一応、講師として壇上に立っている以上、生徒に『ナメられる』のはかなりまずい事態だが、幸いにもアムロもマチュもニャアンも、そんなことはなかった。
『白い悪魔』に舐めた口を叩けば、次の模擬戦で5秒で落とされ、『狂犬』にでかい態度を取れば、首を落とされる。『病み猫神』様は舐めたことをしようがしまいが、平気でこっちの機体を盾に使ったり武器に使ったりしてくる。
「夕ご飯どうする、天パ?」
マチュは、寝室のドアさえ勝手に開ける。「どうする?」と聞きつつ、彼女が着てるのはアムロのルームウエアだ。サイズがぶかぶかでだるだるの生地だから、胸元から胸の谷間がかなり深いところまで覗いている。
外出できる服装ではない。
アムロは身体を起こした。
上はシャツ一枚で、下はバンツだけなので、流石にベッドから降りるのは躊躇われた。
「ルームサービスを頼もうよ。」
「わかった。ニャアンも呼んでくる。」
少し気が強くて、それでいて、面倒見のいいタイプが自分の好みなんだろうな、とアムロは嘆息した。
謎めいた大人の女性は。
憧れだけに留めておくべきだったかもしれない。
彼らのいるコンドミニアムのなかのレストランは、部屋まで食事を届けてくれる。
メニューも豊富だ。
ここで頼んでいる分には、N・ロック氏の会社から支給されているミールクーポンが使えるのでなにかない限りは、ここを使うことが多い。
とくにマチュとニャアンについては、固定のファンがついているらしく、街を歩いていると、よく声をかけられたり、サインや写真をねだられることも増えてきた。
アムロについては、さっぱりなので、どれだけ自分は華が無いのかと嘆息することしきりである。
ニャアンはタブレット型の端末を抱えて現れた。
三人ともにジオン工科大学の学生である。実質、無試験で入学出来ているのだが、ニャアンは基礎学力が不足してると見なされて、追加の課題があるのだ。
これをクリアしないと、大学のカリキュラムで受けられないものがあり、卒業もできない。
なので、クランバトルスクールの講師をやりながらも、ニャアンは自分の課題の履修にも励んでいる。
ほどなく食事が届けられた。
メインは鍋だ。中には出汁が湯気を立てている。
それと麺類。パスタやラーメンは分かるが、茶色の麺はソバだろうか。そのほか半透明のヌードルや平打ちの麺もある。
付け合せの野菜や肉の切り身などと一緒に茹でる。
出汁そのものは薄味なので、様々な調味料も一緒だ。これで自由に味付けして食べろ、ということらしい。
それに色とりどりの小皿にのった副食類。デザートのケーキ類。コーヒーのポット。
マチュとニャアンがさっそく麺を茹で始める。アムロが勝手が分からず戸惑っていると
「まず、このハルサメ! この野菜と一緒に茹でて、スープは辛めがオススメだから! そうすると味付けは、これとこれ……」
マチュはなかなか甲斐甲斐しい。
ニャアンはとっとと、自分の分を作り上げる。
中華麺に醤油ベースのタレを足し、刻んだ野菜とチャーシューをトッピングし。ずるずるずる。
ラーメンとなにが違うのか?
アムロは、マチュが作ってくれた香辛料を効かせた半透明のヌードルをすすった。うまい!
けど辛い!
むせ込みそうになって、アムロは慌てて水を飲んだ。
「辛いときには鶏油がおすすめ」
ニャアンが言ったがマチュが反対する。
「ダメ。コクは出るけど味が濁る!
それよりもゴマが……」
アムロはどちらの提言にも従わず、茹でた野菜を大量に投下した。
「ララァさんとのデート。どこに行ったの?」
マチュはさり気なく尋ねた。
「ディアナさんのところだよ。」
「そうだね。会っておいたほうがいいからね。でもいまさらなんで?」
マチュは平打ち麺にどろりとした茶色のソースを掛けたものをむしゃむしゃしている。ちなみに出汁はほとんど使っていない。
「この前の『シャイの逆襲』。あれに描かれた歴史がディアナさんの覚えてる『黒歴史』と合ってるかどうか聞きたかったみたいだ。」
「ふーん。それは気になるよね。もし、一致してたらカンチャナの描いた歴史こそが、『本筋』ってことになりかねない。」
「その……分岐した世界に『本筋』なんてあるのかな。」
アムロは言った。
「ぼくもゼクノヴァは見たし、それが『可能性の生んだ別世界』への転移現象だってことは分かるんだけど。」
「ララァさんの『やり直し』のことね。」
マチュは今度は、ソバを湯掻いている。
「わたしはイオマグヌッソのときに、『シャロンの薔薇』とコンタクトしてるのよ。たぶん数多の別世界を作り上げた張本人。」
「……彼女は 元の世界に帰ったんだよね?」
「だと思う。」
マチュは、醤油ダレをたして、ネギを散らしたものをさっとアムロのまえに差し出した。
「はい、カケお待ちっ! 16文です。」
「あいよ。渡すから手ぇだしてくれ、3、4、5、6と……いまなんどきだい?」
「7時です。」
「8、9、10……」
