幕引きを拒むもの、新たな幕を上げようとするもの。
ニューヤークの最後の戦いが始まる。
マクレーンは、このときバックヤードで、傷の手当を受けていた。
爆発音に、建物がビリビリと振動する。
手元が狂ったスタッフが、肩の傷に消毒液をまるまる一本、ぶっかけて、思わずマクレーンは悲鳴を上げかけた。
「なんだ、いったい……」
とは言え『なにか』は軍経験のあるマクレーンにはもうわかっていた。
ミサイル攻撃だ。ただし、着弾はしていない。
途中で撃墜されている。
「ミサイルだ!」
顔を覗かせたシェーンコップが言った。
「クワトロ大尉とシーマ中佐が全弾撃墜した。」
マクレーンは立ち上がった。
手当の途中だったが、致し方ない。
「会場のほうは?」
「無事だが、混乱している。」
「わかった。避難誘導だな。」
「それがだな。」
シェーンコップは困ったように言った。
「フリードルフ卿が平然とパーティを続行しようとしてるんだ!」
「フリードルフ卿が?」
マクレーンは、消毒液でびしょ濡れの肩を押さえながら、聞き返した。
「本気か。」
「どうも本気のようだ。」
シェーンコップは肩をすくめた。
「『ノイエ・サンスーシーは安全面についても万全を期しております。』
そう言って、また乾杯の音頭を取り始めたよ。」
「……あの老人は、肝が据わっているのか、単に常識がないのか。」
「どちらでもないな。」
シェーンコップは、どこか感心したような顔をした。
「パーティをここで打ち切れば、シュヴァイク公の狙い通りになる。
フリードルフ卿が動じていない以上、ここで逃げ出すのは、むしろ格好がつかない――会場全体に、そういう空気が働いてる。」
マクレーンは、雑に包帯を巻き直しながら上着を羽織った。
「ミサイルを撃ったのは?」
「シュヴァイクの垂直離着陸機だ。
離陸してすぐだ。
対地制圧用の小型ミサイルだな。
警備にあたっていたモビルスーツのパイロットが腕利きで助かった。」
「『赤い彗星』に、海兵隊の精鋭たちだ。」
マクレーンはふと考え込んだ。
「…戦争中はさんざんな目にあったが味方になるとこうも頼もしいんだな!」
「薔薇騎士団には、元ジオン軍の者もいる。」
シェーンコップは笑った。
「おまえもどうだ? カウボーイ。」
「お断りだ!
いまの仕事に満足している。
それに騎士団って柄じゃない。」
----------------
大ホールのざわめきは、徐々におさまっていった。
シャンデリアの光は変わらず。
楽団もまた演奏を始めた。
だが、招待客たちの笑顔には、完全に引きつっていた。
―――ミサイルが撃ち込まれた直後に、なぜ自分はシャンパンを飲んでいるのか。
その疑問は、そうそう短時間に消化し切れるものではない。
「……いまの衝撃って……?」
ユリアン・ミントが、小声でヤンに囁いた。
「ミサイルだよ。」
ヤンは、どこからかまた紅茶を手に入れている。カップ縁を指先で軽く撫でながら答えた。
「ただ、すべて迎撃されて空中で爆発した。
さすがはクワトロ・バジーナ大尉だね。」
「誰が撃ったのだと思う、ヤン?」
ミーア・キャンベルが尋ねた。
「シュヴァイク閣下…でしょうね。」
「そこまでする?
