ネオ香港を舞台に様々な者たちの意思が錯綜する。
アムロたちが地球に戻る、という日にN・ロックは見送りに来なかった。
滞在中はなにかと、連絡をマメにしていた人物なのでこれは少々意外だった。
とくに次の出演交渉は必ずある、と思っていたので、すんなり帰れるのは怖いほどである。
生徒たちは全員、宙港のゲートまで来ている。
来ないと恐いから……ではないよ、ね?
ドゥーからはずっと渡しそびれていたと言って、ディアナ廟の土産物屋で買ったらしい髭のガンダムのぬいぐるみを手渡された。
かなりの大きさで手荷物を預けたあとで渡されるのと完全に困る代物だったが、アムロは笑顔で受け取った。
短い期間だったが、講師としての経験は悪いものではなかった。
それぞれの講師ごとに派閥が出来ているようで、アムロの周りは、ムラサメの強化人間たちとフラナガンスクール出身のティート、アナハイム部隊のニイがいた。マチュの周りに集まった生徒たちは、まるで同世代の友達を相手にするように、はしゃいでいる。
一番小柄なマチュはそのなかに溶け込んでいた。年齢も生徒たちとさほど違わない。
ところで、ニャアンの周りに集まった生徒たちはなぜ、跪いてニャアンを拝んでいるのだろう。
ニャアンは困っている。
「マシュー先生、マリラ先生。あとはよろしくお願いします。」
アムロは、年配の男女に頭を下げた。
ムラサメ研究所の研究者ということでアン・ムラサメと一緒に合流した彼らだが、生徒たちのメディカルやメンタルのチェックもしてくれている。
ムラサメ研究所は悪名高いところだし、ゼロ・ムラサメの奇矯な行動がそれに拍車をかけているが、少なくとも2人は落ち着いていて、しかも有能だった。強化された人間特有の不安定さをよくフォローしてくれている。
「ジュニアクランバトルの本戦が始まるまで、あと二ヶ月だ。」
初老の女性科学者マリラが怖い顔で言った。
「それまでには戻ってくれるんでしょうね?」
「まだわかりません。ぼくらも自分の学校がありますし。そもそもN・ロックさんからまだオファーも受けてないんですよ。」
「わたしらが見れるのは健康面だけであって……」
「まあまあ。」
と大柄なマシューが割って入る。
「そこらへんはロックさんから働きかけがないんじゃ、アムロくんたちもなんの約束もできないだろう?」
「そうなんです。ぼくらも気にはなってるんですが」
「たぶんネオ香港でその打ち合わせをするつもり、じゃないかな?」
マシューは言った。
「一昨日、地球に降りてるはずだ。
なんでもネオ香港大学に用があると言ってたな。」
え?
アムロは動揺を押し殺した。
カンチャナがファンたちと接するのにアバターを使い、そのアバターがなんともヤン・リーに似ていたことで、フロド=ヤン説がネットを席巻している。
軍略に詳しく、敗北した連邦の元軍人。
たぶんAIが調整したのだろが、顔立ちもなんとなくヤンを彷彿とさせるものがあった。
たが、N・ロック自身は、この説を
『正体を隠そうとする作家がわざわざ自分そっくりのアバターを使うはずがない』
と、一笑に付していたはずだが。
「……N・ロックさんは、なんの要件でネオ香港大学に?」
とアムロが問うとマシューはあっさりと
「契約のためだろう」
と言った。
「あの男は、以前にネオ香港大学が行った『ア・バオア・クー仮想戦』を配信コンテンツとして立ち上げるつもりだ。
技術的にはそれほど高度なものではないが、戦略級のシミュレートと個別のモビルスーツ操縦シミュレートを組み合わせるには、実際に行った場合のデータが重要になる。
システム……それにおそらくは、『ア・バオア・クー仮想戦』に携わったスタッフも込みで借り受けるよう交渉するつもりだろう。」
なんてことだ!
アムロはなんとか平静を保った。
『ヤンはフロドではない』
そう理解しているN・ロックまでがヤンの身辺を脅かしているのだ。
どうしたものか。
ネオ香港に戻ったら、ララァと相談しなければ……っ!
「アムロっ!!」
パイロットジャケットにびったりしたスラックスの美女が手を振った。
「ア……ソムさん!
どうしたんです?」
「どうしたもなにも」
つかつかとアムロの前まで歩いてきたソム・エドワウはアムロを睨んだ。
「せっかくグラナダまで来たのに、ロクに話もしないで地球に帰るつもり!?」
いや、それは。
なにか言い返そうとしたが言葉が出なかった。
ティートがそっとささやいた。
「ア、 アムロさん、この方もその―――アムロさんの…」
違う!!
