前話の後書き通り、姫様、ご出陣です。
「困ったものです。」
陰気な顔で、ジオン公国軍総司令官を務める男は言った。
まあ、陰気なのはいつものことなので、アルテイシアは気にもとめない。
だが、事実、起こったことは「困ったこと」
ではあった。
「フリードルフ家の内紛についてのレポートは読みました。」
アルテイシアは、モニターの中のマ・クベ中将閣下にも見えるように、分厚いレポートの束を持ち上げて見せた。
これはすなわち―――
「データ」として残せないような裏の情報も含めて、彼女が把握した、という意味だ。
「ニューヤークの市街地にモビルスーツ部隊を投入するなどと、もはや『暗殺』の範疇を超えています。
それを阻止するために、ジオンの戦力を当てにした―――その判断は正しい。
いえ、あなたの言うとおり『困ったこと』ではあるのだけれど、ならば手をこまねいて、ニューヤーク市民を犠牲にしてもいい、とは口が裂けても言えないわ。」
「今少し、根回しをしてもらえれば、応えることは出来たでしょう。」
マ・クベは、頷いた。
ジオンは現代において、覇権国家である。
覇権国家にとって必要なのは秩序である。
だから、紛争が起こる場所が、コロニーであれ、月面であれ、地上であれ。
止める必要があったし、その意味では、よくぞジオン駐留基地に声をかけてくれた―――
その判断を行った、ガルマ・エッシェンバッハやアナハイムの幹部、そして、公王の兄君には感謝しかないのだが。
さて。
どう収める?
ニューヤークは連邦管理下の都市だ。
そこにジオンのモビルスーツを送り込む―――
あってはならないことだ。
しかも声をかけたのは、ガルマである。
いまはニューヤークの名家エッシェンバッハの姓を名乗ってはいるが、もともとの出自は隠しようもない。
ザビ家の生き残りの声掛けで、ジオン軍が動いた。
ぜったいにあってはならない。
かと言って、軍規違反で、キャリフォルニアベースの基地司令官を更迭するか。
それはそれでこんどはエッシェンバッハ家の顔を潰すことになる。
なのでマ・クベが考えた解決方法は。
ジオン基地からのモビルスーツ派遣はあくまで、人道的な支援に基づくものであって、公王府はあらかじめそれを知っていた―――
そうして欲しい。
と言うことだった。
「マ・クベ閣下……それは」
傍らに控えたランバ・ラルが、首をひねった。
「まるで、公王府が、軍に対して越権行為を仕出かしたかのようで」
「そうだ。
ガルマを責めれば、国内のザビ家派を刺激する。
現地のジオン駐屯軍を責めれば、エッシェンバッハ家やニューヤークとの関係が悪くなる。
もともと公王府と正規軍は、ある種の緊張状態にあるのだ。
ニューヤーク市にいい所を見せたい、と公王府が先走った……正規軍への根回しもなしに。
それがもっともだれも傷つかない。」
マ・クベは視線を落とした。
アルテイシアたちからは見えないが、そこには彼のお気に入りの陶磁器でもあるのだろう。
マ・クベは、中世の、とくにチャイナの陶磁器をこよなく愛していた。
なにか、思いに行き詰まったとき、それを撫でたり、指先で弾いたりするのが数少ない彼のクセである。
乾いた金属音が響いた。
「そのためには、公王府からフリードルフ卿のパーティにどなたか参加いただきたいのです。」
依頼―――しているようで、決定事項を淡々と告げているだけだった。
マ・クベはそういう男だ。
独立戦争のころには、それでも己の能力を過信するがあまり、また同じキシリアの傘下にあってのライバルへの妬心から、有能な士官を左遷したりすることもあったのだが、その後、彼も考えるところがあったのだろう。
戦後、すぐに明白となったギレンとキシリアの抗争については、完全に手を引き、軍部の掌握に務めた。
イオマグヌッソ事変後のアルテイシア体制についても、反旗を翻す訳ではないが、ある種の冷淡さをもって、距離を置いている。
