白い悪魔はどう動くのか。シャトルの少年の正体は?
特に謎でもないことを散りばめつつ。
少年は、コンソールに手を伸ばした。
“はい、なにか御用でしょうか?”
「もう30分過ぎましたが、運行再開の見込みは?」
「グレイファントムが動きません。そのため、同一航路を使用する各船舶とも足止め状態のままです。」
「それはわかっています。グラナダ到着はいつになりますか?」
「……不明です。しかしながら遅延の原因はわかっております。
グレイファントムから発進したモビルスーツとクランバトルスクールの練習機が、模擬戦に入ってしまったからです。
モビルスーツ同士の戦闘は、推進剤や弾薬の関係からそう何時間も続けられるものではありません。長時間ここに足止めされることはありえませんのでご安心ください。」
少年は流石にイライラしたようだった。
「仕事の件で重要な人物と会うことになっている。遅刻は絶対に避けたいんだ。」
“シャトル運行の遅延証明書の発行をご希望ですか?
YES/NO”
「……必要ありません。」
ある種の諦めを持って、少年は答えた。
シャトルの運行状況などはアナハイムエレクトロニクスで把握できるはずだ。こちらの乗る便も告げてある。それで文句を言うような雇い主なら、こっちから願い下げだ。
シャトルの窓から、ときどき閃光が瞬くのが見える。おそらくは光学的な増幅装置を使えば迫力ある戦闘(模擬戦ではあるが)を楽しめるのかもしれない。
実際に乗客のなかには、窓にへばりついているものもいた。
だが、少年にとっては願い下げだった。
彼は、シートに体を倒して、目をつぶった。
アナハイムエレクトロニクスのインターンは、出だしから大きく躓いていた。
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「アムロっ! ごきげんよう!」
まったく敵意がない。
明鏡止水といった状態で殺意を殺しているとは違う。
アルテイシア・ソム・ダイクン。いまはレイダーのパイロットなのだから、ソム・エドワウと呼ぶべきなのだろうか。
アムロは、彼女から自分の側近の地位を提示されたことがある。
マチュが揶揄うように、それが公王の伴侶としての地位を含むものかはともかく、好意的なのには違いない。いまも間違いなく、彼女はアムロとの再会を喜んでいる。
それは間違いない。
ないのだが。
巨大な鉄球は、アムロのスパルタニアンを数メートルで掠めた。
ほとんど至近距離といってよい距離だ。
再会の喜びが攻撃となって、その攻撃が致命になりかねないハンマーによるものだと言うのが、アムロにはなんとも居心地悪い。
アルティシアにとっては、単にじゃれただけ。
充分、安全距離をとっての攻撃のつもりだろうが、戦いはそうは単純ではない。
不慣れなものは、攻撃されたことにパニックになってしまい、自ら射軸に飛び出すものもいるのだ。
「危ないですよ! ソムさん!」
アムロは呼びかけた。
「またまた! 冗談がうまいのね、アムロ!」
「冗談じゃないです! 当たったら即死です。」
「当たらなければどうということはなくてよ、アムロ。」
それはあんたの兄さんのセリフだろう。
アムロは心の中でボヤいた。
公式な戦闘記録にあるわけではないが、ルウム戦役のときに戦艦の弾幕に突っ込む時に赤い彗星が言ったセリフだ。
「みんな! 模擬戦は中止する!
今回は、ぼくとソム・エドワウ選手が、モビルスーツ戦における近接戦闘の捌き方を実演する。よく見て、学習するように!」
「近接戦闘……ですか?
ぼくも参加してよいですか?」
そう言ったのはフラナガンスクール出身の少年ティートだ。
「ダメだ。レイダーのハンマーそのものの質量は訓練用にスケールダウンしていない。危険度は、クランバトル本戦、いや実戦同様だ。
きみたちには参加させられない……」
うおぉっっっ!!!
マチュのジークアクスが突っ込んできた。
すでにビームサーベルを振りかぶっている。
もともとがジオンの備品である。
勝手にカスタマイズはできないので、標準装備のビームライフルの代わりに威力をおとしたマシンガンを持たせただけで、近接戦闘武器はそのままだ。
ええっ……
こ、これはどっちに対する攻撃だ?
マチュの殺意は間違いなく、アムロに向かっている。それなのに、ビームサーベルの切っ先は、レイダーに向いていた。
「マチュ!!」
「姫さん!」
ハンマーほどの巨大な質量は、ビームサーベルでも切り裂くことはできない。
だが、そのベクトルを変えることはできる。
危ない。
アムロは呻いた。これが危険なのだ。
狙った射撃、用意された斬撃はまだかわすことが出来る。
問題は偶然が生み出す未来だ。
たとえば、跳弾。
受け流された打撃攻撃。
それは一瞬であるからこそ読みにくく、意識してかわすなと不可能である。
軌道をそれたハンマーは。わずかにジークアクスの肩部の装甲を掠めた。
破片が飛び散る。
ジークアクスにとっては、たいしたダメージではない。
だが飛び散った破片は、微細なものだ。
大気摩擦による減衰がないことを差し引いても、大型艦艇に被害がでるようなものではない。
だが、小型の飛行艇。たとえばシャトルのようなものだったら。
アムロは、バーニヤを全開にした。スパルタニアンの性能限界を超えた急加速。
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少年は、うとうとしていた。
話をきいてから出発まではほんとうに時間がなかった。なんの覚悟もないまま。いや悩む時間すらなく、グラナダ行きのシャトルに乗せられたのだ。
はたして、ラインハルトとはどんな男だろうか。画像は見た。とんでもない美形だ。だが評判を聞く限りでは、性格は良くなさそうではある……
視界の端にヒバナが走ったような気がした。
ほんやりと目を開けて少年は、窓の外を眺めた。
なに……これは?
