エントランスホールの大扉が開かれる。
招待客たちは、係員に導かれながらゆっくりと会場へ足を踏み入れていった。
吹き抜けになったホールは、天井近くまで伸びるガラス張りの壁から外のの柔らかな光を取り込み、無数のシャンデリアがそれを受けて黄金色に輝いている。
ミーア・キャンベルことアルテイシア・ソム・ダイクンは、心のなかで苦笑を浮かべた。
やはり、文化の中心は地球なのだろうか。
このホールひとつとっても、いま公王府として使用されているあの建物など、センスは遠く及ばない。
磨き抜かれた大理石の床には、その光が水面のように揺れ、歩く人々の姿を映していた。
燕尾服の給仕たちが銀盆を手に静かに行き交う。
クリスタルのグラスに注がれたシャンパン。
一口でつまめるよう工夫された華やかな料理。
どこからともなく流れる弦楽四重奏。
笑い声も、大きくはない。
互いの教養を競い合うような穏やかな談笑が、ホール全体を心地よく満たしていた。
連邦政府の閣僚。
各界の実業家。
文化人。
そして、礼装の軍人たち。
(……よく集めたものね。)
ミーア・キャンベルは、シャンパンのグラスを受け取りながら周囲を見渡した。
フリードルフ家。
元欧州の王の家系だという。
現在も北米を中心にその影響力は、政財界をあまねく覆っている。
その交友関係はあまりにも広い。
(とは言え、内容はたかだか結婚10周年の記念パーティよね……)
ここまで派手にする必要はなく、またあまりにも若い妻を迎えたことで、当代フリードルフ卿はいささか株を落としている。
だからこそ、意地になって、仲睦まじいところをアピールしたいのだという見方も出来るが……
たしかにフリードルフ卿は老境ではあったが、そこまで、愚行をするほど、耄碌しているようには見えなかった……
だからこそ。
このパーティで、フリードルフ卿が後継者を指名、または若妻アンネローゼにその権力の一端を移譲するのではないか……という憶測が渦巻き、それが今回の混乱を巻き起こしている。
彼女の視線は無意識に、クワトロ・バジーナの姿をもとめて会場をさ迷った。
これだけのVIPの集まる席上で、荒事をしかけるほど、彼女は感情にとらわれているわけではない。
だが、ついうっかり、躓いたテーブルが、偶然、宙をまって、それがアレの頭を直撃してもそれは『事故』ではないだろうか。
なので
「……ミーア・キャンベル特別補佐官……でいらっしゃいましたな。」
と話しかけられたのは、少々、虚をつかれた。
初老といってよい年齢だ。
連邦軍の将官の礼装で、勲章の類は身につけていない。
「ゴップ閣下……」
「先程は、連邦軍のヤン・リー少佐とのドライブデートは、お楽しみになれましたかな?」
「デートだなんて……!
ではあれはゴップ閣下のお車だったのですか?
もともと、今日は彼を会場まで送る約束をしておりましたもので、失礼致しました。」
「いや、これでも忙しい身でね。」
ニコニコとゴップは愛想良く言った。
「直接会える機会はめったにないから。
ヤン少佐が卒業後、籍を置くことになっている参謀本部のポジションについて少し話がしたかったんだ……」
「いえ、その」
ミーアは咄嗟にどこまで反論すればよいのか迷った。
「ヤンはたしか在軍中は大尉だったはずです。それに彼はまだ卒業後の進路は決めていないと……」
「もろん再入隊と同時に昇格!だよ。
彼の軍嫌いには困ったものだが、ゆくゆくは、将官まで昇進してから現役引退、政界入りしてもらうつもりなんだ。」
「そんな話はきいてませんっ!
彼はジオン大使館で、連邦政府との交渉に当たるという重要なポジションにつく予定なんです。」
(なにを自分に都合のいいだけの、勝手なことを)
ミーア・キャンベルとゴップは、同時に同じことを思った。
ヤン当人がまだ会場にいなかったのは幸いだった。
「……失礼ながら、キャンベル特別補佐官はずいぶんとヤン君と親しいのかな?」
勢いというものは恐ろしい。
「お付き合いさせていただいてますわ!」
ほお。
ゴップは驚いたような顔をした。なんとなくわざとらしい。
適当なウソだ。そう思われているようだった。
「ならば、あるいは、あなたは、未来の連邦首席夫人となられるのかもしれませんな。
失礼ながら、地球暮らしのヤン少佐とミーア・キャンベル殿はどこでお知り合いになられたのかな?」
答えないのも正解だったが。
勢いにまかせて、ミーアは言った。
「ネオ香港ですわ!
アルテイシア閣下がお忍びで地球に降りられたとき、わたしも随行いたしましたので。」
「うむ。あのときは、わたしもクランバトルの交渉のため、ネオ香港に滞在していた。」
うんうんと、ゴップは優しく頷いた。
「それなら、ミーア殿とは顔を合わせているかもしれませんなあ。」
「は……いえ、わたくしは、当時は、アルテイシア様のお世話係でしたので」
「そうでしょうか?
