さっそうと現れた少年ははたして敵か味方か―――
未来の嫁か!?
敗北を知らぬラインハルトが、ここまで追い詰められたことはかつて無かったかもしれない。
フリードルフ家という組織を運営するための資料は膨大で、しかも電子化されていないものが大半だ。
『とりあえず、これには目を通してといてくれたまえ。』
そうフリードルフが渡してきた『とりあえず』の資料だけで、ラインハルトの執務室を埋め尽くしていた。
当然、グラナダに戻るときには、別に貨物便を手配しなければならなかった。戻ってからもほとんど毎日、資料と格闘している。
見かねたミッターマイヤーが助力を申し出たが、ラインハルトは断った。
人的資源は有限だし、これはラインハルトとフリードルフ家の問題である。
アナハイム・エレクトロニクス月面支社において重要な仕事を担当しているラインハルトのスタッフから、この仕事に人を割きたくはなかった。
決して事務仕事も無能ではないラインハルトが、ここまで読んだ何百ページかで判断するには、これはフリードルフ家の歴史だ。
ただ、このような歴史ある名家では、なにをするにも『前例』が重要になる。
逆に言えば『前例』さえ見つければ、たいていの無茶は通るのだ。
例えば、直近の例で、親戚たちがアンネローゼがフリードルフ家の当主になることに反対したのは、そのような前例が無かったためだし、一方でラインハルトの相続にしぶしぶ頷いたのは、過去にフリードルフ家が、遠縁から跡取りをとった例が実在したからだ。
つまり―――
焚き火にでもしたいような資料はうまく使えば、フリードルフ家という組織を上手にコントロールできるマニュアルのようなものなのだ。
とは言え
「オーベルシュタインさんが話をしていた者が明日、到着いたします。」
と、キルヒアイスが言ってくれたときは、思わずラインハルトは安堵のため息を漏らした。
キルヒアイスの傷の回復は順調で予定よりも早くリハビリを終えている。
「フリードルフ家の親戚筋で、家格は高いのですが、今回のお家騒動にはまったく関わっていません。先だっての結婚記念パーティにも参加していないほどです。
古くはフリードルフ王朝の有職故実を伝える家柄だったようですが、現在では、主にいくつかの関連企業で事務方を担当していたようです。」
「この任務にはうってつけだな。」
ラインハルトは頷いた。
「だが、この仕事は長期になるぞ。場合によってはそのまま、アナハイムに就職してもらって、フリードルフ関連のあれこれを担当してもらうことになるかも知れない。」
「まさか、当主自らではありませんよ。
その子どもです。
ニューヤーク大学の学生です。アナハイムエレクトロニクスのインターンとして受け入れます。」
学生か!!
周りが年長者ばかりのせいか、『若いやつ』に対して若干評価の辛いラインハルトではあるが。
まずは会ってみよう、とライハルトは考えた。
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ジオン公王府特務補佐官ミーア・キャンベルは、本人の希望もあって、しばらく地球に滞在することになった。
一応、各種の会合や親睦会などに出席する予定ではあるが、実質休暇のようなものである。
ずいぶんと勝手な話であるが、ランバ・ラルの渋面はそのせいではない。
目の前に座るジオン国家元首アルテイシア・ソム・ダイクンに対するものだ。
珍しくドレスを着ていただいている。
姿勢もきちんとし、ラルやマハラジャ・カーンの望む若き国家元首のあり方そのものだ。
「ということは、前回、あなたはミーア・キャンベルをニューヤークに派遣したことにして、こっそり御自らニューヤークに旅立った。
そして今度は、『ミーア・キャンベル』をニューヤークに滞在させたことにして、ご本人はズムシティにお帰りいただいた、と?」
「なにをいってるのです? ラル隊長。」
アルテイシアは眉をひそめた。
「ミーアは外交官として、優秀です。
フリードルフ家への面目も充分たちました。
さらに研鑽と経験を積んでもらうために、そのまま特使としてニューヤーク滞在を命じたのです。」
「表向きはそれでよいでしょう。」
ランバ・ラルはいまいましそうにそう言った。
「実際のところは、なぜあなたが帰ってきて、ミーア・キャンベルが改めて地球に行くことになったのです?」
「うーん、ミーアに怒られたのよ。せっかくフリードルフ家のパーティに出たのに、名刺の一枚も交換して来ないって何事かと。」
「それはまあ……」
トップの立場でしかできない外交、というものあるのだから、ラルとしてはアルテイシアがパーティの席上で、盛大に乾杯をして回ったり、お酌をしたり、連邦軍の将官のつまらないジョークに笑って見せたりはしてほしくはない。
