第13話 鼓動   作:ATARU 2025

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ニャーヤークに戻る平凡な日々。
マクレーンは久しぶりの休日を満喫する。








【閑話】なんもねえ日々

まだ、クワトロたちはなにやら動いている。

ガイエスブルク城塞に逃げ出た公爵たちの討伐はこれからだが、それはもはや市警の管轄外だ。

 

マクレーンは休暇をもらった。

 

今度はまともな休暇だった。

 

とくに予定もなかった彼は、湾岸地区の倉庫街近くに住む姪を訪ねてみる気になった。

 

様子を見がてら、一緒に一服するのも悪くない。

マクレーンは、タバコをワンカートン買い込んで、湾岸地区に向かった。

 

式典会場のあった中心街から離れるにつれて、街の表情は少しずつ変わっていった。

ガラス張りの高層ビル群は後ろに退き、古い煉瓦倉庫と背の低い事務棟が、海からの湿った風にさらされながら並びはじめる。運河沿いには積み荷を待つトレーラーが列をなし、古びたクレーンの骨組みが、薄曇りの空をひっかくように突き出ていた。

 

ニューヤークが生きている街である以上、スクラップ&ビルドを繰り返すのは仕方ない。

湾岸地区のこのあたりは、ほぼほぼスクラップ。

ビルドの予定を待っている地域だ。

だが、ニューヤークが腹の底で息をしているのは、たいていこういう場所であり、彼の仕事場もここからはほど近い。

警戒線も、検問も、怒鳴り声も、報告書もない今日という日。

刺された肩と、強くぶつけた背中はまだ痛むが、それだけのことだ。時間が解決する。

 

マクレーンは自嘲気味に鼻を鳴らした。

 

休みなんてもんは、もらえないと腹が立つくせに、いざもらうと有意義な使い方がわからない。

長年の職業病だ。

 

倉庫街のはずれでタクシーを降りると、潮と油と埃の混じった匂いがした。遠くで貨物艇の警笛が鳴り、低空を通過する輸送機の影が、灰色の舗道をゆっくりと横切っていく。

 

クワトロ・バジーナ。

あの謎めいているのかいないのかさえもよくわからないクランオーナーからは、メッセージが届いていた。

 

どうも、彼のクランの戦力だけで、ガイエスブルクを制圧しようとしているらしい。

マクレーンは、特に返信はせずに、メッセージをそっと消した。

 

クランのオーナーがどの程度の戦力を動員できるかは知らないが、ガイエスブルクは元連邦軍の補給基地だ。

モビルスーツもかなりの数を用意しているはずだ。

 

たかだか、クランバトルという見世物の興行主が、手持ちの戦力を動員してどうなるものとは思えなかった。

大戦中のスーパーエースにでもなったつもりなのだろうか、あのクワトロという男は。

 

あ。

 

マクレーンは、くわえかけたタバコを落としそうになった。

 

“そうか。噂がホントならクワトロの旦那は大戦の英雄だったよな。”

 

そして、ネオ香港の彼のクランには、『ハートのエース』や『エース殺しの荒鷲』や『白い悪魔』、『狂犬』、『病み猫神』といったトップランカーがごろごろしているはずだ。

 

連邦軍は連邦軍で、なにやら動きは続いているが。

マクレーンは、煙を一杯に吸い込んで、吐き出した。

それは、まあ……いい。そこまでは、もう警察の仕事ではない。

 

そう自分に言い聞かせながら、彼は煙草のカートンを小脇に抱え直した。

 

姪の住むアパートは、倉庫を改装した古い建物の二階だった。

外壁はところどころ色が抜け、錆びるべき素材の部分は、潮風で白く錆びている。

景気のいい地区とは言えないが、治安が壊れているというほどでもない。

家賃の割に日当たりがよく、運河の向こうの光が夜になるときれいに見える――以前、姪はそんなことを言っていた気がする。

 

階段の入口には、まえに来た時にはなかったポスターが貼られている。

『喫煙禁止』はまあ分からなくもない。

『薬物禁止』は当然として『締切厳守』はなんなのだろう。

 

姪に会うのは半年ぶりだ。

部屋のドアをノックした。

 

反応はなかった。

 

さらに強くノックした。

 

「……いま留守……」

「開けろ! 俺だ!」

「……家賃ならもうちょっとまって欲しい……」

 

かつかつの生活をしているのは、知っていたが家賃も滞納しているようだった。

 

「……俺だ。マクレーンだ。」

 

「はにゃ? 叔父貴?」

 

「どこかの古株のギャングか!」

 

扉が大きく開く。

姪は、くたくたのTシャツ、緩めのズボン。

半年前にあったときから、変わらない。

片手にマグカップを持っていたが、そこにはタバコの吸殻が無造作に突っ込んであった。

 

少し驚いた顔のあとで、すぐに呆れたような笑みが浮かぶ。

 

「どした? 謹慎でもくらった?」

 

「俺をなんだと思ってる」

 

