ソロモンの下で、互いの意思が交錯する。
「インタビューだと?」
ガトーは相手を穴のあくほど見つめた。
相手はガトーのクランのオーナーで、形式上はボスになるのだが、そこは昔馴染みである。
「そうなんだ。」
ケリィ・レズナーは、肩をすくめた。
「若いが、けっこう名の知れたジャーナリストだよ。名前はカイ・シデン……というか、おまえや俺には連邦軍の狙撃手『道化師』って言ったほうが通りがいいだろう。」
ガトーは、どちらの名前にも心当たりがあった。
唯一ないのは、自分がインタビューを受ける理由である。
「わたしになにを聞きたいんだ……?」
「そりゃ、本人に聞いてくれ。インタビュー自体はOKか?」
「まあ……かまわんが。」
「ようし!
カイ! こっちに来てくれ。ガトー少佐がインタビューを受けてくれるそうだ。」
いま!?
ここでか!?
やあ。
と、気さくに手を挙げて挨拶したのは、若い男だ。
まだ二十歳を過ぎたばかりだろう。
スーツを着用していたが、どことなく着崩した感があってあまりガトーは好まなかった。
だが、こいつは大戦のエースのひとり。“嗤う道化師”だ。
戦後、ジャーナリストに転じて、なんと即位間もないアルテイシア閣下にインタビューを成功させた。
「じゃあ、あとはテキトーに頼む。飲み物を頼むんなら、クランにツケを回して構わんからな。」
「ありがとっ! ケリィオーナー!」
立ち去るケリィの背中にそう言って、カイ・シデンは、ガトーの向かいのソファにどっかりと座り込んだ。
ガトーの視線は鋼鉄の色を帯びている。
数秒間。二人は睨み合った。
「……? 怒らねえんだな、アナベル・ガトー。」
ニヤニヤとカイは笑った。
「おまえは、わたしを怒らせようとしている。
それには、乗ってやらん!」
「こりゃこりゃ、さすがは“ソロモンの悪夢”。」
「ニュータイプとも噂される“嗤う道化師”がそこまで単純な男では無いと思ってな。」
お見事です、少佐殿。
そう呟いて、カイは手をあげて、ウェイターを呼んだ。
「コーヒーを」
「同じものでいい。」
カイは、コーヒーをふたつ頼み、支払いは自分ですると言ってルームキーを見せた。
「ケリィさんはずいぶんと上機嫌ですね。」
ガトーがクランバトルにでるときは、定宿にしているグラナダでも中の上クラスのホテルである。
モーニングの時間はちょうど、終わっていて、ラウンジは閑散としていた。
「この前、共同オーナーを提案された。断ったがな。」
「へえ? なんでまた。」
「あいつは、大戦中に片腕を失っている。」
「そうなんスね。じゃあ、あれは義手ですか?
そう言えば手袋をしてましたが、気が付かなかったな。」
「リユース・P・システムを入れてる。まだ市場には出回ってない。試作品だ。」
「……そりゃ、たしか大戦末期に、リビングデッドが使ってた技術だ。四肢を欠損した兵士にモビルスーツを操縦させるための……」
「そうだ。だが、そのシステムを義手そのもののコントロールに使うための実験も兼ねて、あいつはそれを装着させてもらっている。」
ガトーの目の前にコーヒーが置かれた。
香りは楽しまない。ただ、ストローを使わずに液体がカップのなかに留まっている。そのことだけに贅沢さを感じながら、ガトーはひと口飲んだ。
「……もちろん、そのまま、モビルスーツに連動させて操縦にも使える。
あいつが、やたらに機嫌がいいのも、わたしにオーナーの仕事を半分押し付けて、パイロットをやりたがっているのもそのせいだ。」
「リユース・P・システムについては、オレも追っかけてるンすよ。」
カイはレコーダーを取り出してから────しまった。
「録画録音はやめてくれと言うつもりだったんだが、よくわかったな。」
ガトーは、目の前の男が嫌いではないことに気がついた。
生活習慣。
態度。
口調。
そんな雑多なものをヌキにして、この男はプロフェッショナルだ。
大戦中はパイロットとして。
いまはジャーナリストとして。
「ムラサメがこの技術に興味をもっています。」
かわりにメモ帳とペンを取り出した。
ガトーは顔を顰めた。
「ムラサメ研究所が、か?
