一通り、会場を見て回ったあとで、ヤンは係員をつかまえて、控え室を案内してもらった。
部屋は今後、ホテルとしてオープン予定の高層階にあり、30人はゆったりと寛げる大きな部屋だった。
窓からは、いずれ整地されたあとは、公園として解放されるはずの、建物周りの緑地が見下ろせる。
まだ式の時間まではだいぶあるため、部屋にいたのは、ヤンもお馴染みの一行……クワトロにラインハルト、キルヒアイスといった面々だった。
「遅くなりました……ウォン叔父は御一緒ではなかったですか?」
「ウォンさんは『ついで』に会っておきたいひとがいるらしい。ほかの控え室を見てくると言って、出ていかれた。」
ラインハルトが言った。
彼は、フリードルフ夫人の実弟であり、どちらかというと主催者側なのだが、式次第についてはとくにやることはないらしい。
「いいところに来てくれた、ヤン。」
クワトロは手にした発泡酒の細長いグラスをテーブルに置いた。
「わたしが会場に百式を持ち込んだことについて、キルヒアイスから異議が出ていてね……」
「異議ではありませんよ、クワトロさん。」
キルヒアイスが困ったように言う。
「ただ、これだけの警備体制が引かれる中で、さらにモビルスーツを持ち込んでも指揮系統が乱れる可能性が高いと……」
「ようするに、きみはなにからなにまで、自分でやらんと気が済まないんだ。」
ラインハルトは揶揄うように、サングラスのクワトロを見やった。
「少しは部下を育成することを学ぶべきだぞ。」
「きみがそれを言うか!?」
「わたしはちゃんと、志を共にする仲間がいる。
いまはグラナダに本拠をおいている『戦略研究室』だ。
ああ、一度、きみにも連中を紹介したいな。なかなかにユニークでクセも強いが、有能なメンバーだよ。」
「ジオン本国から、公王府の直属軍が来てるようですね。」
雰囲気が悪くなったような気がして、ヤンは慌てて口を挟んだ。
クワトロとラインハルト。
互いに認めあってはいるのだろうが、この2人の会話はどうも周りを緊張させるようだ。
2人がそれだけの能力とカリスマ性の持ち主だということなのだろう。
「大丈夫ですよ、ヤンさん。」
キルヒアイスが微笑んだ。
「別に本気でやりあってるわけではありません。
猛獣同士のじゃれあいみたいなものです。」
「わかってはいるんですが」
ヤンは冷や汗を拭った。
「わたしのような凡人がその仲にはいると……」
一同は。
―――ユリアンまでもが、変な顔でヤンを見つめていた。
「ジオン本国からの増援の話は、聞いた。」
ラインハルトが頷いた。
「元海兵隊―――悪名たかきシーマ・ガラハウの部隊だそうだ。」
「ええ。」
ヤンも頷く。
「ヘリポートを見ましたか?
あのガンダム(ガンダムガーベラです、とユリアンが突っ込んだ)のコクピットに座ってるのはシーマ・ガラハウ本人だそうです。」
「司令官自ら?」
キルヒアイスが目を丸くした。
「ええ。」
「佐官で、部隊を率いる立場のひとが、自らモビルスーツに乗り込むなんて、あまり考えにくいですね。
常識を外れています。」
今度は、クワトロが苦笑いした。
「言われてるぞ、クワトロ!」
ラインハルトが意地悪そうに言った。
「必要に応じて、臨機応変、と言うところだ。」
クワトロは嘯いた。
「それに目立つところにエース機を置くのは、敵対するものへの示威行動にもなる。
ガンダムガーベラは、事実上シーマのワンオフ機だ。もし、なんらかの方法でここまでモビルスーツ部隊を送り込んできた敵がいてもあれを見れば、逃げ出すだろう。」
「だったら、なおさら、百式は必要ないのでは!?」
キルヒアイスの冷静な返しに、流石にクワトロは返答に窮した。
「……シェーンコップ少佐の話では、さらにシーマ艦隊の旗艦リリーマルレーンは衛星軌道上に待機しているそうです。」
「そこまでやるか。」
クワトロは腕を組んだ。
「相当、本気だな。」
「警察も三千人規模らしいですよ。」
「それだけの警備をしても……なお、か。」
クワトロは小さく呟く。
その横でラインハルトが静かに言った。
「その通りだ。
フリードルフ卿を狙っているのは、間違いなく、フリードルフ家の親戚筋だ。
中心となったハイネ家は、その実行部隊を含め、ほぼ無力化したが、ほかにも荒事専門の組織を抱えているかもしれない。
そして、」
「親族のなかに、フリードルフ閣下を狙うものがいるならば、正式の招待状をもった刺客が侵入することはいくらでも可能……?」
「そういうことだ。
この建物自体が、フリードルフ家の手によるものなのだから、運営側にもその意向が伝わっているかもしれない。
あの食わせものの昼行灯の老人よりも、実務を担ってきた有力な親族につこうというものはいくらでも出るだろう。」
「そこが問題です。」
ヤンは言った。
また全員の注目を集めるのを、心苦しく感じながらも彼は続けた。
「……今回の騒動は、フリードルフ卿が後継者をはっきりさせないことに由来しています。
