ガイエスブルク討伐に乗りますかね。
けっこう、長いですがほぼワンシーン。ラインハルトの部下たちはちゃんと彼ららしくしてくれるかな。
狂乱の夜が明けた。
ラインハルトは、二日酔いになるような無様なことにはならなかったが、彼にしては珍しくかなり疲労していた。
それでもシャワーを浴び、身支度を整えたところに、キルヒアイスが、コーヒーを持ってくる。
「……腕を使って大丈夫なのか?」
アンネローゼをかばって射たれた肩の傷は、まだ癒えてないはずだ。
「少しずつ動かしてます。その方が治りが早いそうです。」
「ロイエンタールたちは……?」
「先ほど、宙港に到着したそうです。
昨日の騒ぎについて、聞かれたのでレポートを送っておきました。」
チラリと部屋の時計を見あげた。
「あと30分ほどで着くはずです。」
「ここでは手狭だな。
ラウンジに、移動しよう。」
部屋を出たところで、ヤンとばったりであった。
ヤンとユリアンは、会場から少し離れたゲストハウスに宿泊していたのだが、パーティが終わったのが深夜になってしまったので、会場にほど近いラインハルトたちと同じホテルに部屋をとった。
いや、ラインハルトがとらせた。
「キルヒアイスさんから、こちらに来るように言われまして……」
見たところは、平々凡々とした青年である。
大学で史学を学んでます…と言われたら十人が十人、なるほど、と頷き、5分後には彼のことを忘れているだろう。
だが、その頭脳は。
大戦中は、数々の奇功をたて、「戦場の奇術師」「奇蹟のヤン」と呼ばれた。
大戦末期には、ルナツーのワッケイン司令の幕僚として、勤務していたが、乾坤一擲の作戦として立案された月面都市グラナダへのソロモン落としに、最後まで反対。
更迭され、そのまま終戦後、軍を離れた。
「一緒にラウンジで朝食をどうかな?」
「はあ……でもユリアンが」
キルヒアイスが口を出した。
「ユリアン君には、ルームサービスを頼んでおきますよ。
モーニングミニビュッフェなら、好きな物を好きなだけ食べられるし、育ち盛りの彼にはちょうどいいでしょう。」
ヤンは少し逡巡してから、頷いた。
ヤンと一緒にいると、ユリアンは、彼に合わせて食事をセーブするキライがある。
たまにはのびのび、ひとりで食べたいだけ食べさせてやりたいような気がしたのだ。
「グラナダの戦略研究室……わたしのスタッフが、ニューヤークに到着して、いまこのホテルに向かっている。」
ラインハルトは言った。
「どうせ、昨日の話になるだろうから、きみにも同席してほしいんだ。」
「『元帥府』のみなさんですか?」
言ってしまって、しまった、とでも言うようにヤンは慌てて口をふさいだ。
「ウォンさんか……」
ラインハルトとキルヒアイスが苦笑した。
たしかに戦略研究室のメンバーは、大戦中は士官として従軍していたものも多い。
そのためか、ラインハルトと対立する者たちは、戦略研究室を揶揄するように『元帥府』と呼ぶのだ。
「まあ、それぞれ個性は豊かだが、優秀な連中だ。楽しみにしてくれていいよ。」
はあ……
とだけ、ヤンは答えた。
なぜ、ラインハルトが己のスタッフを自分に紹介したがるのか。
悪い予感しかしなかった。
「遅参いたしました、専務!」
蜂蜜色の、やや癖があって収まりの悪い頭髪は、ヤンの知っているニュータイプの青年を彷彿とさせた。
やや小柄だが、引き締まった体型は、体操選手を思わせる。
「別に『遅参』はしてないよ、ミッターマイヤー。」
ラインハルトは、わざと厳しい顔で言った。
「そもそも、きみたちを呼んでいないのだからな。これはわたしが、姉の嫁ぎ先への表敬訪問……単なる私的な小旅行に過ぎないのだから。」
「『私的な小旅行』にしては、ずいぶんと過激なスケジュールでしたね。」
洗練された物腰の美青年が言った。優雅な雰囲気のなかに、冷徹さと周りを魅了するカリスマ性を兼ね備えている。
特徴なのはその目だ。
左目が黒、右目が青の「金銀妖瞳」。
「しかも秘書官が、負傷までしている。」
「たいしたことはありませんよ、ロイエンタール。」
キルヒアイスが答えた。
「ニューヤーク医大附属病院からデータを取り寄せている。」
ロイエンタールは厳しい顔でキルヒアイスを睨んだ。
「肩の貫通銃創。弾が神経を傷つけていて、再生医療後、2ヶ月のリハビリが必要とか。」
