ヤンの親父さんの審美眼が確かで、集めた古美術がそこそこの値段で売れて、ヤンが士官学校に進学しなかった世界。
キルヒアイスが暗殺されず、ラインハルト病没のあと、孤軍奮闘する世界。
どこかで書いてみたいのですが……
はるか上層階のヘリポートも兼ねたガラス張りのバルコニー。
トリコロールカラーにペイントされたモビルスーツのシートで、女が笑った。
「どうだい、大佐。退屈だと思っていたパーティはずいぶん盛り上がっているみたいじゃないか?」
話しかけられた男は、地下倉庫にいた。
こちらもモビルスーツのコクピットに座している。
モビルスーツは黄金に塗装された可変機。“百式”と呼ばれる機体だ。
「シーマ・ガラハウ中佐。わたしは元連邦軍大尉クワトロ・バジーナだ。それ以上でもそれ以下でも……」
「はいはい、わかったわかった」
シーマは手を振って、『赤い彗星』の無駄口をやめさせた。
「別働隊もシェーンコップの傭兵たちが捕らえたようだし、ここからまだ仕掛けてくるとなると、それは兵器を使った大規模攻撃になるだろう。」
「そうだ……な。」
クワトロ・バジーナは、考え込んだ。
「モビルスーツはたしかに大きいが、倉庫に隠せない代物でもない。シュヴァイク公爵はニューヤーク市のいたるところに顔が効く。準備の期間も充分にあったはずだ。」
「そうなっちまえば、わたしらは、フリードルフ家のじいさん以外に、あんたの妹までも護らにゃならない。」
「それは、おまえたちの仕事だろう。」
クワトロは冷淡に言った。
「おまえは、公王府直属部隊だが、わたしは一介のクランオーナーにすぎん。」
「まあ、そういうものかもね。」
ゲラゲラとシーマは笑った。
「でも陛下の“レイダー”もニューヤークに搬入されてるよ?
あのハンマーから、アンタを護る仕事は、自己責任ってことでいいかね?」
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会場内は、騒然としていた。
「なんだって……だれだ、そのラインハルト……は」
「さっき、フリードルフ卿を毒殺から救った若者だよ!!」
「あの美青年がフリードルフ家の当主に……?」
「うう……う、ラインハルトさまあ。一生推しますぅ。」
「彼はアナハイム・エレクトロニクス社の重役ですぞ。若いが将来はアナハイムのトップになるだろうと言われている逸材です。」
「ならば、フリードルフ家とアナハイム・エレクトロニクス社が強靭な縁故で結ばれる……どれだけのビジネスチャンスがうまれるか。」
「そ、それにしても急すぎる!」
「たしかに! フリードルフ家ほどの歴史ある名家だ。血筋の問題も……」
ラインハルトの手からグラスが、すべり落ちた。
1歩踏み出そうとした彼を、キルヒアイスが止めた。
「そ、そんな無茶がまかり通るものかっ!」
先に顔を真っ赤にして、叫んだのはシュヴァイク公爵だった。
「どこの馬の骨か知らんが、他所から連れてきた若造を跡取りになど……」
「急な発表になって申し訳ない、シュヴァイク公。」
本当に済まなそうに、フリードルフは頭を下げた。
「だが、どこにどう相談しても反対される話だしね。現当主として独断で進めさせてもらった。」
「養子をとるのはいい!
