そのうち、生身でレールガンを撃てるひととかも出てくるかな。
ユリアンが、部屋の大型モニターを操作した、
すぐに『クランバトル=ライブ インニューヤーク』の派手すぎるロゴが画面いっぱいに広がった。
つづいて、陽気な声が流れる。
『さあ今夜の臨時興行は、水陸両用機スペシャル!
舞台はここ! ニューヤークだ!
敵か味方か、怪しいモビルスーツ三機が海から我らがニューヤークに接近するっ!
迎え撃つのは、この男!――ネオ香港の貴公子クワトロ・バジーナ!
先日、四機のクゥエルをたった一機で翻弄した鮮やかな腕前。
今日も見れるか、クランバトウゥゥル!
スタート!だ!』
「まったく、悪趣味なものだ。」
ウォン・リーが吐き捨てる。
「生命をかけた戦いを見世物にする!
それだけでも虫酸が走るのに、こいつは見世物に見せかけたホンモノの戦闘と来ている。」
「気持ちはわかりますがね。」
マクレーンがニヤニヤと笑いながら、自分の端末を操作する。
「わかるに決まっとる! ここに向かう飛行機の中でもおなじ物を見せられた。
たしかに、市内にパニックを起こさせないための方便ではあるのだろうが、こうも簡単に使い回されると……」
そこで、マクレーンを睨んだ。
「おい、なにをしている?」
「小遣い稼ぎにね。クワトロにほんの少しばかり賭けてみた。」
「ふざけるな。これは本当は戦闘なんだぞ。」
「叔父さん。
まあ、クワトロ氏に勝ってもらいたい気持ちの現れと思えば。
ニューヤークでは特に公務員が賭け事をするのは禁じていないようですし。」
ヤンがのほほん言った。
モニターの中では、夜の港湾部を俯瞰するドローンからの映像が映し出されていた。
サーチライトの束が黒い海面を舐める。
波しぶきが上がる。
爆発音。
「魚雷か?」
白波の中から、巨大な影が飛び上がった。
倉庫を押しつぶすように港湾部に上陸する。
「ありゃあ、ゴックだな。」
マクレーンが腕を組んだまま言う。
「独立戦争末期にはもう登場していた。通常の対潜魚雷や機雷じゃあビクともしない装甲のうえに、メガ粒子砲まで内蔵してやがった。」
「市街地にモビルスーツが上陸したのに、ずいぶんと冷静だな。」
「あそこらの倉庫街は再開発予定地だ。いまの時間にほとんどひとはいない。」
次の瞬間、その二機の前方、水を割って赤い機影が躍り出た。
「ズゴック……ですね?」
ユリアンが息を呑む。
地上では動きに難のあるゴックに代わり、開発された水陸両用モビルスーツだ。
メガ粒子砲は、クローを備えた両腕に装備。
赤く塗装されたズゴックは、埠頭のコンクリートに爪を立てて着地した。
丸い頭部、肩と一体化した両腕、鋭いクローアーム。
金色に輝く百式のような華やかさはないが、水と陸の境目では、この機体こそが猛獣だった。
『おっとぉ! 赤いズゴックが上陸! ここでまさかの近接戦だァ!』
一機目のゴックが重々しく腕を振るう。
クワトロのズゴックは、その巨腕の内側へ滑り込んだ。
ユリアンが思わず呟いた。
「は、疾い!」
ラインハルトは低く言った。
「速さだけではない。あれは、相手の動きを先読みしている。」
たしかにそう。
赤いズゴックはただ敏捷なのではない。
ゴックが踏み込むその一瞬前、巨体がどちらへ流れるかを見切って、先にそこから消えている。
港の照明を背に受けて、赤い影がひるがえった。一閃。クローアームが、ゴックの膝裏に食い込む。巨体が大きく傾いだ。そこへズゴックは追撃せず、反転し、もう一機の側面へ回る。
二機目が倉庫街へ上がろうとしたところを、肩口に爪を引っかけ、そのまま体ごと捻った。金属音が夜気を震わせた。
「凄まじいな。メガ粒子砲を一度も使わずに……相手にも使わせずに……」
ウォンが、思わずといったふうに呟いた。
「しかし、モビルスーツは三機いたはすだ。」
「そうですね。」
ヤンが、モニターから目を離さずに言う。
「これは陽動です。彼らの目的が、フリードフル夫妻にあるとするならば、その隠れ家。
おそらくはニューヤークの中心部のどこかでしょう。
港湾部への上陸は陽動です。」
ズゴックは倒れた一機の腕を踏みつけ、もう一機にはコクピットを外して肩関節へ爪を突き立てた。
巨体のゴックは、陸上での小回りが利かない。
通路の狭い倉庫街ではなおさらだった。二機とも、動きを止めた。
「ウォンさん。ニューヤーク地区のアナハイム施設にすぐに出せるサブフライトシステムはあるか?」
ラインハルトが言った。
ウォンが振り返る。
ラインハルトの蒼い目は、画面ではなく、手元のデバイスに表示された簡易戦況図を見ていた。
マーカーのうち2つは港湾部で動きを止めている。残る一つは、すでにハドソン川河口に到達。
そこで動きのトレースは消失していた。
「ニューヤーク隣接のモビルスーツ研究施設にあるはずだ。」
「すぐに発進させて、ニューヤーク港湾部へ。」
「わかった。」
「なにが起きたんです!?」
ユリアンが叫んだ。
「地下水路だ。」
マクレーンが、タバコに火をつけかけて揉み消した。
「モビルスーツが通れる可能性のある地下水路が何ヶ所か存在する。それを使って市内に潜り込むつもりだ。」
その目がラインハルトを見据える。
「もう一度聞くぞ?
