謎の『マイナスワン』とは?
フリードルフ家の後継者は。
元首閣下の鉄球はだれの上に炸裂するのか。
「フリードルフ卿。いまはどちらです?」
フリードルフは、古い家系の当主であり、相手はその分家である。
年齢だってだいぶ下だ。
そこらへんを考慮すると、相手は態度に示された敬意は十分でないように、アンネローゼには感じられた。
夫であるフリードルフ卿は、眉をあげて、モニターを睨んだ。
「屋敷からは避難しています、シュヴァイク公。
あそこはもう安全な場所ではありませんので。」
「それはわかりますが。」
シュヴァイク公ブラウンは、モニター越しに顔をぐいと近づけた。
「結婚記念式典まであまり日にちがない。
少し、打ち合わせをしたいのですよ。
どちらに居るのです?
わたしが伺いますよ。」
「……わたしの避難場所ですか?
リッテンからは聞いてらっしゃらないのかな?」
「……彼はいまニューヤーク市警に追われている。」
シュヴァイクは吐き捨てた。
「あなたの屋敷を襲ったゴロツキどもが、ハイネ家の指示で、そうしたと証言したからだ。」
「恐ろしい話です。」
ゆったりと、フリードルフは答えた。
その鷹揚たる態度に、やっとのことで、シュヴァイクは異変に気づいた。
この男は―――
いままで自分たちの思いのままに動いていた傀儡ではない。
アンネローゼとの結婚そのものが唯一のワガママという程度で、素直すぎるほどに、言いなりになっていた。
ついこの間まではそうだったのだ!
「フリードルフ卿。あなたは誤解をされている。」
シュヴァイクの表情が、かわった。
とろけそうな笑顔になる。
「あなたを襲ったのはハイネ家を騙るにせものだ。
だれかが、一族に不和をもたらすためにウソの情報を流したのだ。」
「シュヴァイク公。」
見知らぬ老人はゆっくりと言った。
「このところ、しばらく会っていなかったからいろいろと積もる話もあるだろう。ですがそれは結婚記念パーティで伺おうではないか。」
シュヴァイクは言葉に詰まった。
「―――当然、来てくれるだろう、シュヴァイク公。
まさか、テロが怖くてフリードルフ本家が主催するパーティを欠席するなどありえないだろう。」
「い、いや……」
シュヴァイクは、咳き込んでみせた。
「このところ、体調が優れず……」
「それはよくないな。」
心から心配したようにフリードルフは言った。
「しかし、今回のパーティはわたしとアンネローゼにとっては大変重要なものなのだよ。
もし、参加してもらえない親類筋は、今後、どうしても疎遠になることになるだろうね。」
「そんな勝手な……」
シュヴァイクはもうあのポーカーフェイス替わりのにやにや笑いを貼り付ける余裕も無くなっていた。
「そんな勝手がまかり通るものか!」
「通らんだろうな。だが名目でもわたしを当主につけてしまったのはきみらだ。
故にわたしが当主らしいことをしても問題はおこらんだろう。
だいたい、前もって予定されていた記念パーティへの出席のなにがそんなに問題かね?
ひょっとして、そこで事件でも起きるのかな、シュヴァイク公?」
-------------
マンダリンホテルニューヤークのラウンジには、午後のまったりとした空気が漂っている。
「で? リッテンを警察には突き出さないんですか?」
カイの問いに、ゼロは難しい顔をした。
「どうしたものかな。
ロストナンバーについての情報を、彼が握っているのは間違いないんだ。
警察に渡してしまえば、わたしも今後ヤツと接触しにくくなるわけだしね。」
「それでもテロを予防するにはそのほうがマシなのでは?」
「それは、甘いよ、カイ・シデン。」
ゼロのまえには、季節の果物をふんだんに使ったパフェがおかれていた。
ゼロは甘いものも行けるらしい。
場所とボリュームを考えれば、ぼったくりではないようなのだが、カイの一日ぶんの食費を越える値段だ。
経費で処理……とはいうが、今回の取材は、彼が自分の判断で行っているものだ。
納める税金が減るだけで、彼のふところから金が出ることには違いない。
「それはそれ。これはこれ、だ。」
「ムラサメのロストナンバーが、式場に暴れ込むのはあまり想像したくないですがね。」
ゼロが、クリームに塗れたイチゴをスプーンに乗せてひょいと差し出した。
「……なんスか?」
「食え。糖分が不足してると、頭が回らないようだ。」
遠慮なく、カイはイチゴを口に入れた。
クリームと合わせるのに、わざと酸味と香りのの強いイチゴを選んでいるのだろう。
美味かった……
「……だから、なんです?、」
「ロストナンバーのことは、式が終わるまで保留だ。心配は心配だが」
「そうでしょ?
