連邦軍は動けない。 市警も手が出せない。 親戚筋は逃げた。 最終兵器のサイコガンダムは、なぜか大型空調機になった。
――そんな公爵のもとへ、一本の通信が入る。
「決闘を申し込む」
風雲急を告げるガイエスブルク!
シュヴァイクたちを逮捕しなければならない警察や、公然と武装した要塞をなんとかしなければいけない連邦軍にとっては、頭の痛い日々が続いていた。
これだけの戦力を集められてしまっては、地区司令部だけではなく、ジャブローに応援を求めるしかないのだが、ジャブローはジャブローで、ジオンが特使として派遣したミーア・キャンベル補佐官がテロに巻き込まれたという事態に対するジオンからの対応に追われていた。
対応は思った以上に強弁だった。
ジオン軍はすでに、降下部隊の編成を終え、行政の要たる公王府は、ニューヤークをジオン管轄下におくことを宣言していた。
ゴップたち連邦軍のトップや連邦政府は、この対応に追われていたのだ。
一方で────
その元凶であるシュヴァイクも、楽しい日々を送ってくる訳ではなかった。
政治的な働きかけは、ほとんど相手にされなかった。ガイエスブルクに合流したものたち以外のフリードルフ家の親族は、電話に出ようともしなかった。
普段は、這い蹲るようにして、機嫌をとってきた議員や経済界の重鎮たちも、そっぽをむいている。
たしかに────
シュヴァイクはやり過ぎたのだ。
VIPが集まる結婚記念パーティの会場にテロを仕掛けてしまったのでは、多少の鼻薬を効かせた程度の警察関係者が力になってくれるわけもない。
ただ、フリードルフが指名したラインハルトとかいう金髪の小僧。あれの継承の正当性については突っ込みどころがありそうだった。
ラインハルトの家が、フリードルフ家の遠縁にあたるというあの家系図。
あれに、ついてはほぼほぼ偽物だろうという鑑定が出ている。
とはいえ、孤立していることには、違いないので、ハイネ家のリッテンからの連絡に、シュヴァイクは飛びついた。
「無事だったか、リッテン。」
精一杯の笑顔……あまり魅力的とは言い難いニヤニヤ笑いを貼り付けながら、シュヴァイクは、モニターのリッテンに話しかけた。
「やってくれましたね、公爵閣下。」
リッテンはシュヴァイクへの敬意など微塵もない顔でそう言った。
「なにが、どうした?」
シュヴァイクは優しく問い返した。
その程度の腹芸はできる。
「マイナスワンの起動は失敗したのだろう?
純粋に技術的な問題だ。そのことでおまえを責めるつもりはない……」
「よく言いますな、公爵。」
リッテンは吐き捨てた。
「マイナスワン……あのニュータイプのなり損ないについては、予定通りでしたよ。
ムラサメ博士の立ち会いで無事覚醒した。」
「ならばなぜ、予定通りにノイエ・サンスーシーを襲撃させなかったのだ?」
……そうすれば、ニューヤークは瓦礫の山。集まった政財界の要人もまとめて始末できる。
そうなれば、もっとも近くにまとまった戦力をもつシュヴァイクたちが、治安維持の名目でニューヤークに侵攻し、都市すべてをシュヴァイクの管理下における。
そういう計画だったのだが……
「モビルアーマーが、コロニー用の大型空調機にすり替えられておりました。」
「な……」
シュヴァイクは、少年時代に読んだコミック以外では使われたことのないセリフを発してしまった。
「……んだと?
もう一度言え、リッテン。『マイナスワン』が、どうなったと言うんだ。」
通信画面の向こうで、リッテンは鼻を鳴らした。
「……お聞きになった通りです、公爵。
サイコガンダムとして、北米に入ったはずのモビルアーマーが、ニューヤークの倉庫に収まったときには、『大型空調機』になっていた!」
リッテンは、書類の写しを画面に押し付けた。
ムラサメ研究所からの納品書「サイコガンダムほか」。
ニューヤークに入るときの搬入許可証には「大型空調機(サイコミュ付)」。
「し、しらん! しらんぞっ!」
シュヴァイクは慌てて叫んだ。
「だいたい、搬入にはおまえも立ち会ったはずではないか!」
「サイコガンダムは可変機でしてね。
変形しちまうとほぼ箱型……空調機といっても通るんですよ。コロニー内部で使う大型のものだとだいたいサイズも合いますし、ね。」
じっくりと、シュヴァイクを追い詰めるように、リッテンは言った。
「こういった許可書を出す監察局の局長には、ずいぶんと賄賂を渡してましたから、気を利かせた、くらいのつもりで受け取ったんですよ。
よもや、あんたがわたしらにまで隠して、サイコガンダムを横流ししてたなんて夢にも思いませんでしたからね。」
「そ!そんなことはせん!!」
シュヴァイクは叫んだ。
本当に寝耳に水だ。
「だいたい、わしがそんなことをしてなんになると言うのだ!!」
「表に出ない裏金には、人一倍執着するじゃあないですか、あんたは!」
リッテンは吐き捨てた。
「横流し先は────ティターンズでしょう?
