「替りのスパルタニアンを用意してくれ。」
ラインハルトは言った。
「やめとけ。」
ヤザンが荒っぽく応えた。
「おまえは『撃墜』されたんだ。つまりは一回くたばったのと一緒だ。
死人がウロウロするもんじゃねえよ。」
「わたしはまだ戦える!」
「ああ、そうだ。気持ちは折れてねえ。そりゃあいい事だし、またモビルスーツに乗って戦う機会がありゃあ、そのときに活かしてやりゃあいい。だがいまはダメだ。
おまえは撃墜されて、おまえの身体はそれを覚えちまってる。」
ヤザンは、抗議しかけたミッターマイヤーをジロリと睨んだ。
「あんたもだぜ? ミッターマイヤー中尉。」
「わたしはどうだ? ヤザン・ゲーブル大尉?」
ロイエンタールが言った。
「わたしのスパルタニアンは、『大破』でも、『行動不能』でも無い。最小限の補給で出撃可能だ。」
「アナハイムの幹部ってのはこうも好戦的なやつらばかりなのかい?」
ポプランが、支給されたコーヒーを啜りながら言った。
キルヒアイスは笑って、野営用の食事パックを手渡した。
「普段はそんなことはないですよ……きっと戦場に出たことで必要以上に高ぶってしまってるのだと思います。」
彼らが補給と休息の場に選んだのは、ガイエスブルクから10キロばかり離れた小高い丘の麓だった。
丘が遮蔽物となり、ガイエスブルクからの直接攻撃からは影になる。
補給物資を詰んだトラック。
モビルスーツのメンテスタッフたちも10数名が駆けつけていたが、ラインハルトのスパルタニアンは、脚部関節が破損。叩きつけられたショックで工場に持ち帰ってメンテし直さないと使い物にならない。
ミッターマイヤーのスパルタニアンは、片腕を切り落とされ、装甲のあちこちに弾痕を残している。
「ミーア・キャンベル……ソム・エドワウ殿と呼んだ方がいいのか?
先ほどは助かった。」
ロイエンタールは、コーヒーを飲みながら、切り株に座る女性に声をかけた。
「ああ……ロイエンタール……元中尉……でしたわね?」
ソムな顔を上げた。
驚くほど美しく、整った顔立ちだった。
恐ろしく正確な射撃能力を持つくせに、近接武器として『ハンマー』を好んで使用する女性パイロット……セイラ・マスの画像はほとんど無い。
元はサイド7の戦争難民だったと言う。シャアの奇襲にあって、試作モビルスーツとその運用艦を奪われ、混乱の中、彼女は負傷した連邦軍兵の看護に当たっていたらしい。最初は医療兵をしていたが、その後はパイロットとして頭角を現した。
ソロモン攻略戦の際に、Iフィールドを備えた巨大モビルアーマー、ビグ・ザムを落としたことで一躍、名を上げたのだが……
グラナダへのソロモン落としの際に、護衛戦力として派遣され、行方不明となっている。
その人物が、果たしてジオンの元首、アルテイシア・ソム・ダイクンなのか。
ロイエンタールは、ここでそれを問い詰める気はなかった。
否定されても追求のしようがなく、肯定されても証明する術がない。
代わりに尋ねてみた。
「あなたは……ニュータイプなのか?」
さあ……と言って、ソム・エドワウは微笑んだ。
「カンは良いほうもしれないけれど。
ニュータイプに興味があるの?」
「まあ……人並みは。実際にあれだけの技量の差を見せられてしまうと、オールドタイプとしてはいろいろ考えるところはある。」
「ニュータイプについて、聞きたいのならば、アレのパートナーに、ララァという女性がいるわ。」
アレ……彼女が顎で指し示したのは、クワトロ大尉だった。
整備スタッフに混じって忙しく、指示を出している。
彼にとっては、明らかにまだ戦いは終わっていないのだ。
そう……
モビルスーツは蹴散らしたが、ガイエスブルク自体は健在だ。
首謀者たるシュヴァイクの身柄を、警察に引き渡すまでは、戦いは終わらない。
クワトロは、ロイエンタールとソムの視線に気づいたのか、笑みを浮かべて手を挙げた。
「なにかな? ロイエンタール……ソム・エドワウ。」
「わたしはなにも用はないけど。
このハンサムな中尉さんが、ララァさんを紹介してほしいそうよ。」
「ララァを?」
整備スタッフへの指示が一段落したのか、怪訝そうな面持ちで近づく。
「いや、変な意味ではない。」
ロイエンタールは、クワトロの表情に剣呑なものを感じて慌てて言った。
「ソム殿の戦いを見て、ニュータイプ……というものをもう少し学びたいと考えたのだ。そうしたら、ソム殿が、あなたのパートナーの名を出したので……」
「ふむ……」
クワトロは顎に手を当てて、考え込むような仕草をした。
「考えておこう。だが、彼女は、わたしやソムのように、ニュータイプの能力を戦闘のためにしか使えないようなタイプではない。
もし、ニュータイプを戦いの道具として求めるのなら、考え違いとなる。」
ソムが眉間にシワを寄せた。
「わたしが、ニュータイプとしての在り方を戦いにしか使えないですって!?」
「……そうでないなら、これからのきみの生き方で、それを証明すればいいだけだ。
わたしもそうするよう努力している。」
「確かに。それよりもいまは、ガイエスブルクの攻略案のほうが先だ。
奴らのモビルスーツは、無力化したが、要塞としては健在だ。
こちらもラインハルト専務とミッターマイヤーのスパルタニアンは、使い物にならない。ジェリド・メサ……彼のギャプランも要塞の対空砲火でかなり被弾している。この三機はいったん戦線を離脱せざるを得ない。」
確かに、攻城兵器のないモビルスーツだけで、要塞を無力化。さらに、数百名はいるはずの兵や、シュヴァイクに従った親戚連中を逮捕するのは至難の業だった。
