アムロは語る。ゼクノヴァの真相を。
「白い悪魔」は追い詰める。アナハイムの野望を。
グラナダの地下で、ニュータイプとオールドタイプの意志と意地が交錯する!
先行上映会は、海千山千のN・ロックから見ても大成功だった。
フリーの質疑応答は、たっぷり30分はあった。
フロドは気さくで、その物腰は丁寧だった。
一部のアンチがそう思いたがっているような地球至上主義でもなく、別のアンチが信じ込んでいるようなニュータイプという概念を信仰する宇宙移民優生主義者でもなかった。
彼は、人格者で……親切で。
しかもサービス精神まで旺盛だった。
作家にとってはけっこうイヤな質問であるはずの「次回作」について聞かれたが、彼はあっさりといくつかのインサイドストーリーを書くつもりだと答えた。
ジオンが敗れたあとも、暗礁空域で活動を続ける「ディラスフリート」の加藤大佐が、核バズーカを装備した試作ガンダムを強奪する話をかなり具体的に話し始め、司会者が慌てて止めにはいるシーンもあった。
映画そのものは……
ぞろぞろと帰りかけたときに、N・ロックは、アムロたちを見かけて声をかけた。
それほど深い意味はない。
たったいま鑑賞した「シャイの逆襲」について語り合う相手が欲しかったのである。
アムロは、マチュとニャアン以外にも、インド系の女性を三人連れていた。
アムロ自身は技術者や研究者肌で、派手なことは好まない人物のはずだが、さすがにクランバトルのトップランカーともなるとモテるのだな、とN・ロックは感心した。
髪をお団子に結った女性は、蠱惑的な微笑みを浮かべて、クランバトルパイロットの「ココ・シャロン」と名乗った。
一緒に連れている少女二人は、まだ10代の前半だ。身寄りがなく、ココ・シャロンが面倒を見ているらしい。
N・ロックは、正直に「シャイの逆襲」について喋る相手が欲しいのだと告げ、アムロはなんとなく少し困ったような顔で承諾した。
子どもと言ってもよい年齢のものもいるし。
N・ロックは『開拓者の食堂』に一行を案内した。
もともとは初期の入植者が住んだグラナダ地下深くのエリアにその店はある。
料理は美味いが、中心部からは離れているためか、それほど混んではいない。
ドレスコードもないので、変なワンピース姿のココ・シャロンと、まるでその侍女のようなエプロンドレス姿の少女二人を連れていても特に入店を嫌がられるようなことはない。
いつもの前菜────ものすごく不味そうな原色のペースト状の食べ物(実は極上のパテ)が出るのも待ち遠しく、N・ロックは映画の話を始めた。
考えてみれば、こんなラッキーはありえない。
映画の主人公のモデルとなっているパイロットと一緒に、今見てきた映画を語らいながら食事が出来るのだ!!
「で? どうだった!?
クランバトルのトップランカーから見て、あの映画は?」
「そうですね……」
自分がモデルになっているためか、アムロは話しにくそうだった。
「あの、フィンファンネルという武器は実用化できそうですね。エネルギーキャップ式のビットは正直、稼働時間やビームの出力の点で物足りないんです。実際に“ファンネル”を搭載したキュベレイって機体はかなり扱いにくくなってます。
先日行われた連邦とジオンの鉱物輸出入の権利をかけたクランバトルでは、有重力下の空中戦ということを割り引いてもたいした活躍が出来ませんでした。パイロットのハマーンさんは凄いニュータイプなんですが、それでも操縦はかなりピーキーなようです。それに対ビームコーティング剤の進歩からすると、さすがに量産機を相手でも無双状態といわけには行かないんですね。製造、運用のコストからするとキュベレイクラスの機体では、だいたい1個大隊を相手に出来ないとペイしないんですよ。実際にそうなった場合には、戦闘しながらファンネルをちゃんと回収できるか、回収できても再チャージして射出できるかは微妙なんです。それを考えると……」
「わかった、わかった!!」
N・ロックは手を振ってアムロの長広舌を止めさせた。
な、なるほど、これが『白い悪魔』か!
