「てっめえは、本当に『白い悪魔』だなっ!」
シミュレーターから出てきた『軍曹』は息も絶え絶え、と言った風だった。
シミュレーターはシミュレーターでしかないのだが、攻撃を受けた時にはコクピットがけっこう激しく振動したりはする。
彼はたったいま、アムロに撃墜されたところだった。
彼だけではない。
彼らのクラス『サラマンダー』でパイロット経験のあるもの全員だった。
機体はそれぞれが、慣れしたんだものを採用したので、バラバラだし、旧式のものが多い。軍曹は軽キャノンだったし、ジオン軍上がりのものはザクが多かった。
対するアムロの『ディジェ』は、彼らが中心で設計した最新鋭のモビルスーツである。
装甲はザクマシンガンでは通らないし、運動性、ビーム兵器を主力にした武装、どれをとっても、最新鋭機と遜色ない。
アムロが、グラナダでクランバトルスクールの講師をしていた間に、クラスメイトたちは『ディジェ』をここまでブラッシュアップしてくれたのだ。
「それにしても5分かよっ!」
軍曹はコクピットから降りてきたアムロを肩パンした。
連邦軍のメカニックが長かったらしい。軍縮後、あらためて最新の技術を学びに、ジオン工科大学ネオ香港キャンパスに入学してきたのだ。30過ぎのおっさんに見えるがまだ20代らしい。
「5分もかかりました。」
アムロはくやしそうである。
「さすがは、戦争でパイロットを経験してるみなさんだ。あとはもう少しディジェにぼくが慣れれば……」
やはり、『白い悪魔』は根本から違うな……と軍曹は嘆息した。
「実際にこいつを製造しようってプランが進んでるんだ。」
「モビルスーツを、ですか?
とんでもないお金がかかる―――」
「スポンサーはざっと十社。よりどりみどりだ。」
軍曹は、アムロの顔を探るように覗き込んだ。
「まあ、おまえが完成したディジェで、クランバトルに出てくれるってのが条件になるわけだが……」
「軍に売り込むつもりですか?
ジオンも次世代機はほぼ、ゼクシリーズで決まりですよ。連邦は―――」
「連邦はまだ決まってない。最有力はガンダムマークⅡをコストダウンさせた軽キャノン改Ⅱだが、調整に苦戦してるらしい。」
本当に元『軍曹』だったのかどうかは定かではないが、彼は連邦内部にかなり太い情報のパイプをもっているようだった。
「それもこれも―――ガンダムマークⅡの完成度が高すぎるんだ。コストカットしようにもツインアイをバイザーに変更するくらいで、装甲やらジェネレーターやら……どこかを削ればこっちがコストアップするって具合でどうにもうまくいかんらしい。
それにあらゆる面で、ジオンのゼク・アインに劣ってしまってるのが、気に入らんようだ。つまりはまだ、採用される見込みは充分ある。」
それに、
クラスメイトが差し出したソーダをゴクリと飲み込むと軍曹は続けた。
「ちょっと大きめの傭兵団。月面都市。各サイド。独自にモビルスーツを採用したいってところは山ほどある。もう払い下げのザクじゃあ、いくらなんでもになっているし、かと言って、新鋭機をジオンなり連邦なりが横流ししてくれるとも思えないからな。
それにぶっちゃけると、どこにも採用されなくてもクランバトルはそれ自体で充分儲かるんだよ。」
「まあ……勝ってればそれなりには……」
「そこで、おまえの腕が必要になるわけだ!」
「ぼくは一応、サイド6のアンキーさんのクラン……ポメラニアンズの所属で、そこからネオ香港のクワトロ大尉に貸し出されている形です。別に契約をし直すことは不可能じゃあないんですが……」
軍曹はあわてて、かぶりを振った。
「いや、そんな大それたことを考えるわけじゃねえよ。クランバトル界の大物2人を相手にもめる気なんてサラサラないんだ。
ただ、俺たちの設計したモビルスーツが実際に活躍してだな―――それでちょびっと金になりゃあ、言うことない。」
アムロは少し考えた―――
ガンダムを失って以来、彼は乗機を定めていない。
グラナダではスパルタニアンを使っていたが、それはジュニアクランバトルが始まったらそれが標準機となるためだ。
ジュニアクランバトルの連中と同じ機体なのもなんとなく気が引けた……
いずれにしてもアンキーさんから、そろそろ試合に出ろと言ってくる頃ではある。
「自分」の機体を決めるにはいいタイミングだった。
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ネオ香港大学は、街にしっとりと、溶け込んでいる。
その本館2階にある応接室。
「おや、ヤン君。久しぶりだね、きみが出てきてくれるとは―――」
「いえ、わたしが出てくるのはわかってて、シミュレーターのレンタルを申し込んだんでしょう?」
ヤンはN・ロックを見つめた。
『今日、M.A.V.になります』を彼は見ていない。(ユリアンはかなりのファンようでときどき話をすることはあった)
奨学金のおかげで、学生生活はだいぶラクにはなったが、ニューヤークに引っ張り出されたり、『フロド』の正体が自分ではないかとマスコミに追いかけ回されたり、今度は『仮想戦シミュレート』の運営だ。
平穏な学生生活を返せ、と言いたい。
「N・ロック社長。ご活躍はかねがね」
同席のキャゼルヌ准教授がにこやかに言った。
契約はあくまでもネオ香港大学とN・ロックの新会社との間にかわされるものである。
実際の交渉はキャゼルヌがするのだろう。
そして、N・ロックのプロダクション『株式会社捨て猫同盟』が大学側に提示してきた条件はかなりよいものだったようだ。
「わたしは何を隠そうあの『白い悪魔の今日の呟き』コーナーの大ファンでして」
ただのファンだったのかっ!