だが血筋は! フリードルフの血統は!」
「それがね。」
老人の態度が演技だとしたら本当にたいしたものだった。
彼が合図すると、執事がさっと後ろの壁面に家系図を映し出した。
まだ『紙』もない時代。革の書物に書き記された家系図である。
「宇宙世紀のはじまる遥か昔。中世前期のことだが、当時のフリードルフ家の次男ピョートルが、隣国のローエングライム侯爵領の婿として招かれている。
ローエングライム侯爵領そのものは、そこから百年と経たずに消滅したが、子孫は血を繋ぎ、宇宙世紀に至る、という訳だ。
つまり、ラインハルトはフリードルフ家の遠い親戚筋になる。
そして、この程度の血縁関係でもフリードルフ家の家督を継いだ例はいくつもある。」
「は、話にならんっ!」
シュヴァイク公爵はなおも言葉を続けようとしたが。
「しばらく」
静かな声が、彼の動作を止めさせた。
振り返った彼にの視線の先。
金剛石から削り出したような美青年は、シュヴァイク公爵を見てさえいなかった。
青年は、まっすぐに壇上のフリードルフ卿を見つめていた。
会場の人々はある種の感慨に囚われた。
シュヴァイクは、フリードルフ家の親戚筋のなかでも一、二を争う名家であり、現在フリードルフ家の実務は彼が一手に引き受けていると言ってもよい。
つまり、シュヴァイク公爵は、その手腕、知名度どれをとっても、当主そのひとを遥かに超える名士であるのだが……
ただの一言で、その行動を制止した若者……ラインハルト・ローエングライムのほうが、公爵よりも遥かに格上に感じられたのだ。
「しばらくお待ちください、フリードルフ卿。」
その声は静かで、平坦で、しかし聴衆の耳にもはっきりと届いた。
「過分な栄誉ではありますが、わたしには、アナハイム・エレクトロニクス社の専務としての職務があります。やりかけた仕事もある。仲間もいる。
後継者としての指名、ならびに養子縁組のお話は、いったん保留とさせていただきます。」
「ラインハルト。」
いかにも好々爺といったふうに表情を崩しながら、フリードルフは言った。
「心配することはない。別にアナハイムを辞める必要などないのだ。ただ、この家の政治的影響力、経済力を好きに使って良いだけであって……」
「でしたら、なおのことです。」
毅然とラインハルトは応えた。
「アナハイムとフリードルフ家。それがひとつになってしまうのは、政財界の地図を一気に塗り替えることになります。
残念ながらアナハイム内部だけ見ても、わたしがフリードルフ家の当主になってしまうことで、自社の利益よりもフリードルフのそれを優先するようになる……そう邪推するものも出るでしょう。
これは自慢にもならないことですが……」
ラインハルトは苦笑を受かべた。
「アナハイム社内の派閥抗争も、フリードルフ家に負けず劣らず、陰湿で、容赦を知らないものですので。」
大物だ。
会場にいた全員がそう感じた。
突然の後継者指名。
恐れることなく、かといって有頂天になる事もなく。
冷静に自分と、周りを分析してみせる。
場内は一瞬、ざわめきかけたが、それはこのラインハルトという傑物にどうやって取り入ろうかと、各人が互いに耳打ちしあったからである。
シュヴァイクは、フリードルフを睨みつけた。
「あらためて、親族会議を開き、その結果は追って伝えることにする、フリードルフ卿。」
「ご自由に。もちろんこれまでフリードルフ家を盛り立てていただいた親族の意見は大いに『参考』にさせていただくよ、公爵。」
シュヴァイクは、くるりと踵を返した。
立ちはだかる薔薇騎士団の装甲服の戦士たちを怒鳴りつける。
「わたしは、帰らせてもらう!
きみたちの守備範囲は会場だけだろう?
