シャイのアクシズ落としは成功するのか!
そんな映画のなかのことはほっといて日常はまったり流れていくっ!!
「アムロ、呼んでしまってごめんなさい。」
呼んだのは、ララァだった。
褐色の肌に、長く伸ばした髪をお団子に結んでいる。衣服はお気に入りの黄色い貫頭衣だ。
「どうしたんです?」
ララァと、カンチャナ、ヴァー二は、ホテルはイベント会社が用意してくれたちょっと高級なところに泊まっている。
アムロたちのコンドミニアムからも遠くはない。
ララァたちは、イベント会社との打ち合わせ、アムロはアムロで、講師としての仕事があるので、それなりに忙しいが、時間があれば、買い物に行ったり、食事をしたりはしょっちゅうである。
「相談したいことはふたつ。
ひとつはまず、大佐のことよ……」
「シャアさんは、フリなんとか卿の結婚記念パーティで、ニューヤークにいるんじゃないの?」
マチュが言った。
「アナハイムの専務さんたちと一緒に。」
「この数日間に、モビルスーツ戦闘だけでも二回してるわ……」
「クランバトル……ですか?」
「クランバトルに見せかけた────よ。」
「いったいなにがどうなって……っ!」
「たぶん、わたしに心配をかけたくなかったんでしょうね……」
ララァはため息をついた。
「一回目の戦闘については内緒にしてたのよ。でもつい先日…二回目の戦いについては、語りたいようななにかがあったみたい。
ネオ香港で脚光を浴びつつあった射撃を使わないクランバトルに活かせるものがあったようなの。」
「ぼくの方には、クワトロさんからはなにも来ていませんよ!!」
アムロは言った。
「アムロ……あなたに連絡すればそれはあなたを頼ったことになる。それは、違うと思ったのでしょう…あの人の中では。
あ……まってアムロ。」
立ち上がったアムロを、ララァは止めた。
「モビルスーツを使った本格的なテロ、ということになって、ニューヤーク市は、ジオンに治安維持部隊の派遣を頼んだそうよ。だから少なくとも、もう戦闘はないと思うわ。」
「なんで、結婚記念日のパーティでそんなに拗れてんの?」
マチュは呆れ顔だ。
「詳しくは、あの人は話さないし、わたしもニュースを検索しただけだけど、要はフリードルフ家の跡継ぎ問題らしいわ。」
「え? だってどんな名家か知らないけど、結婚10周年のパーティなんでしよ? なんで跡継ぎがどうこう話題になるの?
子どもさんがいなくても、これからかもしれないし、養子とるとかいろいろ方法も」
「フリードルフはおじいさんなんです、マチュ。奥さんのアンネローゼとは孫ほど歳が離れてる。」
そう言うカンチャナもいつものエプロンドレスのままだ。
実際に『フロド』として客前に立つつもりはないにしろ、ここまでどうやって来たのか疑問に感じるほどの普段着だ。
あまり楽しそうではないが、これは男性を前にしたときはいつもそうなので、アムロは諦めている。
同じくエプロンドレスのヴァーニがお茶をいれてくれた。
「狙ったのは誰です……」
ララァが眉間に皺を寄せる。
「フリードルフ卿の親戚筋ではないかって、大佐は言ってたわ。アンネローゼに権利の……少なくとも一部を相続させるんではないかと、危惧しているとか……待ってってば! アムロ。
いまから行ってもパーティは今夜なの。間に合いっこないわ。
それより、もうひとつ。今日のレセプションのことよ。」
ララァがタブレットに指を走らせると、若い男性の立体映像がうかびあがった。
黒い目、黒い髪。
柔和な顔立ちで、連邦軍の士官の制服を着ている。
「……カンチャナのインタビューのときに使うアバターよ。
どうせ、カンチャナの正体探しで、ファンもマスコミもやっきになるに決まってる。
なら……望む答えを与えてやる方がいい。
そう考えたのよ、わたしたちは。」
「わかる!
連邦が勝った世界を描きたいなら、元連邦軍人で、しかもその作戦行動にもくわしい人。
イメージぴったりかもね。」
マチュは頷いた。
「……でもこれって、奇術師さんに似すぎてない?」
たしかにそうなのだ。
そして『知る人ぞ知る名参謀』だったヤンは、ネオ香港大学で行われた『仮想ア・バオア・クー』の企画で、クラバファンには名が浸透しつうある。
いくつかの条件はそろいつつある。
アバターとして使われた映像がなんとなく似ている。
それだけで、フロド=ヤン・リー説はあっという間に知れ渡るだろう。
投稿のログを探ったマニアから、『フロド』の居住地はネオ香港ではないかという考察も出回っていた。
ヤンはネオ香港大学の学生だから、この条件にも当てはまる。
「……だから、相談したかったのよ。」
ララァは、ふうっと息を吐いた。
「たしかに、アバターとして、元連邦軍の士官というのはいいアイデアだと思ったわ。イベント会社のほうも賛成してくれて、その線でアバターを作ろうと言ってくれたの。
で、実際に出来上がったものを見たのが、今日会場に来てからよ。
このまま使ってもいいものかどうか、相談したかったの。」
アムロたちは顔を見合せた。
これでヤンに迷惑がかからないと楽観できるものは誰もいなかった。
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会場はすでに満席だ。
照明は絞られ、詰めかけたフロドのファンたちは開始を今か今かと待ち望んでいる。
N・ロックは、自分の席から、アムロたちを探したが、どこに座ったのか、見当がつかなかった。
だが、いい。
少なくとも、フロドに繋げるための道は見えてきた。
場内にアナウンスが流れた。
「これより、『機動戦士ガンダム』最新作……『シャイの逆襲』の上映会をはじめます。」
N・ロックは手を握りしめた。
「……これに先立ちまして、みなさん!!