フリードルフ夫妻が、滞在しているのはどこだ?
結婚記念式典にあれだけ力をかけてるんだ。ニューヤークから離れているとは考えにくい。そこは少なくとも水陸両用モビルスーツで襲撃しやすい場所なんだ。」
「……聞いていない。たが、推理はできる。」
ラインハルトは言った。
「モビルスーツが通れる水路は限られる。
だが、ここからこう通って……」
彼のデバイスに光の線が引かれる。
その行き着く先は……
セントラルパーク!!
「……あくまで可能性でしかないが、この周りには、名前を出さずに保有できる高級コンドミニアムが数棟ある。」
「そのうちのどれか……に、御大はいそうだな。
フリードルフ卿と対立する組織は、そこまて情報を掴んでいるということか?」
「さあな。だが、いま言ったVIPが隠れ家用に使うコンドミニアムはそうは多くない。どの建物かわからぬまま、ひとを集めて襲撃するのは実際には不可能でも、モビルスーツなら。」
「……そうか……建物ごと始末するか。
っておい! そこまでやる連中なのか?」
「前回は、軽キャノン改を四機投入してきた。クワトロの活躍がなければ、屋敷ごと吹き飛ばされておわっていただろう。」
港湾部の倉庫街に、赤いズゴックの巨体が立ち尽くしていた。
クワトロは、すでにゴック二機の沈黙を確認していた。
水陸両用型のモビルスーツは、意外に水中用の武器は少ない。
一般的な対戦闘艦程度では、機雷、魚雷を受け流しつつ、近接攻撃でケリが着くことが多いのだ。
では、水陸両用型のモビルスーツ同士はどう戦うのか。
ジオン水泳部のゴック、ズゴック、ゾックなどは魚雷程度では通用しない相手ではあった。しかし、それは同時にこちらの水中兵装も相手には通じないということでもある。だからこそ、水中で決着をつけず、あえて陸に上げた。狭い倉庫の谷間なら、敏捷性に勝るズゴックが有利――そう読んだのは正しかった。
だが。
「三機めをロストした、か。」
クワトロはつぶやいた。
おそらくは地下水路にはいったのだ。それをそのまま追うのは愚策。
かと言って地上を行けば、目的地が市内のどこであれ、ズゴックが通れば、それだけで道路は陥没し、建物にも被害がでる。
そのとき、コクピットの外部通信が入った。ラインハルトからの短い符牒だった。
『サブフライトシステムを送った。使え。』
クワトロの目が細くなる。
「……なるほど。空中から追うか。」
別働隊として、地下水路にはいったのはアッガイだ。やや小柄で、武装は地味だが、機動が高く、小回りがきく。丸っこい身体は水路をよく通り、陰に潜むのに向く。ゴック二機の派手さは、やはりただの目くらまし。本命は、最も目立たぬ機体だった。
上空から低い唸り。
夜のスカイラインを背に、円盤状のサブフライトシステムが降下してきた。アナハイムの識別コード。ラインハルトが手配したものだ。
「間に合うか、これで。」
クワトロは短く息を吐き、ズゴックの脚を屈めた。
一気に跳ぶ。
赤い機体のクローがサブフライトシステムの腹につけられた手摺にがっちりと掴む。推進炎が夜を裂き、赤いズゴックが港湾部の空を離れた。眼下、倒れた二機のゴックが小さくなっていく。
セントラルパークに、そろそろ夜の帳が降りる。
木立の彼方、街灯の届かぬ暗がりに、鏡のような水面が広がっていた。ジャクリーン・ケネディ・オナシス貯水池。都市のただ中にありながら、夜の底のような静けさをたたえた場所。
その水面が、静かに盛り上がった。
まず、丸みを帯びた頭部が現れる。続いて、細い両腕。柔らかな装甲曲面。夜目にもはっきりと分かる、水中を進む機械独特の粘るような動き。
アッガイだった。
貯水池の縁までたどり着いたその機体は、こぼれる水を身に纏いながら、静かに岸に這い上がった。木々をなぎ倒して進む足取りは、足音は驚くほど軽い。
もともと、陸戦においても機動力を発揮できるように設計された水陸両用モビルスーツである。
その代わり、武装はクローアーム、バルカンのほかはミサイルランチャー程度である。
アッガイは目標を知っている迷いのなさで、木立の奥へ視線を向ける。