「姫様はそのままで、けっこうです。」
「あら。ありがとう。
逆にミーアは『そういう』外交が得意みたいよ。北米の政財界にかっちりと根を下ろしたフリードルフ家のごたごたは、けっこうなごちそうに映るらしいわ。」
「肝心の後継者であるラインハルトは、グラナダに帰ってしまいましたが……」
「そうね。そちらはわたしの方から、アプローチしてみましょう。」
アルテイシアは立ち上がった。
「グラナダに行くわ。たしかアムロたちもグラナダにいるはずよ。会いたいわ。
それに『シャイの逆襲』が上映されてるのは、いまのところ、月面都市だけよ。せっかくなんだから観てきたいわね。」
「……ジオンが敗北した世界の仮想戦記ですぞ? 見たいですか?」
「アレが、赤い機体をボロボロにされて、脱出ポットごと小惑星に埋め込まれるシーンだけでも見る価値はあるわっ!!」
よくぞ、まあ。
よくぞ、クワトロ大尉の指揮で、ニューヤーク近郊の要塞を攻略できたものである。
そこら辺はいまさら何かを言うつもりはまったくない。結果オーライと胸を撫で下ろすのがせいいっぱい。いまさら何を言っても、アルテイシアは不快にはなるだろうが、反省などするはずもない。
猫のしつけと一緒である。
「お召し艦のソドンは、いままさにグラナダに出かけてしまっております。」
「グラナダも公式にはジオンの領地よ。領土内をうろうろするのに、いちいち戦艦を動員するのもへんでしょう……」
ああ、そうだ!
とアルテイシアは手を打った。
「レイダーなら増設のプロペラントタンクなしでもグラナダくらいなら行けるわ。
準備してください。」
ダイクン家はとにかく、神輿に担ぎにくい家系だ。
ランバ・ラルはため息をつきながら、グレイファントムを用意させます、と言った。
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“グラナダ宙港への到着は30分ほど遅れる見込みです。”
シャトルのシートモニターに映った文字に、少年は顔をしかめた。
ややくすんだ金髪を襟にかからぬように、短くカットしている。
まだ10代に見えるが、きちんとスーツを着込んでいた。
しかも上質の仕立てである。
ふつう、成金はそこに金はかけない。金のかけかたをしらないのだ。
とすれば少年は、『上流階級』というや死語になりつつある特殊なクラスに属するのだろう。
少年は、シート備え付けのパネルに指を走らせて、なにが起こったのかを尋ねた。
AIはすぐに回答した。
“グラナダ宙港に優先して入港する艦船があります。入港手続きが終了するまで、一般のシャトルや輸送艦は、軌道上待機となります。”
「なんの船?」
“ジオン公王府直属のソドン級強襲上陸艦グレイファントムです。”
質問、というほどではなく、思わずもれた声だったが、AIは綺麗にひろってくれた。
“グレイファントムについてさらにくわしく説明しますか? YES/NO”
少年は呆れて沈黙したが、それを肯定ととったのか、AIは勝手に説明をはじめた。
“グレイファントムは、ソドン級の最新鋭艦です。
基本設計は『ソドン』に準じますが、モビルスーツの搭載は12機が可能。
ミノフスキークラフトを備え、大気圏突入ならびに再離脱。有重力下での飛行が可能です。
名前の由来は、公王府直属軍司令官シャリア・ブル准将の大戦時の2つ名に由来すると言われ、一説には、彼のペズン動乱やクランバトルでの功績を讃える意味合いで、マ・クベ中将が命名したとも言われています。
さらにくわしく知り合いですか? YES/NO”
少年は今度ははっきり断った。
「到着時間の遅れは? 30分ですむんでしょうね。」
「いまのところ問題ありません。」
いや、30分遅れてるんだから問題ありだろうに。
少年の不満な心のなかの呟きを感じ取ったようにAIは続けた。
“左舷のお席にお座りのお客さま。
ただいま、モビルスーツ戦闘を肉眼でご覧いただけます。”
シャトルの席は7分通り埋まっていたが、声にならない呻きがもれた。
肉眼でみえる距離でのモビルスーツ戦闘!?
そんなものに巻き込まれたら民間シャトルなど一瞬で粉々だ。
“正確には『戦闘』ではございません。
これはクランバトル。しかもクランバトルのスクールの少年少女たちによる模擬戦です。”
よくできたAIなのだろう。
10代の男の子なら喜びそうな話題を次々にふってくれる。
でも―――自分は違うんだけどなあと少年は思った。
オーベルシュタインはヒルダとラインハルトを結婚させてフリードルフ家内での地位を確固たるものにさせたいのです。
マリンドルフ伯爵とヒルダもそのことは考えているため、女性的な魅力を発揮しないようにヒルダは男装してグラナダに来てます。
まあ、ラインハルトときるだけが気が付かないのですが。