「それについては、わたしにちょっとした案があってね……」
シーマが物凄く悪い笑顔で、寄ってきた。
「そういえば、そんなことを言ってたな……いったいどんな……?」
「まあ、真っ当なあんたらは知らなくてもいいよ。わたしが勝手にやったことにしといてくれれば!」
「どういうことなの、シーマ。」
ソムが睨んだ。
「少なくとも、わたしは知る権利があると思うわ。」
「あんたは特に知らなくていい。
まあ、リリーマルレーンにちょっとしたものを届けてもらうように頼んだのさ。
明日の朝、届き次第決行するんで、お楽しみに、ね?」
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司令室を兼ねたシュヴァイクの居間に連れてこられた男は、顔を腫らしていた。豪華な衣装もボロボロである。
シュヴァイクは、冷たく男を一瞥して、その視線を朝食のスクランブルエッグに戻した。
そのまま、男を待たせる。
20分が過ぎ、シュヴァイクがデザートに取り掛かろうとしたときに、たまりかねて、男が喋った。
「シュヴァイク公、わたしは……」
隣にたった衛兵が無言で拳を振るった。
男が体を2つ折りにして倒れた。
「ラーデ侯爵。」
口元を拭いながら、シュヴァイクは言った。
「裏切り者である卿に、だれが口を開いてよいと言ったかな?」
「う、裏切り! とんでもない。」
喘ぎながら、ラーデはなんとか声を絞り出した。
「ただ、わたしは……」
「夜に紛れて、ガイエスブルクを脱出しようとしておいて、なにを抜かす!」
「し、しかし!」
ラーデは俯いた。
「……現実に、こちらのモビルスーツ隊は敗れてしまったではないか。」
「たかが初戦で、少々不利だったから裏切るとは!
ラーデ侯爵。あんたもそこまでの人間か。」
大股で、司令室に入ってきたのは、オフレッサーだった。
「再出撃の準備は整いましたぞ、閣下!」
「おおっ! それは……」
シュヴァイクは腰を浮かせた。
「よく一晩で、修理が出来たな。」
「はい。小官のものも含め、ザクが四機。ゲルググが一機。軽キャノン改が一機が出撃可能です。」
どすん。
シュヴァイクが腰を落とした。
「……それだけか……」
「奴らのトドメをささない踏み込みの甘さが、仇になりましたな。なあに、やつらのモビルスーツも傷ついている。
ビーム攪乱幕を使ってもらえれば、ギャプランは自動的に戦力外。スパルタニアンは一機が動けるかどうか。あとは、黒と金の可変機のみです。」
「昨日は、20機で出撃したのだぞ?」
さすがに、シュヴァイクもオフレッサーの計算がおかしい事はわかった。
「昨日は20対6。今日は6対2です。」
「……出撃は許可しない。モビルスーツは、ガイエスブルクの防衛に当たれ。」
オフレッサーは顔を歪めた。
「弱気になられるな、公爵!!」
ドンと巨大な手がテーブルを叩く。食器が飛び散り、ひっくり返ったコーヒーカップが絨毯に染みを作った。
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「なんです、アインスバッハ殿。」
浅黒い肌。黒い瞳。黒い髪。
まだ、20代半ば。充分に愛らしいと言えるアイリーンだが、表情は絵に描いたような仏頂面である。
「アイリーン・ヴィンセント。
たしか戦争前は、バウンティハンターとしても鳴らしていたな。」
必ずしも気が合う訳では無いが、辛うじて信頼するに足る唯一の上司はこちらも鉄面皮。およそ、愉快そうには見えない。
「……昔の話、ね。」
アインスバッハが手を挙げた。
とっさに、アイリーンは飛んだ。
ソファの後ろに身を隠す。
仕草は人間よりも猫に似ていた。
「……いい動きだ。腕は落ちていないな。」
服の袖から飛び出した小型拳銃をくるりと回して、アインスバッハは、そいつをアイリーンに差し出した。
「これなら、袖口に仕込める。いまわたしがやったように、な。」
「……」
「ラインハルトたちに投降しろ。そして、隙をみてこいつでラインハルトを殺せ。」
「あーっ!!」
頭を掻きながら、アイリーンは立ち上がった。
「わたしは殺し屋はやってない!」
「なら、今日から始めろ。ラインハルトさえいなくなれば、まだ、公爵の政治力を利用して逆転のチャンスはある。」
「ないよ!!」
「さっき、修理工場を見てきた。部品を付け替えてなんとか歩けるようにしたモビルスーツが6機だ。これでやつらを倒せる確率と、いま、わたしが言った案ではどちらが可能性が高い?」
「……ないわぁ……どっちも。」
「強いて言うなら?」
「わたしが鉄砲玉をやるほうか、な。」
「なら、任せる。」
アインスバッハは銃をテーブルに置いた。
「アインスバッハ少佐。わたしが、その……裏切るとかの可能性は……」
「任せる……と言った。」
言い捨てて、アインスバッハは背を向けた。
「おまえが撃つべきだと思ったものを撃て。シュヴァイク家におまえを誘ってしまった罪滅ぼしだ。」
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「弱気などではないぞ、オフレッサー。」
シュヴァイクは怒りを噛み殺し、笑顔を作った。
オフレッサーは……直ぐにでも出撃するつもりだったのだろう。装甲服の胴衣部分を装着下ままで、巨大な戦斧まで背負っていた。
そんな格好をするから、コクピットも特注で改造しなければならなかっだのだ!
