「ララァが行方不明」
「クワトロ飲んだくれる」
「アムロ、八つ当たりをされる」
をお送りします。
アムロ・レイはクランバトル選手としては、クワトロ・バジーナの指示に従うようになっている。
彼にしては珍しくしばらく、クランバトルには参加していない。
もちろん、ペズンのニューディサイズ蜂起の鎮圧やらの「無理やりクランバトル」をカウントすればそうでもないのだが。
いずれにしても新しく自分が乗る機体が、決まりそうだった。
ならば、クワトロに連絡しておかねばならない。
ララァとのこともあって、気が引けていたアムロだが、クラスメイトたちは大学隣接の工房を使ってディジェを組み上げていたらしい。
様々な新機軸を組み込んでいるディジェだが、既存のパーツが使いまわせるものも多い。
とはいえ、部品を取り寄せてしまって支払いをどうするつもりだったのか。
結果としてはアムロがこのタイミングで戻ってきて、ディジェを使ってクランバトルに参加することになったので、事なきを得たが、もしそうならなかったら。
クワトロからは自宅に来るようにアムロにメッセージが届いていた。
クワトロの暮らすコンドミニアムは、行政施設やアナハイムの支社がある中心部からは少し離れている。
高級住宅地だ。
そこのペントハウスがクワトロの住居である。
ララァや、その侍女たちを含めてもあまりにも広すぎるし、アムロだったら確実に持て余すに違いないが、その贅沢さにもしっとりと溶け込めるのが、クワトロ・バジーナという男だった。
なんども訪ねたことはあるが、なにか空気が違った。
広い。
もともと家具をごちゃごちゃと置かないのが、クワトロの流儀だが、この日のリビングはあまりにも広く感じた。寂寥感すら覚える広さだ。
原因は―――
「グラナダでの講師生活、ご苦労だった。」
サングラスのせいで表情が読みにくい。
「コンテンツへのテコ入れという部分でも、また実際に生徒たちへ与えた影響としても大変な効果があったと、N・ロック氏から礼状が届いている。
ちなみに、次回の契約についてもぜひお願いしたいとのことだ。
わたしの方は構わないので、話をすすめてもらっていい。」
「ああ……どうも……」
アムロはやっとそれだけ言った。
「でも最終日まで、N・ロックさんから具体的な提案はなかったんです。」
「どうやら、彼は所用でネオ香港を訪れるつもりらしい。そのときに打ち合わせをしたいようだ。」
アムロは、わざとらしくならないように、リビングを見回した。
「あの……ララァさんたちは」
「出ていった。」
ニュータイプの先読みが、相手の意思を読み取るものなのか、もっと純粋な未来視なのかは諸説ある。
だが、このときのアムロは完全に不意をつかれた。
「そ、そんな―――!」
「カンチャナたちの学校に近いところに引っ越したんだ。塾にも通わせたいしな。」
「ああ」
「ララァとは付き合っているのか?」
つ、通常の三倍で切り込んでくる!
「い、いえ……」
「それならそれでも構わん。」
ふっとクワトロの唇に笑みがもれた。
ため息をひとつついて、目の前のグラスを持ち上げた。
琥珀色の液体はかなり強い酒だろう。
一息であけた。
アムロにもグラスを差し出す。つがれた酒は、なみなみと縁から溢れんばかりだった。
“こ、これはアレだ。『俺の酒が飲めねえのか』のやつだ。”
アムロはそんなノリは大嫌いだったが、飲まないわけにはいかない。
ぐえぇ。
「……最高のニュータイプと最強のニュータイプだ……
きみたちには、わたしには見えないものが見えるのだろう。」
クワトロの言葉の端々には自嘲めいた響きがまじる。
「わたしも……シャリア・ブルも、だが、ニュータイプの力を戦争に使ってしまった。
そうではないきみたちこそが、新しい世代のニュータイプなのだろう。」
これは―――
アムロは恐ろしく居心地が悪い。
たしかにアムロは、ララァに対する憧れはあって、それは『恋』という言葉でくくられてよいものなのだろう。だが、一緒に暮らし、子を育み、というのがまったく想像ができない。
アムロが物心つくころには、父親と母親がかなり疎遠な関係になってしまったせいもあるが、夫婦というものがあまり喜ばしいものに感じられないのだ。
クワトロが、もし「機動戦士ガンダム~行きて帰りし物語」のシャイならば、戦争の道具にされないためにララァを奪おうとしたかもしれない。
だが現実には、クワトロとララァはとても仲がよく、戦争はアムロやララァが出てくる間もなく終わっている。
少なくともアムロにとってララァをクワトロの元から「救い出す」理由はなにないのだ。
つまり「誘ったのはララァから」という言い訳は出来るにせよ、クワトロに対してはアムロの立場は限りなく弱い。
「……という訳だ。ララァとの件についてきみと揉める気はない。」
針のむしろ。
というやつである。胸ぐらを掴んで怒鳴りつけられた方がマシだった。
「問題はもう一人の件だ、な。」
クワトロはサングラスをずらした。瞳の色は絶対零度だった。
「も、もう一人……?」
「アルテイシアにソドンで地球まで送らせたそうだな。」
「……」
それは!