「まあ、いいわ。地球まで送ってあげる。
ソドンとグレイファントムとどっちがいい?」
「ソドンっ!!」
と、マチュが元気よく手を挙げた。
彼女のジークアクスはソドンの所属機体なので、すこしでも一緒にいたいのだろう。
「いえ、手配したシャトルで帰ります。」
アムロはやっとのことでそう答えた。
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ネオ香港空港。
デカくて濃い男がタブレットを広げていた。
身体がでかい。目もでかい鼻もでかい。口もでかい。
だが、背中を丸めて楽しげにキーボードを叩く仕草は、なんとなく愛嬌があった。
基本、仕事人間であるN・ロックは、シャトルの中で、次回配信予定の『今日MA.V.になります』の編集を終え、仮眠もとったのだが、時差の関係もあって、到着したネオ香港はまだ早朝だ。
行先はネオ香港大学であり、今日の訪問も伝えてはあるのだが、こんな時間に押しかけても誰もいないだろう。
なので、この時間を使って、契約書類を仕上げてしまおうとしていた。
「ヤンの名前は不用意にださない……と。警戒されるからな。」
ブツブツと呟きながら、指は踊るようにキーボードを走る。
「スタッフとして、前回の『ア・バオア・クー仮想シミュレート』に参加した学生、を要求すれば自動的にヤンがついてくる。」
時間もそろそろいいだろう。
契約書の雛形を仕上げ、カップのコーヒーを飲み干すと彼は立ち上がった。
地球そのものはなんどか来ているが、ネオ香港は―――そう『ネオ』香港になってからは初めてだ。
到着ロビーから市街地へ向かう連絡通路で、N・ロックは案内板を睨む。
「……大学は、こっちか。」
手元の端末に表示された地図と見比べる。
ガイドマップには5種類のルートが表示されている。
所要時間も交通費も似たり寄ったりだ。
そうなると、どれを選んだものか迷う。
「ネオ香港大学でしたら、いまの時間は直通のシャトルバスがよろしいかと思いますよ。」
声をかけられて振り返ったら、若い女性だった。旅行者らしく小さなキャリーバッグを引いていた。
「ありがとうございます。でもなぜ、ぼくがネオ香港大学へ行くと」
フフッと女性は笑った。
「ネオ香港大学……って何度も呟いてました。」
「ああ、それは」
N・ロックは頭をかいた。無意識に行き先を口にしていたらしい。
彼がIDカードを出してシャトルバスのチケットを買うと、続いて女性もおなじチケットを購入した。
「あなたもネオ香港大学へ?」
「はい。」
二人は自然に同じ方向へ歩き始めた。
しばらくして、女性がロックの顔を見て、首をかしげた。
「……あの。」
「はい?」
「もしかして……N・ロックさんですか?」
ロックが目を丸くする。
「はい……そうですが……」
「『今日、M.A.V.になります』の。」
「ああ。」
ロックは苦笑した。リアリティショーを銘打っている『今日、M.A.V.になります』では控えているが、アナハイム時代のドッキリ企画ではしょっちゅう顔を出している。
「ご覧いただいてますか。」
「もちろんです。」
「それは光栄ですね。誰のファンですか?」
「推しは『狂犬先生』ですね!」
ひとの心がないわけではないN・ロックはマチュに申し訳なく思った。
とくに台本もなく、演技指導などもないのだが、そこはそれっぽく画像を繋いでしまえば、印象操作などいくらでもできる。
マチュについては、熱血すぎて度を越している教師として演出していた。
本人は、生徒たちと同世代の小柄で可愛らしい女性なのでクラバでの2つ名が『狂犬』だからといって『狂犬先生』はあんまりである。
「あと、専用サイトの『白い悪魔の今日の呟き』コーナー」
ああ……それも実際にはネットの書き込みなどを「アムロが言った風」に発表しているだけなのだ。
「昨日のもカッコよかったです。
『赤い彗星を連れてこい。最強が誰か教えてやる。』
でしたっけ?」
うーん。
やってきたシャトルバスに乗り込みながら、N・ロックは頭を抱えた。そこら辺まで行くと、ほとんどスタッフの捏造なのだ。
「―――そこらはいろいろと編集も入ってまして。彼自身は紳士ですよ。」
二人は笑った。
シャトルバスが発信する。
「失礼ですがネオ香港大学の学生さんですか?」
「いいえ。ニューヤーク大学に在籍しています。ネオ香港大学でインターンをすることになっていて……」
「なるほど。就活中ということですか。」
「まあ……そうなんでしょうね。」
フレデリカは笑った。
その笑顔に不自然なものを感じたN・ロックは尋ねた。
「あまり……その、ネオ香港大学は第一志望ではない?」
「いえ、そんなことは。ただ……紹介していただいた話なので。」
「なるほど。」
「自分で決めたわけではないんです。」
「まず勤務してみて、合わなければまた考えるといいですよ。焦って決めるものでもない。」
フレデリカはロックを見つめて、首を振った。
「……難しいです。紹介者が父なんですよ。」
コネがある―――ということか。
それ自体は否定するつもりはないが、好みもしないところに就職しなければならないのでは本末転倒も甚だしい。
「ちなみに専攻は……?」
「AIです。シミュレーター用のAI開発を専攻してました。」
「ほう!? ではネオ香港大学でもその研究を……?」
「いえ。史学研究室の事務員、です。」
うーん。
ロックは腕組をして唸った。
父親が名門大学にコネがあるということは、かなり名家のご令嬢なのかもしれない。
おそらくは、どこかに嫁ぐまでの腰掛けくらいで悪い虫のつかない硬い仕事につかせようとした―――そんなところか。
「どうされました?」
「いえ……」
ロックは首を振った。
「そうですね。ぼくの仕事には、いまシミュレーターに長けた人材を物凄く必要としてまして……」
「ええっ!?
配信コンテンツのプロデューサーさん、ですよね?」
女性が怪訝そうな顔をする。
「まだ企画段階ですけどね。」
ロックは少しだけ声を落とした。
「実は、戦略級シミュレートと操縦シミュレートを組み合わせたコンテンツの制作を考えているんです。」
「それって……前にネオ香港大学で行われた『ア・バオア・クー仮想戦』みたいな?」
「設定は違いますが、内容的には近いです。」
女性の表情が変わった。
「それにわたしを!?」
「……条件があえば、ですが。ちなみに勤務地はネオ香港です。おそらくは大学内になります。」
「やります!!」
女性は叫ぶように言った。
「あ、ありがとうございます。失礼ですがお名前は」
ああ、失礼しました。
と言って女性は顔を赤らめた。
「フレデリカ・グリンヒルといいます。」
次回は
「ララァが行方不明」
「クワトロ飲んだくれる」
「アムロ、八つ当たりをされる」
の三本でお送りします。