「だいぶ良くなりました。護衛に来ていただいたチェン老師に、治療いただきましたので。」
「心配な要素しかありませんな。」
痩せて、顔色が悪く冷ややかな印象を与える顔立ち。
名をオーベルシュタインという。
「専務……あなたにとっては、フリードルフ家とそこに嫁いだ……嫁がされた姉上は、アキレス腱だ。
アンネローゼ様が絡むとあなたは、日頃の冷静さを失って短絡的な行動に走る傾向がある。」
「アキレス腱…弱点というよりは、龍の逆鱗と呼ぶべきでしょう。」
ヤンは思わず口を挟んで、後悔した。
一同の視線が一斉に、ヤンに集中することになったのだ。
ラインハルトのすべてを見透かすような視線。
キルヒアイスの静かで思慮深い視線。
嘘や誤魔化しは一切受け付けないと語っているミッターマイヤーの視線。
こちらを不安にさせる金銀妖瞳のロイエンタールの視線。
怪しく光るオーベルシュタインの視線。
ヤンは咳払いをしたが、どうにも誤魔化せそうもなかった。
「ラインハルト専務は怒らせてはいけない方なのですよ。」
「きみは……?」
ミッターマイヤーが言ったが、初対面なので当然だろう。
ラインハルトが紹介してくれればよかったのだが、ミッターマイヤーがいきなり、話し始めてしまったのだ。
「ああ……ヤン・リーと言います。ネオ香港大学に在籍する学生で、極東支配人のウォン・リーの甥にあたります。」
「『奇蹟のヤン』か!」
ロイエンタールが呟いた。
オーベルシュタインの瞳が光った。
「……たしか、ネオ香港大学の『ア・バオア・クー仮想戦』を立案、運営した……」
「彼とは、ウォン支配人から紹介されたんだ。」
ラインハルトは、ミッターマイヤーたちに座るように促した。
まだ旅装もといていない。宙港から直接来ているはずだ。
案の定、朝食もまだで、キルヒアイスが食事を取りながらのミーティングを提案した。
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「逆鱗とはよく言ったものだ。」
オーベルシュタインがゆで卵を剥きながら言った。
「我がラインハルト専務は龍かね、奇蹟のヤン君。古来、東洋ではその頂点にたつものを龍に例えたというが、専務もそのような英雄たる人物かな?」
「わたしは歴史を学んでいますが、ときどき思うのですよ。英雄とはなんだろうか、と。」
「たしかに、な。近年ならばジオン・ズム・ダイクンなどまさに、新しい時代を切り開いた英雄といえる。だが彼のニュータイプ思想は、選民主義となり。ザビ家の大量虐殺を引き起こした。」
「ザビ家の例は極端ですが、多くの場合、英雄の実績は戦争による勝利と紐付けられます。」
オーベルシュタインは肩を竦めて見せた。
「戦争は、悲劇ではあるが必要悪な場合もある。
始めるよりも、いかに終わらせるか。その判断を間違えなかったものが、名将と呼ばれることになる。」
「やめ時とは?」
「戦争目的を達成した時、だな。」
オーベルシュタインがこれほど、口数が多くなるのも珍しい。
そもそも同僚たちと食事をともにすることもめったにない人物だ。
(『奇蹟のヤンだな』とミッターマイヤーはロイエンタールに囁いた)
「例えば、独立。例えば失地の回復。
それを達成した時点で、たとえ勝ち戦であっても、休戦できるかどうか。」
「なるほど……難しいかもしれませんね……」
「難しいものですか?」
キルヒアイスが尋ねた。
「目的を達成したところで、和平交渉にはいることは、当然だと思いますが」
「現実的に、あまり歴史上、成功例がないんですよ、キルヒアイス。」
ヤンが言った。
「勝ってしまうと人間はさらに、多くを欲しがるようになります……でもわたしが懸念しているのは、むしろ目的達成のための手段です。」
「手段……かね?」
「そうです。
具体的にはまさに、記憶にも新しいジオン独立戦争がそうです。
ザビ家の暴挙はいったん置きましょう。
大戦末期の月面都市グラナダへのソロモン落とし。あれはどうでしょう?」
「成功していたら歴史はかわっただろうな。」
ラインハルトが呟いた。
「グラナダが消滅すれば、月面都市群は、フォン・ブラウンを中心に連邦主導でまとまり、連邦にとってははるかに優位な形で和平がむすべたはずだ。
司令官のワッケインは英雄と呼ばれただろう。」
「―――戦略目的は正しい。
ですがそれは、グラナダの5000万の市民を犠牲にしてまで達成することでしょうか。」