あそこは悪名高い組織だぞ。それこそ、リユース・P・デバイスの効果を最大限にするために、健常者の四肢を切断しかねないような。」
「もっとですよ。脳と一部の神経節以外の全てを失った被験者をやつらは手に入れました。」
カイはニヤニヤと笑った。
「つまり、リユース・P・システムを使って全身を義体にするって計画です。
いま、オレの追っかけてるメインのテーマはコイツでしてね。」
「悲惨な話になりそうだな。」
「どうですかね。必要なものにとっては福音となるかもしれない技術です。
関わっているのは、ムラサメ博士当人だ。
オレは案外うまくいくんじゃねえかと思ってます。なにしろ」
「「わたし、失敗しないので」」
二人の声はきれいにハモり、ガトーは苦笑いを浮かべた。
「……今日のインタビューは、それとは別口です。」
カイはメモ帳を開いた。
たいしたものだ!
ガトーは心の中で、カイを賞賛した。
自分はけっして、愛想のよい人間ではない。その懐にするりと入り込んでくる。
「映画はご覧になりますか。」
「ほとんど観ないな。」
「最近話題の。『シャイの逆襲』は?」
「ああ」
それなら観た。
無理やり連れていかれたのだ。
叩き上げの軍人のそれとして、ガトーは戦記ものの創作物はあまり好まない。まして、ニナ・パープルトンとデートはもっと好まない。
だが
「……悪い出来ではなかった、な。いまあの原作者……『フロド』の作品を読んでいるところだ。」
「そっちの感想はいかがです?」
「それなりに整合性はとれている。
シャア大佐がガンダムとソドンを奪取できない可能性もあったわけだし、最大の難点。
初めてモビルスーツに乗った少年が、瞬く間に無敵のエースとして活躍するというありえない話も、彼がのちの世にクランバトルのトップランカー、アムロ・レイだということで、納得してしまえる。」
「そこなんですよ!
劇中では、シャイにアレムですが、フロドの作品には全部、具体的なモデルがいると言われてましてね。
かくいうオレもそのひとりなんです。」
ああ、そうか。ガトーはまじまじと相手を見直した。
小説の中に、アレムとともにソドン、いやホワイトベースに乗り込んだ難民のひとりにこんな少年がいた。たしかガンキャンに乗って、後半ではエースとして活躍する……
「ならば、逆に聞きたいな。
ベストセラーのモデルとして描かれるのはどんな気分だ?」
「これのモデルはオレだ!と騒ぎたてるのもなんだか変だし、微妙な感じです。」
カイは、ペンをくるくると回しながら首をかしげた。
「先日のネオ香港の『ア・バオア・クー仮想戦』
ガトーの旦那もパイロットとして参加してましたでしょ?
オレもなんです。オレは、強襲上陸艦ホワイトベースのパイロットとして参加していた。
艦の名前こそ違うが、当時のメンバーも一緒だった。オレにハヤトに……セイラさんに。」
ガトーは微かに胸の奥が強ばるのを感じた。
セイラ……セイラ・マス。連邦のエース“戦鎚”。
だが、ア・バオア・クー仮想戦以降、妙な噂が広まっているのだ。
セイラ・マスが、ジオン公国の元首アルテイシア自身であったという噂が。
「そこに、アムロもちゃっかりと便乗していた。
現実にはそんなことは起きてない。
アムロはたしかに、シャアの強奪のときサイド7にいた。だが、やつは親父のテム・レイと一緒にサイド7に留まり……終戦後は軍を解雇された父親と一緒にモビルスーツの開発をはじめ、その資金稼ぎのためにクランバトルをはじめた。
それが本当にあった記録だ。」
カイは、コーヒーを飲み干すとお代りを頼んだ。
「それなのに、オレはやつの存在をあっさり受け入れた。やつがキケロガを撃退したときいたときも、ああ、そんなこともあったな、と何故か納得してしまった。まるでそういう歴史が本当にあったように!」
「たしかに、面白い。」
ガトーもコーヒーを飲み干したが、おかわりは頼まなかった。
この男と話すのは楽しい。有意義ですらあるとは思うのだが、次のクランバトルのためのブリーフィングの時間がせまっていた。
「しかし、人間の記憶というものは曖昧なものだ。アムロときみは同郷だったのだろう?