アルテイシア陛下が、こっそりネオ香港大学の『ア・バオア・クー仮想戦』に参加していた間、ミーア・キャンベル殿がパーティの座で、アルテイシア・ソム・ダイクン役を務めていた……と。情報部からはそう聞いておりますぞ。」
連邦はさすがだ。
ミーア=アルテイシアは心の中で苦笑した。
100%確実な影武者などは、作れない。
グラスについた唾液、部屋に落ちた髪の1本からもDNA鑑定はできる。
だからまずは、
「アルテイシア・ソム・ダイクンが影武者を使っている」
その事実から隠さねばならなかったのだが。
ここまで好き勝手に「ミーア・キャンベル」を使っていてそれは無理か。
「アルテイシア様にダブルが存在することは否定はいたしませんわ。」
ミーアは、グラスの縁を、軽くゴップのグラスに当てた。
「我らのヤンの輝かしい将来と、このパーティの成功を祈って。」
--------------
制服スタッフの一団は、迷いのない足取りで進んでいく。
怪しい様子はまったくない。
通りすがりのスタッフに軽く会釈までする。
マクレーンは、距離をとっている。
あからさまな「追跡」ではない。
巡回の警官がたまたま同じコースを歩いている。
そんな雰囲気だ。
こちらかは仕掛けるには、数が多すぎる。
下手に刺激すれば、ホールも巻き込んだ銃撃戦になる恐れもある。
それに――まだ、こいつらが「本物」だという確証もない。
そろそろ、会場には、招待客の入場がはじまっているはずだ。
フリードルフ夫妻は、すぐには来ないだろう。
来賓のスピーチ。ちょっとした演し物。
そんなもので、会場を『温めて』から主役はご登場するはずだ。
つまり時間はまだある。
だが、そう長くはない。
マクレーンは観察に徹した。
台車やら重い荷物を運搬しているものはいない。
今回の式は、フリードルフ卿が気合いを入れすぎた結果、あまりにもVIPが集まりすぎてしまっている。
巻き添えを出したりしたら、フリードルフ家かいかに名門でもただではすまない。
そんな面々だ。
重火器はないか。
銃弾をばら蒔いて、面で仕留めるような武器も使用は憚られるだろう。
いや、油断禁物だ。
なにしろ、ニューヤークの市街地まで巻き込んだ戦闘を仕掛けてきた連中である。
フリードルフ家の実権が、他者に渡るようなことがあれば、死なば諸共で特攻をかけてくる危険はある。
だが、それは可能性の問題だ。
ここで、一発で。
しかも周りに被害を出さずに、目標を仕留める方法は。
銃は意外とその条件には難しいのだ。
確実に生命を奪える方法はなにか。
高速で発射される弾丸は、目的からそれれば、跳弾となって誰かを傷つける場合がかなり多い。
いや、確実に目標に命中しても、それは身体を貫き、背後にいた人物まで殺してしまう。
今回は立食パーティである。
挨拶のために壇上にたつ、短い時間以外は、フリードルフ夫妻は、来賓たちと談笑するだろうから、なおさら難しい案件となる。
―――低速軟弾頭系の炸裂弾、か。
これならば人体を貫くことなく、さらに目的の体内で破裂することで、致命傷を与えることができる。
難点といえば、距離をおいた射撃が難しいことだが、会場スタッフに紛れてしまえば、いくらでも目標に接近できる。
一発か二発。卿とアンネローゼを殺傷できればいいのだから、武器も、必ずしも拳銃でなくていい。ほかのものに偽装することも簡単だ。
だから、どいつが狙撃手でどいつがサボートメンバーなのかはわからない。
あるいは全員が、その準備をしているということもありえた。
会場に紛れ込ませてしまっては、アウトだ。
彼らの制服も腕章もIDも本物だろうし、マクレーンも全員の顔をじっくり見たわけではない。
……どうする?
マクレーンは、足元を見た。
即座に決断する。
「あ、あ―――すまない。そこのきみたち!」
偽装スタッフが振り向いた。
早く会場に入ってしまいたいのだが、警官の誰何に答えないのも、角がたつ。
「何でしょうか? これから我々は会場で、料理の給仕があるのですが」
「ああ、ニューヤーク市警のマクレーンだ。そんなに手間は取らせないよ。ちょいとこの消化器を動かすのを手伝ってくれないか。
警備の邪魔になるんで、ほかのところに、持っていきたいんだが、いやに重くてな。」
スタッフたちは一瞬顔を見合せた。
やはり、こいつらは黒だ。
マクレーンは確信した。
わざとかれは名前を出したのだ。
ハイネ家の拠点を潰しまくり、工作員を片端からしょっぴいた刑事の名前に反応するとしたらそれは襲撃グループに間違いない。
彼らは足をとめ。
そのうち三人だけが、近づいてきた。
いい判断だ。
もし、こちらが怪しんで声をかけたのだとしても3体1なら即座に制圧できる。
だが、残念。
こっちの目的は。
ボンッ。
シュババババ!
軽くレバーを握っただけで、消化剤が噴出した。
寄ってきた3人を。
さらにその後ろの仲間たちを、泡と白い粉が包んでいく。
「ああっ!
すまない、うっかりレバーにさわってしまったみたいだ」
粉塵のなかから、男たちが現れた。
全員が、消化剤の粉に塗れている。
万が一、ホンモノのスタッフだったら衣装を台無しにしてしまったことを平身低頭して詫びるつもりだったが、その必要は無さそうだ。
「あーあー、こちら2121ブロック、マクレーンだ。会場に侵入しようとしたテロリストを発見した。
スタッフに化けてやがるが、特徴がある―――いいか?
『消化剤の粉まみれ』だ。一発も撃たせずに逮捕しろよ!!」
まだ警備の警官がうっかり消化器撒き散らしちゃだけなので、式典は正常に進行中。