なるほど。
オーベルシュタインは笑った。
「英雄とは、目的のためなら手段を選ばずにそれを行えるものだ、と?」
「……それ『だけ』ではありませんけどね。」
ラインハルトがテーブルにヒジをついた。
「わたしが、そうなると言うのか、ヤン?」
「なにもかもどうでもよくなるくらいに絶望すれば、ですね。
アンネローゼさんの身になにかある事が、あなたにとってそのキッカケになることを、実はわたしは危惧しているんです。」
「……まるで、『シャイの逆襲』だな。」
ラインハルトは、笑った。
「あの主人公もそれまでの戦いの中で、生命を散らしていく若いニュータイプたち、そして既存の権益にしがみつく連邦に絶望したシャイ総帥が地球を寒冷化するために、隕石を落とす。」
「ああ、たしかグラナダで、先行上映会が。」
「そのモデルが、おそらく、わたしとキルヒアイス、そしてヤンの共通の友人だというのがなんとも皮肉だな。」
食後のコーヒーが運ばれてきた。
ヤンは紅茶党だが、こういうときは文句は言わない。
「さて」
と、ラインハルトは言った。
「本題に移ろう。フリードルフ卿の申し出をわたしは受けるべきだろうか?」
数秒間。沈黙があった。
ミッターマイヤーが手を挙げる。
「これは、なにかのジョークですか。それともエイプリフールの」
「残念ながら、フリードルフ卿は本気だ。
理由は、彼が明確に語ってくれている。」
ラインハルトは、意地悪そうに笑った。
「もっとも有力だった親戚筋のシュヴァイクは勝手に転んで退場した。あとはどんぐりの背比べだ。どこの誰を指名しても禍根が残る。いやそれどころか、フリードルフ家そのものが分裂して、互いに争い出すだろう。
そうなるくらいなら、部外者に全部押し付けてしまったほうが楽だ。
ヘイトもその者がぜんぶ引き受けてくれるし、な。」
「わかりました。
では、継承の件。お引き受けください。」
「話をきいているのか? フリードルフ家はガタガタだ。やっかいな親戚どもは、シュヴァイクほどではないにしろ足を引っ張ってやろうと手ぐすねひいている。」
「敵が多いなら尚更です。
戦いは神速を尊びます。
ここで時間をおけば、事態が動きます。キルヒアイスから送られたデータにあった中世前期の家系図など、真贋を言い出されたら弱いところもある。
一刻も早く、正式な継承権を。そのあとなら、誰がなにを言い出してもカエルの面に水です。」
「わたしもフリードルフ家の継承者となることに賛成です。」
オーベルシュタインが言った。
声色は冷たく表情もかえないので、内心の気持ちまではわからない。
「結論を申し上げれば、損得の問題です。
フリードルフ家の資産、アナハイム社内での関連プロジェクトへの影響力、独自の情報網。得られる利益は明白です。
うるさい親戚どもを黙らせる方法はいくらでもある。」
「なるほど」
ラインハルトは、ロイエンタールに目をやった。
「きみはどうだ。」
金銀妖瞳の才人は、真っ直ぐに、ラインハルトを見返した。
「継承を受けるまえになすべきことがあります。」
金銀妖瞳が妖しく光る。
「あなたは重役になってまだ間がない。その能力はまだ世間には知られていません。
その才智と行動力を示すためには、まず反逆者たるシュヴァイクを討伐すること。
警察よりも軍よりも早く、です。」
その唇に笑みが刷かれた。
「それで、フリードルフの親戚どもも黙らせることができる。」
「……結局は、全員がフリードルフ家をわたしが継ぐことに賛成か……」
「もう、ひとつ……」
オーベルシュタインが手を挙げる。
「わたしからも、提案します。専務の継承権の正統性の問題は、血統の問題が大きい。ならば、早期にフリードルフ家の親族の女性と結婚することが適当かと……
マリンドルフ家にちょうどよい娘がいます……」
「分かった分かった」
さすがにゲンナリして、ラインハルトは手を振った。
「……つまりは全員が、わたしがフリードルフ家の養子になることのに賛成、という事だな。」
3人は一斉に頷いた。
「キルヒアイス、おまえはどうだ?」
赤毛の秘書は静かに答えた。
「ラインハルト様のお心のままに。
あなたが、なにを選択されようが、全力でサポートいたします。」
幼なじみの答えとして、心情的には周りの者たちに感銘を与えたが、ラインハルトは、頷いただけで、最後にヤンに向かった。
「きみはどうだ?