「けっこう同じ文化圏で育ってる感じはするのよね、アムロとは。」
「……マチュ。ここらであま~いデザートが怖い。」
「ニャアン!!」
「ララァの記憶のなかでは、クワトロさんを死なせないためにやり直した世界がたくさんあるんだ。
いま、ぼくらがいるのはそのひとつ。
ララァが気にしているのは、改変してしまった世界はすべて偽物。改変前の世界だけがホントの世界じゃないんじゃないかって言うんだけど。」
「ホントの世界……ねえ。」
マチュがジト目になっていた。
「その世界に生きてるものにとって、いまいる世界が唯一よ。偽物もホンモノもない。
わたしの体験を言えば、ね、天パ。
わたしはサイド6でもけっこういいほうの暮らしをしてたと思う。
でもそれは全部与えられたモノだった。
親がきめた将来、親がきめた環境、親がきめたスケジュールに従って毎日を送る。
周りにあるのは、人工の空、人工の大地。
つくられた空気を吸って、つくられた毎日を送るだけの日々。
わたしにとっては、アレがまさに偽物の世界だったよ。」
「まあ、ぼくも自慢できるほど、自主的に生きたわけじゃないけど。」
アムロは、父テム・レイが連邦軍のモビルスーツ開発計画に携わるため、一緒にサイド7へ行き、それが頓挫したのちは、モビルスーツ開発に拘わる父に従っていくつかのコロニーを転々としながら、父親の助手のような仕事をしていた。
クランバトルに参加するようになったのは、テム・レイがリファインした『ガンダム』の性能を世に知らしめるため。さらに言えば、単純に研究資金がショートしかかっていたためでもある。
とても―――そうだ、例えばクワトロ大尉すのような人生は真似出来ない。
「たしかに、世界に対する個人の見方はそうだね。
でもぼくらはゼクノヴァを見てしまった。」
マチュは考え込んだ。
ニャアンが出汁の残りと残った野菜くずを使って、スープを作っている。
三人分だ。
料理の腕は、アムロの見たところ、ニャアンのほうが上だった。ただ、彼女は気に入った者にしか手料理をふるまおうとはしない。
マチュが口を開く。
「まあね……シュウジのこと、ちゃんと話したことはあったっけ?」
アムロは、断片的にその話をきいてはいた。
「マチュをクランバトルに誘った少年で……赤いガンダムに乗ってた。イオマグヌッソ事変のときに白いガンダムにのって現れ……以後行方不明。
もともと『あちら側』の人間で、あちら側に帰ったんじゃないかって。まえに言っていたよね?」
「わたしはシュウちゃんのこと好きだったな。」
ニャアンが言った。
「『だった』? いまは?」
マチュがニャアンを睨んだ。
「好きだけど? でもアレは人間じゃないでしょう?」
「そうだね。この世界の人間ではないかも……」
「いや『人間』ではないよ。」
ニャアンはきっぱりと言った。
「シュウちゃんは自分の意思で世界を『渡る』ことが出来たんだ。たぶんシャロンの薔薇を追いかけて。
でもどの世界のシャロンの薔薇も悲しみに沈んでいた。だからシュウちゃんはその苦痛からシャロンの薔薇を解放するために、シャロンの薔薇を殺して回っていた。
そうすることで、その『世界』そのものが無になることも分かってて、それもなんとも思ってなかった。」
とんでもない推論を話しながらも、ニャアンはスープを作り上げ、マチュとアムロに差し出した。
「シュウちゃんが、わたしとマチュに好意的だったのは間違いないと思う。でもこの世界ごとわたしたちを消滅させるのに、なんの躊躇もなかった。
それは同じ『立場』の存在ができる行動じゃない。」
「そこまで行くとファンタジーかSFの世界だ。」
アムロは困った。
「人類の上位存在……世界管理者、か。
そうすると別の疑問も出てくる。
なんでそんな凄いのを相手にして、きみたちは、シャロンの薔薇を元の世界に送り返すことに成功したんだろう?」
「そこはわたしとマチュの友情バワーが」
「ジークアクスのオメガサイコミュの力よ、たぶん。」
マチュが真面目に言った。
「エンディミオンユニットを組み込んだ特殊サイコミュか……」
アムロは考え込む。 たしかに、彼自身、マチュの乗るジークアクスと共闘したときに、その『声』に話しかけられた記憶があるのだ。
「まあ、天パにとってはクソもててもててしょうがない世界だろうけど、調子に乗るのはダメだよ?」
マチュが悪い顔で笑った。
ララァとの逢瀬がバレたのか!?
アムロは内心ドキリとしたが、マチュは先を続けた。
「ジークアクスの声は天パの声に似てる。で、オメガサイコミュの中核たるエンディミオンユニットは、月の女王様の婚約者だからね?
中世の人気アニメではそうなってた。」
「ディアナ・ソレルは、たぶんそのアニメの登場人物じゃないよ……」
「ときそは」と「まんじゅうこわい」です。次回はアムロが強そうなモビルスーツの名前を考えてもらいにテム・レイのところを訪れる「JGM」です。おあとがよろしいようで。