向こうから言われてしかたなく!!
言いかけて、それがララァ用に用意した言い訳とまったく同じであることに気がついてアムロは、言葉を失った。
「シャリア・ブルから報告はもらっている。
アルテイシアはきみを単なる副官ではなく人生におけるパートナーとしても考えているようだな。」
クワトロは、またグラスに酒をなみなみとついだものを差し出した。
今度はありがたくアムロは頂戴した。
酔いに逃げるというのはやったことが無かったが、まさにこういうときに使うのだろう。
「ジオンに勧誘はうけましたが、断りましたよ。」
酒の勢いを借りてアムロはきっぱりと言った。ララァとのことは事実なので強気にはなれないが、誤解はといておかねばならない。
「配信番組の『白い悪魔の今日の呟き』コーナーだったかな。先日の更新はこうだった。」
クワトロはアムロのグラスにさらに酒を注ぐ。
「『弾幕と女はあついほど突破しがいがある』
あれは、ララァのことかな? それともアルテイシアの?」
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グラナダのジュニアパイロットスクールは通常運転である。
とはいえ、自分たちよりもはるかに上の技量を見せつけられたのである。次に会う時には教官をがっかりさせるわけにはいかない。
今日は座学のあとは半日、休息の日であったが半分はてんでにシミュレーターで模擬戦やメカニックの特別講義をうけに出かけている。
残りは、一人を除き「シャイの逆襲」を観に出かけた。
「ニイ? いるか。」
N・ロックの下で『今日、M.A.Vになります』の制作をしているディレクターが顔を出した。
てんでにみなが出かけたあとのひとり残ったニイは顔をあげた。
目がくるりとした可愛らしい少女であるが、人見知りなところがあって、撮影中以外はあまり笑顔を見せない。
「……いますよ。」
タブレットは表示させていたが流行曲のMVを見ていただけだ。
「今週の分の『白い悪魔のひと言』。お願いできないかなあ。」
「また! ですか。」
ニイは不満そうな顔をした。
「あれは、アムロ先生にも不評なんですよ。わたしが、作ってるなんて知られたら……」
「いや。ニイが作ってくれるのは、なんか本人は言ってないんだけど、やってそうな絶妙のラインじゃないか!