そのはるか向こう、公園を臨む位置に、灯りをほとんど落とした高層棟が数棟。夜の街並みの中で、そこだけがまるで意図的に息を潜めているように見えた。
コクピットの中で、男は目を閉じていた。
「セントラルパークタワーズθ棟。
あれを破壊するのか。」
僅かだが、苛立たしさを隠せぬ声だった。
「ここまで来れば目的は達成したも同然ダが。
ひとりを殺すために、千人を巻き添えにするのか。まるで戦争、ではないか。」
アッガイのモノアイが、ゆっくりと横へ滑る。夜の公園にはまだ、警備の光ひとつない。当然だった。ゴック二機が港湾部で盛大に暴れたのだ。ニューヤーク中の目は、いまその方角に釘づけになっている。
「まあいい―――森羅万象は、あるべきところへ還っていくのみ。」
男――『黄金の第八小隊』隊長バルゴは、微かに口の端を持ち上げた。
「穿つべきは一点。それ以外を砕く必要はない。破壊を無益と悩むのは、迷いある者のなすことだ。」
その時である。
夜空を裂いて、金属質の唸りが降りてきた。
バルゴは目を閉じたまま、微かに首を傾げた。
「……早いな。」
意外というよりは、感嘆に近い響きだった。
上空。サブフライトシステムにぶら下がる赤い巨体。
分離。
赤いズゴックが、木立の上を大きく飛び越え、貯水池の岸へと真っ逆さまに落下する。バーニヤで、制動するが、芝と土が派手に巻あがった。
片膝をつき、片手で地面を押さえる。
その姿勢のまま、頭を上げた。
モノアイが光り、
――アッガイのそれと、睨み合った。
「すこし待たせてしまったかな?」
一般回線を通した声は、低く、静かだ。
こいつが、クワトロ・バジーナ!
つまりはジオンのエース“赤い彗星”のシャアか!
「フッ……行儀が悪いな。」
バルゴは、半眼に目を閉じたまま応じた。
「いきなり、闘志むき出しとは……まるで躾の悪い闘犬のようだ。」
「わたしが闘犬ならば、きみたちテロリストは狂犬だろう。」
クワトロは静かに返す。
「コクピットから降りて投降したまえ。
雇い主のほうは心配しなくていい。」
「湾岸倉庫のほうはいいのか?
ゴック二機に対抗出来る戦力は、ニューヤークにはないはずだが……」
「無力化したよ。パイロットは無事だ。今頃は、警察が保護に向かっている。」
「……噂通り、というわけか、クワトロ・バジーナ。」
「言っておくが、きみはもう詰んでいる。
アッガイはもともと偵察用の水陸両用モビルスーツだ。バルカン程度では、ズゴックには役にたたない。かといってミサイルランチャーをこちらに使ってしまえば、もう目標のビルの破壊は無理だ。」
「クワトロ・バジーナ。
きみの時代はもう終わった。」
微笑みをたたえながら、バルゴはゆっくりと赤いズゴックにむかって、アッガイを進ませた。
「いまさら、額を地にこすりつけて、命乞いをしろとは言わん。いや死もまた生のあり方のひとつでしかない。
万物流転。
ジオン独立戦争の亡霊は、わたしがここで成仏させよう。」
「ほう? 対モビルスーツ用の武器もないアッガイがどうやって」
―――視界の隅で閃光が走った。
とっさにクワトロは、ズゴックを左に傾けた。
「うむ。さすがはジオンの英雄だ。」
クローアームを引き戻したアッガイは、嘲笑っているかのようだった。
クワトロがズゴックを傾けていなかったら。
そのクローアームの一撃は、メインカメラを貫いていたはずだった。
「なるほど……伸縮自在のクローアーム、か。」
クワトロは皮肉げに言った。ズゴックもクローアームを持ち上げる。夜露に濡れた爪の先が、街の灯りをわずかに反射した。
「きみもまた、ビーム砲はつかえまい。」
バルゴは動じない。
「使えば、360度、どこに撃っても、周りの摩天楼に大穴を開けてしまう。つまりは近接戦闘で決着するしかないのだ。」
アッガイは左半身に構えた。
だらりと下がった左のクローアームが、ゆらゆらと揺れる。
「天魔覆滅。
きみは、リーチと速度に勝るこのアッガイのクローアームに切り刻まれ、ここで果てるのだ!!」
フリッカーの使い手。アッガイたん。