だから漠然と『仲間』意識があって彼の存在を同じ部隊の仲間として受け入れた……そんなところだろう。深く考える問題ではない。」
「というところなんですが。」
カイはケロリとして言った。
「インタビューはここからです。
ガトーさん。フロドの仮想戦記の主役になった気分はどうです?」
「……いや、わたしがモデルの登場人物などいなかったはずだが?」
「“シャイの逆襲”の先行上映会のときは、チラとフロドが次回作の構想を話してます。
舞台は0083。
暗礁空域でゲリラ戦を続ける『ディラスフリート』の加藤大佐が、核バズーカを装備した新型ガンダム試作機を強奪するって話です。
どうですか、ご自身がモデルになったキャラクターが登場する仮想戦記っていうのは!!」
ガトーは、諦めて自分もコーヒーのお代りを頼んだ。
「まず、どんな風に描かれるのかは気になるな。」
「なるほど。ごもっもと。」
「ただ、それは0083がまだ作品として発表されていない以上、いまの時点でやきもきしてもつまらん。」
「それもそうでしょう。」
「そもそも話をきいた限りでは、0085……イオマグヌッソ事変後のデラーズ・フリートを題材にしているように思える。」
ガトーはカイをちらりと見た。
カイは、コーヒーを運んできたウェイトレスの臀部のあたりのラインをほめていた。
食えないオトコだな。
ガトーは続けた。
「ジオンの公式発表はこうだ。
デラーズ閣下は、アルテイシア新政権に対する不信感があり、いくつかの誤解もあって、ズム・シティへの帰還命令に従わず、暗礁空域を中心とした治安維持任務を継続していた。
演習中に、廃棄コロニーが軌道をはずれ、大気圏突入の危険があることを発見。駆けつけたジオン正規軍とともにコロニーの核パルスエンジンを破壊し、地表への落下を阻止。
これをきっかけに、デラーズは原隊復帰を決意。
デラーズ・フリートは解散し、デラーズ閣下は現役引退した。」
カイの表情は、面白みのかけらもないスピーチでも聞かされたようなものだった。
オレが聞いてるのはこうですね、と前置きしてカイは話した。
「ギレン総統の熱烈な信奉者であったデラーズは、イオマグヌッソ事変中に演習中だった旗下の艦隊を掌握すると、パトロール任務の継続を盾に、ズム・シティへの帰還を拒否。さらに独自にコロニー落としを計画。
これを阻止しようと動くであろうジオン正規軍を牽制するために、アナベル・ガトー少佐をして、トリントン基地で試作ガンダム2号機サイサリスを強奪させた。
コロニー落としは危うく落下寸前までいったものの、デラーズ艦隊内部に離反者が出現。デラーズを拘束し、コロニーの核パルスエンジンを試作3号機デンドロビウムで破壊し、コロニーの地球落下は防げた。」
「ジャーナリストというのは、たいしたものだ。」
ガトーは褒めた。
「公式発表よりはかなり事実に近い。」
「楽しみですねえ、『0083』は。」
「たしかに、な。
あの作者がどんなストーリーを紡いでくれるのか。」
「その物語が、作品になったころに、また越させてもらうよ、ガトー少佐。」
カイはやや真剣な面持ちで言った。
「だがどうも気になる。オレたちの歴史では、0083にはなにも起こらなかった。だがそれに似たような事象は0085から0086にかけて起きた。」
ガトーはちょっと考え込んだ。
「それが、不自然だと?」
「なんとなく。
ティターンズとエゥーゴの戦い、アクシズとの戦い、それに今回の『シャイの逆襲』はいずれも近未来への予言書のような形で書かれている。」
「そもそも第一作の『機動戦士ガンダム』は、ジオン独立戦争という過去の物語だ。ぜんぶが予言書というわけではない。」
「だったら、0084年でも、85でも、86 でもよかったはずだ。あるいは80でも81でも82でも。
なぜ0083なんだろうな、ガトー少佐。」
「なにもかもに意味を求めようとすると陰謀論にはまるぞ、カイ・シデン!」
「まあ、根拠はないんだがね。」
カイは二杯目のコーヒーも飲み干したが、次を頼もうとはしなかった。
「『フロド』は作家じゃない。なんの『創作活動』もしていない。自分の記憶にある歴史をそのまま語ってるだけなんだ。」
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「手紙が来ているぞ、ヤン。」
ぐったりと疲れた様子で、研究室のドアをしめたヤンにキャゼルヌは、2通の手紙を差し出した。
電子的なメッセージではなく、わざわざ郵便を使ったのは、それが第三者の目にも残るようにするためだ。
「連邦軍……ジャブローの歴史編纂室勤務?
