アッガイは、ゆらりゆらりとクローアームを振る。
左半身に、やや前かがみ。
日の落ちたセントラルパークに、周りのビルの照明で、先端のクローが時折、光る。
全身は暗い黒に塗装されていて、闇がその巨体を包み隠しつつある―――つまり、明るい赤にペイントされたクワトロは、それだけで圧倒的に不利なのだが、それを気にもとめないのが、クワトロ・バジーナである。
“ボクシングでいうデトロイトスタイルに似ているな”
通称「ヒットマンスタイル」。攻撃を重視した構えである。ガードは下げて腕をだらりと垂らすように構え、そこから手首をしならせて打撃を放つ。
その打撃は「フリッカージャブ」と呼ばれる。
通常のパンチより軌道を読みにくく、相手のガードをすり抜け、あるいはこじ開け、ダメージを蓄積させる。
“ならば、ガードを固めて、潜り込んでクローを打ち込む、か。”
ほんの資金繰りのためにはじめた『バトリング』形式の試合の知識がこんなところで役立つとは!
ゆらっ。
アッガイが動いた。
同時にクワトロもズゴックを、屈むようにして、ダッシュした。
頭上を伸縮アームのクローが通り過ぎる。
だが、素早く引き戻されたクローアームは、次の打撃を放つ。
人間ならば「首を振る」という動作をしたかったのだが、ズゴックは首から肩が一体化ひている。
体を傾けて、やり過ごしたが、掠めたクローが、火花を散らした。
アッガイの攻撃はとまらない。
攻撃は鞭の軌道をもっていた。
曲線を描いて、上から下から。右から左から。
変幻自在にクローアームが襲いかかる。
だが。
そのいくつかをかわし、あるものは自分のクローアームではじき。
ズゴックは前進を続けた。
かわしきれぬ、捌ききれぬ打撃が、ズゴックの装甲に傷を刻んでいく。
だが、至近距離にはいってしまえば。
伸縮アームの長いリーチは、かえって仇になる。
もう一歩。
真上から叩きつけるような打撃を、クワトロは突っ込んではずした。
クローさえはずせば、単なる『打』である。
この一歩の距離を潰せば、ズゴックのクローアームの距離に。
凄まじい衝撃が、ズゴックを襲った。
なにがおこった?
コンソールに叩きつけられたクワトロは、呻いた。
クローの部分ははずしたはずだ。
伸縮するアームの部分。それがズゴックの背を叩いただけのはず。
だが、うけた衝撃はそんなものではない。
ズゴックは、地に頭をめり込ませるようにして倒れている。
損傷は……
まだ、動ける。
だがそれは「動ける」レベルであって、次に同じ攻撃を受ければ、ただでは済まぬ。
そんな一撃だった。
それは―――ボクシングの技では有り得なかった。
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「破軍道ネ!」
ソファに陣取ったイェが、ぼそりと言った。
「な、なんだ、おまえは! いつからここにいる!」
ウォンが叫ぶのをイェ・チャージーは、ジロリも睨む。
ラインハルトが苦笑しながら言った。
「ウォンさん。これは月面支社が新しく雇った護衛だ。
こんな見た目だが、腕利きだ。先日もフリードルフ家で襲われたときには命を救われている。」
イェは口もとを貸しながら、ホホホと笑った。
「こんな可憐な見た目でもワタシ、とても強いネ。」
「い、いつ入ってきた?」
「クランバトルがはじまってスグね。
みんなモニターに夢中で気がついなかたネ。」
「それより、あれはどんなトリックなんだ?」
ラインハルトは問う。
「クワトロはクローは外したはずだ。
アーム部分が当たっただけであれ程の威力がだせるのか?」
「破軍道は、もともとは腕全体を鍛え上げて、その腕を『鉄の鞭』のようにしならせて打撃を繰り出す流派なのダ。」
「モビルスーツの打撃戦については、クワトロと話す機会があった。」
ラインハルトは言った。
「部位鍛錬のできる人間とは違って、モビルスーツの装甲材は、叩く方も叩かれる方もほぼおなじ素材となる。
