルではない。右腕に保持しているのは、長く鈍い金属光沢を持つマシンガンだ。実弾仕様。月面戦では、熱源と閃光で位置を晒すビームより、面制圧と継戦能力を優先した装備――つまり最初から、近距離でこちらを削り潰すつもりで来ている。
「マチュ、これって……!」
ニャアンの声が回線に割り込んだ。
「うん、間違いない。」
次の瞬間、尾根の陰から火線が走った。
無音の宇宙であるはずなのに、マチュは思わず歯を食いしばった。マシンガンの曳光弾が真空を裂き、灰色の地表を線で縫う。着弾した月の表面層が白い粉塵となって噴き上がり、低重力のためにゆっくりと、しかしいつまでも落ちない。視界が煙幕のように濁る。
「練習生は、回避行動に専念!」
マチュは命じた。
「はい!」
「了解!」
元気のいい声が帰ってきた。
強化人間は、戦闘のために恐怖心を制限する処置をされている……というが。
少なくとも怯えて動けなくなったり、パニックを起こして、味方を誤射されるよりはずっといい。
「いくよっ! ニャアン!」
叫んでから、マチュはしまった!と思った。
ゾックは、もともとが移動砲台である。
水路から敵地に侵入。発見されるまえに、その身に備わったメガ粒子砲を敵を制圧する。
とても機動戦にむいた機体ではない。おまけに現在は、ルール上、メガ粒子砲は使えなくしてある。
「はーい」
と、答えて、ゾックは行った。
ホバリングしながらのろのろと。
当然。
敵マラサイの砲火はそこに集中した。
クローアームを振りながら、ゾックは体を回転させる。
火線が突き刺さるが、大半はクローアームが弾き飛ばす。
何発かは本体に達しているのだろうが、ゾックは重装甲だ。
「マチュ! マチュも大喜利参加して!!」
「えーっ?」
「接近武器しかないモビルスーツで演習中に、新鋭機の大群に囲まれたパイロットが32番目に思うこととは?」
集中砲火を受けながら、ゾックは倒れない。
クローを上げ下げしながら、コマのように回転を続けている。
それはまるで奇怪な舞を舞っているかのようであった。
“だから、病み猫神とか言われるのよっ!”
回避に専念する練習生たちのスパルタニアン。
マジで射撃の的にしか見えないゾックに、マラサイの意識はすべて持っていかれている。
「マチュってば!」
「わたしは、教官! あんたらのセンセイなんだからね!」
フラナガンスクール生徒の少年が言った。
「わかりました。では狂犬先生。
接近武器しかないモビルスーツで演習中に、新鋭機の大群に囲まれたパイロットが32番目に思うこととは?」
マチュは、スパルタニアンを変形。飛行形態へ。
バーニヤを一方向に揃え、人型では有り得ない加速で、マラサイに突進。
目の前で、人型にチェンジ。
「今日が!」
加速のままに拳を振り上げる。
「スーパーの特売日じゃないかあああっ!!」
マラサイの頭部が砕け散る。
「わ、ワンパン……」
「狂犬だけに」
“ガールズ”の少女は、それを真似た。
変形し。
上昇。
変形を解除して急降下。
抜刀したヒート剣が、マラサイの頭部を叩き割る。
「うそ、重っ――!」
「止まるな、ニイ。移動し続けろ!」
フラナガンスクールの年長らしい低い声が飛ぶ。
「こっちに攻撃が来るぞ!」
少女のスパルタニアンは横へ跳んだ。直後、さっきまでいた場所に弾丸が突き刺さる。
実弾は面で削り、連続で畳みかけ、遮蔽物ごと砕いてくる。月面の浅いクレーターも、掘削用の資材コンテナも、絶対の盾にはならない。
「的を絞らせるな!」
マチュは叫んだ。
「敵は数で押してくる。だったら、こっちは位置を固定しない。隙を見て一機ずつ潰す!」
「言うのは簡単なんだけど!」
ニャアンがぼやいた、ニャアンのゾックは、その全てができない。
機体を逆噴射で滑らせる。
ゾックを追尾してくるのは、2機のみになった。
ならば。
いい頃合い、か。
マラサイチームはこちらが飛び道具を備えていないのを知っている。
だから中距離からの機銃攻撃に専念している。
ゾックのアームクローは、その大きさから一瞬の盾として機能しているため、なかなか本体にダメージは刺さらないが、それでも、じりじりと削って行けばいいと。この距離では、ゾックの攻撃手段はない、と。
たしかに敵のマラサイは巧妙だった。間違ってはいない。
動きの鈍いゾックの周りを円を描くようにホバー移動しながら、機銃を撃ちまくる。
ゾックの動きは相変わらず。
コマのよう回りながら、クローアームを動かす。
そのクローアームが、機銃の弾を弾いている。
ビームならばこうはならない。
マラサイがなぜか今回は、実弾仕様だったから出来る技である。
“このくらいの間合いでいいか……”
ニャアンは、マラサイたちの動きを読み切った。
―――だからなんだ?
