建物の名前は銀英伝から。
式典の場所は、フリードルフの系列会社が落成したばかりの新しいビルだ。
ノイエ・サンスーシー・ニューヤーク。
古代の歴史にくわしいヤンは、その名前が中世の王が欧州に建てた宮殿からとったことがわかる。
地盤のしっかりしたニューヤークらしい高層建築で、オフィスやホテルが入る予定だが、まだ入居ははじまっていない。
そのエントランスにある大ホールを中心に、ほぼ全館を使用して、式典は行われるはずだ。
途中、3回。検問があった。
IDと招待状の提示。
全てに、生身の警官が張り付いている。
ニューヤーク市が市街地でも行動しやすいように、と開発したバッテリー駆動の小型モビルスーツもあちこちに見えた。
「わあっ……」
後部座席のユリアンが思わず、声をあげる。
ノイエ・サンスーシー・ニューヤークは、いくつかの高層ビルの複合体だが、それが本当に宮殿のように見えたのだ。
周りの土地も、かなり買収して、その区画に建つ高層建築物がノイエ・サンスーシー・ニューヤークだけなのもその印象を強めたのだろう。
その区画にはいる前にもゲートが設けられていた。
ここでは警官以外にも、フリードルフ家のものも立ち会っていた。
「……式の開始まではまだ時間がございます。
しばらく控え室でお寛ぎください。
お好みの飲み物をご用意させます。」
「式のまえに、フリードルフご夫妻に挨拶がしたいのですが……」
「そのようにおっしゃる方は大勢いらっしゃいますが、主の意向でお断りさせていただいております。」
慇懃無礼。とは違う。本当にフリードルフ家に実際に仕えているものなのか、それともこのイベントに従事しているだけなのかはわからないが、ミーア(またはアルテイシア)に向けられた笑顔は、本当に済まなそうに見えた。
「……メッセージなどあれば承ります。」
「わたしは、ジオン公国公王府特別補佐官ミーア・キャンベル。ジオン元首の代理として、フリードルフ卿へのメッセージを預かっています。
本人に直接伝えるように指示を受けています。」
随分と居丈高な言い方だな、とヤンは思った。
ジオン公国の元首の名前を出されたら、大抵のものは這い蹲るしかない。
事務官が権威をかさにきて、威張り散らすようなら、その国はロクな未来を作れないだろう。
……ただ、この場合は、『代理』と主張しているのが、本人なのだが。
受付の係員は、一瞬で脂汗にまみれたが、気丈に言った。
「……その旨は、間違いなく主に伝えます。
ここで、直ぐにお約束できないことをお許しください。
まずは、会場へどうぞ。お控えは貴賓室をご用意いたしました。」
「……まあ、満点の回答よ、ね。」
アクセルを踏み込み、ハンドルを握りながら、ミーア=アルテイシアは言った。
「主人を護りつつ、こっちの顔も立てる。
うまくすれば控え室の食前酒とアミューズでこっちの機嫌も治ってうやむやに出来るかもしれない。」
どう思う?
と、聞かれたヤンは正直に応えた。
「……あなたの態度としてはあまり相応しくないような気がします。
わたしは公式には、アルテイシア・ソム・ダイクンというひとは知らないですが、権威をかさに無理難題を突きつけるような方ではない、こと。
かえって、このことでジオンとアルテイシア閣下の評判が落ちないか、心配です。」
「あなたとおしゃべりするのは、楽しいわ、ヤン・リー。」
ノイエ・サンスーシー・ニューヤークの車寄せはもう目の前だ。
「ジオンは、ね。
たしかに独立戦争には勝ったし、コロニーや月面都市のほとんどを支配下においている。
それでも、経済力も人口も連邦のほうが多いの。
宇宙戦力はないけど、底力―――生産力も含めれば、軍事力も連邦が上かもしれない。」
「それは……その通りですね。」
「まあ、『フロド』の小説にでもあるように、連邦軍が、地球至上主義と宇宙移民融和派に別れて同士討ちでもしてくれれば違ったのでしょうけれど。」
それを未然にとめてしまったのは、彼女やその兄たちだった。
「この先、ジオンは連邦と融和していくしかない。
具体的には、地球の占領地。要衝地や鉱山を少しずつ連邦に返還しつつ、駐屯軍を撤収。
でもある程度、利権は確保し、間違ってもジオンへの報復のための軍事行動などは起こさせない。」
車が止まるとすぐに、係員が駆け寄ってきた。
「ミーア・キャンベル特別補佐官!