「半分くらいは本気で心配してる」

 

マクレーンは煙草の箱を持ち上げてみせた。

 

「土産だ」

 

「……禁煙中……」

 

手に持ったマグカップのタバコの吸殻と明らかに矛盾している。

 

「いつから?」

 

「もう、1時間。」

 

「それは禁煙とは言わん。」

 

姪は振り返って部屋を眺めた。

相変わらず汚い部屋だった。

 

「……どこか、吸えるとこ行こ。」

 

禁煙期間はもう終わったらしい。

 

「おまえの部屋は? このアパートは禁煙になったのか?」

 

「水道が止められてるにゃ。」

 

姪は、そのままサンダルを突っかけた。

 

姪は玄関の鍵をかけるのももどかしいというふうに、財布とタバコだけをポケットに突っ込むと、外階段を下り始めた。

 

「水道代、いくら溜めてるんだ。」

 

「二ヶ月……いや、三ヶ月かもにゃ。」

 

「払え。俺が立て替えといてやろうか。」

 

「出世払いにするにゃ。」

 

「おまえが出世する未来が、まったく想像できないんだが。」

 

「にゃあも想像できないにゃ。」

 

倉庫の間の道を、二人は特に急ぐでもなく歩いた。運河沿いにはトレーラーが列をなし、使われなくなったクレーンの骨組みが、薄曇りの空を無造作に切り取っている。

 

「どこまで行くんだ。」

「港の先っぽにゃ。誰も来ないから、吸うのにちょうどいいにゃ。」

 

古い柵に「関係者以外立入禁止」の看板が下がっていたが、柵はすでに半分外れて、通り抜けるのに支障はなかった。姪は迷いなく中へ入っていく。

 

「入っていいのか、これ。」

「警官と一緒だから問題ないにゃ。」

「警官だからこそ聞いてるんだが。」

 

そう言いながらも、マクレーンは柵をくぐった。

 

桟橋の先端には、もう船をつなぐこともない係留柱が並んでいるだけだった。

 

二人は縁のコンクリートに並んで腰を下ろす。波が下から板を叩く、低い音だけが続いていた。

 

カートンから一箱抜き、マクレーンは姪に投げた。姪は片手で受け取ると、慣れた仕草で封を切り、一本くわえる。

 

「火。」

「自分で持ってこい。」

言いながら、マクレーンはジッポーを差し出した。乾いた音がして、火がつく。

マクレーンも自分の分に火をつけ、深く吸って、長く吐いた。紫の煙が、海風にあっさりとさらわれていく。

 

「……この辺、なんにも起きてない感じがして、好きにゃ。」

「そうか。」

「世界がどうとか、よくわかんない話とか、テレビ見てても、遠い国の出来事みたいにゃ。」

 

マクレーンは、それには何も言わず、携帯灰皿に灰を落とした。

 

「にゃあ?」

「なんだ。」

「なんのために、叔父は、警察やってるんかにゃ?」

 

しばらく、波の音だけが続いた。マクレーンは煙を吸い込み、海の方を見たまま答えた。

 

「おまえみたいなスモークジャンキーが、公園でのんびりたばこをふかせる世の中をつくるためだ。」

 

姪は、目を丸くしてから、噴き出した。

「にゃにそれ、かっこつけすぎにゃ。」

「半分は本気だ。」

「公園、たいがい禁煙だらけにゃけどにゃ。」

 

「だから、だよ。」

 

姪はもう一口吸って、足をぶらぶらさせた。

「にゃあは、偉そうなことは言えないにゃ。家賃も水道代も溜めてるようなやつにゃ。」

「知ってる。」

「でも、こうやってダラダラ生きてても、誰にも文句言われない場所が、もうちょっと残ってればいいにゃって、たまに思うにゃ。」

「贅沢な話だな。」

「贅沢上等にゃ。」

 

マクレーンは短く笑った。柄にもないことを言ったと思ったが、取り消す気はなかった。

 

 

マクレーンは思う。どこかで、金ピカの化物じみた機体が飛び交おうが、公爵が城に逃げ込もうが、それは軍やクランオーナーの仕事だ。自分の仕事は、もっと地味で、もっと小さい。この桟橋で、湿ったタバコを吸いながら文句を言っている姪が、明日も明後日も、同じ調子でダラダラ生きていけること。それだけだ。

 

マクレーンは立ち上がった。

 

「もう行くにゃ?」

「飯を奢ってやる。あまり食えてないだろう?」

「ありがたいにゃあ。」

 

姪は、タバコを、揉み消して立ち上がった。

 

「大通りに戻ると、おいしいイタリアンの店があるにゃ。

ビールと赤ワインがたらふく飲めるにゃ。」

 

 

 

 

 

 

 

 




マクレーン、しばらく出番ないので、特別版です。
時系列的には、いったんグラナダに行きたいのですが、ヤザンやポプランがはやく暴れさせろとうるさいので、どうしよう。
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