表と裏。
その二つが交わる時、誰も予想しなかった幕が上がる。
次回新・必殺仕置人「毒殺無用」
(↑↑↑間違い↑↑↑)
「進行はどうかな?」
通信端末からのガルマの問いに、長年フリードルフ家に仕えた執事は、難しい顔をした。
「……20分遅れ、と言うところですな。まあ、修正可能な範囲でしょう。」
「なにかアクシデントか?」
「エッシェンバッハ市長の『名誉市民』授与の発言をお聞きになった夫人が、泣き出されてしまって、お化粧直しです。
……あとは、直前にジオンのミーア・キャンベル特別補佐官の急な訪問などがあって。」
「それは聞いてなかったな。
受けたのか?」
「はい、お受けしました。単なる表敬訪問のようでしたが、何にしろジオン相手です。慎重に応対するに越したことはありません。」
それはよかった。
ガルマは胸を撫で下ろした。
なにしろ、ミーア・キャンベルの名を騙る女性は、アルテイシア・ソム・ダイクンその人なのだ。
面会を断ったら、あとでどんな無理難題をふっかけられるか分かったものではない。
「搬入通路でなにやら騒ぎがあったようですが。」
「ああ……大したことはない。
間違えて発射された消火剤を浴びてしまったスタッフと警備の間でゴタゴタがあっただけだ。」
「では……予定通りに」
「うん。よろしく頼む。」
「旦那様。奥様。
そろそろ会場の方へ。」
振り返って、執事は自分の主に声をかけた。
『名誉市民』のことを知らなかったアンネローゼは、感激のあまり涙を零してしまったのだが、もう落ち着いていた。
「うむ。」
フリードルフ卿は満足そうに笑った。
「アンネローゼは、なかなか人の好意というものを受け取るのが下手だな。
おまえを好いているものは、わたしや弟君以外にもいくらでもいるというのに。」
「そんなこと言われたらまた泣いてしまいますわ。」
アンネローゼは明るく言い返した。
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何人かのスピーチが続くが、それはもう参列者たちの注意は、それほどひかなかった。
人々は思い思いに談笑し……ジオン特別補佐官ミーア・キャンベルのところにも何人か話しかけてきた男がいたが、彼らはみな、単に彼女が若い女性だからこえをかけただけで、彼女がジオンのものだと知るとそそくさと回れ右をして立ち去った。
これには、優秀なるミーアもいささか辟易した。
(あるいは本当にミーアならば、話しかけてきたのが誰であれ、適当に話を合わせて、相手から何がしかの有用な情報をひきだしていたかもしれない。ここらは、ミーアのほうが外交官として有能であっただろう。)
「お集まりの紳士淑女の皆さんっ!」
司会者はニューヤークでも人気のコメディアンだった。
「いよいよ、今夜の主役!
アンネローゼ夫人……もとい!
フリードルフご夫妻の入場です。」
ライトが壇上に当たり、薄暗くなった場内で、スタッフは慌ただしく、シャンパングラスを配ってまわった。
まずは乾杯、ということになるらしい。
傷の治りきっていないキルヒアイスはもちろん、ラインハルトもアルコールにはほとんど口をつけていない。
ここは、彼にとって戦場であり、戦場での酩酊は、たとえそれが戦いの高揚感がもたらすものであっても避けねばならぬ。アルコールによる酩酊などもってのほかだ。
一方、ことがここまで進むと特に、手持ち無沙汰になったヤンは、隅の方で大人しく、紅茶をすすり(ただし香りづけにブランデーは垂らした)料理に舌鼓をうっていた。
「大丈夫なんでしょうか。」
ユリアンは、未成年にも飲む事が許された食前酒にも、料理にも手がついていない。
「さっき、スタッフ用の通路でいざこざがあったようだ。
警備に当たっていた警官―――我らのマクレーン警部が怪しい一団を見つけて、消火器をぶっかけたらしい。
実にいい方法だね。
消火剤の粉まみれにしてしまえば、たとえ逃げてもすぐに見つかる。」
「捕まえたんですか?」
「その連絡はまだ、だな。」
ヤンはチラリと通信端末を見た。
本当はなにが起こっているか。