『なにか鋭利なモノ』
それしか少年には分からなかった。
それがシャトル目掛けて飛んでくる!!
叫ぶことも出来ない。
ただ、僅かにシートの上で体を丸めただけだ。確実なる死の予感。
飛来するジークアクスの破片を追い抜いて、戦闘機が飛来する。
飛来する戦闘機は、シャトルの直前で変形しモビルスーツとなった。
えっ?
え……
なにが起こった。
シャトルとモビルスーツの距離は10メートルもない。
ほとんど接触したと言って良い至近距離だ。その左手の指の間に。金属片が挟み止められていた。
そこまで事態が動いた時に、はじめてシャトル内に悲鳴が起こった。
乗客の大半には、突然モビルスーツが至近距離に出現した―――としか分からなかったのである。
「シャトルのスタッフにお伝えします。こちらは当機のパイロット、グラナダクランバトルスクール講師のアムロ・レイです。このあたりはモビルスーツの実戦訓練が頻繁に行われるため、浮遊物が多いです。進路を1010に変更しグラナダ宙港に向かってください。」
若い男性の声だが、落ち着いていた。
「り、了解した。しかし本機はグレイファントムの入港待ちだ。勝手には動けない―――」
続いて若い女性の声が入る。
「こちらはレイダーパイロット、ソム・エドワウ。シャトルの機長へ。構わないわ。グレイファントムに続いて同軸航路にて入港してください。」
「そんな無茶な……」
「シャトルに接近した破片はジオン所属のモビルスーツ同士の模擬戦によるものです。お詫びも兼ねて多少の融通は効かせるわ。」
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「そろそろ到着の時間だな。」
ラインハルトが時計に目をやった。
「少し遅れているようですよ。」
キルヒアイスが答えた。
「誰か迎えには出たのか?
子どもという年齢ではないにしろ、グラナダへの一人旅は不安だろう。」
「それが」
キルヒアイスは妙な顔だ。
「オーベルシュタインさんが自ら」
ラインハルトも首をかしげた。たしかに今回、フリードルフ家の親戚筋の子弟をインターンとして雇うというのは、オーベルシュタインのアイディアだが、こんなところにまで気使いをする男では無い。
ラインハルトの執務室のドアがノックされた。
キルヒアイスが立ち上がり、ドアを開ける。
オーベルシュタインだった。
後ろに人影が見える。迎えに行ったインターンだろう。
だが、その表情は。
普段から鉄面皮。なにがあっても動じるところを見せないオーベルシュタインが、なんと顔をしかめて仏頂面である。
これは面白い見ものだ!
ラインハルトも立ち上がる。
なにか、オーベルシュタインを不快にさせるもの。
それは彼の予測を上回る非常事態が発生したに違いない。
「予定のインターン生、それにもう一名をお連れしました。」
オーベルシュタインは言った。
「入っていただくように。」
ラインハルトは応じた。
くすんだ金髪の少年。小柄だが理知的な顔立ちだった。きちんとスーツを着込んでいる。
礼儀正しく、一礼した。
そしてもう1人……
「なぜ、あなたがここにいるのです?」
さすがのラインハルトも苦笑せざるを得ない。
「しばらく、休暇を兼ねて、地球に留まるとのお話だったのでは?」
「それはミーア・キャンベルのことね。」
ジオンの元首は、パイロットスーツ姿だった。
「アルテイシア・ソム・ダイクンは、ズムシティで真面目に業務に励んでいたわ―――ずっと、ね。」
「ちなみにいまはなんとお呼びすれば?」
「クランバトルのパイロット、ソム・エドワウ。」
「わかりました―――ソム・エドワウ。なぜうちのインターンと一緒に?」
「レイダーとジークアクスの模擬戦が民間シャトルを危険に晒したので、そのお詫び。
わたしもあなたに会いたかったし、ね。フリードルフ家の後継者さん。」
少年はつかつかと、山積みになった資料に近づき、じっと眺め始めた。
ほどなくして、無造作に本を引き抜いた。
一冊、二冊、三冊……ざっと十冊を引き抜くとラインハルトのデスクにどさりと置いた。
「とりあえず必要なのはこの十冊です。」
「……」
「あとのものは必要な部分にインデックスをつけて、電子書籍化し、閲覧できるようにしておきます。この十冊は申し訳ないですが、直接目を通していただき、出来れば暗記していただくようにお願いします。」
ほとんど部屋を埋め尽くす資料が十冊にへったことを喜ぶべきか。決して薄くはない革表紙の本を暗記せねばならない事を嘆くべきか。
「フリードルフ家は当主としての祭事が多いときいている。」
ラインハルトは少年に尋ねた。
「この十冊でそれらも網羅できるのか?」
「たしかに祭事は多いです。」
少年は淡々と言った。
「ですが、実際の式次第においては、担当の分家が決まっており、当主は顔をだす必要すらありません。主に気を使っていただくのは、それぞれの分家が絶えないように、適当な時期に嫁や婿を手配してやることです。
いまのところそちらの心配も10年ぐらいは大丈夫です。」
「見事なもんでしょ。未来のマリンドルフ伯爵は!?」
なぜかソム・エドワウが自慢げに胸を張った。
「で、よければ今晩はこのまま、この子をお借りしたいのよ。」
「どうするおつもりですか!?」
「デートよ、デート。」
ラインハルトたちが呆然とするのを見て、彼女は慌てて付け加えた。
「『シャイの逆襲』が観たいのよ。
アムロやマチュにも声をかけたんだけど、みんなもう観てしまったと言われてね!」
もちろん、ソドンで先にグラナダに到着しているシャリア・ブルにもラシット艦長にも声をかけたのですが、全員鑑賞済みで……