ありえたかもしれない歴史。ありえたかもしれない世界。
そしてありえたかもしれない最後。
きみは刻の涙を見る。
幾多の戦乱が地球連邦を弱体化させた。
過半の人口を抱えながら、すでに各コロニーは半ば以上独立した存在となっていた。
時代の設定は、いまから十数年後ということになっている。
『フロド』の作品を読んでいないラインハルトなどは、首をかしげざるを得ない。
そもそも“シャイ逆”で描かれるのは、ジオンの独立戦争が、ジオン敗北に終わった世界だ。
ジオンが勝利した実際の世界でも、連邦という組織はそこまで衰えてはいない。
覇権国家としてジオン公国を拝しながらも、人口で、経済力で、そしておそらくは戦力でもジオンをうわまわっている。
ジオンは宇宙戦闘艦の建設や拠点となる基地を連邦に持たせないことで、辛うじて均衡を保っている―――それだけだ。
もし、連邦が先の大戦末期に行ったように秘匿して建造した艦隊を一斉に打ち上げ、コロニーへの核を含む全面攻撃を行えば……
いやそれだけの力はあるだろう。
対してジオンは質量弾による反抗を開始する。
核攻撃で廃棄されたコロニーでも、資源用の小惑星でもいい。
狙いをつける必要もない。
その衝撃波は地上のあらゆるものをなぎ倒し、巻あがった粉塵は、氷河期を到来させ地球を凍結させるだろう。
つまりどちらも本気になったから共倒れ確実、本気になれない状態で、睨み合いを続けているのが現在のジオンと連邦なのである。
だが“シャイ逆”の世界は違う。連邦はジオンを圧倒している。
それなのに、現実世界の連邦よりも“シャイ逆”世界の連邦は弱っているように感じられるのだ。
もはや形骸化した連邦政府。
ネオ・ジオンのシャイ総帥は、地球に住むものを「魂を重力にひかれた」として小惑星アクシズを地球に落下させ、地球をひとの住めない環境にしようとする。
なぜ!?
地球連邦が、コロニー群の枷となって存在した0070年代、0080年代なら分かる。
“シャイ逆”の時代はもはやそんなことすら必要ないほど連邦は弱っているのだ。
それは経済でも人口でない。
組織としてだ。
実際にネオ・ジオンに対して有効な反撃を試みるのは、連邦のなかでもロンド・ベルもいう部隊のみ。
シャイ自身は専用の赤いモビルスーツで、獅子奮迅の活躍を見せるのだが……
“総帥自らがパイロットをやるようでは、負け戦だぞ。”
ラインハルトは横目で、隣の席に座るソム・エドワウをちらりと見た。
ジオンの元首で、映画の主人公(のモデル)の妹と映画鑑賞できるのは、光栄ではあるが、恐れ入るような可愛らしいところはラインハルトにはない。
ソム・エドワウは、ずっと眉間に皺を寄せている。
映画は、もうひとりの主人公アレムが新しいガンダムを受領するところまで、進んでいる。
「どう思います?」
唐突にソム・エドワウが尋ねた。
映画館ではない。
グラナダ行政府の建物内にあるシアタールームである。
キャパは200席くらいだろうか。
観客は、彼らのみだった。
ジオン公王府からの無理難題を受けて、グラナダ行政府は四苦八苦したあげく、上映権を買い取ったのである。
映画館に無理やり席を設けも、警護の問題がある。
苦肉の策だった。
「分からない……そもそもこの段階で地球連邦に仕掛ける意味がない。
まるで、シャイ総帥は己れの意地の為だけに地球を滅ぼそうとしているように感じる……」
「シャリア・ブル、という者がいます。」
「お名前は存じています。ジオン公王府直属艦隊の司令官。大戦の英雄“灰色の幽霊”。」
「彼がシャア・アズナブルという男に抱いた危惧はまさにこの世界です。
己の独善のために多くの人々を粛清しかねない“闇”がある、と。」
「ソム・エドワウ様。わたしはニューヤークで彼やあなたにずいぶんと助けられた。
たしかに危険な男ではあります。ですが―――」
「危険度でしたらラインハルト様もなかなかのものですからね。」
