「シュヴァイク閣下!
マイナスワンへの起動プロセスか開始されました!」
パイロットを務める護衛が、振り向いて叫んだ。
ただのヘリではない。
ヘリと航空機のハイブリッド。垂直離着陸機だ。
ヘリのように滑走路なしに離着陸が可能で、しかもスビードや航続距離は、ヘリの数倍になる。
コンセプトそのものは、宇宙世紀がはじまる前からあるものだが、良いとこ取りをしようとした結果、機構も複雑になり、故障も多い。
なによりもコストが高く、基本的に使用は軍事利用に留まっている。
「建物の周りはゲルググが固めています。」
「構わん。いきなり、撃墜も出来んだろう。一刻も早くここを離れるんだ。」
「目的地はどちらに?」
シュヴァイクは、一瞬、ポカンとした。
―――肝心なことを考えていなかったのである。
いくつかの候補地が脳内を駆け巡った。
ニューヤーク市内は、まずい。
マイナスワンの攻撃に巻き込まれる心配がある。
今後、起こる大混乱の中で、いち早く主導権を握るには……
「ガイエスブルク城だ!
あそこなら、モビルスーツを始めとした戦力を秘匿している。
こちらで動員できる戦力を集中させるんだ―――マイナスワンは無敵だが、無限に動くことは出来ない。動きが止まり次第、治安回復の名目で、ニューヤークに進軍する!」
これのアイデアは、シュヴァイクの脳内をバラ色に満たした。
そんな無茶をするための前提条件としては、市警の小型モビルスーツ隊も、ジオンの増援も全滅するような大規模な被害が発生した場合のみだ。
つまり、その場合、シュヴァイクが手に入れるのは、中世の国家にも等しい富と権力の集まる大都会ニューヤークではなく、行政機構も崩壊し、難民で溢れた瓦礫の山になるはずだったが、そんなところまでは、彼の頭は回らない。
悪人にもいろいろなタイプがいる。
シュヴァイクの場合は、自分を含めた一切合切、誰も得が出来ないタイプの悪人だった……
「公爵閣下!!」
窓から、離れゆくノイエ・サンスーシーを眺めていた護衛のひとりが叫んだ。
「なんだ!?」
シュヴァイク公爵は悠揚に振り向いた。
ニューヤーク市警にはヘリはあるが、彼の本格的な垂直離着陸機には、速度も機動性もはるかに劣る。
モビルスーツはかなりの台数が配備されてはいるが、撃ち落とすならいざ知らず、いったん離陸した航空機を捕捉できるはずもない。
「プールが……」
「プール?」
たしかにホテルもオープン予定のノイエ・サンスーシー・ニューヤークには、そんな設備もあった。
だが、まだ使用は開始されていない。
「プールが……割れています!」
護衛の絶叫が、機内に響いた。
シュヴァイク公爵は、窓へ顔を向けた。
ニューヤーク市警のヘリはもちろん、ジオンのモビルスーツにも、いったん離陸した垂直離着陸機を捕捉する術はない――そのはずだった。ノイエ・サンスーシー・ニューヤーク西側。開業後のホテル棟を飾るはずだった巨大な屋外プール。
その底が割れて、水が下方に滝のように流れ落ちる。白い飛沫が幾重にも夜空へ舞い上がる。
その奥から、ゆっくりと金色の巨体が迫り上がる。
「MZヒトマルマル……」
いちばん若い護衛が呆然とつぶやいた。
……昨今の架空戦記ブームは、実は第2周目になる。
独立戦争終結直後に大流行した架空戦記は、もっと大胆で、かなり大雑把な物だった。
なかでも人気を博した作品『MZ100』は、悪のジオン星人が毎週送り込んでくるモビルビーストと、新装甲材『Z』と新エネルギー『太陽炉』を備えたモビルスーツMZ100が戦うというもので、その発進シーンが、正にいま目の前で繰り広げられている光景と瓜二つだったのだ!