それにジオン公王府の特別秘書官?」
「ゴップ将軍とアルテイシア姫は、悪魔のように頭が回る。」
キャゼルヌ准教授は、笑った。
「どちらも半年程度の期間限定勤務だ。半年程度の短期雇用……なら、大学も辞めなくていいし、いまのマスコミ攻勢から退避できる。」
「行ったら最後、取り込まれます!!」
「正解だ。」
キャゼルヌは嬉しそうに、ポットにお湯を沸かし始めた。
ちょうど、部屋に入ってきたユリアンが、あ、ぼくがやりますと言って、お茶の準備を始める。
「……ご迷惑をおかけしています。」
ヤンは肩を落としている。
実際に謎の作家『フロド』=ヤン説が出回ってから、ネオ香港大学のキャンパスには大量のマスコミが押し寄せていた。
はっきり言って、授業に差し支えるレベルである。
ジオン工科大学ネオ香港キャンパスとは違って、ネオ香港大学は街中にある。
完全にシャットアウトすることは難しい。
「ご迷惑のほうは大丈夫だ。」
キャゼルヌは、自分の端末を見せた。
ネオ香港大学の口座だ。
かなりの金額が振り込まれている。
ニューヤークのフリードルフ家と……アナハイムエレクトロニクスからだ。
「名目はそれぞれ異なるが、結局、きみがフリードルフ家の相続について果たした役割を評価してのものには違いない。
そんな学生を学校側が手放すわけはない。ところで」
ニヤリとキャゼルヌの唇がつり上がった。
「本当にきみが『機動戦士ガンダム~行きて帰りし物語』を書いたんじゃないよな?」
「もちろんです!!」
一番の悪魔はこの男では無いか、とヤンは思った。
「さて、きみはジャブローにもズムシティにも行く気はない、と。それでは大学側も本腰を入れてマスコミ対策をしなければならない。」
実に困ったことだ、とキャゼルヌは深いため息をついた。
「きみに責任の無いことはわかってはいるが、協力はしてくれるな、ヤン?」
「もちろんです。わたしに出来ることでしたら……」
「そうかありがとう。」
キャゼルヌは隠していた三枚目の手紙をとりだして、ヤンに押し付けた。
「グラナダの企業からだ。先日、きみが行ったパイロットシミュレーターと戦略級シミュレーターを組み合わせる仮想戦を配信コンテンツとして、商業化したいそうだ。
ついてはAIのレンタルと実際に運営に当たったものの協力がほしいそうだ。」
「どこの企業です? まさかアナハイム……」
「いや、アナハイムエレクトロニクスではないな。出来たばかりの会社らしい。」
ヤンは手紙に目を通す。ビジネスプランとしてはありそうではあった。
しかし、株式会社捨て猫同盟というのは聞いたことがない────
最後のサインを見て、ヤンは天井を仰いだ。
N・ロック。
アナハイム月面支社のあの食えない男がやって来るのか!!
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ララァの泊まるホテルのロビーで待ち合わせたアムロは、現れたララァの姿を見て驚いた。
細身の身体の線がはっきりと分かる、黒を基調にしたドレスだった。
肩は大胆に露出している。
胸元もかなり深く開いていたが、下品というよりは、本人の持つ不思議な気品によって、むしろ夜の社交界にでもいるような雰囲気を醸し出している。
腰のあたりから布が柔らかく広がり、歩くたびに脚がちらりと覗く。
黒髪がゆっくりと揺れていた。
普段よりも、ずっと大人びて見える。
そして何より。
今日は一人だった。
カンチャナもヴァーニもいない。
そしてマチュもニャアンもそれぞれ、生徒を引き連れて実技指導に出ている。
マチュもいない。
ニャアンもいない。
完全に――二人きりだ。
「……ララァ?」
「どうかした?」
本人は平然としている。
「いや……その……」
アムロは視線をどこに置けばいいのか分からなくなった。
「ああ、これね!」
フフッとララァは笑った。
「わたしにとっては、これは戦闘服なのよ。こらから大事な────ひょっとすると戦いになるようなことがあるのだから。」
「戦闘服?」
「ああ、わかりやすい言い方だと勝負服ってものかもね!」
白い悪魔vs原初のニュータイプにして世界改変者!!
……違う物語みたい。