ヤンは心のなかで突っ込んだ。
「あれってホントにかれが言ったのですか? ええと―――『ソロモンの悪夢に本当の悪夢を見せてやる』っていうのは?」
「いや、多少演出はあります。」
N・ロックはこちらもにこやかに答えた。
「まず、大学側としてはご提案を前向きに受け止めている―――そう申し上げておきましょう。」
「ありがとうございます!」
N・ロックは深々と頭を下げた。
隣の席のフレデリカも一緒に頭を下げてみる。
「しかし、実際の運用にはかなり条件がつきます。まず規模ですが、先だっての『ア・バオア・クー仮想戦』のような規模を想定いただくのは難しいです。操縦シミュレーターの数がない。置く場所も足りない。」
「いえ……そこまでの規模のものは」
N・ロックは企画書を取り出した。
「設定する世界観としては、フロド先生の『機動戦士ガンダム』シリーズの最新作『0083』を想定しています。」
ヤンは首を傾げた。
「その作品はまだ読んでませんね……」
「きみが『フロド』なんじゃないのか?」
からかうようなキャゼルヌの口調に、ヤンはなんとも情けない顔をした。
「前にも言いましたけど、違います。」
「まあ、それはそうだ。」
キャゼルヌは笑った。
「グラナダで、『シャイ逆』の先行上映会が行われていたころ、きみはニューヤークにいたはずだしな。」
「0083はまだ作品としては公開されておりません。」
N・ロックはすらすらと言った。
「ですが、先行上映会あとの講演でフロド先生自身が次回作の構想として語っておられました。
おそらくは昨年起こったデラーズ紛争をモデルに、フロド史観にあてはめて構築する物語になるはずです。」
N・ロックはうれしそうである。
「ア・バオア・クーやオデッサ、ソロモン、ルウムほどの大兵力を動かしての決戦にはならないので、さきほどキャゼルヌ教授がおっしゃったシミュレーターの台数の問題はクリアできます。
実は、すでに主人公である加藤大佐のモデルであろうアナベル・ガトー元少佐には出演依頼をしておりまして……」
キャゼルヌは、N・ロックが連れていた女性に視線を向けた。
「そちらの方は、ロックさんの……」
「そうなんです!
今回の企画のために雇入れまして!
ニューヤークでシミュレーター用のAIを専攻している優秀な人材です。今回の企画にスタッフとして参加させてもらうつもりです!」
「フレデリカ・グリンヒルです。
若輩ではありますが、よろしくお願いいたします。」
フレデリカは立ち上がって頭を下げた。
「ま…まあ、それはまたずいぶん……」
さすがのキャゼルヌも目を白黒させている。
敏腕とか仕事が出来る、とかいう範疇を超えている。
「ん……フレデリカ……グリンヒル?」
「キャゼルヌ先生がこのあと面談すると言ってたインターンの女性じゃないですか!?」
ヤンが叫んだ。
「まさか……」
「いや、今回の企画にあまりにもぴったりだったので、うちでスカウトさせてもらいました。」
N・ロックは堂々と言った。
「こちらでのお仕事は事務のお手伝いだと聞いてます。せっかくの専攻をもったない。
うちの企画向きですよ、絶対」
「まあ……ヤン君の手伝いもしてもらうつもりではいたんだが……
しかし、よいのかな、フレデリカ嬢。父上は『ネオ香港大学』に勤務するように言ったんだろう?」
「構いません。わたしも成人しています。進路は自分で決めます。」
その瞳はまっすぐにヤンを見つめていた。
「ヤン・リー……さん。エル・ファシルを覚えてますか?」
ジオン独立戦争初期に、建設中のコロニー、エル・ファシルで孤立無援になっていた移民たちとコロニー建設作業員、校外学習で訪れていたフレデリカたちを救い出した連邦の若き少尉ヤン・リー……というのがこの世界のエル・ファシルです。