まったく恐ろしい……
「フフッ」
とマチュが笑った。
「うちの天パの恐ろしさを思い知ったか!」
「うんうん、モビルスーツの技術面にも見るべきものがあった、というわけだね。」
N・ロックは言った。
「ストーリーのほうはどうかな。」
「ダメだと思う。」
“狂犬”は目を三角にして言い切った。
「なし崩し的にゼクノヴァがおこって、主人公二人が行方不明エンドはいただけない。」
「あら、でもゼクノヴァってなし崩し的に起こるものよ?」
ココ・シャロンが言った。
「ゼクノヴァについては、原理はともかく、それが起きる条件としてはかなり研究はされています。
最低2人のニュータイプ。そして、特殊なサイコミュ。例えばソロモンショックのときには、シャア大佐とセイラ・マス、そしてグラナダには“シャロンの薔薇”があった。
イオマグヌッソ事変のときには、マチュとニャアン。シャロンの薔薇。さらにはおそらくマチュの操縦していたジークアクスに搭載されていたオメガサイコミュが……」
た、助けてくれっ!!
N・ロックは心の中で呻いた。
クランバトルで、白い悪魔に対峙したものたちも、こんな思いをしたのだろうか。
「『フロド』は『シャアがガンダム奪取に失敗した』ということからIFの歴史を積み上げています。」
カンチャナがぼつりと言った。
「たぶん、ご都合主義に見えてもフロドにとっては、この終わり方は必然だったんだと思います。」
「なるほ。」
ニャアンが青いパテに絡ませてセロリをモクモクしながら言った。
「『創作』じゃなくて、可能性が作り出した別の歴史…。それを忠実に描いたんだ?」
「そういう解釈も可能かもしれないわね。」
ココ・シャロンは微笑んだ。
「あなた方もなかなかの『フロドファン』ですね。」
N・ロックは言った。
「ココさんの名はきいたことがあるような気がします。たしかグラナダでもクランバトルに出場されてますね?」
「まあ。」
ララァは照れたように頬に手を当てた。
「ガトーさんに負けてしまいましたけど」
「そうだ。たしか、『ペズン討伐』にも参加している!」
「はい。たいした活躍も出来なかったですけど。」
「そうだ!
うちの“ガールズ”相手に模擬戦もしていただきました!!」
「ああ…ソドンでグラナダに来た時ですね。
あれは、随分と怒られました。」
ココはアムロをチラリと見た。
「とっくに撃墜判定が出ている相手に対してオーバーキルだと。」
「これは失礼を!」
N・ロックは立ち上がって一礼した。
「……いま、アムロ君たちには、来年から発足するジュニアクランバトルスクールの講師をしてもらっているんですよ。
よろしければ、ココさんもぜひ……」
「それは難しいです。」
ココは、傍らのカンチャナとヴァーニの頭に手を置いた。
「この子たちの学校もありますので、わたしたちは地球に帰らなければなりません。」
「そ、そうですか。
いや、たしかに。学業は大事ですからね……」
「ちょっと、ロックさん!?」
マチュがむくれた。
「わたしも、ニャアンもアムロも学生なんだけど!?」
少々気まずい部分はあったが、会食は楽しかった。
食後のコーヒーとケーキを食べながら、話題は作者『フロド』のことになる。
「アムロくんたちは『フロド』に会ったんだろう?」
コーヒーをお代りしながらN・ロックは言った。
アムロとマチュ、ニャアンは顔を見合せた。
「まあ、彼がどんな人物かはきかないさ。
ただ、我が株式会社捨て猫同盟としては、ぜひフロド先生と契約を結びたいんだ!」
「N・ロックさんの仕事は、ジュニアクランバトルの運営でしょう?」
ニャアンが言った。
「なんか、関係があるのかな。」
「具体的にジュニアクランバトルが、軌道に乗って、収益化されるまではまだまだ時間がかかると思うんだよ。
それまで、なにも収入がないまま、会社は回していけない。」
「そこらへんは、アナハイムエレクトロニクスほどの大企業なら別に問題はないのではないかしら。」
ララァが言う。
「アナハイム、ならね!