根は吝嗇のシュヴァイクは、心の中で毒づいた。
それにしても、オフレッサーは、その凶暴性から言っても、シュヴァイク本人にしても気を使わなければならない相手だったのだ。
「対空砲の一部が損傷しただけで、ガイエスブルク城そのものは健在だ。ここが残っている限り、交渉の余地はいくらでもある。無理な出撃をせんでも、籠城して待てばよいのだ。」
「籠城、ですか。」
床に這いつくばったままのラーデが、震える声で呟いた。
「……公爵。まだそんなことを……」
「黙れ!」
シュヴァイクは一括した。
「無論、ただときを待つばかりではない。アインスバッハに策は授けた。」
「と、申しますと?」
「要はラインハルト。あの金髪の小僧だ。奴さえいなくなれば、事態は大きく改善する。」
シュヴァイクは、ニヤリと笑った。
「傭兵を送り込む。投降すると見せかけて、奴を暗殺する。」
オフレッサーが、苦い顔をしたのは、「暗殺」という手段の是非よりも、自分の汚名返上の機会がなくなるのと、ガイエスブルクからの投降者がラインハルトを殺せば、自動的に犯人はこちら側の意を汲んだものと見なされるからだ。
「知らぬ存ぜぬを決め込めばいい。」
シュヴァイクは、平気でそう言った。
「わしらは、一般市民などとは、次元の違う存在だ。」
オフレッサーは反論しようとしたが。
「公爵閣下! 司令!
衛星軌道上より、落下する物体があります!」
なんだ?と二人の上官は、うるさそうにオペレーターを見やったが、オペレーターは忠実に職務を果たした。
「衛星軌道上……ザンジバル級機動巡洋艦リリーマルレーンから投下されてものと思われます!」
「攻撃かっ!」
顔色をかえたシュヴァイクが腰を浮かせたたが、オフレッサーが止めた。
「衛星軌道上からの質量弾の投下攻撃は、禁止事項です。リリーマルレーンはいまは、ジオン公王府の直属艦。南極条約に縛られてるはずです。」
「ならばいったい……」
「落下物体、減速します。パラシュートを使ったようです。全長約25メートルの円柱状の物体です……正門前に、着弾します。」
ドスン。
それは武器には見えなかった。
落下の勢いで、先端を地面にめり込ませたまま、それはそのまま動かなかった。
「増援……モビルスーツの降下カプセルとも違うな。」
オフレッサーは目をこらしたが、それはただのタンクのようであり、兵器には見えなかった。
丁度、朝食時だった。
手のあいているものたちは、みなその物体を備え付けられたモニターで見た。
兵の中には、元連邦軍のものもジオン上がりのものもいたが、誰一人そんな兵器を見たものはいなかった。
「おまえは、ジオンだったろ?」
食事をしていた兵の一人が同僚を小突いた。
「ありゃ何だ?」
「なんだもなにも……」
小突かれた方も首を傾げるばかりだ。
「ありゃ……タンクだろう?」
同様な光景は、城塞のあちこちで見られた。
誰もそれが「何か」わからなかったのだ。
飛んできたモビルスーツが、その隣に着地するまでは。
連邦が試作機によく採用する白を基調にしたトリコロールカラー。
ツインアイ。額のV字アンテナ。
「ガンダム?」
「いや、たしかあれは試作機のガンダムガーベラだ。」
「ガンダムガーベラってことは」
「いやあ、諸君。」
一般回線を通じた声は、女のものだった。
「シーマ・ガラハウからのプレゼントだ。」
一瞬で全員が、そのタンクの意味を理解した。
ど
ど
毒ガスだあああぁっ!
長らく続いたニューヤーク編も次回で終了。
次はすこし、ときを戻して、グラナダの「シャイの逆襲」先行上映会を書こうと思います。