ほいっ。
白い悪魔が言いそうで言ったことの無い名台詞18番目といったら。」
不満げに。
しかしまったく遅延なく、ニイはフリップを出した。
「俺も赤く塗ろうか。きさまの9倍だぜ?」
「よし! いただきました!」
いそいそと帰ろうとするディレクターをニイは呼び止めた。
「いつまで続けます? この企画。
アムロ先生は地球に帰っちゃってるし……」
「今月分は収録済みだから、そこまでは最低限、必要だな。」
ディレクターはスケジュールを確認しながら言った。
「社長がアムロさんたちの早期復帰をお願いに行ってるからたぶんずっと必要になるかも……」
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ニューヤーク。湾岸署。
喫煙者はどんどん肩身が狭くなってくる。喫煙スペースもこころなしか先月より狭くなったようだ。
とはいえ、警察はけっこう喫煙者は多い。
背中を丸めるようにして、一服を楽しんでいると、ドアが乱暴に叩かれた。
「マクレーン! ジョナサン・マクレーン警部補!」
「はい、なんです? 今度はどこでモビルスーツが暴れてるんです?」
喫煙者によくあることだが、紫煙を燻らすひとときはかなり大事なもので、それを邪魔されるのはマクレーンは好まない。
「まえに話したろう? おまえのバディの話だ。」
「断ったはずですがね。」
ニューヤークは、相変わらずの日常だ。
北米政財界の大物の暗殺を阻止したことについては、とくに何もなかった。昇進も昇給もなかった。
捜査情報を、薔薇騎士団やクワトロ・バジーナに流してた件については、厳重な口頭での注意があった。それだけだ。
だが今週は分署の管轄内で殺しは一件もない。
酔っぱらい同士のトラブル。
かっぱらい。
そんなところだ。実に良き日々。
フリードルフ家の親戚たち、とくに最後までシュヴァイクに従ったものたちは軒並み逮捕された。
だが、当のシュヴァイク以外はほとんど保釈されている。結局のところ、シュヴァイクとオフレッサー以外は、司法取引でせいぜい1~2年の懲役か執行猶予付きの判決が出るのだろう。
だが、それはマクレーンの管轄外だ。
「そう言わずに面倒をみてやってくれ。新人研修も兼ねてるんだ。」
それだけだと、悪い条件でしかないのに気づいたのか署長は慌てて付け加えた。
「それに若くて美人だぞ?」
後ろから指が伸びて、署長の耳たぶを捻りあげた。
「とっても優しい、を忘れてるわ。」
ひょいと顔をのぞかせた女性は、青い髪を肩にかからない長さでばっさりカットしている。
美人といえば美人だろうが、あまり女性らしいところはない。
マクレーンの視線が、頭からつま先まで上下したのは、彼女のプロボーションを楽しむためではなく、筋肉の付き具合を確かめるためのものだった。
「軍人……あがりか?」
「連邦一不幸な軍曹、ジョナサン・マクレーンの噂はきいてるわ。」
女は手を差し出した。
マクレーンはタバコを揉み消して、手を差し伸べた。
女の手は暖かく、しっとりしていた。
「特殊陸戦隊第一集団モトコ・ササヤギよ。」
マクレーンは亡霊を見る目で、彼女を見やった。
「ササヤギ少佐っ?!
あんたは死んだはずでは……それに顔が……」
「死にかけたわよ。」
女は笑った。
「正確に言うならこの前まで死んでたの。
くわしく聞きたい?
バディにしてくれるなら教えるけど。」
「……まあ……」
マクレーンは答えた。
「あんたが俺の知ってるササヤギ少佐なら、ダメだと言っても無駄だろう。
バディを組まされるならある程度、相方のことは知っておきたい。」
署長が、あとはふたりでよろしく……と呟きながら立ち去っていく。ここから先の話は聞きたくもないのだろう。
喫煙スペースは、マクレーンだけだった。
彼女はすっと入り込むとドアを閉めた。
「あなたの知ってる情報は?」
「ソロモン戦で大怪我をした。そのあとニュータイプの素質があるとかで、どこかにテストに行かされてそこで事故にあって……」
「ほぼ正解よ。わたしのニュータイプ能力をテストしたのは、ムラサメ研究所。
わたしがそこで、受けたのはニュータイプとしての強化人間の改造テストよ。実験は失敗してわたしは身体のかなりの部分を喪うことになった……それまでもあんまり残ってはいなかったんだけど。」
「それがどうやって……」
「つまりはあなたが見てるわたしの体は大部分作り物なのよ。大戦末期にジオンが開発した人体の動きをモビルスーツに直結する技術と、サイコミュコントロール。
これでほぼ、わたしは以前と変わらない動きが出来る……」
トン、と彼女は軽くマクレーンの胸をついた。
「なので、これはまあリハビリよ。
日常的な動作は問題ないわ。あとはアクションシーンでこの身体が問題なく使えるか―――」
「協力はする。」
マクレーンは強ばった顔で答えた。
「だが、警察の仕事は『リハビリ中だから』という理由じゃあなんの言い訳もできないことばかりだ。それと俺はお上品なタイプじゃないし、トラブルをひきよせる体質があってだな……」
「実によいね!」
彼女はもう一度、マクレーンの胸をついた。
ドン、と鈍い音がしてマクレーンは「ぐえぇ」と言った。
ララァさんちは正確には行方不明ではなくて、ちゃんと連絡はとれてます。