「ここを知ってるのかい、ララァ。」
「来るのは初めてだけどね。話はマチュから聞いてるわ。」
きれいに手入れされた花壇。
廟そのものは大きなものではない。
グラナダ建設時に、掘り起こされた冬眠カプセル、
そこの碑銘には『ムーンレイスの女王ディアナ・ソレル』と刻まれていた。
おそらくは初期の月面入植者が残した遺物。
グラナダ建設に携わった技術者たちは、そう判断し、彼女を祀った。そのまま、『ディアナ』の冬眠カプセルは民間の信仰を集めている。
ときどきは、その信仰が変な方向に行き過ぎて、問題を起こすこともあったが、いまは落ち着いていた。
「あら、いらっしゃい。」
ここを管理しているのは、修道女に似たような格好の年配の女性だ。あるいは本当に修道女なのかもしれない。
「いつもの赤毛の子は一緒では無いの?」
「今日は、外せない仕事があって」
そう言って微笑んだのは、ララァだった。
「お話しはきいたことがあったんですけど、一度お参りしたいと思って。」
「まあまあ、大歓迎よ。」
修道女はなかに2人を案内した。
入ってすぐが、土産物のコーナーになっていて、V字アンテナが髭のように見える『ガンダム』人形や、軽食などを扱っている。
「いまは誰もお参りしてないから、ゆっくりして行くといいわ。」
奥の部屋は、天井が高くところどころ、ステンドグラスが使われていた。
正面に冬眠カプセル。円柱状で、基本的には人工冬眠用のそれに違いはないのだが、ではどこのメーカーの物なのかというとみなが首をかしげた。
碑銘の文字も、文法は既存の言語体系から外れてはいないものの、そんな文字と言葉を駆使するものはおらず、学者の仮説はこうだ。
本格的な宇宙世紀が始まるまえに、弾圧を受けていた少数民族が、月面に新天地を求めた。
過酷な環境への対応が十分ではなかったのか、当てにしていた補給が滞ったのか。
彼らは全滅の憂き目にあった。その際に族長である『ディアナ』を冬眠カプセルにいれ、誰かが後世に発見してくれるのを望んだのだ。
「ディアナさん……」
アムロは声に出して呼びかけた。
まえのときは、マチュがいてくれたので、あっさりと交信できたのだが、はたして今日はどうだろう。
ララァがいてくれるので、大丈夫だとは思うのだけど……
目の前が百万の色の光を発する断片に埋め尽くされた。
「『始まりのニュータイプ』」
ディアナの声は静かだったが、どこか畏敬の念をかんじているようだった。
「あなたが来たのですね! ララァ・スン。」
「ララァをご存知なんですか?」
「そう。このひとは、カンチャナの身体を乗っ取ろうとしたのよ。」
とんでもないことをララァは、サラリと言った。
「わたしが止めたんだけどね。」
「誤解です。」
ディアナは、冷静に言う。
アムロはたいしたものだな、と思った。ちゃんとしてるときのアルテイシアにも通じる威厳を感じたのだ。
ディアナが、未来の世界からゼクノヴァによって飛ばされて来た存在であることは、まえに会ったときに聞かされていた。
そこは、人類の文明が滅んだ世界。月面の限られた民だけが、乏しい資源を守るために交替でコールドスリープしながら、ときを繋ぐ世界だ。
「わかっています。」
ララァは、微笑んだ。
「あなたにカンチャナを害する気がなかったことは。そして、『女王派』の急進が戦に繋がる可能性を危惧しての行動だったことも。」
「『白い悪魔』はわたくしを緊張させます。」
ほうっと、ディアナはため息をついた。
「『世界の改変者』であるあなたを、『白い悪魔』が連れてきた────そのことだけで、寿命が縮まる思いがします。」
寿命が縮む!?
あなたは冬眠と覚醒を繰り返して千年以上生きてるはずでは!?
た、たぶん、ジョークで言ってるんだろうな!