それはガルマや会場周りの警備にあたる薔薇騎士団から刻々と連絡が入る。
ラインハルトたちもそうだ。
フリードルフ家の親戚たちはまだ諦めていない。
だが、いまのところその目論見は阻止されている。
「ほかにも潜り込んだ工作員がいるかもしれません。」
ユリアンは不安げに言った。
「それを言い出したら、フリードルフ卿のご親戚たちが一番危ないんだ。最高位の何人かは自分のボディガードを会場まで連れて来ている。なにもかも捨てて、フリードルフ夫妻の命を奪おうとすれば、出来ない話じゃない。可能性が低いから無視しているだけでね。」
「それだけじゃなくて……」
ユリアンは慎重に言葉を選びながら言った。
「例えば……そうですね、毒殺、とか。」
「ここには随分とお偉いさんが集まってるようなんだよ、ユリアン。
毒物、というのは、たしかに古典的な手法ではあるが、まちがって関係ない人の口に入ってしまう可能性もある。
まして、今回は立食パーティだ。毒を混入した食べ物が、万が一、そうだな」
ヤンは、会場内を見回した。
「あのジャブローのモグラ殿の口に入ってしまったら、フリードルフ家自体が解体されるはめになるだろう。」
「犯人を見つけるのは難しいですよ、その場合。」
「国家権力というのはね、必要だったら犯人を作り出すんだ。証拠はあとから作る。」
「では……毒殺の可能性は薄い、と。」
「可能性としてゼロではないだろうね。」
ヤンはカップを置いて、給仕からシャンパングラスを受け取った。
壇上には、フリードルフ夫妻が姿を現した。
それほど、世間で言われるほど不似合いなカップルには見えない。
確かに、年齢差という点では非常識だが、しょせんは、互いがよければそれが一番なのだ。
フリードルフ卿はたしかに老境ではあったが、足取りは矍鑠とし、若い妻をエスコートして、壇上に進んだ。
「ご紹介に預かったニューヤーク名誉市民アンネローゼとその連れ合いだ。」
会場がどっと湧いた。
「彼女との馴れ初めを語りたいが、そうするとお集まりいただいた諸兄を、夜半まで拘束することになってしまう。まずは乾杯をしよう。」
好意的な拍手が響く。
こういった席の挨拶は短い方がいいのだ―――それは庶民だろうが上流階級だろうが一緒である。
ラインハルトの通信機が鈍い振動をたてた。
このタイミングで!?
相手はガルマだ。
声を落として
「なにか?」
と言った。
「ラインハルト!」
ガルマの声は切迫していた。
「毒殺、だ!」
「毒殺?」
意外な言葉にラインハルトは顔をしかめる。
「立食パーティでか?」
「シャンパングラスだ!」
ガルマは叫ぶように言った。
「フリードルフ卿とアンネローゼのグラスに毒が塗られている。
きみが壇上にいちばん近い!
止めてくれっ!!」
そんな馬鹿な!
そう思いながらも、ラインハルトの体は勝手に動いていた。
フリードルフ卿はグラスを掲げた。
「では、まずはニューヤークと復興と今後の繁栄を祈願して、か―――」
「待てっ! フリードルフ卿! 姉上!」
壇上に駆け上がったラインハルトに、フリードルフとアンネローゼはグラスを止めた。
おおおっ。
と、会場がざわめく。
急な乱入者に驚いた、という以外にも、ラインハルト自身が、まるでムービースターを思わせるような美形であったことも影響しているようだった。
「きみはアンネローゼの弟、ラインハルト君だな?」
イヤな顔で、フリードルフは言葉を返した。
「確かに、わたしのような老人に、姉を奪われたような気になるのは、ある意味無理もないが、めでたい結婚記念の祝典を邪魔するとは」
「そのグラスには、毒が塗られている危険がある!」
「なにを馬鹿な?」
老人は笑い飛ばした。
「いったいどこの誰がそんなことをするというのだね。たしかに後継者をわたしが指名しないことで、親戚筋からはずいぶん文句を言われていたが、だからと言って、わたしとアンネローゼを殺害しようなどと考えるはずがない―――」
いつ現れたのか。
燕尾服の老人(たしかフリードルフ家に長年仕える執事だ)が、後ろからそっと両名の手からグラスを取り上げた。
「毒物かどうかはともかく」
落ち着いた声で彼は言った。