このパーティが何事もなく行われても、それで終わりにはなりません。
フリードルフ家の跡継ぎが決まらない限り、この争いはずっと続きます。」
ラインハルトは唇をかんだ。
「……その通りだ。
結局、姉上の安全も確保できないままだ。
あの老人がとっとと、だれでもいい。親戚の誰かを跡継ぎに指名してしまえば、ことは落ち着くんだが。」
「フリードルフ家は、中世なら『国家』に相当するような経済力と政治力をもってます。
それを継承するのですから、誰でもってことは難しいですよ。」
出すぎた発言だったが、ラインハルトがユリアンを見つめる視線には優しさが、こもっていた。
「誰が継承するにしてもいまのきみくらいの冷静さと慎重さがあれば充分務まるさ。」
------------
「そろそろお時間ですわ……」
アンネローゼが、声をかけたとき、フリードルフは鏡の前で蝶ネクタイを直していた。
何度やっても曲がる。
「……やれやれ。」
アンネローゼに気づいて、苦笑して手を止める。
「若い頃は、こんなもので苦労はしなかったものだがな。」
アンネローゼも笑って、老人のネクタイを整えた。
「若い頃にも燕尾服を着てパーティに出席することがおありだったのかしら?」
「言われてみればそうだ。」
老人は素直に認めた。
「いまのおまえの年齢だと、まだわしは研修医だ。パーティどころか休みもろくになかった。
だが、フリードルフ家から離れて暮らせるのは悪いものではなかった。」
「フリードルフ家を継ぐおつもりはなかったのですか?」
「あまりにも覇気のない男だと思うかもしれんが……まったくなかったな。なにしろ、国家に匹敵する権威のある組織だ。
正直なところそんなものには関わり合いたくなかったのだよ。おまえの弟には笑われるかもしれんが。」
「ラインハルトは、そんなことでひとを軽蔑したりはいたしませんわ。」
静かに、しかしはっきりとアンネローゼは夫に向かって言った。
「むしろ、果たす役目と責任の大きさに気づいた聡明さを褒めるでしょう。」
「そんな立派ものじゃない。兄弟やら……従兄弟やらが次々に不審死していたので、単純に怖くなったのだ。
はじめて、フリードルフの本家に連れてこられて日の話をしたことがあったかね?」
「いいえ。」
「わたしは、ある日、勤務していた医科大学付属病院で、助手として手術着に着替えて、手術室にはいった。
直後に電気ショックで身動きひとつ出来なくされ、そのまま、ストレッチャーに乗せられて、連れてこられたのだ。
怯えきったわしの前に出てきたのが、先々代のシュヴァイク公爵閣下だ。
その時点では、正式にフリードルフ家を継承できるものは、わししか残っていなかった―――みんな、殺したり殺されたりしてしまった。
彼はわしに、フリードルフ家を継ぐように言った……
いやなら、拒否してもいい。
その場合には、適当な家系図をでっち上げて、適当な人物を養子に迎えるだけだ……その場合には、わしは不慮の事故で死んだ事になると、ね。
わし自身の死亡診断書までもう用意されていた。
わしは震え上がって、命乞いをした。
以降半世紀に渡り、わしは、親戚筋、なかでもシュヴァイク公爵にはなにもかも、言われたままに生きてきた。」
「それは……また」
アンネローゼが言葉をかける間もなく、フリードルフは続けた。
「だが、おかけで、おまえにめぐり会うことも出来た。フリードルフ家の財産と権力がなければ、結婚も出来なかっただろうから、悪いことばかりではなかった……と。
そういうことか、な。」
アンネローゼは目を伏せた。
老人になんと言っていいのか、わからなかったのだ……だが、そう。
「悪いことばかりではなかった」
それはアンネローゼにとってもその通りではあったのだ。
通信用のモニターが楽の音を鳴らした。
「なんだ、こんなタイミングで……」
文句を言いながらも、彼は通話をONにした。
連絡の相手は、長年使えた執事からのもので……彼が「こんなタイミングで」連絡してくるならそれなりの要件に決まっている。
「閣下。半時間後に式場に移動をお願いいたします。」
「わかった。いま支度中だ。」
「……それと……」
言いにくそうに執事は言った。
「式の前にどうしてもご面会したいという方が……」
「……ふむ。それは断れ、と命じたはずだが、会っておいたほうがよい相手か?」
「判断は閣下にお任せいたしますが……ジオン公国から列席者です。
アルテイシア陛下からのメッセージを預かっている、とのことです。」
数秒、彼は考えた―――
「……わかった。会おう。」
陛下なのか閣下なのか。
アルテイシア自身は公王制は廃止するつもりなんですが、改革は遅々として進んでおりません。
行政=ジオン公王府
軍事力=ジオン正規軍
立法=一応選挙で選ばれた議会がある
という体制なのですが、以前はこれに、正規軍なみの戦力をもつギレンの親衛隊や、グラナダをがっちりと掌握するキシリアがいたので、ましになったほうです。