両陣営とも必勝の構えをとりつつ、ときは過ぎる。
「いい演技でした。」
通信を切ったラインハルトに、キルヒアイスが話しかけた。
ラインハルトは怒ったようにそっぽを向いた。
「……演技ではない。姉上の生命を狙ったシュヴァイクには心底腹をたてている。」
「これで、やつらはモビルスーツを全面に押し出して来るでしょう。少数精鋭のこちらには、数で押し潰すのが最前手。そう思わせたに違いありません。」
ロイエンタールも実に楽しそうだ。
ミッターマイヤーが、リッテンの肩をドヤしつけた。
「おまえもよい演技だったぞ?」
「……約束通り、偽名のIDとニューヤークからの逃亡を手助けしてくれるんですかね?」
「安心しろ。」
シェーンコップが軽く言った。
「うちの小隊が引き上げるときに、紛れ込ませてやる。行先はグラナダだ。」
「こっちで、選ばせてくれるんじゃないのか?」
「おまえのボディガードが希望してたぞ。」
ラインハルトは、ヤンとオーベルシュタインを振り返った。
「いい『策』だった。これで、シュヴァイクはもうガイエスブルクの側近たちも信用出来ない。
指揮系統にも乱れが生じるだろう。」
「見事なものだ。」
オーベルシュタインが、ヤンに向かって言った。
「連絡一本で、向こうはガタガタ。
ほっておいても自滅するかもしれません。」
「それでは、面白みがない。」
ラインハルトは立ち上がった。
「ロイエンタールの弁ではないが……自らの手で勝ち取ってこその勝利だ。」
「……では、やはりご自分も出撃されるつもりですか?」
ヤンはあまり浮かない顔である。
とにかく、ラインハルトといい、アルテイシアといい、クワトロ大尉といい……
今回の戦いに参加する味方のメンバーは、まかり間違っても死んでもらうと、後世の歴史書が書き換わるような人物ばかりなのである。
彼としては、タイムトラベルもしてないのに、歴史を改変する気は毛頭ない。
そのために「いかに有利に戦いをすすめるか」について、彼は知恵を絞り、いまの連絡もその一環である。
ほんとうは抜けてほしいのだが、もともと少数の味方で、ひとり抜ければアルテイシアとクワトロがその分危険になることは事実である。
「……わたしも参加するわけにはいきませんか?」
キルヒアイスが恨めしそうに言った。
「おまえは腕の怪我がある。」
「無理はいたしません。後方から援護射撃のひとつも出来れば。とにかく数の差を少しでもうめないと……」
ヤンは顔をしかめた。あまり数のことを話題にしてほしくなかったのだ。
数が足りなくて、クランバトルだと聞けば……
「提督! ぼくも参加させてください!」
ヤンのルームメイトの少年の目は、キラキラと輝いている。
「リミッター解除済みのスパルタニアンがあれば!」
「ユリアン……だったね。」
ラインハルトは、笑った。
「きみはまだ学生だ。戦いは大人に任せておいてくれ。」
ミッターマイヤーやロイエンタールも、ユリアンの様子を微笑ましく見守っている。
ユリアンには、年長者を。しかもそれもそれぞれの分野に長けたものに好意を抱かせるような徳があるのだ。
「スパルタニアンには慣れてます。」
美少年はなおも言った。
「もともと、ぼくの通ってるパイロットスクールの練習機でしたから!
それにクランバトルでしたら、経験があります!」
ラインハルトの視線に、しかたなしにヤンは頷いた。
嘘や誤魔化しは効かない。彼の視線にはそういう所がある。
「とは言っても正規の試合じゃありません。ジュニア部門の立ち上げのためのデモンストレーションです。まだ、正規の参加資格も持ってません。」
「お子様を引っばり出すくらいなら、わたしんとこの海兵隊を使いな!」
部屋の隅で腕を組んだまま、シーマが言った。
「機体性能の問題がありますから。」
ヤンは断った。
「あなたのガーベラ一機なら、レイダーが乗せて運べますが、ほかはゲルググは無理です。この作戦には可変機の行動について来られる機体が必須なんです。」
「それに、シーマ中佐が隊ごと参加するとなると、ジオン公国が率先して攻撃に参加したことになります。
大義名分が……」
キルヒアイスが言った。
さすがだな。と、ヤンは心のなかで、キルヒアイスを再評価した。
バランス感覚といい、政治的な嗅覚といい、大したものだった。そして、いまは怪我をしているが、おそらくは、パイロットとしても一流だ。
「大義名分を気にして、味方に犠牲者を増やすのは、論外だよ。」
シーマが言って、ヤンの胸をドンと小突いた。
「さすがは、戦場の奇術師ヤン大尉だ。
わたしも少し小細工をさせてもらってもいいかね?」
「楽に勝てる手段でしたら大歓迎です。」
ヤンは正直に言った。
「しかし、どういう……」
「まあ、詳しくは言わない。
ある意味、あとで非難するものも出るだろうから、それにあんたらを巻き込みたくないしね。
お願いするのはただひとつ!