アムロはそう思ったが笑えなかった。
「わたしもあなたを害するつもりはまったくなくてよ、ディアナ・ソレル。」
ララァは、祭壇のまえに跪いた。
「あなたの力を借りたいの。」
「わたしは、この冬眠カプセルから出られません。」
ディアナは苦笑するように言った。
「特殊なフィールドのせいらしいです。かつて、この街の地下に秘匿されていた『シャロンの薔薇』なるほかの世界からの漂流物のものと同質のもの。」
「あなたの知識を借りたいの。あなたは未来から来た……そう、マチュやアムロから聞いているわ。」
「恐らくは────というレベルです『原初のニュータイプ』。」
慎重にディアナは言った。
「わたしと意思疎通のできた数少ない者たちの話を総合すると、この世界は、ナノマシンの暴走による人類の破滅より以前。わたしたちが『黒歴史』とよぶ時代の始まりに感じます。」
「くろれきし……?」
「誇りをもって語れる歴史ではないから。これからの人類にとって封印した方がよい記録なのでそう呼ばれるのです。」
「なら、あなたの知っている『黒歴史』とこの世界はそっくり一致するの?」
「いえ……」
ディアナは冬眠カプセルのなか。肉体的なは活動を止めた状態だ。だが、その唇が微笑むのを、ララァもアムロも間違いなく『見た』ような気がした。
「この時代は、人類がスペースコロニーに本格的に移住を初めてまだ一世紀もたたない時代。ですが微妙な齟齬は感じます。たしか最初の宇宙移民たちの蜂起……『一年戦争』は地球連邦の勝利に終わったはずです。」
目を閉じたままディアナの視線は、アムロを見据えた。
「そして、宇宙移民者を虐げた白い悪魔は、戦争に出ず、クランバトルという競技のエースとしてここにいる。」
「そう。」
ララァのドレスが水に溶けたように広がった。
極彩色の空間を、黒いドレスが覆っていく。
それはまるで、ララァが世界そのものを、書き換えているかのような光景だった。
「ならあなたの知っている……黒歴史について語ってちょうだい。」
「わたしは、歴史学者ではありません。ムーンレイスの女王として、封印された歴史の一部に触れる機会はありましたが……」
「覚えてる限りで十分よ。」
ララァは、アムロに近くに来るように促し、アムロがそうすると、その手をギュッと握った。
「あなたの歴史ではわたしはどうなるの?」
「最初に見出されたニュータイプ……ララァは一年戦争末期、『白い悪魔』によって生命を絶たれます。」
ララァの体が震えた。
「やはり────そうなのね。」
「ただ……その意思は失われずに『白い悪魔』と『赤い彗星』の関係に暗い影を落とします。
そのことによって、歴史は大きく暗転します。
本来であるならば、手をとりあえたかもしれない男たちは、対立し……ついには『赤い彗星』による地球粛清へと……」
「具体的には?」
「それはわかりません。この時代の出来事は、固有名詞は散乱してしまい、ある種の宗教がかった言い回しも増えて、細かいところは不明です。
『赤い彗星』の粛清も、歴史のなかでは『メギドの火により地球を氷に閉ざす』と表現されているだけです。
ですが、わたくしが考察するところでは、おそらく小惑星のような質量弾を投下することによって、地球寒冷化をはかったものではないか……と。」
「それは成功するの?」
「いえ、寸前のところで『人の心の光』が『メギドの火』を消滅させます。ですが『赤い彗星』も『白い悪魔』も帰らぬひとに。」
ララァの表情は変わらない、
だが、どこか疲れた様であった。
「わかったわ。
それがあなたの覚えている歴史なの、ね。」
「そうです。」
「ありがとう……なにかお礼が出来るといいのだけれど。」
「またお話をしに来てください。
あと宜しければ、出口の売店でお土産と軽食を。
いまなら『ディアナ様の声が聞こえた』で10パーセントOFF。」
「まえはそんなことは教えてくれなかったじゃないか。」
アムロは抗議した。
「ここの管理人はよくやってくれてるわ。祀られる側もたまには協力しないと、ね。」
アムロとララァは、売店でサンドイッチとハーブ水を買い、公園のベンチに腰を下ろした。
ララァは、サンドイッチと……あと一緒に買ったクッキーも平らげて、ぼうっと木漏れ日を眺めた。
「……やっぱり、カンチャナの書いた物語が『真世界』。」
ララァは、クッキーの包み紙を膝の上に置いたまま、ぽつりと言った。
「ディアナさんの記憶と、カンチャナの物語が一致している。少なくとも、偶然で片付けるには一致しすぎているわ。」
「でも、完全に一致したわけじゃない。」
アムロはサンドイッチの包みを畳みながら答えた。
「ディアナさん自身も、黒歴史の細部まではわからない、と言っていた。」
「そう!