お待ちしておりました。
いったんお控え室にご案内いたします。」
「……その交渉役をあなたにやって欲しいのよ、奇蹟のヤン。」
キーを係員に渡すと、彼女は車をおりた。
そのなんでもないひとつひとつの動作が、優美だ。
映画のワンシーンのようにキまっている。
「これはわたしやあなたの大っ嫌いな戦争じゃないわ。むしろ戦争にしないための外交活動よ。
有意義で―――しかも、やり甲斐のあるお仕事だと思うのだけれど」
ジオンの元首が、ヤンを理解し、高く評価してくれていることに、ヤンは大変恐縮した。
そうだ。
たしかに、彼女の言う通り、大切な仕事で、しかも軍事行動というあの第三者も自動的に惨禍に巻き込んでしまう愚行からは離れていられる。
それだけに、ヤンは断りの文句に躊躇した。
まだ学生なので―――卒業まで待つわ。
なんのコネもない一般人なので―――いまでもゴップ閣下や連邦から目をつけられてるじゃない
ユリアンのこともありますので―――なら、ユリアンの卒業まで待ってもいいわ。
そのユリアンが、助け舟を出してくれた。
「あの……それは提督……ヤンには向いてないと思います。」
「そうなの?」
「戦場でもないし、有意義な仕事なのはわかります―――けどそれって、すごく忙しいですよね。」
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ミーア・キャンベルは、ヤンたちにも控え室への同行を促したが、ヤンは丁寧に断った。
一連の襲撃事件のあとだ。
彼なりに警備体制を確認したかったのもある。
ミーア=アルテイシアは、係員に案内され、そのまま貴賓控室へ向かっていった。
「あとでまた。」
振り返りもせず、ひらりと片手を振る。
「……逃げ切れ……たんですかね。」
ユリアンが小さく息を吐く。
「いや。」
ヤンは苦笑した。
「国家元首は諦めが悪いんだ。
今日は逃げられても、半年後、一年後にはまた誘いに来る気がする。」
「それは……ありそうですね。」
「……最悪の場合……例えば、ゴップ閣下あたりが強権を発動して、連邦軍に引っ張られそうになったときの保険として、彼女の提案を残して置く必要もあるかもしれない。」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
せっかく時間がある。
控室へ直行するのも惜しく、二人は会場をゆっくり歩くことにした。
完成したばかりのノイエ・サンスーシー・ニューヤークは、まだ新築独特の匂いを残していた。
磨き抜かれた大理石。
ガラス張りの吹き抜け。
見上げれば、何十メートルもある天井から巨大なシャンデリアが幾重にも吊られている。
「すごい……。」
ユリアンは素直に感嘆した。
「ほんとに宮殿ですね。」
「フリードルヒ2世も驚くだろうね。」
ヤンは笑う。
「自分の宮殿が宇宙世紀では高層ビルになるなんて。」
ふと、ユリアンが足を止めた。
「あっ。」
「どうした?」
「上です。」
ユリアンがガラス張りの吹き抜け越しに指を差す。
遥か上空。
かなりの上層階に設けられたガラス張りののヘリポート。
そこに一機のモビルスーツが立っていた。
陽射しに照らされ、その特徴的なトリコロールカラーの装甲が鈍く光る。
「……ツインアイか……ガンダムタイプ?」
ヤンも目を細める。
「あれはガンダム・ガーベラですね。
アナハイムが開発していた新世代フラグシップ機の試作機です。」
ユリアンが言った。
ヤンは自分が現役時代に登場したモビルスーツ以外は、やや疎い。
ユリアンは、世代的なものもあるのだろうか。 自身もパイロット養成コースに通っているし、噂レベルも含めて、最新のモビルスーツ事情にはくわしい。
一本角。
細身の機体。
背中の大型ブースター。
戦闘態勢そのままに、微動だにしない。
まるで建物全体を睥睨する門番だった。
「でもガンダムガーベラって、たしか宇宙空間での強襲用試作型ですよ。守りにはあんまり向かないような気がしますけど。」
「ジオンのシーマ・ガラハウが持ち込んだんだ。」
低い声が背後から聞こえた。
振り返ると、長身の男が立っていた。
黒の軍服。
胸元には薔薇騎士団の徽章。
ウォルター・フォン・シェーンコップだった。
礼装ではあるが、いつでも実戦に突入できる。
そんな抜き身の刃のごとき、冷たさを忍ばせながら、振る舞いは貴族のそれだ。
「お招きに応じて参上したぞ、ヤン・リー。」
「シェーンコップ少佐!」
2人はがっちりと手を握った。
「シーマ・ガラハウ……ジオン公国府の直属軍ですね。」
「そうだ。おまえさんとラインハルト専務の発案のようだが……キャリフォルニアベースのジオン駐留軍を動かしてしまったせいで、整合性をとるために、四苦八苦のようだな。」
「それはすみません……」
「とっくにジオンを離れたガルマ・エッシェンバッハの要請でジオン軍が動いてしまった。
そのままにしてはおけないし、かといって否定しても今度は、ザビ家のシンパが騒ぎ出す。
結局のところ、フリードルフ家とダイクン家の繋がりで、『人道的』なテロ対策として支援した形に落ち着いた。
参加の予定がなかったジオン公国府も、確か、特別補佐官を名代として派遣してきているはずだ。」
本当は名代ではなく、名代のフリをした本人なのだが、ヤンはそれについては黙っていた。
いまシェーンコップは、フリードルフ夫妻を守るための陣をひいている。
護衛対象を増やしても混乱させるだけだろう。
「いろいろご迷惑を……」
「まあ、これはビジネスだ。」
シェーンコップは肩をすくめる。
「取引先のために尽力するのは当然だな……ちなみに、マ・クベ中将からメッセージをもらっている。事後承認にはなるが、ジオンとしてはニューヤークの治安を守るための人道的措置として、キャリフォルニアベースの軍を使うことを許可する、とさ。」
「随分と、大事になりました。」
「それはこちらのせいではない。」
シェーンコップは笑った。
「目的を達成するのに、荒事を使うのは否定はせんが、対象以外を巻き添えにするのは、違うからな。」
「ガンダムガーベラのパイロットは?」
「シーマ・ガラハウだ。本人が乗って待機している。」
「本人が?