蹴れば脚が損傷する。殴れば指が破損する。
そうなれば、移動や武器の取り扱いが出来なくなる。」
「外側の硬さ、の問題とチガうネ!」
イェはバカにしたように言った。
「生きてる人間は、なかの臓器のほうが大切ネ。いくら外身を鍛えても、身体の中に衝撃を伝える打ち方。
東洋の古流武術には存在するネ。」
ウォンが呆然と、イェを見返した。
「あのアッガイは、それをモビルスーツ戦に使用している、というのか?」
「理解が、早いネ。さすがは『八極門』の高弟ウォン・リー。」
「わたしを知って……」
「『伝承者』の『爪』。いまはイェ・チャージー。ヨロシクね!」
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「真に問われるのは、最後にたっていた者の器だけだ。」
アッガイのクローアームが、ゆるゆると揺れる。ズゴックのそれと同じ、水陸両用機の特徴的な鉤爪。だが、その動きにはどこか儀式めいた静けさがあった。
「砕くべきものは、ひとつで足りる。」
バルゴは告げた。
「それ以外を壊すのは、力を持て余した者の戯れにすぎぬ。おまえほどの者なら、その違いは分かるはずだ。」
クワトロは沈黙していた。
まだズゴックは、片膝をついた姿勢だ。
うかつに立ち上がれば、またあの打撃を食らう。
かわせるか。
いや、確かに鞭の軌道を描く打撃は、読みにくい。
だが、それは人間の繰り出す「パンチ」だという先入観があるからだ。最初から、打撃ではなく、そう、たとえばビットによるオールレンジ攻撃をさけるつもりでいれば……
鋼鉄の―――正確には、とセラミックと超鋼鉄スチールの鞭が振るわれる。
クワトロは、そのままズゴックを横飛びさせた。
鞭は途中で軌道を変え、ズゴックを追う。
地にクローアームを突き立て、急速方向転換。
かろうじて、鞭をかわせた。
「見えるぞ。貴様の攻撃が。」
鞭。いやまるで生きている毒蛇の如く、アッガイの攻撃がおそいかかる。
クワトロは、冷静にその軌道を見極める。
マグネットコーティングを施した百式や、サイコミュを搭載していた赤いガンダムとは異なり、彼のズゴックは機銃の増設や多少動きがよくなるように、いじっただけだ。
―――機体の反応が、遅いっ!
かつて、アムロも感じたストレスを、クワトロも痛感した。
鞭が掠める。
ザザッ。
ズゴックの装甲が削れていく。
「この威力は!」
バーニヤを吹かし、なんとか距離をとろうとする。
アッガイが追う。
「わたしの攻撃はかすめただけでも、皮を剥ぎ、肉を削ぐ。」
声は陰々と響いた。
「モビルスーツに痛覚がなくて幸いだっな、赤い彗星。それでもダメージは蓄積されて行く。いつまで、立っていられるか……」
チィィッ!
僅かな焦りが、動きを鈍らせたのか。
一度通り過ぎたはずの鞭が、反転し、ズゴックを襲った。
クローアームを上げて、胴体への直撃は避けた。
だか。
異様な衝撃が、その巨大を揺らす。
“なん……だと?”
外部の装甲ではなく、内部機構に衝撃を与える技だということは、理解していた。
“センサーが!!”
「我が打撃は、相手のセンサーを内部から破壊し、その能力を奪う。」
相手は淡々と告げた。
「わたしの前に、立ちはだかるものは、周りを知覚することも出来ずに、無間地獄を彷徨うのだ。
終わりだ。赤い彗星!」
「ひとつ言っておく。」
「なにかね?」
ズゴックのセンターが「死んで」いる。
相手の位置も。いや自分の乗っているズゴックの状態すらもわからない。
「いまのわたしはクワトロ・バジーナだ。それ以上でもそれ以下でもない。」
「……なぜ、そこに固執するかはわからぬが、こちも名乗っておこう。
我々は、傭兵部隊『黄金の第八小隊』。
わたしは、『ニュータイプに最も近い男』バルゴだ。」
けっこうノリノリデカいてしまいましたが、次回でちゃんと結着します。
ちなみに「破軍」は「一勝千金」という格闘マンガからです。