あの聡明なムーンレイスの女王にして『黒歴史』と呼ばれる封印されたおぞましい記録こそが、ほんとうに『あった』歴史であって、わたしが改変した世界は全て紛い物でしかない……」
「その考え方は意味がないよ、ララァ。」
アムロは懸命に言った。
「現実にぼくたちは、ここに生きてるわけだし、たしかにゼクノヴァ現象でもわかるように、並行していろんな世界は実在しているのかもしれないけど。」
「改変しようとしても、世界は正しいところに収束しようとするものよ。」
ララァはヒールの踵で、蟻を踏みにじった。
「どんな抵抗も無駄。だからわたしもずっとずっと失敗し続けたのかしらねえ、アムロ。地を這うものが大空を羽ばたきたいと願うような。」
「夢、だよね、ララァ。」
「夢よ。アムロ。でもカンチャナは物語りを書いたし、それはディアナの記憶とも一致する。
ゼクノヴァは、ソロモンの一部を消失させ、ア・バオア・クーを異世界に放逐した。
この世界は本当に存在するのかしら、ねえ、アムロ。
これもわたしの夢で、目が覚めたらわたしはまだあの舘で“恋人さん”の訪れを待ち続けるしかないのかしら。」
「ララァがこの世界がいいと望むなら、それを本当の世界に変えてしまえばいいっ!」
「まあ……」
ララァは頬を赤らめて口に手を当てた。
「なんて素敵な愛の告白……」
「ち、違うよっ!!」
ララァはアムロの手に手を重ねた。
「とってもうれしいわ。何度もやり直した中にもアムロに告白されたことはなかった。」
アムロは。
『白い悪魔』と呼ばれていてもけっこう試合ではいっぱいいっぱいでやってることが多いのだ。
まして、日常生活では!!
「アムロがちゃんと傍にいてくれる存在だって確認したいの。今日は一日わたしに付き合って、ね?」
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「お帰りなさい、お姉様。」
カンチャナたちは先に帰っていたようだ。
ホテルの部屋に帰ったララァを、ヴァーニが明るく出迎えた。
「ご飯はまだですか? もう準備してあります。
ちゃっちゃと着替えてください。
そのまえに、お風呂はいかがです? サッパリしますよ?」
「ち、ちょっと、ヴァーニ。」
めずらしくぐいぐいくるヴァーニに、ララァは戸惑いながら笑った。
「ではお風呂にするわ。ち、ちょっと、いきなり玄関で脱がせなくても」
「いまのドレス姿を、カンチャナに見せたくないんです。」
声をひくくして、ヴァーニは囁いた。
「アムロと……ましたね?」
ララァも声を潜めて、大胆に空いた胸元を抑えた。
「なに? キスマークでも残ってたかしら?」
「もっと単純です。そのドレスを着付けしたのは。わたしとカンチャナなんですよ。
途中で一回脱いだかどうかくらいはわかります。」
ヴァーニの指は、軽々とララァのドレスのリボンベルトをほどき、ボタンを外していく。
「あの子は、お姉様がそういうことをするのを凄くいやがるんですよ。」
くせっ毛の黒髪を短くしたヴァーニは、どこかアムロを思い出させる。
さっきまで一緒にいた青年を思い出しながら、ララァはそっとその黒髪を指に巻き付けた。
ちょっと、引き返せないところまできました。やってることは日常なのですが、ニューヤークよりも修羅場。