だから、早いところ、リッテンを捕まえて、ロストナンバーを回収しないと」
「でもまあ……」
カットしたマンゴーをゼロは口に放り込んだ。
「どうせ、冷凍冬眠状態だ。ここで何日か経過したからって、状況が悪くなるはずも無い。」
つまりは、あまりにも危険で目覚めさせることも出来ない状態、ってことですか。
カイはぶつぶつと呟いた。
「ワタシもソレと同じのもらうネ!」
耳元で素っ頓狂な声がした。
まただ。
またカイの危険察知能力をかいくぐって、相手の接近を許した。
しかも今度はふたり、だ。
一人はいま声を出した、まだ小娘のように見えるチャイナガール。
カイの隣に勝手に腰を下ろした。
もうひとりは、銀髪を伸ばした初老の男。
こちらは、飄々とホテルのラウンジを見回してから、腰を落ち着けた。
「ビールはいけるか?」
と、カイに尋ねる。
「い、いや、嫌いじゃないが、こんな早い時間から飲んだくれてるわけにもいかないんで。」
「そうか。飲み友がいないのではしかたないか。
ではこのハンバーガーにフランドチキン、コーラを貰おう。」
「そんなモンも食べるんだね、超人さん。」
ゼロは呆れたように言った。
「土地に行ったらその土地の名物を一度は食べる主義で、な。」
「ハンバーガーとコーラが名物、か。」
「そりゃ、グラナダでも食べられるが。」
男は淡々と応えた。
「本場のハンバーガーとコーラだぞ?」
カイは困って、ゼロと現れた二人組を見やった。
『ロストナンバー』の話は、ムラサメ研究所にとっても秘中の秘。誰かに知られたくない話のはずだ。
これ以上話をすすめてもいいものか。
「わたしが呼んだんだ。」
カイの視線に答えるように、ゼロが言った。
「女のほうは『爪』。男のほうは『首』。」
「なんだよ、それ裏社会の―――いや、グラナダから来たって言ってたよな?
…ひょっとして、あんたら『女王派』の『ギンガナムの爪』と『首』かっ!」
「さすがだ。やっぱり糖分をとると頭の回転は早くなるね。」
「まあ、そんな物騒な呼び方はやめといてくれ。わたしはチェン・シャオロン。
彼女はイェ・チャージー。」
「よろしくヨ。」
「正確には呼んだのは、イェだけだ。
チェンが一緒だったのは、ありがたい。」
「ゼロ。このふたりは……」
「おまえが言った通りだよ。グラナダの地下に根を張る謎の組織だ。
で、ちなみに、いまはアナハイム・エレクトロニクス月面支社の警護をしている。
ラインハルト専務がニューヤークに降りてるだろう? その護衛だ。」
「アナハイムの重役の護衛をあんたが勝手にお茶に呼んでいいのか?」
「まあ、薔薇騎士団も到着したし、いまはクワトロも一緒だからね。逆にわたしは、リッテンと接触したことをラインハルトたちに知られたくないんだ。だから、ここに呼んだような次第でね……」
「そもそもなぜ呼んだのか、そっちを聞きたいんですがね?」
「そうネ。でも」
運ばれてきたパフェにスプーンを突っ込みながらイェが言った。
「ブン屋サンからのインタビューは、基本お断りネ。」
「最近、ネオ香港でバトリングなる武器を使わないクランバトルが、スタートしていますね。
果たして人間の格闘技がどこまで、モビルスーツ同士の戦いに通じるか。
あなた方がグラナダの『伝承者一門』なら、興味深い話しが聞けるかと思うんですが」
「チェン!