昨日、パーティ会場でたずねたときは、『火中の栗に手を出すようなもの』だと言って、危惧していたが……」
「そうですね。」
ヤンは正直、逃げ出したかった。
彼はこの場では部外者である。
「友人」扱いされてしまったのは、光栄ではあるが、正直、ラインハルトが、あるいはフリードルフ家がどうなろうが、ヤンには直接には関係ないのである。
「継承を受けるべきだと思います。」
「ほう? 少し風向きがかわったな?」
「あなたが、フリードルフ家を継がないことへのデメリットが大きすぎるのです。」
「なるほど」
ラインハルトはこの言い方になにか、合点がいくところがあったようだ。
「フリードルフ家は中世から繋がる名家です。経済力、人脈、磐石の体制のように感じられますが、いまあなたが継がなければ、あっという間に崩壊します。
それぞれ、栄華を極めた各分家が没落するのは自業自得ですが、経済界に大混乱が起きます。
具体的な例をあげれば、さきほど、オーベルシュタインさんがおっしゃっていたフリードルフ家が絡んだアナハイムのプロジェクトは、すべて崩壊します。
組むべき相手がなくなってしまうのですから……」
「ありそう……ではない。確実にそうなるな。」
オーベルシュタインが目を閉じて呟いた。
「しかも、副社長派は、その失敗を専務が『フリードルフ家を継がなかったから』という理由で、こちらに責をもってくるのも目に見えている。」
「もうひとつ。もっと大事なことですが」
ヤンは続けた。
「アンネローゼさんの地位が不安定になります。
後継者が決まらない状態では、アンネローゼさんへのお家乗っ取りの危惧は、親戚の間では火がついたままになる。」
「フリードルフ卿は、姉上を継承者からはずすと、明言したぞ?」
「気が変わるかもしれません。
特に、これぞと見込んだ後継者である専務に素気無くふられた後になれば。」
ラインハルトは、ヤンの肩を叩いた。
テーブルから立ち上がる。
「分かった。わたしは『火中の栗を拾う』ことにする。」
ヤンを除いた全員が、力強く頷いた。
「だが、このことをフリードルフ卿に告げるまえに、まずは我々の手でシュヴァイクを捉えることにする。」
ロイエンタールが大きく頷いた。
「シュヴァイクは現在、ニューヤークを離脱し、元連邦軍の補給基地を城塞化し、立てこもっている。
連邦軍の東海岸地区の戦力だけでは手出しは難しいようだ。
だが、これについては、昨晩、ヤンから腹案を聞いている。
もう一度、話してくれるか?」
やはり……
完全にはめられた。
ヤンはゲンナリしながらも話し始める。
「……『軍』を動かすのには、時間もかかるし、その間にシュヴァイク側も戦力を増強する恐れがあります。
クランバトルという形式に、この戦いを無理やり当て込んでしまえば、あくまでこれは『ガイエスブルク城塞』を舞台にした『試合』にできます。
幸いにも、クランオーナーのクワトロ・バジーナ氏がニューヤークに滞在してくれていますので……」
話しは短時間で終わった。
アナハイムからも戦力を出すが、それはあくまでも『戦力』ではなく、クランバトルに参加するためのテスト機だ。
大戦中にパイロットとしての経験があるミッターマイヤーとロイエンタールも参加する。そして―――
「ラインハルト様はおやめ下さい!」
キルヒアイスは、懸命に止めたし、周りものもそれは如何なものかと考えたが、彼らの上司は頑固だった。
「我々がシュヴァイクを捕らえることで、継承への正統性が担保出来るのだ。
わたしが行かなくてどうする!?」
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話しはまとまった。
最寄りのアナハイム施設からへのモビルスーツを借りる算段はキルヒアイスが、クワトロ・バジーナへの連絡はヤンが受け持つことになり、いったんミーティングは散開することになった。
帰り際、オーベルシュタインが、ラインハルトにそっと耳打ちした。
「素晴らしい人材ですな、ヤン・リーという人物は。」
「そうだな。ウォン支配人はいい人物を紹介してくれた。」
「幕僚に加えるおつもりですか?」
ラインハルトは内心困ったものだと思った。オーベルシュタインがスタッフを『幕僚』扱いするから、戦略研究室が『元帥府』と呼ばれたりするのだ。
「いずれは、な。だが、彼はまだ学生だ、しばらく待とうと思う。」
「わたしは反対です。」
「理由をきこうか。」
「彼は有能です……あまりにも!」
「わたしが彼を使いこなせないとでも?」
「そうではありません!
時として主の代行さえ可能な部下は必要です。
そして、なんでも相談できる対等な友人もまた大切でしょう。」
オーベルシュタインの瞳が不気味に光った。
「ですが、ひとりの人間がその両方を兼ね備えることは危険です。」
銀英伝でのキルヒアイスの役回りをヤンが背負うことになったので、キルヒアイスがラインハルトをかばって撃たれるくだりはなし……と。
アナハイムの工場なり研究所がもってそうな可変機だと、これまでに出てきた「スパルタニアン」がありますご、ラインハルトたちを乗せるにはちょっと相応しくないので、アナハイムが独自に改良を加えた「ヴァルキューレ」って機体があることにしようかな。