いくら彼でもそんなことをすれば犯罪者よ。
いくら政財界に顔がきいたとしても、もみ消せるわけもない。まして…ここには、これだけのVIPがあつまっている。」
「自暴自棄、というやつですよ。
なにもかもが自分の思い通りにならないんで、すべてをぶち壊してやる、と。」
ヤンはため息をついた。
「そう言った行動は、往々にして、綿密な戦略を変な方向から越えてくるものです。
今回もジオンの精鋭モビルスーツ部隊が護衛に当たっていなければ危なかった。」
「想像の斜め下、か。」
ラインハルトは考え込むように言った。
「たしかに意表は突かれるかもしれん。」
「一瞬の狂気、短絡的な暴発で、歴史が変わってしまう。有り得ないことではありません。」
キルヒアイスが言った。
フリードルフ卿とアンネローゼは、皆を落ち着かせるために、簡単なスピーチとまたも乾杯の音頭をとったあと、次のテーブルに向かっている。
キルヒアイスは、じっとヤンを見つめた。
そして思い切って口に出してみた。
「ヤン。あなたは、先ほどのフリードルフ卿の申し出をどう思われますか?」
驚いたようにヤンは、顔を上げた。
ミーア・キャンベルとラインハルトも興味深そうに、ヤンを見つめている。
「……火中の栗に手を出すことになりますね。
得られる富や権力は使い方によっては大きな力となるでしょうが、古くからの名家ならではのしがらみも大きい。
縁者親戚のなかには、己の意のままにならぬだけで、周りを巻き添えにするようなテロを仕掛ける者もいる。
もし、わたしがラインハルト専務の立場なら……仮病を使ってでも逃げますね。」
「なるほど!」
ラインハルトが笑った。
「それが『奇蹟のヤン』の出した正解か!」
「ただ、あなたはわたしではない。」
ヤンはゆっくりと紅茶を口に運んだ。
「書架に囲まれてゆったりと暮らすのは、無理だと思うのですよ。
わたしは、必ずしもアナハイムの内部事情にはくわしくない。ウォン叔父も仕事のことで余計なことはしゃべりませんからね。
ただ、あなたのライバルである副社長が、今度社長に昇格されることは聞きました。」
「CEOはヒューバイン会長のままだ。
権力構造はかわらない。」
「その通りです。そして、あなたは若い。
本来なら、次か……その次を待つことも出来る。
でもあなたにはそれは無理でしょう。」
「なるほど、たしかにそうかもしれない。」
ラインハルトは考え込んだ。
「それに、姉上のこともある。姉上の身の安全を考えれば、後継者がきちんと定まることは、決してマイナスではない……」
----------------
ダウンタウンの寂れた倉庫の地下室。
1階に置かれた巨大な装置は、シートの内側でゆっくりと唸りを上げ始めた。
まるで、巨大な怪物の目覚めのように。
ゼロの問いかけに、冬眠装置のなかのものはなにも答えなかった。
―――当然だろう。
「それ」には、口も声帯も、いや肺や心臓すらなかったのだから。
だが、「それ」と繋がったゼロには、かろうじて声にならぬ声がひろえた。
『あなたは誰』
『ここ、どこ』
『いまはいつ』
『わたしはどうなって』
チェンは、身体を借りるぞ、と言って、イェの肩に手を置いた。
チャイナ服の少女はなんどか瞬きし、がっくりと俯いた。
ほんの数秒後。
顔をあげたとき、その顔はすでに別人だった。
「……ずいぶんと、懐かしい言葉をきく。少佐なんて呼ぶあんたは誰だ?」
不敵な笑みを浮かべ、彼女はそして、ゆっくりと左右を見た。
「そして、ここはどこだ。いまはいつだ?」
「順番に話すわ。わたしはゼロ・ムラサメ。」
「……知らないな。ムラサメ研究所と関係があるのか?」
「大いに、ね。わたしはムラサメ研究所の強化人間。あなたに次ぐ実験体の失敗作なの。」
「ま、マイナスワン! おまえは……」
リッテンが震える声で話しかけた。
「マイナスワン? わたしのこと?
そうか。だからおまえが『ゼロ』か。」
イェの身体にはいった『マイナスワン』は楽しげに笑った。
「『失敗1号』と『失敗2号』でなくてよかったなあ。」
何者なんだ?