ゾックには、攻撃の手段がない―――
ゾック独楽の回転が、早まった。
その体がブレて見える。
ええっと……
それがいったいなんの意味が。
ぞズッ!
突如、マラサイの首元に、ゾックのクローアームが突立った。
ほとんど首を両断。
ガンッ!!
もう一機のマラサイの右腕が、武器ごと持っていかれた。
これもゾックのクローアームの成せる技だった。
胸元から首を大きく抉られたマラサイは、ドウと倒れた。
ゾックのクローアームは射出可能だ。
だがそれはあくまでもオールレンジ攻撃の移動ビーム砲台として、使用するためのもので、もしここが無重力の宇宙空間なら。射角を変える程度のバーニヤはついている。
だがそれ自体を鋭利な武器としてぶつけられるほどの速度は得られない。
投擲武器としての利用は、かんがえられていない。
だからこそ、2機のマラサイは、撹乱もせずにひたすら、マシンガンを浴びせることに集中できたのだ。
ニャアンは、ゾックを高速で回転させることでクローアームの射出速度を上げ、2機マラサイ二同時にダメージを与えることに成功したのだ。
「ニャアン! 大丈夫?」
マチュが叫ぶ。
「だいじょうぶ……な、わけは。ない。」
ゾックの回転がやっととまった。
とまったが。
「目が回る……」
そのまま、ゾックは倒れた。
もともと膝関節などない特殊な機体である。
寝転がったように大の字にひっくり返った。
―――右腕をクローアームにむしり取られたマラサイは、立ち上がって左手でヒート剣を抜いた。
まだ、やる気だ。
そして、ゾックにはもう武器はない。
クローアームは。
射出はできるが、引き戻すことは出来ないのだ。
「やりやがったな! このモビルスーツの出来損ない!」
一般回線を通じてマラサイのパイロットが叫んだ。
肩口から、腕を失った機体は歩かせるのもやっとだったが、寝転がったままのモビルスーツにトドメをさすのに、なにか支障があるわけでもない。
一歩一歩。
バランスを取りながら、マラサイは近づく。
「ニャアンっ!?」
うごごご、げろげろ。
そんな音だけがマイクから返ってきた。
気絶したわけでななく、ほんとに目が回って気持ち悪いらしい。
マラサイが切っ先を向けて、大きく振りかぶった。
コクピットを。狙っている。
振り下ろした。
ザクッ。
月の砂が、ヒート剣の熱でとける。
ゾックは。
ゾックは頭上にいた。
ギリギリまで接近させてから、マラサイが剣を振り下ろそうとした瞬間、バーニヤでそのまま浮き上がったのである。
古の拳法に、わざと寝転がって相手を油断させる技があったとかなかったとか。
だが。
そこからどうする?
ゾックにはもう武器が。
げろ。
ゾックが白い粘塊を吐き出した。
トリモチ弾だった。
1発しか撃てないし、そもそも、弾速などたかがしれている。まともに使える武器ではない。
だが、この距離。このタイミングなら。
粘塊がその機体を絡め取る。
マラサイは動くこともできない。
“あれっコクピット開けるの大変なんだよなあ”
とニャアンは思いながら、友人に話しかけた。
「あとはお願いね。」
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“あれが古き混沌の神が宇宙世紀に顕在されたと噂の病み猫神様か!”