「なにか、シャンパン以外の付着物があるのは間違いなさそうです。」
式の進行は一時中断した。
ほんの数分で、グラスに付着していたのは、人を絶命たらしめる毒物だということが判明した。
(そのように執事から報告があった)
会場内は騒然とし、その視線の多くは、フリードルフ家の親戚筋が集まる一角に集中した。
噂。
あくまで噂である。
だが、フリードルフ家を実質的に仕切っている親戚筋が、フリードルフ卿が後継者をはっきりされせないことに苛立っていること。
そして、若妻アンネローゼにその権限を移譲させるのではないかと疑っていることは、周知の事実と言えた。
キルヒアイスの隣に戻ってきたラインハルトは、むっつりと難しい顔をしていた。
「……お手柄ですよ、ラインハルト様。」
慰めるようにキルヒアイスが言った。
ラインハルトの不機嫌が直らないため、なにか気になることでも、とキルヒアイスは聞き直した。
「なにか見世物にでもされた気がする……」
ブツブツとラインハルトは文句を言った。
「アンネローゼ様を救えたのだからよいではありませんか。」
「そもそも、あの老人が、早いところ、フリードルフ家の行く末を明確にしておけばよかったのだ。」
「……お待たせいたしました。」
司会者が能天気に叫ぶ。
「そのほかの料理や飲み物の安全を確認いたしましたので、式を進行いたします。」
まだ、落ち着かない素振りながら、来賓たちは、次の言葉を待った。
流石に、飲み物や食べ物に手をつけるものは、めっきり減っている。
キルヒアイスは、ラインハルトを落ち着かせるように、言葉を返した。
「……しかし、フリードルフ家は中世で言えば、国家に相当する権力と財力をもつ家柄です。
その跡取りならば、生半可な人物では……」
「そうなってしまえば『家』そのものが1つの運営組織となる。当主はそれを継ぐための正統性があれば、極端な話し、誰でもかまわない。」
冷たくラインハルトは言った。
「わたしなりに、フリードルフ家の歴史を調べてみた。どうせこういった古い名家は、もっともらしい理屈をつけたところで、前例踏襲で物事が進むんだ。それが継承の問題になればなおさら、だ。」
「そうですね。わたしも調べました。」
キルヒアイスも頷いた。
「まずフリードルフ家では、女性の当主、というものは極めて稀です。
後継者に決まってた直系が、不幸にして早くなくなってしまった場合、適当な親族が成年するまで、一時的に母親が当主を務めた例はありましたが。
このことからもアンネローゼ様を後継者に指名する可能性は極めて低いと思われます。」
「一方で、家系図的にとんでもなく遠い親類を『養子』として縁組して、後を継がせるケースはいくらでもあった。」
ラインハルトは言った。
「フリードルフ家にとっては強力なリーダーシップが必要だった時代には往々にしてそれが行われている。
誰でもいい。早いところ、跡継ぎを決めて欲しいものだな!」
「……とんだアクシデントがあったようだ……お集まりの諸兄には深くお詫び申し上げる。」
改めて壇上に上がった老人は、いくぶん緊張しているよに見えた。
傍らのアンネローゼは、むしろ毅然として、夫を見つめていた。
「やはり、芯の部分は、ラインハルト専務の姉上だな。」
ヤンは、呟いた。
「あら、ラインハルトって、それほどの人物なの?」
ふわりと現れた女性は、パーティ用のドレスを、着用していない。
スーツにスラックス。
よく似合ってはいたが、なおのことドレスを着せたいと思うような美人だった。
ユリアンが、アル……と言いかけて、慌ててミーア・キャンベル特別補佐官、と言い直した。
ヤンが微笑んで応えた。
「ええ。わたしも知己を得て間もないですが、噂だけは、ウォン叔父から聞いていました。」
「もしそうなら、わたしの陣営に抱き込むべきかしら。」
「いえ……」
ヤンなすこし考えてから首を振った。
「彼は自身が『王』になる器をもつ人物です。だれかの配下に収まるところは想像しにくいですね。」
司会者のコメディアンは、設定上はピースなにがしという名前なのですが、深掘りする予定はありません。