カイ・シデンはあまりの衝撃に痺れる頭を振り絞って考えた。
少佐と呼んだからには、元軍人なのだろう。
彼女―――と呼んだからには女性なのだろう。
情報はそれだけだ。いや、いずれにしても彼女が並々ならぬ胆力の持ち主だと言うことはわかった。
「ここは。ニューヤーク。ダウンタウンの倉庫の地下だ。あんたの、『事故』から四年たっている。」
「事故? よく言う。」
“少佐”の唇が獰猛につり上がった。
「わたしは、ニュータイプの素養あり、という事で、連邦軍からムラサメ研究所に送られたんだ。強化の話はきいていたが、まさかモルモット扱いされるとはなあ。
で? わたしがマイナスワンでそっちがゼロなら実験は失敗したんだな?」
「ああ。」
ゼロは頷いた。
冬眠カプセルのなかの―――脳髄を指さす。
「あれがいまのあなただ。あなたに残ったすべてだ。」
「……じ、じゃあこの身体は……」
部屋にあった姿見を、“少佐”は覗き込んだ。振り向いた顔はさすが、ひきつっていた。
「なかなか、その……キュートではあるんだけど、この身体は誰?」
「わたしの弟子筋で、イェ・チャージーという。」
チェンが口をはさんだ。
「見ることも聞くことも話すことも感じることも出来ない状態では、魂は速やかに劣化する。なので、一時的にイェの中に魂を移した。」
「……」
“少佐”はゆっくりと周りを見回す。
それからため息をついた。
「なら、質問はこう変わるかしらね。なぜ、わたしを起こしたの。
火葬のまえに、最後の晩餐でもさせてくれる気?」
「わたしたちのときから、技術も進歩した。」
ゼロは、にいっと笑った。
「アン、ドゥ、トロワ、フォウ。
いずれもニュータイプをも凌駕するムラサメの強化人間だ。」
「へえ。なら、ムラサメ研究所はその後も非道な人体実験を、つづけたってわけね?」
「そう。わたし自身の手によってね……死者はひとりもいないよ。なにしろ」
ゼロは白衣の胸を張った。
「わたし、失敗しないので」
「まあ、『失敗作』にとっては慰めくらいにはなるかもね。
で? わたしをどうするの?」
「大戦末期にジオンの『リビングデッド師団』が使ったリユース・P・デバイスというシステムがある。
四肢を失った兵士にモビルスーツを操縦させるため、操縦系と人間を直結する仕組みだ。
それと、サイコミュ。
これを組み合わせると、たぶんわたしはあんたのための身体を作ってやることが出来ると思う。
ホンモノの身体ではなくって、義体だけどあなたは、それを自分の体のように扱える。
話したり、笑ったり、泣いたり。歩いたり、走ったり……一緒に出かけたり、たぶん、食べたり飲んだりも出来ると思う。
だから」
ゼロの声がほんのすこし震えた。
「だからわたしに任せてくれないか?」
“少佐”とゼロは見つめあった。
「おまえはなんなんだ?
ムラサメの被験体で、いまは強化人間の研究をしてることはわかった。だが、わたしはおまえをしらない。ゼロ、というのは、強化実験後の名前だろう。おまえの本当の名前はなんだ。」
「ははは。」
力なくゼロは笑う。
「わからない。わたしは強化されるまえの記憶がないんだ。」
そうか。
と、“少佐”は天井を仰いだ。
ややあって……
彼女は頷いた。
「……いいよ。乗ってやる。」
「ほ、ホンとに!?」
「そりゃそうだろう。これ以上悪い状態にはなりっこない。それに、こいつは信用していいやつだって……
囁くのよ、わたしのゴーストが。」
「ありがとう。ベストを尽くす。」
ゼロは力強く頷いた。
「安心してまかせて。わたし―――失敗しないので。」
「そうと決まればもう一度、あんたを冬眠状態に戻すぞ。」
チェンが言った。
「これ以上、魂……あんた流にいえばゴーストを移植した状態を続けると、イェとあんたが混じってしまう。
イェもあんたもいなくなり、別の人格が生まれるわけだ。」
「ふうん……それは『死』とはまた違うものなのかな?」
「哲学的な議論はいったんおこう。人体実験するほどの問題ではない。」
「ま、待てっ!