フラナガンの卒業予定者。そしてジュニアクランバトルに参加するために、株式会社捨て猫同盟に内定している少年は濃い緑の髪をしていた。
“なんて、戦い方だ。人間とは思えないな。”
彼のスパルタニアンをマラサイの銃弾が掠める。
いや、外装の一部を削っていた。
一緒に心が削られる。
技術的には、一緒にこの戦いに参加したニィには劣っていないはずだ。
だが現実には、熟練のパイロットが乗っているであろうマラサイに押されている。
こちらは射撃武器がなく、むこうはマシンガンを装備している。
その差だ。
だが、そのくらいの差は埋めなければならない。
埋められずして、なにがニュータイプだっ!!
「いいか。視野を広く持つんだ。」
ブリーフィングのときに、新しく教官になったあの『白い悪魔』が言っていた。
「きみたちが狙った敵。敵から飛んでくる攻撃。
そのふたつだけで、戦場は構成されていない。
思わぬところに危険は潜む。だがチャンスもあるんだ。」
“なるほど、ね。”
濃緑色の髪の少年はつぶやいた。
“さすがは『白い悪魔』だよな。”
少年の機体がバランスを崩す。
ホバー移動に失敗。
地面の凹凸にひっかかったのだ。
横転するスパルタニアン。
しかし、そうならなかったから、相手のマラサイの弾幕に飛び込んでいたところだ。
“うん。”
少年は頷いた。
捜し物は、手が届くところにあった。
さっき、病み猫神様がきり飛ばしたマラサイの腕。それと。
「よく逃げたが、これで最後だ。」
倒れたスパルタニアンに、マラサイが接近する。
「こっちが撃てないと思ってるのか?」
少年は嘲るように笑った。
持ち上げたスパルタニアンの手には。
ニャアンのゾックが腕ごときり飛ばしたマラサイのマシンガンがしっかりと握られていた。
「撃てちゃうんだよなあっ!これが!!」
「失敗作!!」
マチュが呼びかけた。
「なんです? 狂犬先生!」
「コクピットは撃っちゃダメだよ。」
「なぜです!?」
「なぜってこれは……」
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「な、なんなのだ、こいつらは!!」
バスク・オムが叫んだ。
アナハイムムーンに囚われたものの、最近は随分と行動も自由にさせてもらえるようになった、ジャミトフ、バスクをはじめとする旧ティターンズのものたちはほとんどが、トロイホースの艦橋に集まっている。
残りのものは、マラサイを奪取。
追跡において最大の難物となる可変機スパルタニアンは、グラナダ近くのクレーターで、訓練をしているハズだった。
それをマラサイ部隊で蹴散らしてから、トロイホースで、悠々とグラナダを脱出する。
全てがうまく行くはずだった。
なにも知らないN・ロックは、「リアリティショー」とやらに夢中になっていて、こちらへの関心は薄い。
これならば―――
「はい、しゅうりょうおっ!
終了です。」
艦橋の扉が開いた。
今日のN・ロックは、黒いジャンパーである。
バスクとジャミトフが顔を見合せた。
ほかのものたちは、こそこそと艦橋から出ていく。
「えーっ、終了です。」
「な、な、なにがっ、だっ!!」
「ドッキリです、ドッキリ。
うまくアナハイムから逃げ出せると思ったら、頼みの綱の新鋭機が、クランバトル訓練生にボコボコにされてしまったドッキリです。」
「な、なんだそれはああっ!!」
「そんなはずはない。奪取したマラサイは、全て実弾仕様になっていた。」
「そうですよ。クランバトル仕様のビーム兵器オミットです。ビームサーベルもヒート剣に変えてます。
いやあ、ティターンズ上がりの本物のパイロットにうちのガールズや、フラナガンの卒業予定者が互角以上に戦えるとは!
これは。また配信が伸びちゃうなあ。」
「だ、騙したのか! 我々を!」
「そちらが勝手に勘違いしてトロイホースのブリッジを占拠して、準備中のマラサイを持ち逃げしただけですね。
まあ……いまブリッジにいた皆さんは大体のことは、知ってます。
誰も教えてくれなかったんですか?」
マラサイって、あと三機残ってるんですが、まあ、普通だと、ここらで降伏するかもしれませんね。