どこか自慢げにキルヒアイスが言った。
クックックと、インターンの少年が笑う。
軽くその様子を睨みながらラインハルトは尋ねた。
「きみはどう思う?」
「……シャイ総帥が勝ちたいのはアムレに対して、だけのように見えます。」
少年は落ち着いて答えた。
「ニュータイプの未来とか、人類の粛清とか、本当はどうでもよくて、ただ、アムレと対等に戦って、自分の手で打ち倒したいと!」
「アイヤ、わたしもそう思ったヨ。」
イェまでがその意見に賛同する。
「ロンド・ベルしかまともに動ける部隊がいないのなら、リ・ガズィしかないときに落としてしまえばよきヨ。わざわざ新型ガンダム完成させるカ。」
「いよいよ、決戦ですよ。」
キルヒアイスが言った。
ネオ・ジオンのギラ・ドーガ。ロンド・ベルのジェガンが交錯する。
巨大モビルアーマーα・アジールが出撃する。
パイロットにされた幼い子どもが。
そして、まだ誰がモデルかファンの間で考察中の登場人物たちが、次々に命を散らしていく。
頼みのつなである核ミサイルも大半が撃ち落とされ、ついにアクシズは地球への落下軌道に入った。
赤い機体と白い機体は、互いの機体を傷つけながら、アクシズに到達した。
ついに大破する赤いザザビー。
脱出しようとしたコクピットカプセルをガンダムが受け止め、そのままアクシズに埋め込むように叩きつけた。
「……どうする? ここまで落下軌道にはいった大質量の物体は停めきれないぞ?」
ラインハルトがつぶやいた。
モビルスーツが集まる。
連邦軍も、日和見していたコロニーの部隊も、そしてなぜかネオ・ジオンの部隊までも。
そのバーニヤで、アクシズを押し返そうとする。
『たがが石ころひとつ、μガンダムで押し出してやるっ!』
「ネットミーム化しそうなセリフアルネ……」
イェがぽつりと言った。
光が湧き上がる。
「ゼクノヴァか……ここでゼクノヴァ現象か。」
ラインハルトがつぶやく。
戦略的にシャイの行動には批判的だったが、ここまでそれなりに作品を楽しんでいたようではあった。たが、突然のゼクノヴァには面食らったようだった。
「このシリーズでこれまでゼクノヴァは起きているのか?」
「一度もありません。」
インターンの少年がキッパリと言った。
「ですが、第二作『ZETAの少年』からサイコミュやその改良型で、機体が物理法則を超えてバワーアップする事象はたびたびあります。
今回のゼクノヴァはその延長として、ファンからはとらえられています。」
エンドロールが流れていく。
「これで……終わりか。主人公たちは結局……?」
「行方不明……エンドらしいですね。」
キルヒアイスが手早くネットを検索しながら言った。
「ゼクノヴァにより、質量の一部を転移されられたアクシズは、落下軌道を離れ、地球は救われます。シャイ総帥たちもあのまま大気圏突入はなかったはずなので、救助されてもおかしくはないのですが。」
「あのまま、2人は別の世界に飛ばされた……というのが、有力な解釈ですよ。」
インターンの少年が言った。
「夢があるようなないような。」
ラインハルトの口調からは、ゼクノヴァエンドをある種のご都合主義と感じているのが伺えた。
「では、夕食会に向かうとしよう。
ソム・エドワウ。あなたもご招待したいのですが」
「よろこんで、ラインハルト。
わたしはいったん着替えたいので、現地で集合しましょう。あとこの子の宿はどうなってるかしら?」
キルヒアイスが礼儀正しく答えた。
「転勤者用の宿舎を用意しております。
豪華なところではありませんが、快適に滞在はしてもらえるかと。」
「セキュリティは?」
「本社近くの建物ですので、地域の治安はグラナダでは最高レベルです。
建物内も男女別にフロアが分離されておりまして……」
「なら、この子はいったんわたしのところで引き取るわね。」
「は……?」
「まだ名前も言ってなかったわよね?