待ってくれ!!」
リッテンが喚いた。
「あんたは……これから任務があるんだ。そういうことになっている。」
目が血走っていた。
イェの身体を借りた“少佐”は、不思議そうに小首を傾げた。
「誰だ、この物騒なやつは。」
「これから、おまえは北北西に進撃する。落成したばかりのビル。名前はノイエ・サンスーシーニューヤーク。それを破壊するんだ。」
「あのなあ。」
“少佐”は頭を掻いた。
「わたしは確かに、特殊部隊上がりだ。市街戦や奇襲はお手のもんだ。
だが、この身体は借り物で、本当のわたしは、武器を握る腕も、走る脚もない。
いったいどうしろと」
「サイコミュで操作するモビルアーマー。サイコガンダム。」
震える声で、リッテンは言った。
「一階の倉庫にある。遠隔操作もできるはずだ。それを使え。」
「モビルアーマー? そんなものをニューヤークに持ち込んだのか?」
「ああ、そうだ。おまえと一緒にムラサメ研究所から借り受けた。」
「そうなのか、ゼロ?」
「それなんだが、リッテン」
本当に申し訳なさそうでに、ゼロは言った。
「周りがどう思うか勝手だけど、ムラサメ研究所は別に悪の秘密結社じゃない。
運営は様々なところからの出資で賄っている部分が多いが、一応、強化人間や開発した機材のレンタルも初めている。」
「な、なにが言いたいんだ。」
嫌な予感に脂汗を流しながら、リッテンはゼロに詰め寄った。
「在庫と伝票はきちんと合わせないとならない、ということだ。
実は、フリードルフ家から話があったのとおなじ時期に、わたしたちはイズマコロニーに、サイコガンダムを納品しなければならなかった。地球からサイド6にモビルアーマーを送るなんていろいろ問題になるから、伝票上は、大型空調機を納入することにした。
さて、大型空調機としてモビルアーマーを納品してしまったから、ムラサメ研に残ったのは、実物の大型空調機と、モビルアーマーの納品伝票だ。」
「……そ、そんな……」
「つまり、上にあるのは、正真正銘、混じりっけなしのコロニー用の大型空調機だ。」
「き、きさまらっ!」
リッテンは、ゼロの胸ぐらを掴む。
白衣が乱れて、ゼロの見事な双丘が露になる。
白衣の下は、タンクトップだけだった。
とんだセクハラであり、パワハラだったが、ゼロは力任せに、リッテンを排除するのは、憚られた。なにしろ彼は―――
「うん、おまえたちは、ただの、詐欺の被害者だよ。」
ゼロは、しみじみと言った。
「言い訳するなら、あのころのティターンズは、ジオンのギレン総帥派とも繋がって、飛ぶ鳥をおとす勢いだった。
イズマコロニーに、うちのドゥーも込みで、サイコガンダムを送り込むなんて、やばい話に決まっていたが、断ることも出来なかったのさ。
その代わり、料金は格安……大型空調機くらいの値段しかとってないだろ?」
ついには、ボロボロと泣き崩れたリッテンを、いたましげに、ゼロは見つめた。
「……そうだ。サイコミュはちょうど1台あまってたんで空調機に取り付けてある!
だから、仕様書にあった『サイコミュ搭載』は嘘じゃない。
“少佐”はニュータイプの素養があるから、たぶん遠隔操作も出来るぞ。
―――きっと!」
「そ、それでノイエ・サンスーシーを攻撃できるのかっ!?」
「けっこう風は出るから、あばら家なら倒壊させることができるかもしれないけど、最新のビルは無理だよ。そもそもどうやって、ノイエ・サンスーシーまでこいつを運ぶんだ?」
インターフォンの電子音が鳴った。
カイ・シデンが受話器をとる―――
「ニューヤーク市警だ。1階にある空調機のことでききたいことがある。」
「ああ、いまロックを解除します。少しお待ちを!」
受話器をおいてカイは振り返った。
リッテンを除く全員が頷いた。
リッテンはなおも喚こうとしたが。
トン。
失神し、崩れ落ちるリッテンの身体を、シゥ・クイシェが支える。
「おまえらは別に警察に適当に言い訳が出来るだろう。」
リッテンを軽々とかついで、シゥ・クイシェは言った。
「俺はこいつを連れて逃げさせてもらう。」
「ずんぶんと、ハイネ家に忠義立てするんだな。そんなことをしてもなんの得にもならんぞ?」
「単に飯を食わせてもらってた恩義だ。」
シゥ・クイシェはニヤッと笑った。
「それに俺個人としては、あんたたちと知り合えただけでもでかい。
今度、グラナダを尋ねていいか、チェン。」
「ああ、いいぞ。待ってる。樽の洗浄か行き届いたいいビールが飲める店があるんだ。」
最後の戦いが口喧嘩レベルだったのは、この作品ではよくあること。