こいつもとんでもないやつネ!」
「それもなかなか興味ある問題だ。」
チェンは楽しそうに唇を釣り上げた。
「だが、今日はゼロのほうを優先しよう。
面白い技を使う男にあったとか?」
「そうだ。一発いいのをもらったんだ。」
ゼロは顎を撫でた。
「フォームはボクシングのジャブに似ていた。
でも顎を掠めただけなのに、一瞬、意識が飛びかけた。」
「構えを再現できるか?」
ゼロは頷いて立ち上がった。
両の拳は、顎の下。
僅かに前傾姿勢。
足は細かくステップを踏むためか、大きく踏ん張らない。
「ジャブ……っのはかわせて、かわしきれるパンチじゃない。」
カイも、格闘技はハヤトに手ほどきをうけたことがある。兵学校でじっくり格闘術を習う時間はなかったが、まったくの素人ではなかった。
「何発かくらうのが、前提だ。くらって、どうするか。
構わず潜り込むのか、いったん距離をおいて同じくパンチで刺し合いになるのか。」
「ジャブ……ではないな。」
ゼロは言った。
ふわりと白衣を脱いだ。
白衣の下はタンクトップだ。
滑らかな肩や腕には、程よく筋肉がついている。
一流ホテルのラウンジでは、いささか、いやかなり、露出過多なかっこうだったが、幸いにもひとは余りいなかった。
「なるほど」
チェンが頷いて立ち上がった。
ゼロの前で手を広げた。
「打ってきたまえ。」
細かな。
常に両足を床から離さないステップは、ボクシングとは異なるものだった。
ゼロの左拳が、チェンの掌に吸い込まれる―――
ぽふっ。
なんとも頼りない音がした。
チェンの掌が、ゼロの打撃を受け止め、吸収したのだ。
「……凡そ、わかった。」
チェンは指示した。
「もう少し体を低く、軸足を半歩前に。
その状態でもう一度、打ってみるんだ。」
言われた通りに。
バッチーーーンッ!!!
今度はチェンの掌が弾けた。
「……うん、いいね。」
さすがに痛かったのか、手首をブラブラさせながら、チェンが言った。
「それが、黒槌、という技だよ。」
「知ってるのか?」
「そもそも」
飛んできたウエイターにフライドチキンの追加を頼んだ追い返してから、チェンは続けた。
「その前の構えの状態が普通じゃないのは、わかるだろう?」
「そうなのか?」
カイが首を傾げた。
「……たしかに、筋肉の緊張がハンパなかった。まるで、これから攻撃するんじゃなくて、相手の攻撃を耐えようとするときの緊張の仕方だったが……」
「そこまでわかるのは、たいしたもんだ!
ジャーナリストなんて仕事はやめて、うちの門下生にならないか?」
カイはかぶりを振った。
「冗談じゃない。戦場がいやで逃げ出したのに、好んで別の戦場に行くもんか。」
楽しそうにチェンは笑った。
「そうかもしれないな。
―――で、この構えだが、不破、という。
その名の通り、相手の攻撃を防ぐ。
殴れば拳が、蹴れば膝が砕ける。攻防一体の技だ。」
「なるほど。」
ゼロは頷いて座ると、フライドチキンを追加した。
「……その状態から繰り出す打撃技が黒槌、か。」
「理解が早い。」
感心したように、チェンはパチパチと手を叩いた。
「モビルスーツの研究なんかやめて、うちの門下生に―――」
「それも面白いけどね。」
ゼロは言った。
「だが、いまは先にすることがある。
そこまで、解説してくれたんだ。
この拳法をあんたは知ってるんだろう?」
気がついたら、フライドチキンをサンダース頼んでいたという……