部下の指揮はどうするんです?」
「持ち込んだゲルググM隊は彼女自身が指揮するだろう。連れてきた陸戦隊のほうは……こっちの指揮下に入った。」
「それはなんというか……ずいぶん、信頼されたんですね。」
「人徳……というやつだな。」
シェーンコップはニヤリと笑った。
「まあ、先だってのグラナダの件以来、薔薇騎士団は、ジオン公王府とジオン正規軍、両方にいい顔をしなければならない。
やっかいだが、やりがいはある。」
「モビルスーツはほかに?」
シェーンコップは吹き抜けの窓際へ歩いた。
階下では制服警官が忙しく行き交っている。
入ってくるときには気が付かなかったが、建物の外周には濃緑色のゲルググMが一定間隔で立っていた。
「ゲルググMが6機。この区画に配備されている。
キャリフォルニアベースからのモビルスーツ隊はゲルググ以外は返した。
こっちは、市内要所に配備している。
ほかに、ニューヤーク市警の小型モビルスーツ隊が20機。いつでも出動できるように待機中だ。
予備戦力としては、シーマ・ガラハウのリリーマルレーンが衛星軌道に待機中だ。いつでも降下できる。」
ヤンはふうっとため息をついた。
「……よかった。これなら……」
「なにが来ても対処出来る。」
「いえ……と言うよりもモビルスーツを使ったテロは諦めてくれるでしょう。
一般の警備体制はどうです?」
「ニューヤーク市警が3000人体制で、このブロックを警備している。
建物内部は、薔薇騎士団とシーマの陸戦隊だな。」
「クワトロ大尉やラインハルト専務は?」
「ああ。そこら辺は普通に、パーティに招待客として参加する。とは言っても、百式は昨晩中、地下格納庫に搬入済みだ。」
「それはまた……でもどこから発進するんです?」
「西側にプールがあるんだが、そこが割れて中からな……」
なんとなく、その発進は反則のような気がしたが、あまり、細かいところを突っ込んでいてもしかたない。
「イェさんたちはどうしてます?」
無手で化け物のように強い彼女やその師匠なら、場内警護にうってつけだと思ったのだが、これにはシェーンコップは苦い顔で首を振った。
「イェとチェンは、ゼロの要望で、リッテンにへばりついている。
まあ、リッテンのハイネ家だけが、フリードルフの実行部隊じゃない可能性もあるんで、俺としてはあまり有効な手段じゃないと考えるんだか。
……どうもリッテンのところに、ムラサメ研究所の強化人間が囚われているらしいんだ。」
「それは、ハイネ家もしくはそれに与するフリードルフ家の親族が、ムラサメ研究所に許可なく、強化人間を監禁しているということですか?」
「どうもそうらしい。」
苦々しげにシェーンコップは言った。
「どうもそいつは、『ロストナンバーズ』……未完成の強化人間のようなんだが、ゼロはそいつにご執心だ。
なにがなんでも取り戻したいらしい。 」
ゲルググMはコロニー制圧様なんで、ビームじゃなくて機銃装備。いちおう市街地向きではあります。それでも流れ弾ひとつで大被害なので、ヤンの言う通り「モビルスーツでの襲撃を諦めてもらう」のがベストなのですね。
シーマのガンダムガーベラは、ビームマシンガン仕様ですが、ちゃんと実弾兵器に持ち替えているかどうか……