これまで謎に包まれていた『機動戦士ガンダム』の作者フロド先生から、ご挨拶させていただきます!」
満員の会場がざわめく。
いよいよだ!
N・ロックは手に汗が滲むのを感じる。
たしかに、彼にはビジネスプランとして、仮想戦のシミュレーションの配信という計画がある。その為には、精緻な「IF戦記」を描いたフロドとぜひとも契約したかったのだが、それはそれとして、単純に彼はフロドが描いた世界を最高のエンタメとして評価している。
おそらくは、このコンテンツだけで半世紀食える極上のエンタメだ。
それは彼にとって、最上級の評価だった。
だから、壇上にアバターが現れたとき、彼は少しがっかりした。
わかっている。
つい最近の戦争を題材にしている以上、反発するものも多いだろう。モデルにされた人物から名誉毀損で訴えられる可能性すらある。
いままで、半ばアングラの世界だから見逃されてきた一面もあるのだ。
大々的に映像化してしまった以上、批判するものも増えるだろう。
作者個人が特定できないようにするのは当然である。
彼はまた、エンタメの制作者でもある。
エンタメ的には、謎の作家フロドは謎のままがいい。
その正体を少しずつ明かしてやることで、長く興味を引っ張れる。
そのこともわかっていた。
“だが、壇上には上がって欲しかったな……檻のなかでもいいから”
現れたアバターは、連邦軍の士官の制服を着込んだ青年だった。
だが、その仕草はおよそ軍人らしくない。
丸テーブルの上には、紅茶のポッドとティーカップが置かれていた。
彼は、驚いたように目をパチパチさせて、こちらを見回した。
まるで、カフェでのんびりお茶を楽しんでいたら突然、ここに連れてこられてしまった……そんな風な演出だ。
彼は立ち上がり、柔和な笑みを浮かべた。
『やあ、みなさん。
わたしの宇宙世紀へようこそ。』
おおおっ……
と会場が湧いた。
『ジオンのシャイ少佐……彼が、ガンダムの奪取に失敗してから、作中ではかれこれ16年の歳月が流れています。』
声は若々しい。だが落ち着いた声だ。
『彼の失敗によって、ジオンは敗北しました。
ですが、その残党は、はるかアクシズで力をたくわえ、また連邦軍もその内紛により、力を大きく損ないました。』
壇上のフロドは、悲しげに首を振った。
『繰り返される戦い────その中で、人類はついに“ニュータイプ”を戦いの道具としか扱うことが出来ませんでした。』
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アムロは控え室から、この光景を見守っている。
いまさらアバターを使わない、音声のみのショボイ会見にすることには、イベント会社のほうが難色を示したし、では、どんなアバターにすればよいかもとっさには思いつかなかった。
結局、ヤン・リー似のこのアバターをそのまま使うことになったのだが。
カンチャナは、カメラの前にたって、背筋を伸ばしていた。いまのところ堂々と話せている。
仕草や表情、声の抑揚などは、いま壇上に投影されているアバターの性別、年齢、背格好に相応しいようにAIが勝手に調整してくれる。
『そして、戦いの中で生命を散らしていくニュータイプたち。 あまりにも深いシャイの絶望の果てに起こった事件が今回、みなさまに見ていただく映像作品です。
そして、これはシャイとアレムにとっての最後の戦いとなります。』
おおおっ!
観衆が唸った。
そうではないか──と彼らは危惧していたのだ。
主要キャラでも人気キャラでも容赦なく殺し、あるいは心に癒えぬ傷を負わせる。誰が呼んだか“皆殺しのフロド”。
今回は、シャイの地表への小惑星投下による“粛清”を描いたものだという。
アレムたちはそれを阻止しようとするのだか……
小惑星は落下。つまり、人類破滅エンドになるのではないかという考察も根強い。
そして、それは親しんだシャイとアレムの退場もまた意味するのだ。
『わたしは作家であって、語り部ではありません。ここで、多くを語るより、彼らの、そして人の行き着く果ては映像で見ていただきましょう。』
短いスピーチだった。
明らかに予定の時間よりも短かったようで、慌てたようなアナウンスが入った。
「そ、それではここで、質問コーナーに移らせていただきます。」
壇上のアバターは自然な感じで頷いた。
「……すでにいくつか事前にいただいた質問にお答えしたいと思います。」
観客からブーイングが上がった。
彼らが望んでいたのは、ライブでのやり取りだ。
挨拶と予め用意された質問に答えるだけなら、録画でもいける。
「まず、フロドさん。あなたは何者でしょう?