自己紹介なさい。」
少年は微笑んだが、それは緊張を隠すためのようだった、
「改めまして……ラインハルト様の継承事務をお手伝いするために、マリンドルフ伯爵家より参りました。ヒルデガルド・フォン・マリンドルフと申します。
ヒルダ、とお呼びください。」
ラインハルトとキルヒアイスは顔を見合せた。
「女性の名前に……聞こえるが?」
「マリンドルフ伯爵家の長子よ?」
歌うようにソムは言った。
「そして長女でもある。気がつかなかったの?」
「いえ……」
キルヒアイスは鉛でも飲み込んだような顔で言った。
「オーベルシュタインさんからは、有職故実に詳しいマリンドルフ伯爵家から子弟を派遣してくれる、とだけ。」
「それが女性だとしたら?」
「……別のものを探すように依頼したかもしれない。」
腹立たしげにラインハルトは言った。
「オーベルシュタインには、わたしとフリードルフの親族を婚姻させることにより、一族内部でのわたしの立場を強化したいという思惑もあったようだ。だから女性を派遣させると言われたら断っていたと思う。」
「わたしは別に、女性だということを隠すつもりはありません。」
ヒルデガルド・フォン・マリンドルフは胸を張って言った。
「普段からわたしは、動きやすい格好を好みますし、逆に世の中で『女性らしい』と言われることについてはかなり苦手な分野が多いです。
婚姻……により家同士い結び付きを強化する。それ自体を否定する気はありません。わたしが選ばれたことにその要素があることも否定はしません。ですが、そのために」
「わかった。」
ラインハルトは静かに言った。
ヒルダは話を途中で遮られるのは好みではなかったが、このときは素直に従った。
「わたしはフリードルフ家の有職故実に詳しい秘書を求めていた。きみはその能力が充分にあることを示した。それで十分だ。
社員寮はあらためて手配しよう。あるいは自分が好きな物件を探しても構わない。
あとは、きみはまだ学生なのだな?」
「はい。ニューヤーク大学に在籍しています。」
「卒業に必要なカリキュラムは?」
「課題の提出はほぼ終了しています。あとはオンライン参加ができないものが幾つか。」
「わかった。必要に応じて有給休暇を与える。往復の費用は別途申請するように。
キルヒアイス?」
「わかりました。明日は9時にラインハルト専務の執務室に。そのあと社内を案内します。
で、あなたの歓迎を兼ねた夕食会ですが」
「もちろん、ボディガードは同行するネ!」
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遠く離れた地球にもこの噂は届いた。
あるいは、ラインハルトたちがオーベルシュタインのお節介とも言うべき策に気づくのよりも早かったかもしれない。
「なるほど!
マリンドルフ家のご息女をラインハルトの専属秘書に、か!」
愉快そうに笑うゴップを、彼の秘書官は憂鬱な面持ちで眺めた。
悪い人物ではない。ときおりその視線が、胸や臀部に集中することはあったが、それだけだ。なんとか我慢の範疇ではある。
だが、いまのゴップの笑顔は間違いなく悪いことを思いついた時の笑顔だった。
「結婚という形でひとを縛る―――古典的だが有効だ。しかも形式上はめでたい。」
「なんのお話ですか?」
意を決して秘書官は、ゴップに尋ねた。
「もちろん! 我らがヤン・リーのことだよ!
かれは独身だし、とくに付き合っている女性もいない。」
ゴップはおもむろに電話をかけた。
メッセージも送らずにいきなり通話する。ある意味非礼ではあるが、それは目上のものにする場合のみである。
「あ!
グリンヒル将軍! 久しぶりだね。
そうだ……ああ、任務のことではない。
実はきみによい話をもっていてね。
たしかきみのところにお嬢さんがいただろう? ネオ香港でやってほしい仕事があるんだ―――いや、軍関係ではないよ。
勤務先は、ネオ香港大学だ。どうかね?」
次回は多分、ネオ香港。