よもや、帰り道までついてくるとは言わんだろうなっ。」
シュヴァイクに従って、会場をあとにした親族たちは決して多くはなかった。
ほとんどのものは、ただただ当惑していた。
家系と家名を大事にする彼らは、若い女性であるアンネローゼを、前例もなしにフリードルフ家のトップに据えることに危惧を抱いていただけだった。
もし、毒婦によるお家乗っ取りでさえなければ。
……まあ、それでいい。
とんでもなく遠い血筋から、養子を迎えるのは、前例もあった。
反対か賛成か聞かれれば、まあ反対はしただろうが、そこらへんは当主のワガママというもので。
それはよほどのことがない限り容認されるべきものなのだ。
「気分は大丈夫かね、ランズベルト?」
フリードルフは、いちばん、顔色の悪い青年に話しかけた。
元は旧欧州の伯爵家で、名はアルフレッドと言った。
まだ20代で、悪い人間ではない。だがいかにも名家で苦労知らずに育った夢想がちな青年だった。たしか詩文で身を立てたいと夢想する世間知らずな若者だ。
「え、ええっ……」
穏やかに話しかけられたことで、その顔色に血の気がもどる。
「シュヴァイクの叔父上が、その」
「シュヴァイク公はどうもいろいろと誤解があるようだ。」
フリードルフは笑って見せた。
「まあ、わしがここまで後継者指名をもたもたしたせいもある。誤解はいずれとけよう。
今日は、わしとアンネローゼの祝いの席だ。
楽しんでいってくれ。」
アルフレッドの顔にようやく笑みがもどる。
「ありがとうございます! そうさせていただきます。
そうだ!……ぼく、アンネローゼ様を讃える詩を書いてきたんです。ぜひ朗読を」
「……式の進行もあるから、それは今度、親族だけの集まりのときに披露してもらおうかな。」
満面の笑顔を振りまいて、フリードルフはグラスを掲げた。
「では、我が妻アンネローゼをかくも暖かく迎えてくれたニューヤークに乾杯!
フリードルフ家とわたしたち夫婦にもその幸運の一端が授かりますように!」
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「西の駐車スペースにヘリを用意してあります。」
護衛の男が、シュヴァイクに話しかけた。
歩み……というより、ほとんど小走りに近い。
「よし!
離陸5分後に『マイナスワン』を起動させろ。」
「……はい。」
「手筈は、リッテンに指示してある。
目覚めたマイナスワンには制御はきかない。
誘導された方向にある全てを破壊しつくして進行する。ただそれだけだ。」
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「……怒っているかね?」
グラスを持ったフリードルフとアンネローゼが、主だったテーブルを回る。
親戚たちの次に訪れたのが、ラインハルトとキルヒアイスのところだった。
「……してやられた、というところです。」
ラインハルトは、応えた。
アンネローゼがその顔を覗き込んだ。
「……まあ。拗ねてるのね、ラインハルト。」
「姉上! 子どもではありません。」
「この件ですが」
キルヒアイスが口をはさんだ。
「ラインハルト専務のスタッフが、明日にはニューヤークに到着いたします。彼らと相談のうえ、あらためてお返事をさせていただければ、と。」
「グラナダの戦略研究室から誰か呼んだのか! キルヒアイス。」
「正確には『呼んで』おりません。ラインハルト様。」
キルヒアイスは丁寧に応えた。
「わたしが負傷したことがむこうに知れてしまい、なにもかも差し置いて、ニューヤークに降りると言い出したものがいたのです。」
ラインハルトは困った顔をした。
「だれだ? まさか全員ではないだろう……」
「ヴォルフ・ミッターマイヤー」
「“疾風”か。こんなときまで動きが早い!」
「オスカール・ロイエンタール」
「まあ……ミッターマイヤーが動けば、彼も取り残されるのはごめん被る、と言うだろう。」
「ハウル・オーベルシュタイン……以上の三名です。」
「なぜ、わたしに報告しなかった!!」
「連絡がきたのは、つい先ほど。
フリードルフ閣下のスピーチの最中でした。」
ラインハルトは呻いた。
彼ほどの人物でも思い通りにいかないこともあるのだ。
「いたしかたないだろうな……充分納得したうえで、当家はきみを、迎えよう。
ところでキルヒアイス君。ギプスをとってしまって大丈夫なのか、肩の傷は」
「その節はお世話になりました、フリードルフ閣下。」
「何を言う! その傷はアンネローゼを庇って出来たものではないか! 本来ならまだこのような席にも出席は憚られるのだが……」
「東洋の気功術の老師に治療していただきました。
ゆっくりと少しずつなら、動かしたほうが治りが早いとのことです。」
会場の視線がチラチラとこちらを眺めていた。
一刻も早く、後継者の指名を受けたラインハルトと、コンタクトを取りたいのだ。
だが、このような形式のパーティでは、主催者が主だったテーブルを回りきるまでは、場所の移動や、こちらから、勝手に話しかけることは厳禁だった。
だから、スーツ姿の女性が、学生にしかみえないお供の若い男性を従えて、フリードルフとラインハルトの談笑に割って入ろうとしたときには、会場全体から目には見えないブーイングが沸き起こった。
「あ、あの
無礼な女はなにものです!」
ゴップやウォン・リーと同じ位置にいたニューヤークの銀行頭取は、顔を赤くして低い声で怒鳴った。
「ああ、あれはたしか、ジオン公国の外交官だ。フリードルフ家とダイクン家の長年の友誼のために遠路はるばる参列してくれたんだよ。」
ウォン・リーは、紹興酒をちびちびやりながら答えた。
「だからと言って……このようなパーティでの立ち振る舞いもわかっておらぬとは!