アルテイシアは、ランバ・ラルを見た。
ランバ・ラルは頷いた。
「ジオン駐屯地からのモビルスーツ部隊の派遣を裏付ける意味合いで、もともとジオン公国とフリードルフ家が親しい間柄であったと。
そのことを周知させるためには、今回の結婚記念式典に、公王府から『高官』を派遣することが適切でしょう。」
そう言って口ひげをひねった。
「……さて、誰を……正直なところ、マハラジャ・カーン殿は体調が優れず。」
「シャリア・ブルは?」
「……グラナダのマチュから、『ジークアクスを寄越せ』との催促で。
ジュニアクランバトルスクールの視察も兼ねて、ソドンでグラナダを訪れるつもりのようでしたが。」
太い眉の下の瞳が、眼光鋭く、敬愛する姫様を睨んだ。
「わたしはこれでも姫様の護衛隊長ですからな。任務を放り出してニューヤークには行けません。
……まして、おん自ら出席されるなど論外ですぞっ!」
「フリードルフ卿は、このパーティの成功のために、その影響力を駆使している。」
モニターのマ・クベは感慨深げに言った。
「当然、そこは地上のみならず、政財界のトップが集う外交の場となるでしょう。
故にジオンからもそれなりの者を出すべきかと。
一方で引き続きテロの目標になる危険と隣り合わせです。」
そこらの決定はそちらに任せる―――
そんな雰囲気でマ・クベは通信を切った。
「相変わらず、抜き身の剣のようですな。」
ランバ・ラルは大きく、息をついた。
彼にしてもマ・クベは、なかなか扱いにくい人物なのだ。
(もっとも同時刻、マ・クベは副官のウラガンを相手に同じような感想をもらしていたのだが)
「いかがされます?」
「そうは言っても、フリードルフ家の私的なパーティ。」
アルテイシアは、隣室で待機していた彼女の副官を呼び寄せるために、ブザーを押した。
「トッブがのこのこ行くのも憚られるわ。この件がなければ、スルーする案件だったしね。」
「ならば外交部から誰か若手を」
「一応、腹案はあります。
わたしの代理として振る舞い、わたしと同じように思考して、ときには決定を下せる人物なら理想的でしょう。」
ドアが開いた。
アルテイシアと同じ年代の女性だ。
キチンとスーツで固めている。
「ミーア・キャンベル特別補佐官はどうかしら?
彼女なら、わたしの代わりが務まるわ。いままでもそうしてもらっていたし。」
「なんのお話です?」
ミーアは怪訝そうに眉をひそめた。
常に傍にいることが多いので、副官で『特別補佐官』という役職を与えられのは、ごく最近だ。
主に給与その他の待遇面での改善のためだと分かってはいたがそれでも、ミーアにはなんとなくうれしい。
「わたしの代わりに地球に降りて欲しいの。場所はニューヤーク。
フリードルフ家の当主とそのお孫さんくらいの年齢の奥様との結婚十周年の記念式典よ。
連邦中のVIPが集まる。
ミーアはそこにジオンの代表として参列して欲しいの。」
「あの……それは……ジオンの元首アルテイシア・ソム・ダイクンとしてでしょうか?」
「いえ、ジオン公国府特別補佐官ミーア・キャンベルとしてよ!」
「わたしが……本当によろしいのですか?」
「フリードルフは名家だけど、所詮は私的なパーティよ。あまり重鎮が出ていくものでもないわ。
それに……念の為言っておくと、フリードルフ家は後継者問題で揉めている。
当主のフリードルフ卿はもう老人で、奥方との間には子どもがいないの。」
「ニュースはみました。」
ミーアは応えた。
「たしか、市街地で突然、予告なしののクランバトルが立て続けに行われ、一説には、フリードルフ卿を狙ったモビルスーツによるテロをクランバトルということで誤魔化したのでないか、と。」
アルテイシア様のお兄上が。
とは言わなかった。言わなくてもこの美しき元首やその護衛隊長は、気がついているだろう。