ジオン独立戦争のときにはおいくつでしたか?
いまは、連邦軍の制服をお召しになっていますが、実際に従軍はされていた?」
『そういった質問にはお答えいたしません。
────残念ですが。』
「なるほど。まだ当分は覆面作家をお続けになるおつもり、ということですね。
それはいつまででしょう?
いつかは、ファンの前に姿を現していただくことはあるのでしょうか?」
『それについてもノーコメントです。将来まで含めれば可能性はゼロでないにしろ、そうするメリットはわたしには感じられません。』
「それは単純に“栄誉”の問題ですよ、フロドさん。」
司会者はけしかけるように言った。
「匿名作家のままでは、さまざまな文学賞とは無縁になってしまいます。」
『わたしは賞が欲しくて作家になったわけではありません。』
「なるほど!
では、質問を変えます。わたしたち愛読者は、作中の登場人物にモデルがいるように感じられるのですか、それはいかがでしょう。
例えば、今回の主役であるシャイは、ジオンのシャア大佐。アレムはクランバトルのトップランカー『白い悪魔』アムロ・レイがモデルになっているように思えるのですが……」
『戦争をリアルに描いた結果、実在の人物に似てしまったところはあるかもしれませんが、故意にモデルにした、ということはありません。』
「分かりました────ご来場のみなさん!
のちほど、フリートークの時間は設けますが、くれぐれも以上のようなご質問はご遠慮ください。」
客席に笑い声が起こった。
「フリートークに入る前に、まずこれだけは聞いておきましょう。
なぜ、『連邦が勝った』歴史を描こうと考えたのですか?」
黒い髪の青年は、腕組をして考え込んだ。
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控え室の空気も重くなっていた。
ここまでは台本のある質疑応答だ。
イベント会社のスタッフとララァたちで、あれこれ詰めた内容である。
正直、声も変えてあるので、カンチャナが喋る必要すらない。
だが、この質問は。
ララァは、カンチャナやイベントスタッフも交えてずいぶん話をしたのだが、なかなかしっくりする答えはなかった。
ララァの夢の世界────それは彼女が愛する大佐を白いモビルスーツに落とされないために繰り返した「やり直し」の世界であり、カンチャナが描いた世界もそのひとつである。
連邦が勝った。
ただ、その世界ですら地球は、無傷ではなかった。
むしろさらに混乱は続く。
そして、本作ではついに第一作『機動戦士ガンダム~行きて帰りし物語』からのキーマンであるシャイとアムレも帰らぬ人となるのだ。
カンチャナは顔を上げた。
瞳の奥が熾火のように燃えていた。
“みんな燃えてしまえばいい”
マチュを逃がすため、かつて自分の働く娼館に火をはなった少女は内側からも焼かれているようだった。
「カンチャナ。」
マチュはカンチャナの細い肩にそっと手をかけた。
「なんでしょうか、マチュ」
いまの声はマイクは拾っていない。振り向いたカンチャナの口元が笑みの形に釣り上がっている。
ララァは息を飲んだ。
これは、いつもの三白眼に仏頂面よりも悪い。
なにもかもに絶望したときの彼女の表情。
「接客」のときの作り笑顔だった。
「あなたはこの世界を尊いとは思わないかもしれない。」
マチュは、カンチャナの視線をしっかりと受け止めた。
「でも守りたいひとはいるでしょう。
少しでも、今日より明日をマシにしたいと思うでしょ?
いまのわたしたちにはそれが出来る。
だから、」
マチュの瞳も燃えていた。
「諦めたらダメだ!」
カンチャナは驚いたように目を見開いた。
「……ってガンダムが言っている。」
台無し、である。
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『そうですね……』
青年は顔を上げた。
『可能性の追求……ですか、ね。』
「ほう? 可能性。」
『そうです。わずかな分岐が生み出す、有り得たかもしれないもうひとつの世界。
いまのわたしたちも決して、理想的な世界に生きているわけではない。
連邦はなかなかに香ばしく腐敗臭を漂わせている。覇権国家であるはずのジオンもいまひとつ安定しない。』
青年は、収まりの悪い髪をかきあげ、会場を見渡した。
『ですが、それでも少しでもよりよい明日を望む。出身がコロニーか月面都市か地上かで、角付き合わせなくてよい世界。街が焼かれ、家族がバラバラに引き裂かれなくてもよい世界。』
青年は、照れくさそうに笑った。
『あるいは、いまわたしたちの生きている世界がそんな選択のなかで生まれた少しはマシなだけの世界かもしれない。
そんなふうに考えて貰えるように、あえてわたしは連邦が勝利した世界を書いたのです。』
カンチャナはいったい誰の夢を見てるんだろう