「全速だ! ここから離脱しろ!」
「む、無理です。あのモビルスーツ……百式は可変機です。追いつかれます!」
「かまわん……ああ……そうだ。ミサイルを全弾発射しろ。」
「そんな無茶な! 本機のミサイルは対地仕様です。モビルスーツ相手に撃っても当たりません。」
シュヴァイクの目は爛々と輝き、口元からは涎が滴っていた。
唾をとばして、彼は叫んだ。
「かまわんと言っている。目標は……エントランスホールだ!」
「馬鹿な!」
護衛たちの顔色も青ざめている。
「あそこには、ニューヤーク中のVIPが。いや、フリードルフ卿以外のご親族も。」
「全弾発射しろ。
百式もほかのモビルスーツどももミサイル迎撃に回らざるを得ない。
その間にここから離脱する!!」
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変形し、接近。
精密射撃で、垂直離着陸機のローターの一部を破壊し、ノイエ・サンスーシー・ニューヤークの敷地内に不時着させる。
クワトロの構想はその様なものだったが。
予想に反し、垂直離着陸機は、搭載したミサイルを一斉に発射した。
ひょっとして、武装している可能性は、考えたが。撃ってくることまでは念頭になかった。
主催者ともめて、パーティを退席してもなんの罪にもならないが、建物に向かってミサイル攻撃を行ったら……
シュヴァイクがどんな重要人物だろうが、どんなコネがあろうが、即逮捕は免れない。
そんな馬鹿なことをしでかすものがいるものか……いや、予想の斜め下をいく敵は存在するのだ。かつてのティターンズのように。
まずは、ミサイルを迎撃。
それが不可欠だ。
エントランスホールには、ラインハルトもガルマもいる。
ヤンもいる。
そして、迷惑この上ないことに、彼の妹もいるのだ。
「チィ!」
クワトロは舌打ちした。
高層ビルだらけのニューヤークで、彼の位置から射撃を行えば、市街地のどこかに着弾してしまう可能性がある。
とっさに彼はビームサーベルを抜き放ち、百式を跳躍させた。
サーベルで、ミサイルを次々に切断。
破片と爆炎が、百式の装甲を削るが無視する。
だが、数が多い。
―――迎撃しきれない!!
ドゥッ!
残ったミサイルも次々と撃墜されていった。
シーマのガンダムガーベラだ。
もともと高層階のバルコニーに陣取った彼女の機体なら、軽くジャンプするだけで、飛来するミサイルを自分の「下方」にとらえることができる。
その方向から弾を外しても、ノイエ・サンスーシーの敷地内に着弾するだけだ。
「助かる……シーマ・ガラハウ。」
クワトロの言葉に、シーマは楽しげに返した。
「これはわたしらの仕事でねえ、クワトロ大尉殿。」
「これより、シュヴァイク機を追撃。捕獲するぞ。」
「待ってくれ、シャア、シーマ。」
ガルマからの通信が割って入る。
「このまま、ノイエ・サンスーシーにいてくれ。ダウンタウンで高熱源体が発生した。」
「なんだと!?」
クワトロは顔をしかめた。
「モビルスーツか!」
「いや……なんだか……データ上はコロニー仕様の空調機なんだが。
誰がなんのためにそんなものを作動させたのか、さっぱりわからない。
念のため、待機してくれ。そっちの現場には、ニューヤーク市警が向かってくれる。」
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ダウンタウンのとある倉庫の地下。
冷たいコンクリートの奥。冷凍カプセルにつながる配管が、はっきりとわかるほどに震え始めていた。
パネルのインジケーターは、赤からひとつ、またひとつと、緑色に切り替わっていく。
「蘇生プログラムはこのまま進める。」
リッテンが、ゼロの顔色を伺いながら言った。
「1階の倉庫においた『空調機』にも火を入れるぞ。」
ゼロの反応は一瞬遅れた。
なぜか、額に汗が滲む。
「え、空調機……ああ、空調機ね。」
「そうだ。ムラサメ研究所が特に用意してくれた空調機だ。」
ゆっくりと。
倒れた状態にある冬眠カプセルが起き上がる。
「……アイヤ……」
イェ・チャージーが、小さく呟いた。
口元を手で抑えていた。
「なんだよ、こいつは」
カイ・シデンの額に脂汗が滲む。
一部がガラス張りになった冬眠カプセルの中身は―――まったくひとの姿をしていなかった。
培養液に浮かぶのは、人間の脳。
手足どころか、顔も、胴体もない。
脳から下方に伸びる神経節はあるものの、それは本当に『脳』でしかなかった。
「覚醒……するわ。
チェン。わたしと彼女を繋げる?」
ゼロが言った。
「出来る……と思うが。」
「ならお願い。」
ゼロは目を閉じた。
その意識のなかに『ロストナンバー』を感じてから、ゼロはつぶやいた。
「――おはよう、少佐。お久しぶりね」
リユース・P・デバイスとサイコミュ技術があると、けっこうマシな義体が作れるんじゃないか、と。
ゼロさんは『少佐』をその実験体にする気、マンマンです。