「そう。わざわざジオンの要人に手を出す阿呆はいないと思うけど、危険はあるわ。
ニューヤーク行き、お願いできますか、ミーア?」
その目の輝き。
なんどもアルテイシアの影武者を務めたことのあるミーアにしかわからぬものがあった。
やれやれ。
心のなかでため息をひとつ、つきながらも表情だけは真剣な面持ちで、ミーアは頷いた。
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「それでも戦争に勝ったのだから」
ザビ家を支持するものが、最初と最後に言うのはそのセリフである。
ギレンの。
キシリアの。
様々な悪行は、彼らの死後、公然と語られるようになった。
「それでも、ジオンが独立を成し遂げたのはザビ家があったからだ。もし、ジオン公国がただの自治政府のままだったら、連邦による弾圧は留まるところを知らなかったはずだ。」
現在の公王府。
ザビ家が暗殺したのだとも噂されるジオン・ズム・ダイクンの忘れ形見、アルテイシア・ソム・ダイクンを擁立する現在のジオン公国は、その論争からは身を引いたところにいる。
ギレン、キシリアがイオマグヌッソの暴走事故で、時をほぼ同じくして亡くなった直後に、長らく行方不明だったアルテイシア・ソム・ダイクンが、まるで用意されたように現れ、元首の座についた。
後暗いと言うなら、これほど陰謀の匂いのする政変も珍しい。
それでも正統性といえば、ケチのつけようもなく、またザビ家の苛烈さに辟易していたジオンの国民にも概ね、好意をもって受け入れられたのだ。
逆に言えば、まだ一部の国民に根強く残っているザビ派を弾圧する余裕がなかったのだ。
「アルテイシアさまっ!」
まだ童女と言って良いミネバ・ラオ・ザビが駆け寄ってくるのを、アルテイシアは抱きしめた。
父親であるドズルを、独立戦争で失ったあと、ギレンとキシリアの争いが激化する中で、彼女はその母親とともに、小惑星アクシズに身を寄せたのだ。
現在、アクシズは地球圏に移動中だ。
到着後は、おそらくは、失われたア・バオア・クーの代わりを務めることになるのだろうが、到着はもう少し先になる。
ミネバは、ハマーンほかとともに先遣艦隊でサイド3に到着。
アルテイシアの公王府はこれを保護する立場を明確化し、その庇護のもと、元気に学校に通っている。
「学校はどう?」
「楽しいですっ!」
屈託のない笑顔でミネバはそう答えた。
アルテイシアの胸のなかで痛むものがある。
彼女の父親であるドズル中将の乗るビグ・ザムを撃墜したのは、紛れもなくアルテイシア自身なのだ。
確かに、彼女の父親ジオン・ズム・ダイクンは、ザビ家に暗殺され、彼女は名を変え、隠れ家を転々として育った。
そして、ザビ家の当主であったデキンはギレンに殺され、ギレンはキシリアに殺され、そのギリシアを討ったのは、おそらく彼女の兄だ。
―――もういいのではないか?
復讐の連鎖は。
「お友だちをつれてきてるんだって?」
「そうなのですよ!」
少し自慢そうに、ミネバは胸を張った。
その友だちは……男の子だったが、半分柱の影に隠れておどおどしていた。
「もう! ちゃんと挨拶してっ!」
ミネバの叫びに少年はやっと、姿を見せた。黒髪のそれほど目立つところのない少年だった。
「わ、わあ……」
少年は赤くなりながら、やっと言葉を発した。
「ほ、ホンモノのアルテイシアさまだ……」
むう。
と、ミネバがふくれた。
「もう!
バナージってば!
きれいなお姉さん見るといっつも!」
この子たちの世代には。
戦もなく。
スペースノイドとアースノイドが手を繋いで暮らせる世界を。
そのためなら、己の手を汚すことも厭わない。
もし、アレがフリードルフ家の相続を巡ってなにかたくらんでいるようならば、必ずこの手で。
ラルさんは、数日後、レイダーがソドンから下ろされて、地球行きの便につまれていたことを知ります。