まるで、公王陛下にでもなったつもりなのですかな、あの女は!!」
「うん」
ブランデーに切り替えたゴップが曖昧な返事をした。
「まあ……なんというか。まあ、そんなものだよ。わたしだったら、別に事を荒立てるつもりはないね!」
「素晴らしいスピーチでしたわ、フリードルフ卿。」
ミーア・キャンベルは、晴れやかに挨拶した。
「これは、ミーア・キャンベル特別補佐官。親戚筋がお見苦しいところをお見せしてしまった。」
「いいえ。権力を巡っての争いが、血で血を洗うもとになるのは、わたし―――いえ、ジオン公国も経験しておりますので。」
ラインハルトとキルヒアイスは、なんと話しかけたものかわずかに逡巡した。
ミーア・キャンベルという外交官の名を騙って、元首であるアルテイシア自身が来訪している―――その話は、ガルマから聞いていた。だがここでは、あくまで彼女はミーア・キャンベルとして振舞っている。
ならば単なる若い外交官として接すればよいのか―――
二人は同時に、このミーアが本当にアルテイシアなら兄に当たる人物を思い起こしていた。
まったく兄妹そろって―――!!
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「クワトロ・バジーナ、聞こえる?」
「ああ。聞こえているぞ、シーマ・ガラハウ。」
「百式は出せる?」
「大丈夫だが……なにか?」
「シュヴァイク公が一族郎党引き連れて、パーティ会場を脱出されたようだよ。」
「脱出? 単に退席ではなくて『脱出』か?」
「そうね。わたしのところからよく見える。西側の駐車スペースに垂直離着陸機に乗り込むところよ。」
「なるほど……それは『脱出』だな。
するとこのあとに予想されるのは爆発物か、なりふり構わない大型兵器での攻撃か……」
「爆発物のセンは薄いわよ。わたしの部下たちもニューヤーク市警も建物は十分に調べたわ。
いずれにしても」
「そうだな。首謀者を捕まえて人質にしてしまえば、攻撃は防げる。」
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リッテンの顔色は、死人のようだった。
ゆっくりと通信機を切って、ゼロたちを振り向いた。
「シュヴァイク公爵からだ。5分後に『マイナスワン』を起動する。」
チェン・シャオロンとイェ・チャージーを感嘆させた拳法の使い手。
シゥ・クイシェがゆっくりと、ゼロのまえに立ちはだかった。
「いい男だなあ。」
ケラケラとゼロ・ムラサメは笑った。
「だが、口説くつもりなら、いまわたしには、シェーンコップというパートナーがいるんだ。そっちから話をつけてくれないかな?」
シゥ・クイシェは戸惑ったように構えを解いた。
「……マイナスワンの起動を止めるんじゃないのか?」
「止めない。さっきからそう言ってるだろう?」
「ほ、ほんとに止めなくていいのか!?」
リッテンが叫んだ。
「ナンデ、あんたがそれ言うネ?」
イェが呆れたように言った。
「『マイナスワン』を制御することは出来ない。
一度目覚めさせたら、すべてを破壊する。
そう言う存在だ……」
「うちの『ロストナンバー』を怪獣扱いしないでよ。」
ゼロがムッとしたように言った。
いよいよ!
イズマコロニーの惨劇、第二幕か!?