だが、我々は『捨て猫同盟』であり、このまえ、登記をすませたばかりの新会社だ。公式にはアナハイムエレクトロニクスとは資本的な繋がりもないことになっている。
ポメラニアンズのアンキーオーナーからは、ジュニアクランバトルの共同運営に当たってアナハイムとの契約はお断りされてしまったんだ。なので別会社を作ることになった。
……これは、前の月面支社のトップがいろいろやらかしたことに由来しているから、文句を言うつもりはないんだが……」
「ジュニアクランバトル候補生のスクールの様子を『リアリティショー』として配信してるのもその一環ですよね?」
アムロは尋ねた。
「そう!
きみたちが入ってくれたおかげで、いままでの恋愛要素に加えて、スポ根要素やホラー風味も加わって、新規の視聴者は爆伸びだ。感謝している!
だが、配信そのものはジュニアクランバトルの試合が始まってからの宣伝効果の意味合いが強い。収益の柱には難しいんだよ。そこで、だ!」
N・ロックはずずいと体を乗り出した。
ただでさえ、大柄の彼がそうするとかなり迫力がある。
男性が苦手のカンチャナが、身を縮めた。
「先日、ネオ香港大学で行われたシミュレーションの『仮想ア・バオア・クー』。あれを興行にしたいんだ。
モビルスーツの訓練用シミュレーターと戦略級のシミュレーター。組み合わせることで、さまざまなIFを作り上げることができる!
1回だけのイベントにするにはもったいないよ!」
「大戦が終わって、まだ5、6年ですよ?
被災者だって多い。あまり、儲けのネタにはしないほうが……」
「たしかにそうだ。
だが、あのイベントはたしか、ジオン公国の要人がネオ香港を尋ねた際の歓迎イベントの一環として行われたものだ。
つまり、ジオンも連邦も公認のイベントとなる。
『フロド』の仮想戦記が映像化されたことでもわかるように、戦争は『過去』のものとなりつつあるんだ。」
「そこらへんはなんとも……」
アムロの表情は複雑そうだった。
月面に生活拠点をおくN・ロックには、そう感じられるのかもしれない。
月面都市群については、直接の戦火に巻き込まれることはなく、むしろ戦後は、ジオン管理下に置かれながらも大幅な自治権拡大が約束された。
戦火を交えた相手────ジオン公国にしてもそうだろう。戦死した兵士はいても、直接にコロニーそのものが戦火に晒されることはなかった。
だが、地球は。
しかし、別にアムロの価値観を全人類が共有しなければならない、ということもない。
それに、N・ロックのいうシミュレーションは、むしろ地球でも人気のコンテンツになるだろう。
シミュレーターの中であっても、連邦がジオンに勝つことができるのだから。
「……さすがにホントにあった作戦をそのまま、シミュレーションにするのは差し障りがあるだろう。
だから、シミュレーターの中に、フロドの書いたガンダムシリーズの世界観を持ってきたいんだ。契約したいっていうのはそういうことだ。
もちろん、先生はいままで通り、覆面作家のままで結構だ。売上に応じた報酬も支払われる。
金でつるつもりはないけど、たぶん今回の映像化の報酬なんかとは桁が違う金額を支払えると思う!」
恐ろしいひとだな。
アムロは、呻いた。悪人ではないのだろうが、常人ではない。
「……で、ぼくにその話を『フロド』に持っていけ、と?」
「まあ、アバターで出演するくらい匿名性には、気を使っておられるようだ。
連絡先をお聞きするのもいまは控えさせてもらう。どうかな。」
マチュが唐突に尋ねた。
「N・ロックさんは、フロドってどんな人だと思う?」
N・ロックは破顔した。
「……実は考えてた仮説があってね。」
「へえ……?」
「フロドの正体は、元連邦軍参謀『奇跡のヤン』こと、ヤン・リーじゃないか、と思ってたんだ。
いや、なんの証拠もないよ。
ただ、彼が先日グラナダを尋ねた時に、話をする機会があってね。
彼の戦略の知識、歴史家としての視点、そして学生という比較的時間の取りやすい立場……もし、そうなら面白いと思ってたんだけど。」
「だけど?」
「今日の講演をきいてこれは違う!と思ったんだ。」
「なんで? あのアバターはけっこう奇術師さんに似てたと思うけど?」
「だからさ!
匿名にしたくてアバターを使ってるのに、わざわざアバターを自分に似せてつくるやつはいないだろう!?」
一方、ネットでは
フロド=ヤン説
が瞬く間に広がっていく……