あのあとすぐに、イズマコロニーで、サイコガンダムを使ったテロがあった。
今回の……フリードルフご夫妻の暗殺はまだまだ先の話で、サイコガンダムにはとりあえずの使い道はなかった。
横流しか……一時期だけのレンタルのつもりだったからは知らんがあんたは、サイコガンダムをバスク・オムに渡した。
だが、サイコガンダムは、イズマコロニーで、キケロガに撃墜され戻せなくなった……」
リッテンは、ギリギリと歯を食いしばった。
「……おかげでわたしは、大型空調機のお守りを半年ばかりさせられたわけだ。」
「頭がおかしくなったのか、リッテン!
わたしはサイコガンダムの横流しなどはしていない。
もし、そんなことをしていたら、マイナスワンを『切り札』としておまえに預けるわけがないだろう!?」
リッテンは、唸った……
「……たしかにそうですね。
しかし、現実にニューヤークの倉庫にあったのは、大型空調機でした。」
リッテンは首を捻る。
「なら……公爵閣下の側近の誰かが、小遣い稼ぎのためにサイコガンダムを横流ししたんです。」
「そ、その空調機のほうは……」
「マイナスワンともどもムラサメ研究所が、回収していきました。
レンタル期間は終了、とのことです。」
連絡が切れたあと、シュヴァイクは暫し呆然としていた。
「空調機、だと……あれだけの費用と時間をかけた最終兵器が、空調機……」
グラスをつかみ、壁へ投げつける。分厚い絨毯に砕けたガラスが散らばった。
「ええい、どいつもこいつも……!」
いや、それどころではない。
彼の側近のなにものかが、サイコガンダムを横流ししたのだ。
おかげで、彼はこんなところに押し込められ……
裏切りものは誰だ!!
爪を噛みながら、彼は自分に言い聞かせるように呟いた。
“まだ絶望するには早い。ここは難攻不落のガイエスブルクだ。旧式とはいえモビルスーツは二十機、装甲車両と対空ミサイルも完備している。市警の手に負える規模ではないし、連邦軍が正式に動くには政治的な大義名分が必要になる。
あの金髪の小僧が、正式にフリードルフ家を継ぐ前に、親戚筋をまとめて異議を唱えてやる。パーティから、まだ数日しか経っていない。時間はあるはずだ。あるはずだ。”
そのときだった。
通信回線がジャックされた。
彼がたったいま罵っていた金髪の小僧────ラインハルト・ローエングライムの顔がモニターに大写しになった。
「シュヴァイク閣下」
あまりにも端正な顔に、絶対零度の笑みを浮かべて、ラインハルトは言った。
「お元気そうで、なによりです。」
「き、きさまっ!」
「会場ではゆっくりご挨拶もできず、申し訳なかった。」
揶揄するように……いや、実際そうなのだろう。ゆっくりと、ラインハルトは語る
「あなたには、フリードルフ夫妻の殺害を指示した容疑、およびパーティ会場にミサイルを打ち込んだ容疑が、かかっている。」
「それがどうした!」
シュヴァイクは喚いた。
「証拠が、あるのか?」
「会場には、ジオンの特使や、連邦軍のトップの方々もいた。
むしろ、なにがなんでも…犯人を『作ってでも』捕まえてみせなければならない立場だな。」
「……くっ!」
「だが、わたしとしてはあなたにのんびりと裁判を受けてもらったり、刑務所でまったり過ごしてもらう気にはなれないのだよ。」
その目が焔を宿した。
「おまえは、わたしの肉親!
アンネローゼの命を狙った。警察がおまえを逮捕するまえに、落とし前をつける。
おまえに決闘を申し込む!」
「な……」
完全に予想外だった。近代以降の法では、私的な報復を認めない国も多かったし、決闘そのものを法律違反として、刑罰の対象としているところも少なくなかった。
現代においては、ジオンも連邦もそれに習っている。独自の法をもつ月面都市やコロニーでも、決闘を推奨しているところは無いはずだ。
「決闘だと!? 平民風情が生意気な……」
だがこれはチャンスかもしれなかった。
ラインハルト。
この若僧さえ、始末してしまえば、継承はいちからやり直しとなる。
「面白い! 受けてたってやる。具体的にはどうするのだ?」
「クランバトル。」
きっぱりと彼は言った。
「ほう? モビルスーツ戦か。いいだろう。
2対2のM.A.V.戦でいいのか?」
「全部出せ。」
ラインハルトは冷笑を崩さない。
「モビルスーツをずいぶんと溜め込んでいるそうだな。ありったけ出せ。
もちろん、それ以外の戦力を出しても構わない。わたしも知り合いに頼んでモビルスーツとパイロットを手配してもらった。
後々で、悔いを残さんようにな。
全力でかかって来い。」
そうだった。
こいつの仲間には、あの伝説的なエース。
“赤い彗星”がいた。
ハイネ家が雇った傭兵団を、1対複数で何度も破っている。 だがしかし。
集団戦となれば、話は別だ。
「……いいのか? 本気でかかるぞ。
金髪の小僧……!」
「だからそうしろ、と言っている。」
ラインハルトはチラリと時計を確認した。
「時間はいまから、5時間後だ。
ビーム兵器は使うが、クランバトルルールだ。コクピットは故意には狙わないでおいてやる。」
リッテンさんの連絡は、シュヴァイクたちに疑心暗鬼をふりまくためのウソです。
仕掛けたのはたぶん、ヤンか、オーベルシュタイン。