こちらに、元海兵隊のシーマ・ガラハウが参戦してることをやつらにもっと喧伝しといて欲しいんだ。」
「それは可能ですが、いったいどういう……」
「あんたやクワトロが、畏怖をもって呼ばれていること。
ラインハルトが、若さゆえに舐められていること。
同じくらいわたしの悪名も使い道があるのさ!」
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軽々しく、クランバトルに出場したがる者が多いヤンたちとは裏腹に、シュヴァイクは自分自身が出撃する気は毛頭なかった。
「新型のゲルググを使わんのか?」
シュヴァイクは、守備隊長に尋ねた。
「使い慣れた機体のほうがよいのです、閣下。」
身長は2Mを遥かに越える。
だが鈍重な印象はない。
全身の筋肉はただ「戦う」。そのことだけに作られたように見える。
顔には傷跡が走り、シュヴァイクさえも彼を激高させぬよう気を使っていた。
名をゾッド・オフレッサーという。
元連邦軍大佐。
単身で小隊。装甲服を着せれば大隊。斧を持たせたら連隊に勝ると言われた人物である。
ジオンのルナツー攻略の際は、降伏命令に従わず、軽キャノンで出撃。
撃墜されたあとも、要塞内に立てこもり、数十人のジオン兵を殺傷し、最後には、罠にかかり、捕虜となった。
ほどなく、終戦を迎え、彼は連邦軍に戻れたが、降伏命令に従わなかった戦闘のため、ジャブローは彼の奮戦を評価せず。閑職に回された。
これに怒った彼は、上官に重傷を負わせて、除隊。
遠い血縁を頼って、シュヴァイク家の護衛隊を指揮するようになった。
「特注のコクピットでないと窮屈でかないません。」
「しかし、ザクでは……」
「閣下。クランバトルはわたしも素人ではない。」
そうだった。
オフレッサーは、何度もクランバトルに参加している。
必ず対戦相手を殺してしまうその戦い方から、ついたあだ名は「ミンチメーカー」。
あまりの非道っぷりから、サイド6のクランからは総スカンをくい、クランバトルが合法化されてからは声もかからなくなった。
「分かっていると思うが……」
「もちろんです!
ルールがどうだろうが、『たまたま』コクピットを斧が潰してしまってもそれは事故ですからな。」
頼もしい。
あまりの迫力に吐き気がするほどだ。
だが、この男は、単なる戦闘狂ではない。
部隊を指揮させても一流である。
「相手には、クワトロ・バジーナもいる。
ジオンの英雄“赤い彗星”ではないかと噂される男だ。」
「問題になりませんなっ!」
オフレッサーは吠えた。
「どうでもいい。目指すのは金髪の小僧の首印だけです。それさえ、達成すれば、閣下の勝利です。」
ガイエスブルクは、大戦当時、連邦軍の補給基地だったころから大幅に強化されていた。
外壁には、当時はなかったビームコーティング剤が塗布され、対空、対地ともに基地そのものの武装も充実している。
はっきりいってまともに攻めるならば、モビルスーツが50機。ほかに補給部隊、航空部隊、更には、基地内を制圧するための陸戦隊も必要だっただろう。
そのような戦力を用意するには時間がかかる。
その間に、シュヴァイクは、家系図の欺瞞を暴き、ラインハルトを継承者の地位から引きずり下ろすつもりだった。
だが、ラインハルトもそれを恐れたのだろう。
ありったけの戦力をかき集めて、戦いを挑んできた。
思うつぼだ。
シュヴァイクはほくそ笑んだ。
「では閣下!」
オフレッサーが敬礼した。
「戦闘開始……いやクランバトル開始まであと少し。
オフレッサー装甲機動歩兵師団、発進致します。」
「うむ、任せたぞ!」
シュヴァイクは頷いた。
「ことが終われば、あらためて、あのご老体には思い知らせてやる必要がある。
おまえには……そうだな。連邦軍への復帰はどうだ。大将の地位を用意してやる!
励めよ。」
オフレッサーさんって、フルネームがわからんので、適当につけました。